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終末のレジスタ  作者: 甘味の僕
六章 ヴェリルク動乱大戦
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断罪

 〈影牢かげろう〉とは、その名の通り影の牢獄__瑠衣が自らの影の中に作り出した空間の一つだ。

 彼女の許可なく出入りは不可能である為、必然的に危険且つ凶悪な者を投獄する用途で使われていて、将真も一時期そこで拘束されていた事がある。

 さしずめ瑠衣は門番と言ったところか。


 剣生が用があるのは、そんな場所に囚われている一人の人物。


「__あら、珍しい顔ですわね。お久しぶりです団長」

「そうだな。出来ればその面、あまり拝みたくはなかったが」


 剣生が嫌悪感を滲ませ睨めつける視線の先には、檻の中で拘束されたながらも余裕の笑みを見せる花橘苛折はなたちばなかおりの姿があった。


 もうすぐ半年くらいになるだろうか。

 彼女は剣生を拘束し、精神干渉魔法をもって柚葉を狂わせ将真を孤立させて危険な状態に追い詰めた。

 それは将真の魔王化を助長するような行動で、つまり彼女は世界中を危険に晒したのだ。

 尤も、彼女も将真の危険性を考えて処分する為に強行に及んだようだが、今までの行動と併せて苛折の行動は見過ごせないと判断するに十分な出来事となった。


 結果、こうして拘束されている訳だが__


「お前に聞きたいことがある」

「私に答えられることならお答えしましょう」


 青年の姿に戻り、殺気のような圧を飛ばす剣生の視線にも怯まず、むしろ涼し気で余裕な表情を崩さず、苛折は笑みを浮かべた。


「何から話したもんか……そうだな。とりあえずお前、『あの方』について心当たりはあるか?」

「あの方、ですか」


 話を知らないものでは要領を得ないような質問。

 それに対する苛折の様子にあまり変化は見られない。

 あの方と言うのは、バスタードの発言の中に出てきた人物だ。

 ここに拘束されている苛折が何か出来るとは思えないが、色々な状況が重なった結果、剣生の中である予想が生まれていた。


「……『あの方』ってのは、お前か?」

「…………」

「他にもある。お前、御白真尋を知っているな?」

「……ええ、存じておりますわ」

「彼女の中に、相当強力な精神干渉魔法の痕跡があった。無理やり、意識が浮上してこないように蓋をするような……あれも、お前か?」

「……さあ」

「御白猛を、大罪の魔人を作る実験体にする為か?」


 集落出身者は滅多に都市に与する事を良しとしないが、その資質は一般的な魔戦師よりも強力だ。

 加えて魔属性に耐性があるから、かなり早い段階で猛に目をつけていた可能性はある。


 飄々とした様子を変わらず崩さない苛折だったが、大罪の魔人というキーワードに、ほんの僅かに反応したのを剣生は見た。

 それは凡そ、彼女らしからぬ隙だった。

 それでも彼女が口を開くことは無い。


「……最期に。御白真尋にかけられた精神干渉魔法を解除する時に、俺の相棒に言われてな」


 イービルは言った。

 俺たちにしかできないくらいの強力な精神干渉魔法だと。

 剣生の力の正体を苛折だけでなく、瑠衣も柚葉も知っている。

 ならば__隠す理由はない。


 剣生は、踏み込んだ問いを投げかける。


「お前、俺と同じく悪魔と契約してるのか? それとも……俺の相棒と同レベルの悪魔か?」




 親友を失い、柚葉同様に現実を飲み込むまでに、剣生も長い時間を要した。

 そんな荒れていた時に契約をもちかけてきた悪魔がイービルだ。

 悪魔とは人の精神に干渉し、惑わせ、唆し、或いは苦しめ、恐慌に至らしめるような怪物だ。

 一体何を企んでいるのかと当時は疑いながらも、力を求めていた剣生はイービルの申し出を拒絶しなかった。

 自棄になっていた、というのもある。

 だがイービルは悪魔らしからず、剣生の事が気に入ったからという理由で、必要最低限の代償で最大限の力を貸してくれる、今では無二の相棒となっていた。


 そんなイービルの在り方が、悪魔の中でもあまりに特異だということは勿論剣生も理解している。

 むしろ苛折が悪魔契約者か悪魔そのものであるならば、彼女の方がまさに悪魔としての在り方に沿っている。

 悪魔は、人の命を玩具としか思っていない。

 そして苛折はまさに他者の、或いは自身の命さえ実験体にしてしまう狂科学者マッドサイエンティストが揃う〈花橘家〉の当主だ。

 故に、自分の考えはそれほど的を外していないはずだ、と剣生は睨んでいた。


 剣生の問いを前にした苛折は__彼女らしからぬ柔らかな微笑を浮かべていた。


「……今の今まで気づかなかったわけですもの。もう暫く気づかれないと思っていましたわ」

「認めるんだな」

「ええ、むしろ助かりましたわ。中々気づいてくないものだから、予定に無かったことまで色々と出来てしまいました」

「……気づいてからは、そんな気がしていたが__お前、魔王軍のスパイだな? 目的はなんだ、何を企んでいる……?」

「ちょ、団長落ち着いて。あんま近づくと危ないわよコイツは」


 檻越しに胸ぐらを掴む剣生に、瑠衣が少し慌てた様子を見せる。

 柚葉もハラハラと見つめている中で、威圧されている苛折だけは終始変わらず涼しい表情だ。

 仮にも元副団長、いくら剣生の威圧でもそうそう萎縮するはずもなく、剣生とてまともな答えが返ってくるとは考えていない。


「……まあいい。知りたい事全てを答えるとは思えんしな。聞きたいことはこれでおしまいだが、勿論用はこれだけじゃない」

「まだ他にも?」

「ああ。お前の喪失は都市にとって大きな損失になると考えていたから処遇にずっと悩んでいたんだがな__お前を生かしておく事のほうが危険だと判断した。よって今ここで処分する。覚悟は出来てるか?」


 そのあまりに唐突すぎる剣生の宣言に、他の三人は驚いたように目を剥いた。

 今から殺されると分かれば、苛折も命乞いや弁明を始める可能性はあったし、だとしても剣生に手心を加えるつもりは無かった。

 だが、むしろ苛折は驚いた表情の後に、むしろ嫌な笑みをむけてみせた。

 何を言われても、何をされても、私には効かない。

 そう言いたげな余裕は、或いは他人の神経を逆撫でするようなものだったが__剣生も挑発には応じない。


「……そうですか。見てくれと持つ権力のわりに甘くて臆病なあなたに、私を殺す決断は難しいと思っていましたわ」

「そうも言ってられなくなってな。これ以上、お前の好きにさせるのは正直リスクの方がでかい」

「では、お好きにどうぞ?」


 覚悟も何も感じないが、それでも容易く苛折は自らの命を差し出す。

 その命を軽視する在り方はやはり悪魔のそれに近く、剣生とは相容れない考え方だ。

 とはいえこれ程あっさり処分を受けるその姿勢には違和感すら覚えるが__


「……まあいいか」


 ぽつりと呟くと、剣生は檻の中へと足を踏み入れる。

 精神干渉を受けている感覚は無い。

 彼女ほどの熟練者なら、相手によってはそれを悟らせないことも出来るだろうが、流石に悪魔と契約している剣生にそんな芸当は不可能だ。

 何か延命の手段でも持っているのかと疑うが、抵抗する気すら微塵も感じられない。

 そんな彼女の首筋に、剣生は手の甲に刻まれた魔法陣から剣を取りだし刃を当てる。


「……最期に言い残す事はあるか」

「そうですわね……貴方の甘さは、いつか貴方自身を窮地に陥れる事になりますわ。努努、お忘れなきよう」

「そうか。肝に銘じておこう__」


 そんなやり取りを最後に剣生は剣を掲げ__振り下ろされた刃は、いとも容易く苛折の首を切断した。


「…………」


 それでも警戒は辞めない。

 デビルやデーモンといった、下級の悪魔とも言うべき魔物には生身の肉体があるが、真の悪魔にはそれがなく、魔力による実体化か憑依するしか現界する術はないという。

 現に剣生と契約をする事で、イービルも憑依して存在する事が出来る。

 尤も、イービルが剣生の体を使って表に出てくる事は滅多にないが。

 そして苛折が悪魔そのもの、或いは悪魔契約者ならば、肉体が死んでもまだ悪魔の方は死んでいない可能性がある。

 前者ならば絶命しただろうが、後者は肉体が死ぬまでに外に出れば__


(……杞憂だったか)


 彼女ほどの力を持つ、或いは力を与えた悪魔がこうも簡単に死ぬのは不自然だが、とにかくこの目で苛折の確実な死を確認した。

 そうして振り向くと、驚いて目を見開く二人の姿が目に入った。


「……悪かったな。勝手な事をして」

「い、いえ、剣生さんが決めたなら私は構いません、けど……」

「……私としてはむしろスッとしたくらいだけど、本当に良かったの?」


 瑠衣が都市に入る時、〈花橘家〉といざこざがあったせいか、彼女は〈花橘家〉と非常に折り合いが悪い。

 特に苛折の事は気に入らないようだったが、それでも都市にとっての彼女の有用性を理解していた。

 だがどちらかと言うと、何をしでかすか分からない〈花橘家〉の当主は瑠衣にとって危険因子であり、高いリスクを取ってまでリターンを回収するよりも早いうちに排除しておきたいところであった。

 結果として今回、彼女の望む通りになった訳だ。


「さっきも言ったし、お前も前から言ってたろ。あいつを生かしておくメリットよりデメリットの方がもう高いと、遅まきながら気づいたってだけだ。それよりこれからが大変だぞ」

「これからって……苛折を処刑した事による影響?」

「それもあるがそれ以上に、あいつが何をどこまで糸を引いているか分からないからな。今回みたいに檻の中ぶち込んでても、既に手は回したあとみたいだし」


 いつからかは分からないが、かなり前から準備していたであろうことは間違いない。

 そうでなければ説明がつかないのだ。

 牢獄の中、それも瑠衣の影の中だ。

 外と連絡を取る手段など、あるはずがない。


「……剣生さん」

「ん?」

「その……改めて、猛の妹を目覚めさせてくれて、ありがとうございます」

「気が早いぞ。意識を抑え込んでた蓋を取り除いただけだ」


 ぶっきらぼうに言う剣生だが、真尋の肉体は完治していない魔力体を除けば健康体そのものだ。

 魔戦師として生きられれば自警団にとってもベストだが、そうでなくてもあの蓋さえなければとっくに活動できるくらいには。

 だから、おそらく数日とかからず目を覚ます事だろう。


(お前にはでかい借りがある。この程度じゃまだまだ返しきれんよ)


 つい七年前を思い出し、剣生は少し困ったような笑みを浮かべて柚葉の頭に手を置く。

 剣生がどういうつもりなのか分からない柚葉は、戸惑いを見せて剣生を見上げながらも、されるがままに撫で回されていた。

 それも、途中で気恥ずかしくなり結局置かれた手を払い除けるのだが。


「……あの、やっぱり子供みたいに撫で回すのやめてください」

「悪い悪い。じゃあ戻るか」

「はい」

「ええ」


 そうして目的を済ませた三人は〈影牢〉を後にした。




 それから数週間後__


『__カンパーイ!』


 少年少女の声が重なり、軽くグラスをぶつけ合う甲高い音が鳴り響く。

 場所は南区の一角、飲食店が集まるエリアで、そのうちの魔戦師御用達の焼肉店だ。

 居合わせる面々はここ最近のいつもの顔ぶれで学園生の百期生、第一から第四の小隊メンバーが集まっていたのだから人数もそれなりのものだ。

 ただいつもと違うのは、佳奈恵と美緒に世話を焼かれる一人の、小学生と見紛う少女。

 これでも年齢は十五歳なのだが。


「あっ、ほら真尋ちゃんお肉焼けたよ」

「ん! ありがとうカナちゃん!」

「慌てちゃダメだよ。いっぱい食べていいからね」

「はぁ〜い」


 少し前に、七年という長い眠りから目を覚ました猛の妹の真尋。

 まだ退院はしておらず、今日ここにいるのは外出許可が出ているからだ。

 病院側からもそう遠くないうちに退院出来ると言われていて、彼女を高等部に編入させるまでは第四小隊が預かる事になっている。

 その為、猛も目を覚まして二週間ほどが経過している中で、三人の間には既にそれなりの交流があった。

 その間、無自覚だろうが無邪気に愛想を振りまく愛らしい真尋に屈し、美緒と佳奈恵はデレデレしながらひたすら真尋を甘やかしていた。


「__おかえり莉緒ちゃん、こっち焼けてるよ」

「お、ありがとうッス」

「ほらリン、人の焼いてないであなたも食べなさいよ」

「むごっ……あ、美味しい……じゃなくて、もう、杏果ちゃん?」

「ふふ、ごめんごめん」

「お前も人の事言ってねぇで食えよ、ほい」

「アッヅッ!」

「もー、何してんのぉ……」


 トイレから戻って来た莉緒から始まり、リンの口に肉を突っ込む杏果と、その杏果の口に熱々の焼けたばかりの肉を突っ込む響弥、隣でわちゃわちゃと騒いでいる友人たちを見て静音が呆れた様子を見せていた。

 そんなやり取りの間にも新しい飲み物が運ばれてくる。

 その漂ってくる臭いに、真那はコップの水を啜りながら顔を顰めた。


「……お酒頼んだの誰?」

「俺だ!」

「あたしよ!」

「……ハメ外しすぎでしょ」

「まあまあ」


 いい顔で親指を立てて自分を指す響弥と紅麗に、ますます渋面を深める真那の隣では、遥樹が肉を焼きながらも真那を宥めるように口を開く。


「今回は無事に帰還した打ち上げと真尋ちゃんの退院祝いも兼ねてるんだ、少しくらいはしゃいでもいいじゃないか」

「まだ退院はしてないけどねー」

「限度があるよ……」


 正面で聞いていた真尋がにこやかに返し、甘やかすような遥樹の言葉に、ムスッとした表情のまま真那は少しずつ肉を口に運んでいく。

 騒ぎたい気持ちは分かるしあまり咎めたくは無い。

 ただ、馴れ合いが嫌いな訳では無いが、真那はあまり騒がしいのは苦手だった。


 ちなみに、いつもと違う点はもう一つある。

 それは、このメンバーの中にいるはずの少年が二人、この場にいない事だ。


「将真くんと猛くんも、一緒に来れたら良かったんだけどね」

「まあ後で来るでしょ」

「場所は伝えてあるし、あとから合流するって言ってたッスもんねぇ」


 リンの隣で響弥に制裁を加えて口元を抑える杏果に続き、漸く自分で肉を焼き始めた莉緒も思い出したように口を開く。

 そう、将真と猛は一緒には来ていなかった。

 実のところ、今日はイベント事に乏しい〈裏世界〉で数少ない行事であるクリスマスで、同時に猛の誕生日でもある。

 故に将真は勿論、猛ですら参加には乗り気だったのだが、二人には直ぐに参加できない訳があった。


「……大丈夫かなぁ」

「命に関わることは無いッスよ。まあ、特に将真さんにとって、精神的にどうかってのは……保証できかねるッスけども」


 焼けた肉を口に運びながら、莉緒は思い出すように苦笑いを浮かべた。

 二人がすぐに来られない理由、それは__華蓮の診察を受ける予定が入っているからだ。

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