第五章 ダイヤルインで村を救う
夜が明けた。
まずは目の前の村だ。
村長――小柄な、白髪の男――に頼んで、村中の患者を集めてもらった。大人六人、子供十四人。全員、皮膚に黒い斑点。
手帳のページを後ろからめくり、新しい表を作る。
「変数を、一つずつ合わせます」
「へんすう、というのは」
「焙煎度合、粒度、湯温、湯量、抽出時間、覚星石の混合比。これらを一人ずつ、症状に合わせて変える」
「全員に、別々の薬を作ると」
「薬じゃありません。コーヒーです」
村長は俺の顔をしばらく見て、それから笑った。
「そうかね。コーヒーで、村が救えると」
「救えます」
彼は黙って頷き、隣の家の厨房を貸してくれた。
石臼を据え直す。木のドリッパーを四つ並べ、覚星石を粒度別に砕いた。症状の重い者から始める。
最も重症の少年には、湯温を低めに、八十六度。粒度を細かく、抽出時間を長く。比率は一対十二。濃く、薬効を最大化。
軽症の大人には、湯温九十二度、粒度中粗、比率一対十六。すっきりと飲みやすく、回復を後押しする。
一人ひとり、手帳に変数を書き込む。書きながら、ふと笑いそうになった。
日本にいた頃と何も変わらない。テーブルが店のカウンターから、村の厨房に変わっただけだ。
午後を半分使って、二十人分の抽出を済ませた。最後のカップを差し出した時、最初の重症の少年は、皮膚の斑点が薄い灰色まで戻っていた。
村長が俺の前に立った。彼は深く膝を折り、額が地につくまで頭を下げた。
「あんた、これは魔法でも奇跡でもない。技、じゃ。技がここまで美しいものか」
何も言えなかった。
ただ、その「技」という言葉が、喉のあたりに温かく落ちてきた。日本では、誰にもそんな風に言われたことがなかった。
夜、塔に戻ると、リラエが料理を作って待っていた。麦と乾いた肉のスープだ。質素だが、温かかった。
「樹さん。さっき、村長さんが泣いてました」
「俺の前では、泣かなかったですよ」
「あなたの前では、泣けなかったんでしょう」
彼女は自分の分を半分残し、俺の皿に分けてくれた。
窓の外で誰かが歌っていた。意味のわからない、温かく、それから少し悲しい調べだった。
翌朝、村の入り口に、王都からの使者の一団が到着した。
黒い馬車三台、護衛の兵士十数名。
絹のローブをまとった使者が、手袋に縫いつけた紋章を見せて言った。
「異邦の抽出師どの、王都メリンディアにて、〈紅の宮廷魔導師〉ジョージア閣下が、貴公にお目通りを希望しておられる」
ジョージア。
城島と、響きが似ていた。
偶然、と思った。だが心臓が、奇妙な鼓動を打っていた。
馬車の窓に、一瞬、男のシルエットが映った。
その輪郭に、見覚えがあった。
自分のラテアートを撮るためだけに鏡を磨く、あの男の輪郭。
馬車に乗ることを承諾した。
手帳を、内ポケットに深くしまった。




