やり直したい
レナーリアとミラが乗っていると思われる馬車が、慌ただしく出ていく音が徐々に遠くなっていくことを確認するようにエルロイドの視線は窓の方から室内へと戻って来た。
「ランドルフ、貴方の体調はどうなの?」
「はい、熱は下がっています。薬湯も飲んでいますし、明日には完治すると思っております。」
「そう、それは良かったわ。」
「大伯母様は、泊まって行かれるのですよね?」
ランドルフが気遣いを掛けるとエルロイドは首を横に振った。
「こんな老婆でもやることはありますのよ。アンゲルに呼ばれてきたのは、そこの令嬢に恩義があるから。私でも役に立つならとやって来た迄の事。早くに帰らなければ、私の仕事が山積みよ。ランドルフ。あなたが寝込んでいるときの仕事は誰が代わりをしてくれていたのかしら?」
ランドルフはアンゲルとルーベンスに視線を送るが、アンゲルは首を垂れるだけで、ルーベンスに関しては首を横に振るだけだった。その様子にランドルフは視線をケニアに向けると、ケニアは視線を合わせてくれることはしなかった。しかし、もし手伝ってくれたのだとしたら、例は言うべきなので、ランドルフはケニアに問いかけた。
「ケニアあなたが、僕の代わりに仕事をやってくれたのだろうか?」
「全てではありませんわ。私が出来るところまでです。公爵様と一緒にやっていた事も御座いますので。」
ランドルフは、素直にありがとうと告げたが、ケニアは何も言わなかった。
「帰る前に老婆心というものを出してしまおうかしらね。ランドルフ。あなたはケニアをどう思っているのかしら?」
「愛しております。勿論これから先は気持ちを入れ替えて、彼女に尽くしていきたいと考えております。」
紳士的に胸に手を当てて誓うようにエルロイドに宣言したが、エルロイドの反応は、応援ではなかった。
「貴方はおめでたい子なのね。」
「おめでたい?とは?」
エルロイドは、ランドルフに真面目な顔で向き合った。
「ずっと、他の女性と同棲をしてしかも一人では無く二人だったかしら?自分は働かずに嫁が稼いだお金を女性たちと自分の娯楽に二年も費やして、父親が亡くなると、愛人に妻が殺されそうになっていたことも知らず、父親の葬儀にも出席が出来ずに牢屋の中で過ごして、愛人たちが妻の物を搾取していると聞いて初めて自分の置かれている立場を知るも、初めて見た妻に一目惚れをして妻の後を追いかける。これ、貴方はどう思っているの?」
「クズ男だったと思っております。」
「クズ男なのよ。今現在も。」
あるロイドが言っていることが理解出来ないランドルフは呆然とエルロイドを見つけていた。
「忘れているかもしれないけれども、貴方は教会にこの子を放置して自分はカッコいい男だとでもいうように颯爽と出て行ったけれど、残されたこの子の事なんかまるで考えていなかったでしょう。代われるものなら代わってあげたかったわよ。それなのに離婚をしたとたんに妻だった女性を気にしているように追いかけるなんて。」
「大伯母様!本当に一目惚れだったんです!」
「それは!・・・・それは結婚式でヴェールを上げた時に聞きたかった言葉だと思うわよ。ずっと二年も放置して他の女性と散々遊んだ挙句にあなたは自分と恋愛して欲しい。結婚して欲しいというの?」
「今までの、二年の結婚生活の贖罪をしたいと思っています。だから!」
「自己満足よ。それは。振り回されるケニアは堪ったものじゃないわ。ケニアの家族に対してもそうよ。貴方は自分のことしか考えていない。ケニアの気持ちなんか考えていない。だから、今回私に連絡をして来たのがアンゲルだったのではないかしら?」
ランドルフは、背中に冷たいものが流れる感覚を覚えながら一歩も手すら動かすことが出来なかった。叔母が出禁になっていた事は幼い頃に父親から聞いていた。だから、ミラも追い出すことが出来た。しかし、ランドルフはミラがケニアを追い出すことを見て居るだけだった。この屋敷の主は自分なのだからケニアを追い出さずにミラを追い出すことは出来たはずだった。やらなかったのは、ランドルフだった。熱があったとはいえ、指示を出すことくらいは出来たはずだった。自分がやるべき仕事もケニアが熟してくれて、挙句には看病までさせて、ランドルフがやったことはミラがケニアを追い出すところを見ているだけだった。
ランドルフは、自分が変わったつもりになっていても、根本的には変わっていない事に愕然とした。
「私の意見をはっきりと伝えておきましょう。・・・・・ランドルフあなたがケニアと再婚することは、私は反対です。ケニアをもう自由にしてあげなさい。では私は帰ります。見送りは結構よ。ケニア、貴女が再婚をする時には必ずわたくしには招待状を送ってちょうだいな。約束よ。」
そういうとエルロイドは、ケニアに笑顔を残して颯爽と部屋を立ち去った。
ケニアは頭を下げてエルロイドが扉に遮られる迄頭を上げなかった。
扉が閉まる音が響いても、誰も声を出さなかった。暫く静寂に包まれていた。
その静寂を破ったのはケニアだった。
「それじゃ、私は帰ります。アンゲルとお兄様は、切りが良いところで帰って来て下さい。では、失礼致します。」
ケニアは扉に向かって歩き出した。ドアノブを掴むと、いつの間にか傍にやって来ていたランドルフがケニアの手に自分の手を重ねていた。
驚いたケニアはランドルを見上げた。
「待って。」
短く言うとケニアはドアノブから手を放して、ランドルフと向き合った。
「なんでしょうか?」
「僕を許して欲しいなんて言わない。一生許さなくても良い。だって、僕の浅慮のせいで君は死にかけてしまった。間違いなく僕のせいだ。だから許して欲しいなんて言わない。でも、君を手放したくはない。もう一度やり直したい。君に一生をかけて償いをさせて欲しい。」
ケニアは、暫く無言でランドルフを見つめていた。そして開いた口から出た言葉は鋭かった。
「許す。許さない。の話ではないんです。私の中では。二年の中で私は公爵様に可愛がっていただき、沢山の事を教えていただき、知識という財産を頂きました。私がランドルフ様にお渡ししていた生活費は、大きな授業料の返還でもあったと思います。でも、貴方との結婚生活は何もなかったじゃありませんか。やり直すも何も全く何もないのにやり直すことは出来ません。元々が他人のままだったのに。そこに許すの、許さないの、なんてものは存在がないんです。私たちは元々他人のままだった。だから教会もあなたのサインなしでも承認をして下さったんです。やり直すだなんて。勘違いをしないで下さい。」
ケニアの言葉にランドルフは、全身の力が抜けてしまった。立ち尽くしている間にケニアは扉を開けて出て行ってしまった。
扉が閉まる音を聞くとランドルフは膝から崩れ落ちて、床に座り込んでしまった。
読んで頂きありがとうございます。
ブックマーク、☆、いいね押して頂けたら嬉しいです♪




