一目惚れ
ケニアは、執務室で書類にサインをしては、物思いに耽っていた。お茶の準備をしながらその様子を見ていたヴィヴィは、声をかけた。
「何をお考えなのでしょうか?」
「ランドルフ様の事よ。なんで毎日わが家へやってくるのかしら。」
「それは、ケニア様に懸想をされていらっしゃるからでしょう。」
「あり得ないでしょう。だって結婚式には途中で消えるし、愛人を囲っていた癖に離婚をしたとたんに好きだと言われても、信じられないわよ。」
ヴィヴィは、淹れた紅茶をケニアの前に出して、休憩を促した。
「お坊ちゃまは、一目惚れという言葉に、憧れを抱いているのだと思いますよ。」
「一人で勝手に憧れていてよ。私は巻き込まないでよ。」
「公爵様と奥様は政略結婚でしたが、お見合いしたその時にお互いに一目見て好きになってしまったのですよ。ですので、結婚後も大層お互いを大切にされて、奥様が亡くなられた時には、公爵様も一緒に身罷られるのでは。と思うほどには焦燥されていらっしゃいました。それを横で見ていたお坊ちゃまは、そのような関係の女性を探していらっしゃったのですが。何せ女性を見る目がなくて。初恋だと思っていた女性には利用されて捨てられて。今回の女性たちも同じですからね。全くどうしてこうも悪女と呼ばれる女性たちにひかれてしまうのでしょうね。」
「それで言えば、私も悪女だわ。」
ケニアは頬を膨らませてヴィヴィに反論した。ヴィヴィは、クスクスと笑いながら、
「ケニア様が悪女なら誰が、いい人なのでしょうね。」
「それは・・・・知らないわ。」
ケニアは、ヴィヴィが淹れてくれたお茶を口に運びながら、分かりやすく拗ねた。
「初めてだったと思いますよ。お坊ちゃまに無償の愛を下さった方は。いつも自分が何かをしてあげていたのに、気が付いたら、自分が沢山の愛情を貰っていたなんて。」
「私は、愛情はあげていないわ。自分が働いたお金を共有財産として分け与えていただけよ。」
ヴィヴィは、ケニアが飲み干したお茶を継ぎ足した。
「結婚式でいなくなった旦那様に二年間も自分が働いたお金を共有財産として分け与えること自体が世間ではあり得ない事なのですよ。優しすぎです。」
「そうなの?」
ケニアは、不思議に思ってヴィヴィに問いかけた。
「当り前じゃないですか。自分の事は放っておいている相手に何で共有財産なんてあげなければいけないのですか?相手は遊んでいるのに。共有財産もありませんよ。寧ろヒモです。そんな男に二年も尽くしてきて。」
ヴィヴィは、頬に手を当てながら、小さく息を吐いた。
「誰も、言ってくれなかったじゃない。」
「少なくても私は、知らなかったのですよ。ケニア様がお坊ちゃまの口座に送金しているなんて。」
「アンゲルもお兄様も知っていたはずよ。」
「アンゲルは、結局お坊ちゃまが可愛くて仕方がないから、ケニア様がお坊ちゃまの為にされることでしたら、許容してしまっていたのでしょう。情けない。」
「でも、それで言ったら私を好きなんじゃなくて、自分に尽くしてくれる人が好きってことじゃない?」
「一目惚れってどこで決まると思いますか?」
「それは・・・・容姿じゃない?」
「そうですよね。でも、よく見てみるとその人の心というものは色々な所に現れているものなのですよ。可愛らしく見える人でも、目の奥に鋭い眼光を宿していたり優しい表情に見えても良く見ると、冷たい視線を人に向けたり、言葉の端端に人を見下すような言葉が見えたり。本当の意味での一目惚れって相手の心をどこかで感じ取っているのだと私は思いますよ。」
ケニアは、ヴィヴィの言葉を良く脳で咀嚼してみた。
「解るような気がするわ。優しそうに見えてもそうじゃない人っているわよね。話をしてみると、うん?って思ってしまう。」
「そういう事ですよ。ですから、私はお坊ちゃまの過去の一目惚れはノーカンだと思っておりますよ。」
「でも、なんかモヤってしまうわ。」
「それは、お坊ちゃまの罪ですから仕方がありませんわ。」
ヴィヴィはケニアの前にブラウニーを二つ置いた。
「沢山考えることがあって、大変ですね。脳にもご飯を上げてください。」
出されたブラウニーを口に入れるとナッツとカカオの香りを堪能する。
「うん。少し元気になったかも。」
ケニアは、ヴィヴィに笑顔を向けた。ヴィヴィもケニアに笑顔を返すと、
「恋愛の悩みなんて羨ましい限りですよ。相手から向けられる行為であっても、恋愛は一人では出来ませんからね。」
「私のは、恋愛とは違うと思うけど、ヴィヴィはそういった相手はいないの?かなりモテそうだけど。」
「私も良い年齢ですからね。恋愛に現を抜かすのはとうに過ぎましたよ。」
「そんな事ないと思うわよ。」
ヴィヴィは優しくケニアに微笑んだ。お茶を新たに足して、もう少し休憩を促すと、少しずつケニアの表情は明るくなっていった。
色々あった相手を好きになる事はかなり難しい。でも自分が関わってきたお坊ちゃまの恋愛を、少しだけ後押しをしたくなったヴィヴィの気持ちは、ケニアには絶対に秘密だった。
自分が仄かに恋愛感情を持っている鈍臭い家令の事も。
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