第八章 偽りのクレマ
翌朝、抽出大聖堂の中央広間に、王と貴族と一般市民が集まっていた。
高い天井から、巨大なシャンデリアが下がっている。中央に二つの抽出台。片方はジョージアの巨大装置で、光と音を発し、湯気が宙で文字を描いた。もう片方は俺の地味な、小さな手持ち抽出器。
観客は、もう一目で勝敗を決めていた。
「あの大きい方の魔導師がいい」「光が綺麗だ」「あれが本物だろう」
聞こえないふりをして、自分の道具を確認した。粒度を半クリック細目に。湯温は九十二度。覚星石は、一番澄んだ青のものを選んでおいた。
ジョージアが、両手を広げて壇上に立った。
「諸君、本日は、新時代の抽出を見ていただく」
よく訓練された俳優の声だった。彼が指を一振りすると、装置から赤い湯気が立ち、空中に螺旋を描く。観客が「おお」と声を上げた。
彼の抽出は、見世物として完璧だった。
だが、カウンターから装置の数値を見ていた俺の腑に、苦さが落ちてきた。
圧、十二・三バール。高すぎる。
湯温、九十六度。高すぎる。
時間、四十五秒。長すぎる。
典型的な、過抽出の極み。
ジョージアがカップを王に差し出した。王は香りを嗅ぎ、満足げに頷いた。味見はしない。ただ、頷くだけだ。
観客の拍手が広間を満たす。
次に、俺の番が来た。
誰に見せるためでもなく、いつもの動作を繰り返した。石臼を回し、粉を振るい、カップを温め、湯を注ぐ。
観客は退屈そうに私語を始めた。
「あれが、王都に呼ばれるほどの男か」
「地味すぎる」
「あんなのは、私でもできる」
気にしない。いつもの深夜のカウンターと、同じだ。
最後の一滴が落ちた。二十六・四秒。TDS、一・三〇。EY、十九・八。完璧な、ゴールデンカップ・レンジの中心だった。
カップを差し出すと、王は香りを嗅ぎ、わずかに首を傾げた。味見は、やはりしなかった。
判定は、満場一致でジョージア。
俺は深く一礼した。
「承りました」
その瞬間、観客の中で、一人だけ立ち尽くしている男がいた。絹のシャツに白いエプロン――王宮料理長だ。
彼は勝負が終わったあと、こっそり俺のカップに近づき、残りを一口、舐めた。
次の瞬間、手にしていたナイフを床に取り落とした。
その音が、広間中に響いた。
彼は誰にも聞こえないほど低い声で、呟いた。
「これは……これは、別の魔術だ」
俺はその呟きだけ、聞き取った。
彼は目の縁を赤くしていた。
その夜、宿舎に戻ると、リラエが床に倒れていた。寝台から落ちた、というより、座ったまま動けなくなったようだった。頬に、はっきりと、黒い斑点が広がっていた。
「リラエ」
彼女は俺の方を見て、薄く笑った。
「ごめんなさい。樹さんの勝負が終わるまで、隠しておきたくて」
抱き上げ、寝台に戻した。手のひらの体温が、異常に低かった。
彼女が瘴に侵されていることは、もう明らかだった。
すぐに塔に戻りたい、と言った。だが王都の門は、夜は開かない。ジョージアの差配で、俺たちは王都の中にしばらく留め置かれることになった。
その夜、彼女の枕元で、手帳を開きながら一晩中考えていた。
彼女に、何が、いつから、どれだけ蓄積したのか。書きながら、ふと地の底に近い別の答えに、たどり着きそうになった。
窓の外、王都の中央、抽出大聖堂の塔から、黒い湯気が上がり続けていた。あれは、何のための抽出だ。
ペンを止めた。考えると、寒気がした。




