鶏飯とサーターアンダギー
「次の献立は、どうしよう。何が食べたい?」
この島に来てから3日たった。悩んだ徹は、直球でかまど神に聞いてみた。すると彼女は考え込んだ。
「う~ん、なんじゃろう。こないだんてんぷらはうんめかったばっ、やっぱいあては、炉端ん女神じゃっで」
「うんうん」
彼女は身振り手振りと共に伝えた。
「なんじゃろう、目ん前で炉に火が入っちょっとを見っとが、好きなんや。火と煙がもくもく上がって…そげん料理が、たべよごたっど」
「なるほど…出来上がったものを持っていくんじゃなくて、目の前で調理するのが望ましい、と」
彼女から唯一の要望を聞き出した徹は、冷蔵庫を前に悩んでいた。
(う~ん、外で炉を作って食べるとなると…バーベキューとか?)
翡翠にも相談したが、「私は陸の料理はよくわからない」というだけだった。しかし、彼女はそっけないわりには、徹が海へいくと毎回現れてあれこれ言ってくる。他の島民と一緒の時など、寄ってこれなくて悔しそうにしていたりもする。
(人間は嫌いだけど…俺は妹分のかまど神様と仲がいいから、気を許してくれているのかな)
徹はそんな風に解釈していた。
祖母の墓参りも終え、近所の人と料理を交換するなどし、だんだんと徹も島になじんできたような気がしてきた。昨日は漁師のおじさんに海についてこないかと誘われたし、恵さんに呼ばれて料理をすることもしばしばだ。
(海づり、ついていってみようかな。かまど神様の好きな物が、ひょっとしたら釣れるかもしれないし)
そう思って、徹は立ち上がって浜集落に向かった。が。
おじさんは船ではなく、他の男性数名とトラックに乗り込んでいる所だった。
「おう徹か。わいら、今から牧場に行っところなんじゃ。一緒にくっか」
「牧場?」
そういうわけで―数分後徹は、この悪石島の山の上に広がる、広大な草原に立っていた。
真昼の空の下、風が吹き抜けてざざざーっと草海原を揺らす。その景色の中に、黒い牛たちがのんびりと草を食んだり、座ったりしている。草原の向こうは、何も遮ることのない海と空。真夏の入道雲が頭上で形を変えながら通り過ぎていく。青碧の海上には、連なる島影が見える。
「眺めんよかところやろう」
あたりを見回す徹に、漁師のおじさんは海の上を指さした。
「今日は天気がよかで、他ん島がよう見ゆっやろう。あいが平島、そんであいが臥蛇島じゃ」
「へぇぇ」
思わずつま先立ちになってそれらを拝む徹に、おじさんは言った。
「今日はちょっと忙しかで、若か者に手伝うてほしか事があっど」
「牛の世話ですか?」
「じゃっど」
おじさんが言うには、畜産は島の重要な産業らしい。この広大な自然の中、ほぼ放し飼いのようにしている牛たちを、本土の市場に売って収入を得ているとか。
「餌は基本、そんへんに生えちょっ竹を食べちょっ。出産も全部自然にやってしまうで、強うてよか牛が育つど。本土ん市場で、よか値がつっど」
「なるほど…」
徹は牛たちを見回しながらうなずいた。店ではたまに高級和牛を扱うこともあった。が、そういった牛たちは牛舎で育ち、管理されつくしているのが普通だ。それに比べて、ここの牛はほとんど自然に近い姿だ。
「じゃっどん、放し飼いにも限界があっ。昨日柵がこわされて脱走があったらしゅうてな、おめは柵ん修理を手伝うてくれ」
「わかりました。」
徹はおじさんから道具を受け取り、柵の修理にとりかかった。
「あぁ、ここだなぁ」
広大な草原を囲む白い柵がバキバキに壊されている箇所が、すぐ目についた。徹はその前にどっかりと座った。木の柵なので、修理はそう難しくなさそうだ。だが、わりと広範囲にわたって折れているので―
「時間は、かかりそうだな」
外の風に吹かれながら、外れた板を延々と付けなおす。こうして黙々と手を動かすのは、徹の性に合っていた。ときどき牛がモーと鳴く声も、のどかに響く。
しかし―ふと徹は、どこからか視線を感じた。
「誰です!?」
ばっと振り返ってみるものの、もちろん誰もいない。
「気のせいか…?それとも牛?」
徹はひとりつぶやきながら作業を再開した。すると今度は―首元に息遣いのようなものを感じた。
「うわっ!?」
ふたたびぎょっとして振り向くが、牛がいるだけだ。
(な、なんだ―?)
この島には、かまど神や翡翠のように、人じゃない生き物もいる。もしかして、その類だろうか。
だけど―こんな風に姿を見せず近寄ってくるのは、さすがに怖い。徹は若干ナーバスな気分で再び柵へと向き直った。
(ええと、こういう時は―なんだっけ、そう)
「びっくりするほどユートピアッ!」
喝を入れるようにそう叫んで、徹はひたすら手元に集中した。ほぼ全ての箇所が復活したころ―徹は後ろから声をかけられて再び跳びあがった。
「おおい!徹!柵はなおったね?」
「うわあっ…!?あ、ああ、はい、治りました」
おじさんたちが戻って来ていたようだ。
「どうした、そげん驚いて」
「い、いえその…なんだかさっきからずっと、誰かに見られているような気がして」
そういうと、おじさんたちは笑って、やいのやいのと話し始めた。
「そんた牛じゃろう」
「牛も人をみるからな、若か者が来ちょるって見ちょったんかもしれん」
「いや、いやあ、ボゼ神かもしれんぞお」
おじさんのひとりが、脅すように言った。
「ボゼ神…?それは一体?」
かまど神のような存在が、他にもいるのだろうか。しかしおじさんは驚いたように首をすくめた。
「お前さん、この島に来といてボゼ神さぁをしらんのか!」
「はぁ…すみません」
おじさんたちは口々に言った。
「盆ん最後には、ボゼ神さぁが現れて踊っど」
「そりゃあ怖じか神様でなぁ。村人を追い回して棒で突くど」
「無形文化財にも指定されとっど!」
漁師のおじさんが、スマホを取り出してその神様の写真を見せてくれた。
「う、うわぁ」
その写真に、徹は意表を突かれた。スイカほどもあるぎょろりとした大きな目、鳥の羽のように突き出した頭に、真っ赤な口。ずいぶんインパクトのあるお面だ。こんなのに追い回されたら、さぞ怖いだろう。
(節分の鬼が可愛く思えてくるレベルだな…)
徹が驚いたのを見て、おじさんたちは満足げにうなずいた。そのお盆のお祭りは、徹が来る前に終わってしまったらしい。
「そっかぁ…ちょっと残念です。見たかったなぁ」
「なぁに、また来年があっで」
おじさんはそう言って、帰り際にずしんとした袋をくれた。今日の駄賃だと言う。
「さっき牧場で、そんへんの鶏を捌いたんじゃ。皆で山分けだ」
鶏肉か。徹は素直にもらった。
「地鶏ですね。ありがとうございます」
鶏か。どう料理しよう。迷った徹は聞いてみた。
「おすすめの食べ方とか…教えてもらえませんか」
そう言うとおじさんたちは不思議な顔をした。
「おすすめって言うてんなぁ…あんた料理人なんじゃろう?釈迦に説法じゃろ」
「焼っか煮っかくれしか思いつかんじゃ」
徹は迷いながらも質問を重ねた。
「何かこう、鶏を使ったこの島ならではの料理とかありませんか?せっかくなので、いろいろ覚えたくて」
徹がそう言うと、一人がはっと口を開いた。
「それなら、鶏飯とかどうだ?奄美ん名物料理じゃ。鍋でぐつぐつ鶏を煮っど。出汁が出てうめぞお」
鍋でぐつぐつ。ちょうどかまど神の要望と合うじゃないか。徹は勢い込んで、作り方を聞いた。
日が暮れる前に、徹は神社に向かってかまど作りにとりかかった。今回は長時間外で火を使うので、ちゃんと組む必要がある。
幸いに、この島には石がごろごろ落ちている。徹は手ごろな石を積み上げて小さな家のようにし、その上に網を敷いて鍋を置いた。中にはすでに下ごしらえした鶏が水に浸かっている。
島唯一のお店で入手した炭のおかげで、今回は簡単に火がついた。石炭からオレンジの火が上がる。徹は後ろを振りかえって声をかけた。
「今日は鶏飯を作ろうと思うんだ」
後ろに現われたかまど神は、目をぱちくりさせた。
「けーはん?」
「奄美の郷土料理なんだって。今、鶏を煮込んでいるところだよ」
「へぇぇ」
かまど神は鍋を覗き込んだ。火がかっかと燃えている様子を見て、嬉しそうだ。
「よかねえ。よかねえ。火が燃えちょっところは」
しだいに鍋がぽこぽこ湧いて湯気が出て、彼女はますます笑顔になった。
「こうやってな、煙眺めちょっとわくわくするん。火加減をみるんも好きじゃ」
「かまど神さま、だもんね」
徹はそう言いながら、あらかじめ用意してきた酒瓶とつまみを取り出した。
「煮えるまで時間がかかるから、先にどうかなと思って」
「焼酎か?」
「うん。黒糖焼酎って書いてある」
「黒糖…」
かまど神は、つぶやいたっきり黙り込んだ。微妙な反応を示した彼女に、徹は頭をかいた。
「あ、もしかして、お酒は苦手だった?こないだもほとんど、翡翠さんが飲んでたし」
「そげんわけじゃなかどん…そっちは?」
「サーターアンタギー。恵さんにおそわったんだ。メロンパンじゃないけど、こういうの好きかと思って」
サーターアンタギーを見つめる彼女の目は、キラキラしていた。やっぱり見た目どおりに子どもで、甘い物が好きなのだろうか。
「おいしそうじゃ!食べてよかか?」
「もちろん。君のために作ったんだから。好きなだけ食べるといいよ」
「うれしかぁ」
そういって、彼女はサーターアンタギーにかぶりついた。大きな口で、一口ですべてを頬張ってしまう。まるでハムスターのように頬が膨れていた。
「そんな慌ててたべなくても、大丈夫だよ」
「あはは、つい欲ばってしもたじゃ」
もぐもぐ口をうごかしながら、かまど神はうっとりといった。
「甘うてうんめかねぇ。外は茶色うさくっとしちょって、中はお日様んごつ黄色うてふわふわで…まるでお姫さぁが食ぶっおやつんごつ贅沢や」
そういわれて、徹は照れたように頭をかいた。
「いや、素朴なお菓子だよ…」
「あてにとっては贅沢なもんじゃ」
「という事はやっぱり、甘い物が好きなのかな?」
徹がそう聞くと、かまど神はうーんと考え込んだ。
「そう…なんかねぇ」
そろそろ鍋も鶏の出汁が出てきたころか。徹はひとり考える彼女をそっとしておき、作業にかかった。鍋の表面に浮かんだ白い灰汁をとり、味をみつつ塩、醤油、それに黒糖焼酎で口当たりを調える。何百回としてきたこの作業は、もはや無心になって行える。
(もう少し、塩気がいるか―…)
昆布やかつおなど、天然のもので出汁を取る場合、決していつも同じようにはいかない。常に同じ味になる人工調味料のだしとはちがって、一つとして同じ昆布はないからだ。だからそのつど味を見て、最良に整えていく。この舌先の感覚には、徹は自信があった。
(魔法をかけられた舌、とはいかないけど…)
師匠が言っていた童話を、徹は思い出した。昔むかし、味音痴の料理人がいました。その料理人は小人にたのんで、舌に魔法をかけてもらいました。どんな料理でも、何がどれだけ入っているかわかる魔法を…。
実際にそんな都合のいい魔法はない。だが徹には、出汁にあと何をたせば完璧になるかという事が感覚的にわかった。舌が覚えているのだ。師匠の作り出した「完璧な出汁」を。あの味を再現するために、舌で読み取った情報を頭のなかで分析し、解体していく―…
その作業にわき目もふらず没頭する徹を、かまど神はじいっと熱心に見守っていた。
「よし、こんなもんだろう」
しばらくして徹は出汁に合格を出し、すっかり煮えた鶏肉を引き上げた。
「ほおお、そいをどうすっと?」
「こうやって細かくさくんだよ」
膝の上に包丁をのせ、食べやすいようにほぐしていく。あらかじめ用意しておいたご飯に肉をふわりとのせ、彩りに錦糸卵と葱、岩のりに刻んだタンカンの皮を添える。
「最後にほら―」
入魂のだし汁をたっぷりかけて、できあがりだ。徹は椀をかまど神に差し出した。
「どうぞ、めしあがれ」
湯気のたつ椀を受け取り、かまど神の頬は喜びにほんのり紅くなった。
「いただきます!」
大きな木のさじをにぎって、彼女は大もりにご飯を掬って口に入れた。
「あ、あつっ!熱かのう!」
「フーフーした方がいいよ」
徹の言われた通りに口でふいて冷まして口に含み―その頬がふわっと緩む。
「あぁ、不思議な味がすっ。鶏ん脂がこってりしちょるんに、タンカンがさっぱり爽やかで、しょっぱうてうまかって―」
はふはふしながら鶏飯をかきこむかまど神を、徹は微笑みながら眺めていた。料理人として、彼女は最高のお客だ。いくらでもこうして眺めていたい。
「徹は、食べないんか」
「うん、いただこうかな…」
そういわれて徹も持ってきた椀を取り出した。かちゃりと音がなる。椀は重ねて三つ持ってきたのだ。かまど神と、自分と―
「今日は翡翠さんはこないのかなぁ」
「そういえばそうやなあ。たのしみにしちょったんに」
徹はうなずいた。口では素直に言わないものの、翡翠は次はいつお酒をもってくるの?と会うたびに聞いてきたのだ。
「今から海にいって呼んでこようか。仲間はずれみたいで悪いし」
徹が立ち上がったその時だった。
「おそらく彼女は今日はこないよ」
深くてなめらかな、男の声がした。




