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終末のレジスタ  作者: 甘味の僕
五章 ダンジョンの激闘
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第四小隊の不運

「__ねぇ、猛、美緒ちゃん」

「あ?」

「どうしたの?」


 数日前、第一小隊が途中で引き上げたダンジョンを引き継いで探索任務に当たっていた第四小隊は、目的地に辿り着いた直後に不可解な事態に遭遇していた。


「……確か、リンちゃんたちって第五階層を突破して、防衛機能は止まったって話だったよね?」

「……そうだな」

「そう言ってたね」

「じゃあこれって……幻なのかな?」


 ダンジョンに足を踏み入れて早々に湧き始め、三人目掛けて襲い来るガーゴイルを見て、佳奈恵は指差して目を丸くしていた。

 この時点で既に、バスタードによってダンジョンを占領されていたという事なのだろうが、当然この時の彼らがそんな事を知るはずもない。


「殴られてみたら分かんだろ」

「やだよ! 本物だったら絶対痛いもん!」

「骨は拾ってあげる」

「もうっ、美緒ちゃんまで!」


 面倒臭そうな対応をする猛に猛然と声を上げる佳奈恵。

 そしてそんな彼女を揶揄うような美緒の発言に、佳奈恵は恨みがましい視線を向けた。


「冗談だよ。それに佳奈恵だと痛いじゃ済まないかもね……〈アイスピラー〉」


 その様子に苦笑を浮かべ、生成した薙刀の穂先を前に突き出し、美緒の詠唱省略で発動した鋭い氷の柱がガーゴイルに向かって飛来していく。

 それは狙い違わずガーゴイルを撃ち抜き、塵となって虚空へと消える。

 直撃した時の感覚から、三人は直ぐに確信を得た。


「ほ、本物……」

「だろうな」

「まあこの程度なら、今更恐れることもないよ」


 情報と違う状況に愕然として戸惑いを見せる佳奈恵をよそに、猛と美緒は平然としていた。

 無論、佳奈恵とて今まで修羅場を幾つも乗り越え、ダンジョン探索も数回こなしているのだ。

 予想外の事態に直面したとはいえ、美緒の言葉通りこの程度の事で恐れたりはしない。


 結局、三人は第一小隊と違って殆ど苦労する事もなく、更に道もわかっている事から、半日足らずで第五階層まで到達してしまった。

 そしてその場で復活していたガーディアンさえも、彼らは苦もなく倒してしまったのだ。


「__初めてやったがこんなもんか。大したこたァねぇな」

「う、うん……」

「それはそうだけど……」


 美緒と佳奈恵が居ることで負担は確実に少なかったとはいえ、前衛として先頭でガーディアンと戦っていたのは猛で、それなりに苦労していてもおかしくない。

 だが目の前でその戦いぶりを見ていた二人は呆気に取られていた。

 集中力も散漫で、ここに向かうと決めてからもやはりやる気はあまり感じられない。

 だと言うのに__


「……強い」

「あ? なんか言ったか?」

「……ううん。何でもないよ」


 どうにも割を食う事が多い猛は、将真と当たる度に苦汁を飲まされていた。

 しかしながら、数年かけて重ねた研鑽は確かに実を結び、本来ならば十席に届いていても全く不思議ではないという事は、今見ていただけでもハッキリと分かる。

 それだけに、改めて彼の強さを実感しながらも、不憫だと思わずにはいられない。

 ここ最近の出来事を思えば尚のことだ。


 猛を先頭に進む第四小隊は、その後も予想していたよりも遥かに順調に探索を進め、ついには第八階層まで到達。


「……うぇっ、汚ねぇなクソが」


 俗に邪龍と呼ばれる〈ファーヴニル〉なるドラゴンが、血飛沫を撒き散らし、地響きを立てて崩れ落ちる。

 かなり強く、普通なら倒すのも大変なはずなのだが、彼らは少し苦労しただけで小一時間程度の時間で倒してしまった。

 その際に一番近くにいた猛だけ血飛沫を浴びてしまい、不快そうに表情を歪めていたが。


「大丈夫?」

「別に。大した怪我もしてねぇしな。精々血がクセェだけだ」

「あっ、待って。汚れ落とすからね」


 佳奈恵が魔導書を開き魔法陣に魔力を流し込むと、猛の体が淡く瞬いて血や汗、汚れを浄化していく。

 属性系統はなく、魔力があって使い方がわかっていれば誰でも使えるような魔法の一つ、〈清浄魔法〉だ。

 次いでに、美緒と佳奈恵自身も淡い光に包まれてホコリや汗が浄化された。


「……よしっ、こんな感じかな」

「おう、助かる」

「ありがとう」

「うん。そんなに大したことじゃないけどね」


 大それた事はしていないと謙遜する佳奈恵だが、誰でも使えるとはいえ実際に使える者は少ない。

 現に、猛や美緒も使えないのだ。

 三人はその場で少し休憩を入れると、いよいよ次の階層へと足を踏み入れる。

 これで階層主がいなければ探索は完了、なのだが__


「……あぁ?」


 ガラ悪く訝しむような声を上げて眉を顰める猛。

 美緒と佳奈恵も背後から覗き込み、怪訝そうに首を傾げていた。

 結論から言えば、辿り着いた階層は最下層ではなかった。

 階層主の姿があり、最下層にあるはずのダンジョンコアは見当たらない。

 おかしいのは、その階層主の状態。


 ヒュドラと呼ばれる多頭竜の化け物が、中央の首を落とされ全身をズタボロに切り裂かれているという異様な光景。

 死体が消えていないあたり、倒されてからそう時間が経っていないのは間違いない。


「……どういう事だ?」

「さぁ……」

「…………た、猛、美緒ちゃん」


 震えるような声に振り向く二人が目にしたのは、魔導書を開き怯えた表情で青ざめる佳奈恵の姿だ。

 一体何がと思ったが、開かれたページが淡い光を放っているところを見るに、既に何かしらの魔法を使っている。

 そしてこの状況で一番都合のいい魔法と言えば。


「……おい、佳奈恵。何が見えた?」

「……感じない? 奥の方……」

「……確かに、すっごい嫌な気配はするけど……」


 意識を向けてみれば、佳奈恵の言うように異様な気配をこの先から感じる。

 あまりに気味の悪い感覚に、猛も美緒も顔を顰めた。


「何だこのキメェ感じは……」

「……いるんだよ。凄い数の何か……!」


 佳奈恵が使ったのは索敵魔法。

 その先に見えたのは、数える事すらままならないほど夥しい数の反応だ。

 一つ一つが決して小さくはないものが密集しているせいで、巨大な何かが蠢いているような印象を受ける。

 気味の悪さの原因はそれだった。

 更にその中でも強い反応を示すものが、ヒュドラを踏み越えて三人の目の前に現れる。


「__これは驚きましたぁ。何者かと思えば、こんな若い子供たちだとは」

「……テメェ」

「ウィザード……!」

「いかにも。私は魔王軍所属のウィザード、名をバスタードと申します。以後、お見知り置きを」


 その姿に警戒を示す三人の目の前で、バスタードは胸に手を当てて仰々しく一礼をする。

 顔に貼り付いた嫌な笑みが、非常に印象的な男だ。


「……何で魔王軍所属のウィザードがこんな所に」

「それを言うならこちらのセリフですよぉ。あの方の指示で来てみれば、こんな子供が踏み込んでくるとは。いやはや、あの慧眼には脱帽です」

「……あの方?」

「あなた方が知る必要はない事ですよぉ」


 嫌な笑みを貼り付けたまま突き放すように言うと、バスタードは少しずつ美緒たちに向けて歩みを進める。

 猛と美緒の警戒は一層強くなるが、佳奈恵だけは未だ怯えた様子だ。


「……この人、確かに強いけど、こんなもんじゃない。後ろの反応は何なの……?」

「おや、目敏いですねぇ。それに……いい。少年、君が欲しい」

「いい訳ねぇだろ気持ちわりぃ」


 誰に求められたところでおいそれと応じる気はないが、男に求められては尚溜まったものではない。

 嫌悪感をむき出しにする猛に苦笑を向けながら、バスタードは指を鳴らす。


「では仕方ないですねぇ。力ずくと行きましょうかぁ」

「「ッ!?」」

「ヒッ!」


 その瞬間、奥の気配が蠢くのを感じて全身に悪寒が走る。

 佳奈恵に至っては怯えた声で半歩後退る程だ。

 それでも、彼女の性格を思えばよく耐えた方である。


「……テメェ、何を引連れてやがる」

「ふふ、まもなく分かりますよぉ__」


 バスタードの言葉は正しかった。

 間もなく下層へと続く階段から、黒い影のようなものが大量に溢れ出す。

 暗がりのせいで見え難いが黒いローブ姿で、フードの中に赤く鋭い瞳と犬歯が何とか見て取れた。

 吸血鬼の大軍だ。


「ふ、ざけんなよ、オイ……美緒!」

「分かってる! __〈絶対零度アブソリュートゼロ〉!」


 猛の呼び掛けに答え、美緒から発生した冷気が恐ろしい速度で周囲を凍りつかせてバスタード諸共、吸血鬼の大群を襲う。

 如何に吸血鬼と言えど、見たところ常軌を逸した強さにはない。

 ならばこれで殲滅可能なはず。


 結論から言えば美緒の行動は正解だった。

 ただ一つ、想定外があるとすれば__


「……馬鹿げてやがる」

「そんな……」

「い、一体どれだけの数が……」


 美緒の神技ですら追いつかないほどの数の吸血鬼がいたという事だ。

 加えて、凍りついた吸血鬼のフードの中身を見て、彼らは更なる戦慄に襲われる事になる。


「……この、顔は……」

「どうなってやがる……」

「紅麗、ちゃん……?」


 今もまだ、学園にいるはずの少女と同じ顔をした無数の吸血鬼を前に、彼らの思考はますます混乱を極める。


「さぁ、まずはあなた方の力を見せてもらいましょう」




 三人はよくやった方だった。

 美緒の神技や佳奈恵の魔法は殲滅力が高い。

 だからこの数を相手にしても、相当数撃退しつつ暫く持ち堪えることが出来た。

 それでも__千を超える数と環境の悪さが、ついに彼らの勢いを沈黙させた。


「ハァ、ハァ……クソがッ!」


 先に限界を迎え、吸血鬼たちに拘束された美緒と佳奈恵を目の前に、猛は悪態をつく。

 そう、意外にもこの環境下で最後まで戦えたのは猛だけだったのだ。


「たけ、る……」

「にげて……」

「冗談じゃねぇ。俺が死ぬだけならまだしも、お前ら置いて逃げるなんざ死んでもゴメンだ」


 その台詞はまるで仲間想いのようにも思えるし、実際その節はある。

 だがそれだけでは無い。

 その言葉が含む意味を理解している美緒と佳奈恵は沈痛な面持ちだ。


(猛……やっぱり、本当にもう興味が無いんだね)


 美緒以上に猛のことを理解している佳奈恵はより一層、彼の言葉に辛くなる。

 そして彼女らの想いや猛の努力など関係なく、事態が好転する事はない。


「いやぁ、人目見た時から思いましたがやはりしぶといですねぇ。一見普通の人間ですがぁ……もうだいたい分かりましたよぉ。となると、アレを試してみてもいいかもしれませんねぇ」

「あぁ? 何する気だ……ッ!?」


 美緒や佳奈恵より長く戦えたと言っても、もう彼も立っているだけで精一杯という状態。

 そんな所に無数の吸血鬼たちが集まってこれば、一、二体くらいは追い払えても拘束に抗う術などない。

 結局、二人同様に捕まってしまった猛は、吸血鬼たちの手によってバスタードの目の前まで連行される。


「……んだよ」

「__私の目を見なさい」

「あ? ……ぅ」


 顎を捕まれて顔を無理やり上げさせられる猛。

 一瞬、何を言われたか理解できなかったが、バスタードの目が怪しく光った時、意識が朦朧とし始める。

 それを傍から見ていた二人には、バスタードが何をしているのかを理解出来てしまった。


「せいしん、かんしょう……!?」

「そんな……!」


 世界は広い。

 故に、自分たちの憶測が正しいとは思わない。

 それでもその魔法を見た瞬間、真っ先に思い浮かんだのは、〈日本都市〉の〈四大名家〉の一つであり、最も狂った一族__〈花橘家〉だった。

 彼らの最も得意とする魔法がまさに〈精神干渉魔法〉なのだ。

 更に言えば彼は研究者を名乗っていたから、この憶測はあながち外れてはいないと思われる。


(でもそんな……あの猛の精神力でも影響を受けるなんて……)


 確かに今の猛は、疲弊以上に別の要因で過去最高に精神メンタルが弱っている。

 だが彼の精神力は学園でもずば抜けて高く、幾ら〈花橘家〉の精神干渉魔法でも容易く影響を与える事は出来ないはずだった。

 実際、同学年にも〈花橘家〉は何人かいるが、戦う事があっても彼が意に介した様子は微塵も見受けられなかった。


 ウィザードという事もあって、余程強力なのかもしれない。

 そして二人が戦慄しながらも何も出来ないでいる間に、バスタードは猛の心を土足で踏み荒らしていく。


「ふぅむ……ほぅ。なるほどぉ、魔力への耐性はそういう事ですかぁ……おっと、彼は……お友達なのですねぇ」

「……ぅ、ぐっ……!」


 用は済んだとばかりに顎から手を離して少し考えるように手を顎に当てて腕を組む。

 精神干渉の影響から脱した猛は、更に疲弊しているように見えた。


「……これは使えますねぇ、色んな意味で」


 そう呟くと、バスタードは懐に手を入れて何かを取り出す。

 それを目にした瞬間、三人は目を剥いて不快そうに顔を歪める。

 心臓のようなグロテスクでおぞましい代物だったのだから、そんな表情になるのも無理はない。


「これ、なんだと思います?」

「……知るわけねぇだろ、そんな気持ちわりぃもん」

「〈魔王因子〉……と言えば、分かりますかねぇ?」

「〈魔王因子〉だと……? それが……?」


 荒い呼吸を繰り返しながら、猛はその肉塊を凝視する。

 将真の右腕に埋まっているものはまさに魔王因子と呼ぶべきものだろうが、そこには呪印が刻まれているだけで将真のものとは思えないような肉塊があるようには見えなかった。

 曰く、魔戦師をウィザードやウィッチ……魔人に近しい存在に貶める魔力の塊だ。

 それだけではなく__


「ついでに言うなら、これは魔王様の細胞を培養したものでしてねぇ。その中でも特別強力な心臓の細胞何ですよぉ」

「……だったら何だよ」

「こうするんです」


 嫌悪感丸出しの猛に構わず、服を裂くと心臓付近にその肉塊を押し当てた。


「がっ……!」


 肉塊は付着するとどんどん体内へと入り込んでいき、強烈な異物感と高熱を伴う。

 苦痛に表情を歪めた猛を吸血鬼たちが手放し拘束を外すが、とてもその場から逃げ出せる状態ではない。


「あなた達三人は捕虜として使わせて頂きますよぉ。特に少年。君には彼を……片桐将真を誘き寄せるための餌です。彼を相手するための力も与えてあげたんですよぉ。嬉しいでしょう?」

「そんな……!」

「猛っ!」


 愉悦を滲ませ笑うバスタードの発言に、美緒と佳奈恵は悲痛な声で猛に呼びかける。


「ぐ……が、あああぁぁぁッ!」


 だがその声は猛に届かない。

 どんどん強くなる苦痛に胸を掻き毟り転がり回る。


「おっと一つだけ。私はたまたま適合しましたがぁ、適合しなければ死を待つのみです。それでも君は適合すると信じてますよぉ。成功してくれなければつまらない。何せ与えたのは私の最終目的__大罪の魔人を作る為の因子なのですからねぇ!」


 声高らかに語るバスタード。

 その声に呼応するようにドクン、と自分のものとは違う脈動を猛は感じた。


「いやだッ……やめろ……ッ!」


 次第に痛みが引く代わりに、おかしくなってしまいそうな頭を抱える。


 __力が欲しかった。大事なものを守れる力が。


「ちがう……」


 拒絶と共に否定が口から零れ、体から瘴気が発生して繭のように猛の体を包み込む。


 __あいつが目覚めたなら、今度こそ、守ってやれるような力が。


「おれはッ……こんな……!」


 続いて黒い繭から発生するのは、凄まじく濃い魔力だ。


 __気のいい仲間やつらを危険に晒したり、失ってしまうことの無いような。そんな力が、欲しかった。


「こんな、ちからをッ……もとめてたんじゃ、ない……ッ!」


 __力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい、力が欲しい、力が欲しい力が欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい__


 __なんで、お前なんだ。


「あぁ……」


 不意に溢れ出していた魔力が落ち着いて黒い繭が崩れたかと思うと、そこから現れた猛の姿を見てバスタードは恍惚の表情を浮かべた。


「__成功、ですねぇ」


 その姿は、魔王の力を全開で振るう時の将真に酷似した身体的な変貌と黒衣だった。

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