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終末のレジスタ  作者: 甘味の僕
五章 ダンジョンの激闘
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存在理由

「__って言うのが、私が見た光景だよ」

『…………』


 目覚めた佳奈恵の元へと集まった第一、第二、第三小隊の面々は、沈痛な面持ちで報告を終える佳奈恵に釣られて暗い表情を落とし、かける言葉も思いつかず沈黙してしまう。


「……とりあえず、少しずつ整理していこう。バスタードの目的は……人工的に大罪の魔人を生み出すこと……でいいのかな?」


 そんな空気を変えるように先んじて口を開いたのは遥樹だった。

 彼の言う通り、佳奈恵の報告が事実ならそういう事になるのだろう。

 そして気になる単語が__大罪の魔人。


「……絶対、ただの魔人を生み出そうって話じゃねーよな」

「そうね。口ぶりからして同胞を増やそうって感じじゃないわ。もっと凄いものを作ろうとしてるんだろうけど……」

「大罪の魔人って、なんだろうね?」

『うーん……』


 第三小隊の三人が遥樹に続くが、全員の考えを代表するような静音の疑問に一同は首を傾げて再び沈黙する。

 そう、誰も大罪の魔人というものを知らないのだ。

 そもそも遥樹ですら、人工的に魔人を生み出す手段すら噂程度のものだと考えていた。

 だから〈魔王因子〉という名称は知っていたが、詳しい事は遥樹でも分からない。


「でも、大罪の魔人ってどこかで聞いたな……」

「__魔人の中でも、更に強力な力を持つ魔人の事よ」

『ッ!』

「ゆ、柚姉……」


 不意に声をかけられて一同が振り向いた先には、困ったような表情を浮かべる柚葉の姿があった。


「……将真。目が覚めたみたいで何よりだわ」

「あ、あぁ、えっと……心配かけてごめん」

「……ハァ。頼んどいてなんだけど、そう思うならあんまり無茶しないで欲しいわね。それより……どこで聞いてきたのかしら、それ」

「向こうで遭遇したウィザードからですね。今まで見聞きしてきたウィザードの中でも、おそらくかなり強いかと」

「なるほど……」


 視線を向けられた遥樹は素直に問いに応じ、その回答に柚葉は一層、面倒臭そうな表情を強めた。

 その様子を見れば、大罪の魔人と言うのが相当不吉なものなのだろうという予想が着く。


「私もちゃんと知ってるわけじゃないけど、まず普通の魔人ですらただの魔戦師の十倍くらい強いっていう話なのよね」

「はぁ……」

「で、大罪の魔人はその魔人の更に十倍は強いって話しよ」

「掛け値なしのバケモンじゃねーか……」


 〈日本都市〉において、明確に魔人だと分かっているのは副団長の瑠衣ただ一人だ。

 他にも密かに存在している可能性はあるが、少なくとも彼女を除いて発覚している魔人はいない。


「更に言えば、魔人には特性がある。力の差が殆ど無ければ影響は受けないけど、そんなのは同じ魔人か聖人くらいしかいないから、圧倒的な魔力量と特性をもつ魔人が如何に強いかはわかると思うわ」

「まあ……」

「その特性も、大罪の魔人と言うだけあってわかりやすいけど相当凶悪よ。同じ大罪の魔人でもない限り、まず間違いなく特性から受ける影響を逃れる術なんてないんだから」


 確かに脅威的な話だ。

 魔人の更に十倍は強いというのだから、当然といえば当然なのだが。


「……それで、大罪の魔人の話が出てきたのは、どういう事かしら?」

「ああ、初めから聞いてたわけじゃないのな」

「私も今来たばかりなのよ」

「そ、その……戦ったウィザードが、猛を使って大罪の魔人を作る実験をしてるっていう……話です」

「……イカれてるわね」


 言いにくそうにしながらも再度報告する佳奈恵。

 その内容を耳にした柚葉の表情には怒りが混じり始めていた。

 学園の生徒が実験体にされているというのだから、学園長である彼女が憤りを覚えるのは尤もな話だ。


「……でも、猛くんが大人しく従ってるって言うのはちょっと違和感あるかな」

「リン?」

「幾ら〈魔王因子〉の影響を受けてても、適合したならその時点で正気は取り戻してそうだし……あんなに負けん気が強いのに、いいように使われてる理由ってなんなんだろうって」

「……確かに、らしくないよな」


 らしくない、とは思う。

 だが、良く考えればそもそも将真は猛の事をよく知っている訳では無い。


(そうだ。執拗なくらい力を求める理由も、すげー敵視される理由も分からないんだ)


 ただ、才能に振り回される未熟な編入生に偏見があると言っても、それだけが理由では無いように思える。

 猛が将真を過剰なくらい敵視する大元の理由は、力を求める理由に繋がっている気がする。


 その様子を見た佳奈恵は、意を決したような表情を作ると、未だ強烈な倦怠感に苛まれる体を引き摺って布団から起き上がった。


「ちょ、佳奈恵ちゃん!? ダメだよまだ起きたら!」

「わ、分かってるよ。でも……猛に怒られるかもしれないけど……それでも、話しておきたいの」

「……何を?」


 思わず問うてしまった将真だが、彼も含め一同は、佳奈恵が何を話そうとしているかは話の流れから何となく察しがついていた。


「聞いておいて欲しいの。猛が力を求める理由を」




 都市の中でも最も大きく、魔戦師や魔力持ちの利用が大半を占めるこの病院には地下があった。

 隔離病棟のようなもので、深刻な状態の患者に余計な刺激を与えないためのエリア。

 一同はその地下の病室の一つを廊下から眺めていた。

 正確には、その中で眠る幼い容姿の白髪の少女を。

 病室の前の札には、少女の名前が刻まれていた。


 『御白真尋』、猛と同じ苗字だ。


「……おい、まさかこの子は」

「うん、猛に唯一残された家族……妹だって」


 猛はそもそも、都市ではなく集落出身の人間らしい。

 自警団によって発見され、比較的都市に近かった事もあり、当初はそこの住民の保護を兼ねて都市へと移住させようとした事もあるそうだ。

 だが集落の長はそれを拒み、住人たちも同じ意見だった。

 とはいえ集落というのは無防備で、立地も危険なのだ。

 見捨てるという選択も出来ず、自警団は仕方なく、干渉しすぎない程度に守ろうとしたのだが__それは七年前の悲劇の日よりもほんの数ヶ月後の話で、当時の自警団も集落に回せる戦力は多くなかった。


 自警団に非はないが、それが猛のいた集落にとっての悲劇の要因の一つであった事は確かだ。

 集落は魔王軍の襲撃を受け、ほぼ全ての人間が死に絶えた。

 奇跡的に生きていたのは、全身傷だらけのボロボロでありながらむしろ返り血で体を汚していた猛と、彼に背負われた一人の少女。

 殆ど傷はないが、唯一胸に空けられた傷が致命傷になっているという点では猛よりも酷い状態だった。


「……それが、真尋ちゃんだったんだね」

「うん」


 リンの呟きに、佳奈恵は神妙な様子で頷く。

 それでも真尋は、病院側の努力もあって奇跡的に一命を取り留めた。

 一命は取り留めたのだが__意識が戻らなかった。


「都市に来て以来、猛はほぼ毎日のように真尋ちゃんの見舞いに来てるの。でも、この子はもう七年も目覚めてないんだよ」

「それは……長いね」


 普段感情が殆ど表に出ない真那でさえ思うところがあるようで表情に影を落とす。

 彼女もまた、大切な家族を失う苦しみを知っているが故だった。


「猛があそこまで力を求める理由は、この子を守れなかった後悔と、次は必ず守り通すため……なんだよ」

「……でもよ、最近アイツかなり無気力だったよな? ありゃ何でだ?」


 響弥が口にした疑問はまさにその通りで、柚葉もずっとそれを調べていたが分からなかった。

 今の話と普段の猛の性格を思えば、真尋が目を覚ますまで折れるようなことはまず無いだろう。

 ならば、誰の目から見ても明らかな程に様子がおかしくなるだけの理由があるはずだ。


 柚葉ですら把握していないその理由を__佳奈恵は知っていた。


「……二人が再会することはもうないの」

「……どういう意味だい?」

「……ここ最近、魔物は勿論のこと、魔王軍の動きも活性化してきているんだって」

「それは……うん。僕も把握しているよ」


 遥樹は〈風間家〉次期当主なのだから知っていてもおかしくない。

 勿論柚葉は把握しているし、何なら莉緒も知っているくらいの話だ。

 だが、その前の佳奈恵の話とどう繋がってくるのかは分からない。

 あるのは妙な胸騒ぎだけだ。


「それでね……私はよく分からないんだけど、資源が不足してるみたいなの」

「……そうね。正確には、蓄えが少しずつだけど目に見えるくらいに減ってるわ」

「……多くはない。でも決して少なくもない数の、ここの人達に使われてる生命維持のためにかかるコストって……凄く高いんだって」

「…………お、おいおいちょっと待ってくれよ。それってつまり……」


 ここまで聞けば察しもついてくるものだ。

 もしこの想像が事実だとして、特に将真はそんな最悪な話があっていいとは思えないのだが__


「……うん。真尋ちゃんの処分が決まったの」


 佳奈恵から告げられた予想通りの、それでいて最悪の申告に、一同は暗い表情を落とし__将真は驚愕のあまり惚けてしまった。




「__ぁ、あああァアあッ……ぅぁああアァアッ!」

「ほぅら、いいから落ち着いてくださいねぇ全く……いくら適合したとはいえはしゃぎ過ぎですよぉ」


 ダンジョンの最下層。

 コアの前で暴れ散らす猛を吸血鬼たちに拘束させ、バスタードは暴走する猛の力を抑え込んでいた。

 完全に魔王因子に飲み込まれる寸前で奇跡的に留まった猛は、拘束されながらも苦しみ悶えて暴れて叫び散らす。

 彼を一時的に押え、暴走手前で踏みとどまらせた美緒は再び意識を失っていた。

 このまま放置していては、最悪の場合もう目覚めることはないかもしれない。

 それ程、美緒は酷く衰弱していた。


「あぁ、これは行けませんねぇ。体が崩壊しかけている。貴重な実験体モルモットだったんですがねぇ……力を使い続けて持つのはあと数日と言ったところでしょうか」


 彼の胸元に根付く魔王の細胞から伸びる浸食跡を見て、少々困ったようにボヤくバスタード。

 だが彼は言葉ほど困ってはいない。

 確かに猛はあまり得ることの無い貴重な実験体だが、失った所でまた別の実験体を探すだけだ。


「……ふふ。まあせいぜい、その命尽きるまで実験に付き合って貰いますよぉ」


 暗闇の中、バスタードはニヤリと笑う。

 遠くないうちに再び来るであろう、彼の仲間たちを今度こそ捕えることを夢想して。




「何だよ、処分って……」

「いや、確かに悲しい事だけどおかしな事ではないよ」

「……おかしな事だろ。何で……!」


 納得出来ずに声を上げる将真。

 それに冷静な声音で言い聞かせるように遥樹は続ける。


「このエリア区画の人たちに罪はないよ。それでも、何も生み出さない者たちのために、都市やそこに住む人達のために戦ってくれている者たちのために資源を優先するのは当然の事だよ。生かされていたのは、特別な事だったんだ」

「でも……そんなの、あんまりだろ……」


 猛の胸中を思い、将真は悔しさに顔を伏せる。


 猛にとって妹は生きる理由であり、力を求めて努力を積み重ね、あれほどの力を身につけたのも妹の為だ。

 その妹が処分されると告げられた時の彼の絶望はどれほどのものだっただろう。

 想像することしか出来ないが、同じ立場なら将真はしばらく立ち直れる気がしない。

 存在理由が奪われた、と言っても過言では無い。

 むしろ目に見えて普段通りとは程遠くても、普通に学園に出てきて生活している猛の精神力には感心を通り越して呆れ返る程だ。

 あの無気力は、絶望して、打ちひしがれて__現実を受け止め、諦め、飲み込んだ後だとでも言うのか。


 そして真尋が処分される事を仕方がないと諦められる一同にも納得できない。

 確かにもう七年も目を覚まさない少女が、処分決定を前に都合よく目覚めるとは思えない。

 処分という結論もこの世界では当たり前で、将真がまだそのあり方に慣れないだけなのかもしれない。


(だからって……納得なんか行くかよ)


「……その子の処分って、もうすぐなのか?」

「え? ……今すぐじゃないけど、今年の末には」

「……じゃあ、まだ猶予はあるんだな」

「でも、今まで目を覚ます兆しすらないんだよ。あと一ヶ月のうちに奇跡的に目覚めるなんてそんな事……」

「__柚姉。何とか出来ないか?」

「……はぁ?」


 あまりに唐突過ぎる、縋るような将真の問いに、柚葉は戸惑い混じりの呆れた声を上げた。


「……何とかって言われても、何もできることは無いわよ。そりゃ出来ることなら何とかしてあげたいけど……」

「じゃあ柚姉のコネクションでは? 俺らみたいな一生徒と比べれば、まだ当てはあるんじゃないか?」

「そんな事急に言われても……」

「頼むよ柚姉」


 これまでにあまりないような真剣な将真の表情と声音に、柚葉の表情は引き締まる。


「猛は絶対連れ帰る。でも、肝心の生きる目的の方が失われたんじゃ、あいつは抜け殻みたいなまま生き続けることになるかもしれないだろ。そんなの辛すぎる。納得したくねー。俺は……」


 将真の脳裏に過ったのは、〈表世界〉にいた時の、試合が終わった時の相手の姿。

 悔しさに満ちたその様子に、当時の将真はやや侮蔑混じりの同情の視線を向けていた。

 我ながら嫌な奴だったろうが、今なら、彼らの悔しさが少しは理解出来る。

 彼らの方が間違いなく技量は高く、努力の量も違っただろう。

 それが無駄だったとなれば、自分だったら絶対立ち直れないだろうから。


 その姿に、猛が重なった。

 尤も彼は、努力の量だけでなく実力も間違いなく、将真を遥かに凌駕するのだが。


「俺は……報われない努力ってのが大っ嫌いなんだよ」

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