131.予感
「アンジュ!どこでこんな危険なモノを拾って来たの?うちでは飼えないわよ!」
カオリ様がズレた事を言ってアンジュが困っている、いやアンジュはアンジュで馬鹿な事を考えている様だ
「やだ!やだ!やだ!飼ってくれなきゃやだ!」
床に仰向けになって寝転び手足をバタバタ振りながら駄々をこね出した
「この子にはちゃんと飼い主がいるのでしょう?」
「うちのアンジュがすみませんでした、この子はお返しします」
カオリ様がアンジュのせいで自身が吐いた毒にまみれたヨルムンガンドの幼生体を何の躊躇も無く抱えてケイシャ殿の前に差し出した
「お宅の従魔をお返ししますね」
あっけにとられて反応できないケイシャ殿に早く受け取れと言いたいのか言葉で追い打ちをかける
「そちらのアンジュちゃんが欲しいのでしたら差し上げますわ」
ようやく状況を受け入れたのか受け取りたくは無いのだろうケイシャ殿が後ずさりしながら返事をした
魔術的に契約して使役出来るからと言ってその従魔の毒が無効化出来る訳では無い、ケイシャ殿にとってあの毒は致命的なのだろう、ただ契約するだけに留まらず我の呪詛を超越し自分のモノにしたカオリ様が異常なのだ、だから我は今ここに居る
「素晴らしい仙薬の製法を教えて頂いたのですから、遠慮しないで受け取ってください」
今度はカオリ様が戸惑っている様だ
アンジュがカオリ様の見えない角度ででしてやったりと悪い顔をしている、私の視線に気づいてサムズアップまで決めやがった
「宜しいのですか?有り難うございます」
飼えないと言ったのは人様のモノだと言うのが理由だったらしい、アンジュが「蟲毒壺」から情報が上納されてすぐに飛んできたためだろう、状況を完全には把握していなかったとみえる
大したものだ我を召喚するだけの事はある、何とかガタノソア様の巫女に迎えなければとあらためて思い、我をガタノソア様に並ぶ神格に引き上げてもらえるのではないだろうかと期待が膨らむ
「良かったわねアンジュ、大事に飼うのよ」
毒液まみれのヨルムンガンドの幼生体を受け取りアンジュが喜んでいる
わたくしと対等に付き合える者が居るのかと驚いていたところにそれ以上の何かが現われた、外見は人間だが内包する魔力が異常だ
「アンジュ、氷の城に移動しましょう、綺麗にしているけどここでその子のお礼は出来ないわ、海中から出入り出来るからこのままクジラで向かって頂戴」
その何かがアンジュ嬢に指示を出している
「了解でち」
返事をした後、わたくしたちを乗せた船の船首の先に海中の光景が映された
海の中を相当な速度で進んでいる様だが迷宮化した効果だろう全く揺れを感じない、氷の城と言っていたがどこに向かっているのだろうか?そもそもこのまま付いて行って良いものだろうか?少なくとも悪意や敵意は感じないがそれが余計に不安を煽る
前方に巨大な氷山が見えた、氷山にしては形状が不自然だまるで大きな氷の結晶の様に見える、その氷山の中央に門がが見えたまるでヒトデの口の様に見える、その門に対してクジラの頭の上部を押し付ける形にとりついた、コバンザメの様に感じるが何をするのだろうか
少し考えるとアイデアが浮かんできた、成程クジラの鼻に相当する噴気孔を通る気なのだと
予想通り噴気孔を通って氷山の中に入っていった、門が開き直径3メートルくらいの円形の噴水を思わせる場所に通じていた、そこに水の精霊ウンディーネが待機しており真水で海水を洗い流してくれる
彼女達は門番の役目も担っているのだろう、ウンディーネとしては戦闘力が高そうに感じる、先ほど通過した門の扉が勝手に閉じていく、門とその扉自体が氷のゴーレムの様だ、今更だがのこのこついて来た判断が過ちだったのではと不安に襲われる
階層を上り神殿まで案内された、ここまで来て気が付いたがこの氷山も迷宮だわたくし同様「迷宮作成」のスキルを保有している者が居るのだろう、先ほどの海中からのスムーズな移動を考えても作成者は同じだろう、だとすればここもアンジュの作品なのだろう
氷の城と呼んでいたがこれは巨大な船でもあるようだ、六角形の頂点の大きなマストが立ち帆の役目を果すであろうつる性の植物が繁茂して赤や青の実が付いている恐らくベリーの仲間だろう、植物の精霊種であるアンジュが育成したのだろうか?ここが迷宮であることを考えると植物のモンスターかもしれない
「挨拶が遅れましたね、私はカオリ、一応女神様によってこの世界に導かれた勇者です」
この氷山を見渡す神殿の尖塔の上でようやく自己紹介がなされた
「わたくしはケイシャ人の世からも理からも逸脱しリッチに成り果てた者です、今は海中で平穏を満喫しています」
相手が勇者と聞いて討伐の対象となることを危惧して自身の無害さを示しながら自己紹介をした
「うちの者が静謐を乱してしまったのではありませんか?」
此方を気遣った言葉がかけられる
討伐対象とは見られていない様だ、アンジュを従えている様だし自然の摂理に反する存在は許さないという頭の固さは無いと見える、有難い話だ
「ケイシャさんが望むのであれば人間の戻すことも可能です、永遠の命に執着が有るのでしたら先ほどの従魔を譲っていただいたお礼に真祖へと至る秘術を貴女に教授する事も可能です」
興味深い提案がなされた
わたくしの知る勇者達の行動とは思えないが彼女は無自覚に勇者から魔王へと堕ちる道を歩んでいるのかも知れない、魔王を討伐した際に呪いを受けたか、魔王の力を奪い取ってしまったとすればこの状態に説明ができる、海中で世界の事を知らぬまま数百年を過ごしている間に世界は随分と変わってしまったのだろう
「この城は貴女が魔王に代わってこの世界を支配する為の準備なのでしょうか?」
一線を超える質問かも知れない
聞いてしまうとこの勇者がこれから歩む道に巻き込まれる事も有り得るが、知らない内に排除すべき邪魔な存在と見做されるよりは懸命だろう
「魔王とは現在和平を結んでいる状態です今年の夏が来れば9年が経過した事になります、この城は縁があって出会った者に対する贈り物です、進呈したというよりは貸与したというのが正確でしょうか、「法王国」の意向では無く私の個人的な支援です」
「些か深入りし過ぎた自覚は有るのですが毒を食らわば皿までと言うでしょう?」
「折角ですから、この城を貸与している者にも挨拶していかれますか?」
わたくしも深みに沈めれられそうだが今更引き返す選択は無かろう
リッチであるわたくしに敵意を持たなかった理由の一つを知ることが出来た、魔王との和平が成立した世界とはどの様な世界なのであろうか?
「是非とも挨拶させて頂きたいものです、私がこの世界に関わっていた時代からどれだけ変わっているのか興味が湧きました、先ほどのお礼の提案に対して如何に応えるかの判断材料にもなるでしょう」
薄れていた世界への興味が蘇って来た
わたくしはまだこの永遠の命を活用できる様だ、生きているか死んでいるかも分からないあいまいな凪の時間にひと時だけかも知れいないが激しい嵐が訪れる、強い風と高い波がやって来るだろう、錯覚だろうが循環していない筈の血が滾るのを感じた




