目覚めの前
めっちゃ久しぶりですが更新していきます〜
6章完結まで、三日に一本と以前のペースですが宜しければのんびり読んで行ってくださいね〜
将真たちが命からがらダンジョンから帰還して一週間が経った頃。
「__失礼します。片桐柚葉、ただいま参りました」
「おう、よく来たな。まあ座ってくれ」
柚葉が訪れたのは自警団本部の団長執務室。
そんな場所に何の用もなく足を運ぶことは滅多にないわけで、今日は呼び出しを受けてやってきたのだ。
待ち構えていたのは二人の人物。
一人は当然と言うべきか、団長である剣生。
容姿は普段の、中学生くらいの少年の如き姿だ。
もう一人は__ここへと呼び出した張本人、副団長の瑠衣である。
「そんな堅苦しくなくていいわよ。私たちの仲じゃない」
「そうも行きません……ていうか、恐れ多いです」
「そう?」
二十歳に届くかどうかという、少女と言っても差支えの無い見た目をしている瑠衣だが、実際は柚葉や剣生の倍は生きている。
その事もあり、まだ若い二人__特に柚葉を気にかけてくれていることは有難く思っている。
今回のダンジョンの件にしても、瑠衣のおかげで将真を含め生徒たちの命は救われたのだ。
だからこそ、馴れ馴れしく振る舞うのは柚葉にとっては少し難しい事だった。
尤も剣生の方は、団長と副団長の関係性がある為か慣れた様子だが。
「さて、じゃあ改めてダンジョンで見たものを報告させて貰うわね」
「任せた」
「はい」
報告内容は一つではなかった。
その中でも、わざわざ柚葉を呼びつけてから報告を始めた理由である一人の男の話は、やはり二人に衝撃を与えるものだった。
「……そうか。優は生きてたのか」
腕を組み、複雑な面持ちで椅子に背を凭れさせる剣生。
友人である風間優が生存していたという事実は、彼にとっても非常に喜ばしいことだ。
だからこそ、この報告は少しショックだった。
「まさか魔王軍についているとはな」
「ええ。しかもその目的がまた厄介でね……」
「……私への復讐、ですか」
「そうらしいのよねぇ……」
強ばった表情で呟く柚葉を見て、瑠衣は足を組んで頬杖を着きながら、困ったようにため息をついた。
柚葉にとって最愛の人物であった日比谷樹。
彼は剣生にとっても、そして優にとっても親友と呼ぶに相応しい、かけがえのない存在だった。
剣生ですら、樹を失った当時は一度、柚葉に酷い言葉をかけた。
それからすぐ、何も出来なかった上に後輩である柚葉に重荷を背負わせて、挙句責めた事を後悔し、反省したものだ。
だが、優はそうではなかった。
今でもなお、樹を殺した柚葉に対する憎しみは健在らしい。
将真を殺そうとしたのは、柚葉に対する見せしめにするつもりだったのだろう。
或いは、彼の目的を思えば、魔王軍の考えに沿っているとは言いきれず、もしかしたら魔王の器である将真を排除しておくつもりだったかもしれないが。
「……はぁ。頭の痛い問題だ」
更に問題なのは、優の現在の戦闘能力。
かつては樹、剣生、優と三人並んで殆ど変わらない強さだったが、それでも強いて言うなら三人の中では僅かに優が一番劣っていた。
そして当然、当時の実力は瑠衣に及ぶべくもない。
だが、ダンジョンで戦った優の強さは、分身だったとはいえ瑠衣をまるで寄せ付けないほど。
今なら、全力の瑠衣と戦っても互角以上の戦いになると、戦った瑠衣自身がそう感じていた。
その際たるものが__
「……聖人でも、魔王因子を体に入れる事って出来るのね」
「普通は反発しそうなもんなんだがな」
聖人が持つ聖属性の魔力と、魔属性の塊である魔王因子は定義上、対極の存在であるはずだ。
故に、この二つの属性が交じり合う事はないはずなのだが、実は歴史上、例が皆無という訳では無い。
そのあまりに特異な性質に付けられた名称が__〈聖魔人〉だ。
(魔王因子を人の体に入れる研究って言うのは、大罪の魔人だけでなく聖魔人すら人工的に生み出すってのか……)
そしてその研究を主導するのが、バスタードなるウィザード。
生徒たちの報告によれば、恐らく元〈花橘家〉の魔戦師だという話だ。
更にバスタードは、何者かの指示を受けてあのダンジョンに来たという旨を話していたそうだ。
(バスタードだけでも十分厄介だが、今や鬼人ランディに並ぶ脅威度を持つ優に、正体不明の「あの方」か……)
今まで知られていなかった脅威が次々に現れる事態は、否応なく大戦の気配を感じさせる。
将真が魔王の器として目覚めるにはまだ時間がかかるはずだが、警戒はしておかなければならないだろう。
「……考える事が多いな。とりあえずこの辺は後回しにしとこう」
「そうね。慌てる事もないわ」
「って訳だから柚葉。お前の用件も今のうちに聞いとこうか」
「……へ?」
「うん? なんだよ、俺に話があったんじゃなかったか?」
「あ、えっと、そうですね。忘れてました……」
「おいおい……」
ぎこちない笑みを浮かべる柚葉に、剣生は呆れた様子でため息をついた。
命も狙われているし、今回は生徒たちの身が危なかったのだから、考える事は多いだろうが、そもそも剣生たちが仕事を終えて都市へと帰還した時に話があると持ちかけたのは彼女自身だ。
その用件も後で聞くからと答えた為に、剣生も瑠衣も内容までは知らない。
「で、ではその……ちょっと着いてきてもらっていいですか? 道すがら話をさせてもらいます」
「……まあ、いいけどさ」
相変わらず内容は分からないままだったが、柚葉の真剣な様子に微笑を浮かべつつ、剣生と瑠衣はのんびりと立ち上がった。
三人が足を運んだのは、未だ帰還した生徒たちが入院する病院だ。
だが目的は彼らではなく、地下で隔離されているとある少女。
「……なるほど、御白猛の妹か」
「そうです」
年末に処分が確定した、回復の見込みのない患者数名のうちの一人である御白真尋。
将真から、猛の為にも何とか彼女を目覚めさせてやれないかという無茶ぶりにも近い要請を受けていた柚葉だが、結局彼女自身にはどうする事も出来なかった。
ならば後は、自分が持つコネに頼る他ない。
「……俺が見たところで、どうにかなる保証はないぞ」
「勿論、理解してますよ。それでも、私に取れる手段の中で一番可能性があるのは剣生さんだけですから」
「……まあ、やれるだけの事はやってみるけどな」
真尋が都市に運ばれてきた時の状態は、それはもう瀕死の重症だったという話だが、手術は成功して一命を取り留めた。
それでも直ぐに目が覚めるとは限らないという予想はされていたが、七年という長い時間眠り続けているのは流石に異常だ。
何せ、体にはなんの問題も見当たらないという話なのだから。
当然、ここの医師たちが散々彼女の状態を調べはしたがお手上げ状態だ。
ならば、違う視点を持つものが見ればどうだろう。
例えば、〈花橘家〉を覗いて唯一、まともに精神干渉魔法が使える剣生ならば、或いは。
柚葉が期待しているのはその点だ。
そして剣生も、ただ真尋にだけ優遇して手を差し伸べる訳では無い。
今までと比べると今回は前回からのスパンがだいぶ短いが、実は今までにも同じように処分された患者はいる。
今回においても、処分されるのは真尋だけではない。
真尋に手を差し伸べる理由は、兄である猛に将来性があるからという点が大きい。
他の患者にはまともに家族も残っていない為、延命を望まれている訳でもなければ患者の親族の活躍も期待出来ず、ひたすら大きな負担になるばかりなのだ。
真尋も、猛がいなければ予定通りに処分されていたに違いない。
尤も__彼女が処分されるか否かは、今からの剣生の判断に左右されるのだが。
普段は病室に入ることも許されないのだが、今回は処分が近くなっている事と団長命令もあって、特別に入室が許可された。
そうして目に映る少女の姿を見て、人の事を言えた義理ではないが剣生は思わず呟く。
「……この幼い容姿で十五か。そうは見えんな」
長らく陽の光も浴びていない影響か、身体中の色素が薄い。
更には、七年前から時が止まっているかのように殆ど成長もしていない幼い容姿。
剣生は真尋とは違い成長していない訳ではなく、必要になれば本来の姿に戻れる。
真尋のそれは、代謝もろくにされなかった影響だろう。
それでも、と剣生は早速心臓のある辺りに手を添えて、真尋の全身に魔力を流して循環させていく。
魔力持ちや魔戦師を診る医師であれば必須の技術なのだが、まず前提として魔力を有する患者は一般人と比べて免疫が圧倒的に強い。
故に普通の病気に罹ることはまずなく、罹ったとしても軽微なものだ。
彼らが病気に罹るとしたら肉体以上に魔力体や魔力回路に影響を来たしていることの方が余程多く、その為にも魔力を循環させての全身の診察は出来なくては行けない。
そうして試してみて、改めて剣生も違和感を覚える。
(聞いていた話と変わりないな。代謝もろくになく、ずっと寝たきりだったはずなのに……健康そのものだ。これで目覚めないのは確かに不自然だな)
だが、違和感の正体はどうやら彼女の体には無いらしく、少なくとも異常は見受けられなかった。
ならば、と今度は真尋の額に手を当てて集中し、魔力を奥の方へと浸透させるようにゆっくり流し込んでいく。
同時に、自身の意識を真尋の精神の中に潜り込ませて診ていく。
これでも異常がなければ、少なくとも剣生にはお手上げだが__
(……これは)
剣生の精神は、真尋の中でそれを見つけた。
(……イービル)
手に負えない、と判断すると、剣生は自分の内にいる者へと声をかける。
その返答は直ぐに来た。
__おう、どうした?
(この障壁みたいなのって……)
真尋の精神のより深くへと潜って行こうとした矢先に現れたのは、行く手を塞ぐ、硝子のように透き通った分厚い障壁だ。
尤もこれは、現実に存在するものではなくあくまで視覚的なイメージによるものなのだが。
__む……精神干渉魔法か。かなり強力だな。俺たちくらいじゃないと出来ないくらいには強い縛り……蓋、だな。
(ふた、ね……)
〈花橘家〉が得意とする精神干渉魔法。
その中には相手を眠りに至らしめたり、悪夢やトラウマを見せるものもある。
だがその効果は一時的なものであり、数年単位に及ぶ眠りに落とすなど聞いた事がない。
聞いたことは無いが__出来る人物に心当たりはあった。
(……イービル。これ、壊せるか?)
__ハッ、俺を誰だと思ってる? そもそも人間の身で精神干渉を得意としてる連中がおかしいだけで、精神干渉魔法ってのは元来、俺たちの専売特許だぞ? 余裕だ余裕。
鼻で笑い飛ばしながらそう言うと、イービルは剣生の精神を逆流して障壁に触れる。
そして障壁を侵食していくヒビのような黒い線を見ながら、剣生はイービルの気になる言葉を反芻していた。
(……俺たちの専売特許、ね)
つまり剣生が心当たりのある人物は、剣生と同じ状態にあるか或いは__イービルとそもそも同質の存在である可能性がある、という事だ。
(いよいよ、きな臭くなってきたな)
後でゆっくり考えようと思っていたが、そうも言っていられなくなった。
真尋の精神から退出したら、すぐにでもそちらへ向かわなくてはと剣生が決意を新たにしていると、遂にイービルの侵食に耐えかねた障壁がぐずぐずと崩れ落ちていく。
__ほれ、いっちょあがりだ。
(助かった。これでこの子の意識は……)
__ああ。そう遠からず目覚めるだろうよ。
(……ありがとう)
__よせよ、俺とお前の仲だろうが。
(……フッ、そうだな)
かれこれ数年、イービルとは行動を共にしているが、彼の正体を思えばそのとても似つかわしくない台詞に、剣生は小さく笑う。
そうして少しの間経過を観察し、それでも何か分かった訳では無いが問題はなさそうだと判断すると、剣生はゆっくりと真尋の額から手を離した。
「……剣生さん、どうですか」
「……ああ。お前の予想通り、精神干渉魔法の影響を受けてたよ。意識が浮上してこないように蓋をされていたみたいだ」
「でも、誰がそんな……」
「……とりあえず、精神干渉魔法は解除しておいたから、後はそのうち目を覚ますさ」
「ほ、本当ですか!? ……良かった」
ホッと息をついて胸を撫で下ろす柚葉。
対して、その安堵の報告を告げた剣生の表情は険しさを増していた。
「……あの、剣生さん?」
「……瑠衣」
「ん? 私?」
柚葉の問いかけには答えず、代わりに剣生は瑠衣に声をかける。
瑠衣はと言うと、ずっと部屋の扉のそばの壁に背を持たれさせて、腕を組んで用事が済むのを待っていた。
真尋の件において彼女が出来ることは無かったからだ。
だが、今こうしてここにいるのは、剣生にとって非常に都合がいい。
正確には、都合が良くなった、と言うべきか。
「ちょっと用ができた。ゲートを開いてくれ」
「いいけど……どこ行くつもり?」
「……柚葉、お前もついてこい」
「わ、私もですか?」
名指しされ、自分を指でさしながら訝しげな表情を浮かべる柚葉に、剣生は険しい表情のまま行き先を告げる。
「__〈影牢〉に向かう」
その場所で幽閉されている、とある人物に話を聞くために。




