黒糖焼酎
「だって俺が来ちゃったからね」
驚いた徹とかまど神が声のした方を向くと、 そこにはチョコレート色の肌を晒した大きな青年が立っていた。
「あっ、ボゼ神さぁ!ひさしぶりじゃのお!」
かまど神がはしゃいでそう声をかけた。
(こ、これが噂の――ボゼ神様?!)
徹はまじまじとその姿を見た。昼間おじさんたちに見せてもらった写真は、はっきりいって化け物のようで怖かった。しかし同時に、むき出しの生命力のようなものがあった。古代の神の、原始的な姿はこうだったのかもしれないと思わせるような。
目の前に現れた青年からも、同じような雰囲気があった。褐色の肉体は筋肉隆々で、身に着けているのは南国の木の葉の青々とした腰みのだけ。長く伸びた紅い蓬髪に、彫りの深い外国人のような顔立ち。その濃い琥珀色の目が、ふいに徹にむかってウインクした。
「そんなに見られると照れるな、小鳥ちゃん」
徹は横目でちらりとかまど神を見た。彼女に声をかけたと思ったのだ。しかし彼女は無邪気に徹を見上げていた。
「君に言っているのさ。新入りの料理人くん」
そういって彼はかまど神の横にどさりと腰を下ろした。
「もちろん、この俺も―君の料理を味わう権利があるだろう?」
そういわれて、徹ははっとしてうなづいた。
「あ、はい…!少しお待ちください」
思わず接客口調になりながら、徹は鶏飯を椀によそった。
「どうぞ」
彼はにっこり笑ってそれを受け取った。なんとも親し気な笑みだった―が、徹は逆に緊張した。外国人俳優のような顔で微笑まれると、笑顔のインパクトが違う。
「ありがとう、小鳥くん」
もしかして、名前を間違われているのだろうか。徹は一応名乗った。
「あの…俺の名前は三笠徹といいます」
「ああ知っているよ。君は今日木をつついてたろ。その姿が鳥みたいだなぁと思ったのさ」
「は、はぁ…」
木なんかつついたっけ―そう思って、徹ははっとした。牧場で柵を直していた時に感じた視線、あれは。
「もしかして…あの時後ろにいたのって」
「そう、俺だよ。どんな若い子が来たのかとおもって、観察していたのさ」
そういって彼はサムズアップをした。本当に映画俳優みたいだ。
「すみません、ご挨拶もせず…」
ボゼ神は一瞬で鶏飯を平らげた。汁まであまさずすべて飲んで、彼はふうっと強く息をついた。
「いいのさ。あぁ、熱くておいしいねぇ。これは。鶏の生きざまが染み出ているような味だ」
うなずく彼に、ふと徹は気になって聞いた。この島の神様なのに、彼はかまど神のようなしゃべり方をしていない。
「あの…ボゼ神さまは、方言ではないんですね」
彼は方眉をあげた。
「そうさ。私はこの島の神だが―外から来た者なのだよ」
「そうなんですか?」
「私は来訪神―海のかなたからこの島に訪れる神なのさ」
それで異国の人のような風貌なのか。徹は納得してへええとうなずいた。
「だからこの島の外も中も知っているし、受け入れる。ただ、一つところにとどまってはおけないのさ。漂い続けているんだ」
それを聞いて、神様のお仕事も大変だなぁと徹は思った。
「お疲れ様です、よかったら―」
徹は残った黒糖焼酎をコップについで差し出した。すると彼は相好をくずした。掛値なしに嬉しそうな顔だ。
「ああ、ありがたいねぇ。俺はコレが大好きでね」
彼は透き通ってとろりとしたその液体を愛おしむように眺めたあと、少しづつ味わうように口にした。その所作は、何もかもを知り尽くした大人のものだった。彼の見た目は若々しいが、過ごしてきたであろう長い長い時を、おぼろげながらも徹は感じた。焼酎を味わう閉じた目もとには、年月が刻んだ目に見えない憂いが、隠しきれずに漂うようだった。
ずっと漂流しつづけるというのは、一体どんな気持ちになるだろう。神と人を比べるのもおこがましいが、徹はふと自分に重ねてそう思った。
(ボゼ神様も―少し、疲れているのかな)
疲れている人に自分ができる事といえば、料理を出すことくらいだ。徹は彼の邪魔をしないように、そっと空のお椀にご飯とだし汁を注いで置いた。するとボゼ神はそれに気が付き、すこし目を見張ったあと、目元をくしゃりとさせて笑った。
「かまどっ子の分じゃないのかい」
「もともと多めに作りましたから、大丈夫です。こちらも」
彼が持つ空になったコップに、徹は再び焼酎を注いだ。すると彼が笑みを漏らした。ふと徹が見上げると、まともに視線がぶつかる。何か面白いものを見つけたような、少し不穏なあだっぽい笑みを浮かべ、彼は徹を見ていた。
「あ…お酒はもう十分、でしたか?」
「お前、可愛いな―どうだ、俺の嫁にならないか」
「はい?あの、俺は男で―」
徹が何か言い終える前に、かまど神がぷうっと頬をふくらませた。
「やめたもんせ、ボゼ神さぁ!徹はあてと約束があるんじゃ!いつもそげんして、誰でも口説いてしまうんじゃっで…」
かまど神がつんけんしながら空の椀を差し出したので、徹はそれにもお替りをついだ。
「大丈夫だよ、俺は男だからお嫁さんにはなれない」
「ボゼ神さぁには男も女も関係なかど。そうやろ?」
「ああ。俺の愛に、そんな些末な事は関係ない。可愛い人間は全員俺の妻さ。俺の妻になれば、その一年は幸運が舞い降りるぞ。どうだい徹」
「だめったら、だめ!そげんこっしたや、翡翠だって黙っちょらんど」
その名前を聞いたとたん、ボゼ神は肩を落とした。
「なぜだか彼女には嫌われちゃってね―。会ってもくれないんだ」
「ボゼ神さぁが強引に口説っでじゃ」
「ツンデレな所も可愛いと思わないか?」
「つんでれ?」
ボゼ神の「なんでも知っている」の「なんでも」の範囲はきっと多岐にわたっているに違いない。と徹は二人の会話を見て思った。
「まぁまぁ、かまどっ子も飲んでみたらどうだい、ほら」
ボゼ神がかまど神に向かって酒瓶をかたむけた。
「ボゼ神さぁに勧めらるっと、断れんなぁ―。わかったじゃ」
そういって、彼女はちょっとだけコップに口をつけた。すると―その顔が、はっと引きつった。徹はさっと立ち上がった。
「大丈夫か?酒は、無理して飲まなくていいんだよ」
しかし、彼女は反応しない。しばらくの沈黙のあと―彼女はそっとコップを置いた。ただならぬその様子に、徹はうろたえた。子どもに酒なんて、飲ませるものではなかった。
「平気か?水、いるかい?」
かまど神は静かに首を振った。
「焼酎はあんまり好きじゃなかと。苦うて、水薬んごたっ味がすっで。じゃっどん―こん焼酎はちがかね」
「そ、そうだな。同じ焼酎でも、苦みや風味は種類によって違うから―…」
「こん焼酎も苦かどん…じゃっどん甘か味が、ちょっとだけした」
かまど神は、じっと徹を見た。真剣な顔をしていた。
「徹。こん甘か味を、あては覚えちょっ。そげん気がすっど」
その言葉に、徹は身を乗り出した。
「それってつまり―名前を忘れる前に食べていたっていう…!?」
やっと彼女の役に立てるかもしれない。そう思った徹は勇んで聞いたが、かまど神は逆に目をそらしてしまった。
「ごめん―ごめんな、徹…あて、すこし、考えんな…」
そういって、彼女は木々のあいだにすっと入っていき、去ってしまった。ご飯もサーターアンダギーも、残したまま。
「待って、どうしたんだ…!」
追いかけようとした徹の肩に、ボゼ神の大きな手がおかれた。
「少し一人にしてやりなさい」
「ですが…」
「大丈夫。あの子も一応神様なんだから」
「でも、あなたとはきっと違う。まだ子どもだ。そうですよね?」
すると彼は面白そうに徹を見た。
「そうだね…悪かったな徹。俺からも―お前に謝るよ」
「え…なぜです」
問いかける徹をかわすように笑みをうかべ、彼もまた立ち上がった。
「とても美味しかったよ、徹。また君の手料理を食べたいものだ。あと一度くらいはね」
意味深に言って、彼は鳥居をくぐって出て言った。
あとには茫然とした徹が、一人残された。




