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終末のレジスタ  作者: 甘味の僕
五章 ダンジョンの激闘
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和解

 将真の拳が顔に突き刺さり宙を舞うその最中、猛の時間はゆっくりと進んでいた。

 まるで走馬灯でも見ているかのような感覚だ。


(……あぁ。分かってんだよ、そんな事は)


 将真に言われた言葉。

 普通に考えれば分かるだろうと、そんな事は言われるまでもなくわかっていた。

 例え将真と同じ力を得てあの頃に戻ったとしても、大した事は出来なかっただろう。

 どれだけ強い力を得ても、当時の猛は程度の知れた幼い子供だ。

 振るえる力にも限度があるだろうし、何より肉体が耐えられないはずだ。

 そんな力を将真が扱えるのは、紛いなりにも鍛えて蓄積してきた地力によるものだろう。


 そう、猛は将真の事を少なからず認めていたのだ。

 その事実を認めたくない自分がいたのもまた事実だが。

 確かに将真は魔戦師としてはまだ未熟だが、そもそも初めて戦った時に猛は確信していた。

 身体能力は自分には劣っていても決して低くはない。

 そして戦闘センスは遥樹に匹敵する程のものがあると。

 まして、術師の方が向いているというのに近接戦闘で猛に幾度となく苦汁を飲ませたのだから、まともに魔法が使えるようになればどこまで化けるか。


 妹を想って己を鍛え強くなったはずだったのに、いつしか猛の努力を嘲笑うかのような将真の成長速度が認められなくて、将真の持つ才能に強く嫉妬を覚えるようになっていた。


 嫉妬に飲まれて、強くなりたかった本当の理由も見えなくなっていたのだ。


(分かってたのに、なぁ……)


 魔王因子はそんな猛の嫉妬を助長し、暴走に至るまで感情を増大させた。

 一番大事なものをどうせ失うのだからと、猛もそれを受け入れてしまった。

 むしろ羨望していた力が手に入って、少なからず喜んですらいた。

 それが悪い事だとは思わないが、それでも__後悔が無いわけではなくて。




 轟音と共に壁に激突し、崩れた瓦礫に飲まれた猛を見て、将真は少し慌てるような表情を見せる。


「やっべ、やり過ぎたか……?」


 魔王因子で超強化されている今の猛なら耐えられると思って全力で拳を振るってしまったが、想像以上の手応えと景気よく吹き飛ばされたその様を見てしまえば、焦るのも仕方がない。

 慌てて猛の元まで駆け寄って見ると、ぼんやりと目を開いて天井を見上げる猛の姿を目にして、将真はほっと息をつく。

 どうやら無事で、意識も残っているようだ。

 安心したのも束の間、直ぐに真剣な表情に切り替えて口を開いた。


「……猛。俺の勝ちだ」

「…………あぁ……そうだな……」

「今回の敗因は俺のラッキーじゃねーぞ……普段のお前だったら、俺なんて大した相手じゃなかったろうにな」


 確かに膂力は凶悪な程に増していたし、それだけでなく全体的な身体能力も破格に向上し、魔力も爆発的に増え、強化されていたはずだ。

 だが力に飲まれた猛は、彼本来の冷静で柔軟な立ち回りができていなかった。

 正直、普段の猛を相手にする方が余程厄介なくらいだ。


「……は、はは、は……」


 力なく自身の目の前に持ち上げた掌を見て、枯れたように笑う猛は腕をそのまま顔を隠すように下ろした。


「……しねよ」

「……あのなぁ」


 そんな猛の呟きに、まだ言うかと呆れて腰に手を当てため息をつく将真だが、その言葉は将真に向けられたものではなかった。


「…………ほんと、なんで、いきてんだよ……おれは…………あのひ……あのとき……みんなと……まひろと…………しんどくべきだった……」


 腕で隠された瞳からは、涙が溢れだしていた。


 誰もが『お前は何も悪くない』という。

 現に、猛は何もしていない。


 そう、何も出来なかった。

 集落の住民や家族は皆殺され、あまつさえ妹が盾になる始末。

 ただ一人、何も出来ずに生き残った事を、猛はずっと後悔していた。

 それでもまだ奇跡的に一命を取り留めた妹すら、もう目覚めることは無い。


「……なぁ、たのむよ、しょうま……」

「……んだよ」

「……ころしてくれ」


 涙に濡れ、震えた声で、猛は懇願する。

 彼にはもう、生きていく理由も気力も無かった。

 そんな普段とは程遠く弱々しい様子の猛に、将真は苛立ちすら覚えた。

 猛にとっては知ったことでは無いが、将真は殺すために猛と戦っていた訳ではないのだから。


「……巫山戯んなよ」

「っ……」


 ドスの効いた低い声で、猛の胸倉を掴みあげながら睨む。

 その視線に猛は気まずそうに視線を逸らし、それが益々将真の苛立ちを加速させていた。


「……はぁ。あのさ、お前が諦めるなら俺が変わりに信じてやる……なんて言ったけどさ」

「……」

「俺はお前の妹とは赤の他人なんだぞ。分かってんのか?」


 将真は再びため息をついて苛立ちを抑え込むと、猛の腕に手を伸ばしてそのまま肩を貸し歩き出した。


「赤の他人がそんなもん信じてたってあんま意味ないだろ。お前がいなきゃ、あの子が目を覚ました時に帰る場所がないだろーが……たった一人、残った家族なんだろ。お前が信じてやらないでどーするよ」

「……おれは……かなえも……みおも……まもれなかったんだぞ……」

「二人だって別にお前を恨んじゃいねーよ。まあ美緒の方は多分ってだけだけど……」


 少なくとも佳奈恵は猛を心配していたし、臆病な彼女が疲弊した体を押して自ら助けに向かうと言ったのだ。

 猛の気持ちも、おそらく他の誰より知っている佳奈恵は絶対に猛を恨んでいないと断言出来る。

 そして美緒も__そもそも彼女があまり他人を恨むような状況は想像つかないが。


「…………しょうま」

「んだよ、まだなんかあんのか? 言っとくけど勝ったのは俺だからな。お前の文句なんか聞くつもりはねーし、駄々こねるなら引き摺ってでも連れ帰るからな」

「うっせぇな、わかってらぁ…………わるかった」

「……何がだよ」

「……ぜんぶ…………そう、ぜんぶだ……いままでのこと……」

「……そうだな。許すよ。許してやるから__さっさと美緒も回収して帰んぞ」

「……あぁ」


 お互い無茶をして疲労も相当蓄積して、ボロボロもいいところだ。

 それでも猛がこれほど清々しい表情を、それも将真に見せると言うのは今までであれば考えられない話だったが__二人はようやく、僅かながらもお互いを理解し合う事が出来たのだった。




 __さて。

 これで何事もなく仲間と合流して帰還、となるのが望ましいのだが、現実はどうやらそう甘くはないらしい。


 満身創痍のまま時間をかけて階段を下り、第九階層に到着した二人の視界に広がるのは驚くべき光景だった。

 戦いの気配は落ち着いていたが、敵が登ってくる様子もないから作戦通りに事が運んで見事勝利を収めたのだと思っていた。

 ところが実際は、凍りついた部屋の中で酷いダメージを負って倒れる仲間たちという、凄惨な光景が広がっていた。

 遥樹ですら倒れ伏せ、唯一辛うじて意識は残しているものの立ち上がれないでいた。


 ただ一人、その場に立つ者は__将真の知らない人物だった。


 ただ、その容姿は遥樹に似ているようにも思えた。


「……あんた、何者だ?」

「……うん? お前……片桐将真か?」

「あ? あぁ、まあ……って、猛?」


 目の前の男が何者かを知る前に、自分の事は知られていたという事実に驚く将真。

 だが彼の姿を目に収めてから黙りこくっていた猛の豹変に、将真はより一層驚きを増すことになる。


「テメェは……!」

「うん? そっちのは知らないな。どこかで会ったか?」

「……上等だ、その面……」

「うぉっ?」


 肩を貸していたはずの将真は、唐突に猛に振り払われて呆気に取られたまま尻餅を着く。

 そうして立ち上がり、男の方へと近づく猛の体はとうに限界を迎えているはずなのに、先程までなりを潜めていた魔王因子が再び暴走を始めていた。

 それどころか__猛が男に向ける感情は、将真に向けていたものとは比にならないくらい強烈な負の感情。

 憎悪、憤怒、殺意が綯い交ぜになった激情を、男に向けて猛は振り撒いた。


「__一日だって、忘れたことはねぇぞッ!」


 限界を超え、凄まじい魔力で強化された猛の体は、恐るべき速度を発揮してその膂力で男を力任せに叩き切る__その直前で。


「……ダメだな」

「ガッ__!」


 あまりに一瞬。

 接近してきた猛に敢えて男も接近した。

 ただしその様子は後から認識出来ただけで、目で追うことが出来た訳では無い。

 そうして僅かなうちに少しの距離を詰めた男は、猛の頭に手を置いて__そのまま猛を地面に叩きつけたのだ。

 魔王因子で強化されている猛を一瞬で鎮圧するその実力は、将真に一つの現実を突きつけた。


(なんだコイツ……勝てる気が微塵もしない……!)


「……ダメだ、将真……その人と、戦うな……!」

「……どういう事だよ」


 勝てる見込みもない相手に無謀な戦いを挑むほど馬鹿ではないつもりだが、遥樹がここまで手酷くやられて忠告までするとは余程の事だろう。

 そして遥樹の宣告に、将真は驚き、目を見開く事になる。


「その人は……風間優。僕の兄だ……!」




 それは本当に一瞬の出来事だった。

 誰かが後ろに立ったと気づいた瞬間、遥樹は振り向きざまに躊躇なく擬似聖剣カリバーンを振り翳す。


「……甘い」

「ぐぁっ……!?」


 だが、その何者かは剣が当たるよりも、そして遥樹がその姿を確認するよりも早く、遥樹の頭部を横殴りにして吹き飛ばしてしまった。

 そのタイミングで、ようやく他の面々もその青年に気がつく。


「な……に、してんのよあんたッ!」


 真っ先に気がついた紅麗が、頭部から流血する遥樹を目撃して頭に血が上り突撃する。

 周囲に行動不能となった無数のクローンたちが残されている事で今の彼女は力を蓄えることが出来、無限に引き出せる状態だ。

 ユニとの戦いでは苦労させられたが、おそらく今いるメンバーの中で最も体力を残している。


 だが、血装による弾丸や副腕が襲い来る状況を前に、彼は微塵も怯まなかった。

 その全てを回避し、或いは弾き返し__手に持っていた厳つい突撃槍で紅麗の肩を抉った。


「__アアアァァァァッ!」

「フッ__」

「アグッ……!」


 耳を劈くような紅麗の絶叫が響き渡り、その胴体に蹴りを叩き込んで、後方で立ち上がろうとしていた遥樹諸共後方へと吹き飛ばす。

 遥樹も昏倒状態であったが、それ以上に紅麗は今の一連の流れで気を失ってしまったようだ。


「……半分とはいえ、吸血鬼なんだろ? だったら、俺の槍はよく効くはずだ……さて」

『ッ……!』


 青年に視線を向けられ、残る面々も思わず肩を揺らす。

 その様子を青年は少し愉快そうに眺めて、僅かにその視線を、限界を迎えて倒れたバスタードへと向けた。


「……俺はそこの馬鹿を回収しに来ただけだ。だから殺す気は無いが__そうだな、念の為、鎮圧くらいはしておこうか」


 そこからは一分と経たなかった。

 まず先にリンが危険視されて真っ先に潰され、それにより激怒した杏果と諌められずに仕方なく共に突撃する響弥が、一瞬で叩き潰された。

 次の瞬間、隙を狙った莉緒が一瞬で背後に回り込むが__そもそも隙など無く、回し蹴りを叩き込まれて容易く沈められた。

 美緒も動こうとしたが、そもそも限界が近かった彼女は動き出す事も出来ずその場で崩れ落ち、最後に残された力不足の静音と佳奈恵もまた、直ぐに意識を刈り取られた。


 一人一人を見るだけならば紛れもなく瞬殺と言える、とんでもない結果を叩き出した青年。

 それが、かつて〈風間家〉史上最強の資質を秘めているとまで言われていた男の所業であれば、何ら不思議でもないのだが。




「__だから、戦うな……勝ち目はまず無い……!」

「……道理で」


 よく似ているとは思ったが、兄と言うのなら似ていて当然だろう。

 そしてその名前は将真も知っていた。

 以前柚葉に聞いた話で、現団長である剣生と、将真の一つ前の魔王の器であった日比谷樹、そして消息を絶った〈風間家〉の本来の次期当主の三人で、当時は学園最強の小隊だったそうだ。

 優はまさにその消息を絶っていた本人。

 よく見れば、バスタードを肩に担いでいるようだった。


 ここまで状況が揃えば疑いようがない。

 優はどうやら、魔王軍の勢力についているようだ。


「……幸い、兄さんに僕らを殺す気は無いらしい。猛も……みんなも、酷くボロボロだけど、まだ命はある。バスタードを取り逃がすのは悔しいけど……」


 それでも、命を失うよりは軽い。

 元より今回の任務の目的は猛たちの救出だ。

 それを成し遂げた以上、勝ち目の無い相手に無理をしてまで挑む必要は無い。

 それこそかかっている命もなければ通すべき意地も無いのだから。


 だが、将真は遥樹の言葉に苦笑で応じる。


「……ここは大人しく、バスタードが回収されるのを見逃すべきだってか。まあ、それは別にいいんだけどな……」


 そして将真の苦笑の意味は、遥樹の意見に対する反対ではなく__明らかに自分に向けられている殺気に対する懐疑感だ。


(殺す気がない? ……冗談だろ)


 確かに、遥樹たちは容易く打ちのめされただけで命は奪われていない。

 だから、少なくとも彼らの命を奪うつもりは本当に無いのだろう。


 だが__そこに将真が当てはまるとは限らない。


「……そう、『片桐』。お前、アレだな。柚葉の弟だろ」

「柚姉のこと知って……るよな。当たり前か」

「ああ、忘れられるわけが無い__」


 言葉の続きを紡ぐその一瞬の間に、殺気を伴う優の姿が一瞬にして掻き消えた。

 命の危機を感じた将真は咄嗟にその場から飛び退く__が。


「__あいつは、俺の復讐対象だからな」

「……づぅッ!」


 何らかの攻撃が来ると本能的に察し、躱したと思った攻撃は、残念ながら回避し切れていなかった。

 その証拠に、将真の右肩には突き刺されたような傷が生まれ、焼けるような痛みを発していたのだ。

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