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終末のレジスタ  作者: 甘味の僕
五章 ダンジョンの激闘
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憧憬と嫉妬と

「__オォォッ!」

「ダラアァッ!」


 魔王の力を全開にする将真と、魔王因子に身を任せて爆発的な力を発揮する猛の剣戟がぶつかり合う。

 その力の差はほぼ互角、或いは__


(俺の方が……押されてるだァ!?)


 前回の戦いでは、将真は猛の相手にもならなかった。

 それが今回、互角以上に張り合ってくるのだから驚きもするというものだ。


「__なんだよ、考え事か!?」

「ぐっ……チィ、図に乗るんじゃねぇよ半人前がァ!」


 呆気に取られた隙に突き出された切っ先を回避し、苛立ち混じりに蹴りを放つ猛。

 それを将真はしっかりと視認して、それでもギリギリであったが躱して距離をとった。


「フーッ……」

「……クソが」


 二ヶ月前の試験で戦った時と、前回ぶつかった時の将真の力量から、例え将真が魔王の力を全開にして戦いに挑んだとしても、それでも猛には及ぶことは無い。

 少なくとも猛はその想定で動いていた。

 そして将真も、気持ち的には意地でも猛を倒して連れ帰るつもりでいるが、同じく魔王の力を全開で使った所で勝てるかどうかは怪しいとみていた。

 だから正直、二人の間には戸惑いもあった。

 何故ここまで勝負になっているのか、と。


(……まあ、俺にとっちゃ好都合だな)


 睨み合いになり、戦いの手が止まる僅かな時間。

 そんな思考が脳裏を過り、思わず口元が緩んだ。


「……何笑ってやがる」

「いや、我ながら……俺も余計な事考えてるなと思ってさ。余裕があるわけでもねーのによ」


 こんな事にはなって欲しくなかったが、猛が魔王因子を得た今、二人は同じ土俵に立っているようなものだ。

 それがまともな勝負になっている要因で、実はお互いかなりギリギリだったりする。

 一時の油断が肉体的にも精神的にも命取りになると言うのに、実際はお互い戦いに集中しきれていないというのだから、つい笑ってしまったのだ。


「……なぁ、猛。お前、妹の為に今まで頑張ってきたんだろ」

「……だったらなんだ。テメェには関係ねぇだろうが」

「関係ない……てのはまあ、そうなんだけどな。それでも言いたいんだ……なんで諦めるんだってさ」

「……何だと?」


 将真の言葉に、怒りを滲ませた低い声で問い返す。

 内面では思わず怯んだ将真だが、それを表には出さない。


「違うのかよ」

「……知ったような事を。テメェに何がわかる」

「わかんねーよ。別になにか相談された訳でもねーし、お前の話を聞いたところで辛かったんだろうなって事くらいしか、な」


 自分だったらと想像すると耐えられそうにないが、猛の本心など分かるはずもないのだ。

 精々、その辛さを推し量る事くらいしかできない。

 そして猛の苦しみは、将真の想像など容易に超えるだろう。

 だから、分かるだなんてとても言えないけれど。


「でも、妹の為に強くなったんだろうが。何でお前の努力と無関係の、そんな力に溺れてんだよ」

「……溺れてねぇよ」

「嘘だろ。めちゃくちゃ暴走してたじゃねーか」

「……お前もう黙れよ」


 静かに殺気を剥き出して、その場を飛び出し将真に切り掛る。

 何の合図もなかったが、それでも警戒していたから将真は猛の剣が振り下ろされても受け止めることが出来た。

 挑発するつもりはなかったが、乗ってくれたのはそれはそれで動きが読みやすくなるから都合はいい。


「黙らねーよ! 俺は__」

「何度も言わせんなよ、テメェには関係ねぇだろうがッ!」

「う、ギッ!?」


 拮抗し、競り合う中で猛の力が増して、将真は踏ん張りきれずに後退する。

 それでも吹き飛ばされなかっただけ十分だ。

 そうして顔を上げて見れば、猛の表情は苦しげだ。


「……そうだな。さっきも言われたし、その通りだ。お前ら兄妹の過去は俺には関係ない」


 将真だけでは無い。

 〈裏世界〉の人間だって、彼の過去には大半が関係ないだろう。

 増して__それが悪い事だとは思わないが、この世界の存在を知ること無くのうのうと日々を生きてきた将真や〈表世界〉の人間には、猛に限った話でなく〈裏世界〉で生きてきた人たちの過去だって関係ないのない話だ。

 ただし__それはあくまで、過去の話だけなのだ。


「でも、今はそうじゃない。お前ら兄妹の話を聞いたら何とかしてやりたいって思ったし、今だって、お前を助けて連れ戻したくて戦ってんだ。仲間を__友を助けたいってのは、そんなにおかしな動機じゃねーだろ」

「……ハッ。いいや、おかしいね。狂ってんよテメェは」


 将真の動機を聞いた猛は、一瞬だけ辛そうに表情を歪めた。

 ともすれば、見間違いかと思うほどに短い時間であったが。


「俺がテメェを嫌ってる事くらい、わかんねぇのか? あんだけ敵愾心向けられて、ボコボコにされて……よくそんな事が言えたなぁ? マゾなのか?」

「誰がマゾだ誰が」

「だったらなんで__」

「俺さ、〈表世界〉で友達いなかったんだよ」

「……はぁ?」


 唐突な身の上話を振られて、猛は毒気を抜かれたような声を上げる。


 〈表世界〉にいた頃の将真は、才能を持て余して対等な友人ができず、あまりおくびにも出さないようにしていたが、どこか周りを少し見下していた。

 今だから分かる事だが、当時を振り返ると嫌な奴だっただろう。

 友人が出来なかったのも将真から歩み寄ることがなかったからだ。


 それに気づいたのは〈裏世界〉に来てからの事で、同時に〈裏世界〉では自分が特別でもなければ大したやつでもないことを知った。

 それは将真にとって、嫌な事ではなかった。

 むしろ対等な相手ができた事を喜ばしく思っていたし、友人も__親友と呼べる相手もできて、その中には勿論、猛も入っていた。

 さすがに彼を親友とは言えないものの、好敵手ライバルだと思える相手だったのだ。


「お前が俺に対してあまりいい感情を持ってない事は分かってたよ。でも俺は……お前のこと、そんな嫌いじゃねーんだ。向こうじゃ、そうやって感情に任せてぶつかり合うような相手もいなかったしな」


 敵愾心を向けられてばかりなのは気分がいいわけではないが、それでもそんな犬猿の仲とでも言うべき関係が、将真は嫌ではなかったのだ。


「その上……あんな昔話聞かされて、動かずにはいられねーよ。お前だってやっぱり、大事な仲間で友人だ」


 それに、気恥ずかしくて猛本人に面と向かっては言えないが__


『やっぱり君は、猛の戦い方を参考にしているのかな?』


 そんな事を遥樹に言われたのは、丁度今月の頭頃。

 まさかバレるとは思っていなかったがそう、将真は猛の戦い方を参考にしていた。

 しかも無意識のうちに、だ。

 気づいた時には、その理由にも心当たりがあった。


 今では猛以外にもいるし、〈裏世界〉に来てから初めて戦った相手だったからたまたまというのもあるのかもしれないが__猛は将真が生まれて初めて憧れた人物だったのだ。

 才能に加え努力で磨き上げたその強さは、借り物の力無しの将真では到底及ばない領域にある。

 今でこそ多少マシにはなってきたものの、力の差は大して変わっていない。

 それを悔しく思いながらも、目指す場所がハッキリしていて、やり甲斐があって楽しく思えて、だからこそ友人でありライバルだと思える__猛は、そんな相手なのだ。


(そんなお前が、一番大事なもん諦めようとしてんだ。ほっとけるわけない)


「お前が何よりも大事な妹を諦めるってなら、仕方ねー。お前の妹とは接点ないけど、お前の帰る場所が無くならないように俺が信じてやる。だから……帰ろうぜ」

「……馬鹿だな、お前。ならさっさと見捨てて帰れよ」


 将真の誘いに、猛は首を横に振った。

 そんな答えが返ってくることは、当然予想していたのだが。


「俺はお前の事、ダチだなんて思っちゃいねぇよ。それに俺は……妹を守れなかった。妹を盾にするようなクソ野郎だ」

「それはしょうがないことだったんだろ?」

「……そうだな、しょうがない……しょうがなかった……」


 猛がいつか佳奈恵に話した事を、将真たちも佳奈恵から聞かされていた。

 どうしようもない状況だったとしか言いようがない。

 真尋が勇敢にも兄を守っただけで、猛には落ち度などないのだと。

 少なくとも、話を聞いて知ってるだけの者ならば、誰もがそう思うだろう。


「__しょうがない、で……納得出来るわけ、ねぇだろうがァッ!」


 だが、本人がどう感じているかはまた別の話だ。

 憤怒にまみれた怒号を上げ、猛が力任せに将真へと斬りかかる。

 普段の彼らしからぬ、技量も速さも感じない、怒りに任せた剣を躱す事は容易い。

 にも拘らず、将真は正面から受け止める事を選んだ。


「ぐぅッ……!」


 猛らしからぬ一撃は威力だけなら相当なもので、将真が何とか踏ん張る地面には亀裂が入り、足が少し沈んでいた。


「あの日を一日だって忘れた事はねぇ! 俺が弱かったから、真尋を盾にさせちまった! 俺の弱さが、真尋を殺したんだよ!」


 七年前のあの日、集落を襲撃した男の一人が猛を甚振っている最中に立ち塞がった真尋は、恐怖で体を震わせていた。

 恐ろしかったはずなのに、ボロボロの猛を庇うように前に出た真尋が言った言葉を、未だに忘れられないのだ。


『お……おにいちゃんを、いじめないで……!』


 そして目の前で大きな槍に胸を貫かれ、妹の返り血に自分の体が濡れる光景すら、今でも鮮明に思い出せる。


 __あの時、妹を守る力があれば。


 猛はずっと思い悩んでいた。

 だから、将真の事がどうしても好きになれない。


 将真の力は、本人と努力や才能に起因するものでは無い借り物の力だ。

 そんな物に勝てないという事実も、本人に起因しないその力が当時の自分にあれば、まだあの時の弱かった自分でも妹を守れたかもしれないのにと言う、力に対する強烈な嫉妬。


 それがどうしても、将真に対する嫌悪感へと変換されてしまう。


「俺はテメェが嫌いだ……! 自分の力でもねぇくせに……その力が俺にあれば、あの時だって__」

「馬鹿言うんじゃねーよ……どうせ無理だったよ、普通に考えりゃわかるだろ!」


 無茶を言い出す猛に、怒鳴るように将真も言い返すが、その声は届いていないらしく殺意の籠った血走った目が将真を睨めつけていた。

 更に将真にとって都合の悪いことに、競り合う剣から軋むような音が聞こえてきた。


「……チッ!」


 このままではまずいと判断し、将真は一瞬剣を傾け猛の剣を滑らせる。

 その程度で体勢を崩す猛ではないが、それでも隙は生まれた。


「頭冷やせ、この馬鹿!」

「ぐ、ぉッ!」


 将真の渾身の蹴りに反応して魔剣を正面に構え刃の腹で受け止めるが、予想よりも重く強烈な蹴りは猛の防御を吹き飛ばした。

 今度こそ大きな隙を見せた猛に攻め時と見て踏み出そうとした足を、すんでのところで地面を強く踏みしめることで留まる。

 確かに猛の体勢は大きく崩れて隙だらけだが、その状態からでも魔法は放てる。

 案の定、将真の突撃を見越した猛が、得意としている魔法〈爆炎弾エクスプショット〉を準備して放とうとしていた。

 突っ込んでいたなら間違いなく回避は出来なかったし、あの威力の魔法の直撃を受ければかなりのダメージになっていた事は想像にかたくない。


「喰らえ……!」

「そう簡単に喰らうか__よ!」


 ようやく猛らしい戦い方が見られたが、だからこそ何度も辛苦を味合わされたそのパターンは将真も予想していたところだ。

 故に、将真にも魔法を展開するだけの余裕があった。

 マグマの如き赤黒い炎の魔球と、炎のような揺らぎを纏う黒い魔球が複数ぶつかり合う。

 それは衝突と共に強烈な爆風を発生させ、頑丈なダンジョンの壁や床を広範囲に渡って破壊し、砂埃を撒き散らして視界を途切れさせた。


「くっ……!」


 自分の周りまで爆風が及び、砂埃に視界を塞がれて将真は焦りを覚える。

 佳奈恵の索敵魔法に比べればそれほどの精度はないが、猛の魔力感知は将真よりはずっと上だ。

 この視界の悪い中、おそらく将真よりも先に猛が居場所を割り出して攻めてくるだろう。

 ほぼ互角だからこそ、戦闘経験の浅い将真は後手に回れば不利だ。


「……〈黒絶こくぜつ〉」


 静かに呟き、将真は魔剣に魔力の刃を纏わせる。

 普段の不格好な武器生成魔法に纏わせるよりもずっと扱いやすい感覚だ。

 これなら範囲を抑えて、使いやすい大きさの刃で振るう事が出来る。

 多少後手に回っても、受け止められるはずだ。


「…………何処から来る?」

「__将真ァ!」

「ッ!」


 警戒はしていたが、やや見上げる程の高さから降ってきた猛に対し、驚きつつも何とか反応する。

 とはいえ、上から降ってきた分の力もかかっているのだ。

 受け止められはしたものの、再びその場で踏ん張り耐えなければならない状況が生まれてしまう。


「うぐっ……お、重ッ……!」

「こんの……いい加減、潰れろよッ!」

「ッ、がぁッ!」


 怒号と共に一層力を増した猛の攻撃に耐えきれず、ついに将真は弾き出されるように吹き飛ばされた。

 刀身からも、ひび割れるような音が聞こえてくる。


(ヤバい……これは持たないな!)


 もう後何度かぶつかり合えば、将真の魔剣は限界を迎えて壊れてしまう。

 試作品でありながらこれだけ耐えたのは十分優秀だが、何分状況が悪い。

 杖代わりにもなっているこの魔剣が無くなれば、正直かなり勝ち目は怪しくなる。

 そうでなくともギリギリだが__


(……いや、でも……これなら行けるか?)


 将真の中でふと過ぎる作戦。

 それは想定通りに行かなければ、勝ち筋を失うことになりかねない物だが。

 そして思考に耽けることを許さないかのように、猛は砂埃を突き抜けて突っ込んでくる。

 不用意な攻めだが、将真の武器が限界だということに気がついているのかもしれない。

 何度目かの衝突。

 もう将真の魔剣は限界間近だ。


「あのクソ野郎が言うにはなぁ、馴染む前に無茶な力の使い方したせいで、俺の体はもう長くねぇらしいんだよ……」

「……当たり前だろ、無茶しやがって……!」


 唐突に猛の口から零れたそれに少なからず動揺しながらも、将真は何となくそんな気がしていたからそれほど驚きはしなかった。

 将真の使う魔王の力も、無茶をすればまさにそんな感じなのだから。

 どちらかと言うと、猛の口から弱々しい言葉が漏れ出たことの方が驚いた。


「いいんだよ、どうせ真尋は助からない……! もう生きる意味も……だからせめて最後の心残りを__お前を叩き潰して勝ちたいって思いくらい、通させてくたばれよッ!」

「うおっ……!」


 咆哮と共に押され、ついに将真の魔剣に生まれてはいけないほどの大きな亀裂が生まれた。

 それでも尚、ギリギリで耐える将真は歯を食いしばりながらも深呼吸をする。

 魔剣に入った亀裂が広がり、いよいよ魔力の刃の維持も困難になりぶれ始める。

 そしてついに__将真の魔剣が破砕した。


(__勝った!)


 呆気に取られた表情で後ろにバランスを崩す将真を見て猛は確信した。

 後は返す刀で将真の体を切りつけるだけ__そこまで考えて、不意に猛は気がつく。

 後ろにバランスを崩した__だけにしては、間合いが少し遠い事に。


「……テ、メェ……!」

「……歯ァ食いしばれ」


 魔剣が耐えられない事を悟った将真は、この瞬間を狙っていた。

 猛が武器を破壊し、その勢いに押されるが逆らわず、むしろ敢えて少し後ろに下がることで猛の追撃が届かないギリギリの間合いを作る。

 簡単ではなかったが、何とか状況を整えられた。

 奇跡的にもぎ取ったこの千載一遇のチャンスを逃せば、もう将真に勝ちはない。

 半身の形で腰を落とし、右手を引いて拳を握る。

 その手に集中していくのは、恐ろしく濃密で強力な魔力だ。


「ッ……将真ァッ!」


 戦慄を抱き、焦りと共に猛は無理やり踏み出して、返す刀で将真に剣を振りかざす。

 その切先は将真の想定を超えて肌を浅く切りつけた。

 タダでさえ魔王の装束はその辺の鎧の魔道具よりも頑丈な上、届かないと高を括っていたからこれには流石に少し面食らったが、それでも直ぐに切り替える。

 致命的なダメージならまだしも、今の将真にとってはかすり傷も同然な程度なのだから。


 将真は達人と比べれば圧倒的に技量で劣るものの、剣だけでなく人並みには武術全般に心得があり、拳を放とうと構えるその姿勢は最低限型にはまったものだった。


(テメェ、この土壇場で拳だと!?)


 今までは剣か魔法で、困った時に蹴りを使うくらいだったから、その攻撃手段は猛にとっては想定外だ。

 そして無理に踏み込んだことで、もう躱すことも出来ないタイミング。


 そうして放たれる将真の拳。

 脳裏に浮かんだ技名は、なんの捻りもないシンプルなものだった。


「__〈黒拳こっけん〉!」


 振り抜かれた右手は猛の横っ面に見事に突き刺さり、猛の体は大型車にでも跳ねられたかのような勢いで宙を舞った。

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