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終末のレジスタ  作者: 甘味の僕
五章 ダンジョンの激闘
86/118

敗走

「__響弥! 無事!?」

「……おぉぅ、きょうか……なん、とか……いきてる、ぞ……」

「でも凄いボロボロだよ……」


 杏果が静音を伴い、慌てた様子で響弥へと駆け寄る。

 響弥は将真と猛から少し離れた壁辺りで、将真同様酷い有様で逆さ向きにめり込むという無惨な状態を晒していた。

 少なくとも無事とは言い難く、響弥も相当ダメージが大きいようだが、それでも意識はまだあるようだ。


「あいつ……だいぶ、やべえぞ……ただつよいってだけじゃねー……なんかどんどん、おかしくなって……」

「もういいわよ、とりあえず喋らず休んでなさい__っしょ!」


 体が動いたならまだ無茶をしようとしていただろう響弥を担ぎ上げて、三人は視線を猛の方へと戻す。


「__ハッ! ハハハハハハ! アハハハハハハハハハッ! 殺す……全部壊してやる……全部ッ!」


 舞い上がる砂埃の中、狂ったように高笑いして飛び出す彼の様相は更に禍々しく、魔力も強さを増していた。

 せいぜい小一時間あっていなかっただけだと言うのに。

 ほぼ無傷のまま飛び出してきた猛は__横槍を入れてきたリンへと狙いを変えた。


「リンッ!」

「……フッ!」


 狙われていた当人は殺気で何となく気がついていた事もあり、普段よりも数段速い猛の攻撃にしっかり反応して見せた。

 更にそれだけでなく、回避しながらも槍を突き出して反撃を加える。

 だが、確かに命中した槍の穂先は猛の体に刺さらず、下手な鎧より頑強な黒衣によって防がれていた。


(魔王因子だっけ……確かに、将真くんの暴走しかけの時とかに似てるけど……ッ!)


 それにしても驚異的な頑丈さだ。

 そしてこの猛り狂った獣の如き様子からもよく分かる。

 魔王因子が暴走しているのだと。


「__ガァッ!」

「うぁっ……!」


 裂帛の気合と共に横薙ぎに振り抜かれた魔剣が槍を加減なく弾き、後ろへとバランスを崩したリンの胸倉を空いている方の手で掴むと、そのまま腕を振り上げて力一杯床へと叩きつけた。


「あぐぅッ!?」


 意識が遠のくほどの強烈な痛みと衝撃。

 それでも咄嗟に展開した盾のおかげでダメージは思いの外少ない。

 だが、朦朧とした意識のまま抵抗力を奪われたリンを掴みあげ、追撃を加えようと猛は魔剣を振りかざす。

 正気を失った眼光からは、例え仲間であっても躊躇う様子が微塵も見られない。


(やばっ……!)


 流石に命の危険を感じゾッとするリン。

 その剣が振り下ろされたまさにその時。


「__させねーよ!」

「ゴァッ!」


 今度はリンに助けられて何とか立ち上がった将真が横槍を入れ、肘まで異形に変貌した右手で猛の顔面を殴りつけた。

 これが左手だったら大したダメージも与えられなかっただろうが、殴られた猛はリンを手放してふらつく。

 その間に将真とリンは後退するが、直後に将真が膝をついた。


「ぐっ……」

「しょ、将真くん、大丈夫……?」

「くぅ……あ、あんまり、だいじょうぶではないな……リンは、ぶじか……?」

「ぼ、ボクは大丈夫だよ。結構痛かったけど……」


 正直に限界を告げる将真の隣で強がるでもなく答えるリンだが、口端には血が滲んでいた。

 やはり相当強い力で叩きつけられていたようだ。

 尤も、将真の方が圧倒的にボロボロでダメージも大きいため、むしろリンが将真に対してする心配の方が大きいのだが。


(マジで助かった……俺もそうだし響弥もとっくに限界来てんのに、このまま二人でどんどん強くなってくコイツを抑えるのは無理があったしな……)


 もう心が折れる手前くらいだった事もあり、リンたちが戻ってきくれたのは精神的にかなりの救いだ。

 後は猛を連れて撤退するだけなのだが__


「……どうすりゃいいんだよ、こんなん」


 悔しそうに歯軋りして、のんびりと体勢を立て直しニヤリと笑う猛を見据える。

 闇雲に、必死に戦ったところで、今の猛を正気に戻す方法は検討もつかない。

 このままでは彼を連れ帰る事は出来ないのだ。


 そんな焦りに拍車をかけるように、下層へと続く階段の方から轟音が響き、何かが飛来して近くに着弾した。


「……な」

「遥樹!?」


 近くでそれを目撃した将真は唖然とし、更には紅麗も思わず声を上げる。

 それは、白いマントで全身を守るように覆い飛ばされてきた遥樹だった。

 将真は下の階層で彼らが何と戦っていたのかは知らない。

 だが今の様子を見れば、遥樹でさえ手に余るような相手なのだろうと予想はつく。


「だい、じょうぶか……!?」

「……人の心配してる場合じゃないよ。それに見た目ほどダメージはないし。それよりまだ撤退出来てないのかい? 正直、急いでくれるとありがたいんだけど……」


 言葉の通り、殆どダメージを感じさせない振る舞いで立ち上がりつつも、厳しい表情で飛ばされてきた方へと目を向ける。

 その視線の先にあったのは津波のように荒ぶる赤黒い液体。


「な……なんだあれ!?」

「詳しい説明は後にするけど、吸血鬼の大軍だよ。総数が多過ぎるから数を減らしても焼け石に水……って言うのが厄介だね」


 形こそ不定形だが血装には違いない。

 その凄まじい物量は、例え遥樹の聖属性を伴う攻撃でも容易には消しきれず、むしろ遥樹を吹き飛ばすほどの力を持ってしまったのだ。


「これ以上の足止めは無理だ。加えて今の猛は正直、僕でもかなり厳しいね」

「じゃあ、どうするんだよ……?」

「……今は、猛を諦めて退くべきだと思う」

「それは……」


 遥樹の提案は妥当なものだ。

 それでも、将真は容易には納得できない。

 今は、と言うからにはもう一度ここに戻るつもりがあるのだろう。

 だがそれが何時になるかは分からない。

 その間に、もし猛の身に何かあったらと考えると、すんなり撤退しようという考えは抱けない。


「……気持ちは分かる。僕だって諦める気はない。でもこのままだと、せっかく助け出した二人だけじゃなくこの場にいる全員が危険だ。莉緒に至っては奥の手を切っているし、あれはそう長持ちしないはず。限界を迎えたら更に戦力ダウンするのは間違いないよ」

「……だとしても、どうやって撤退すんだよ?」


 遥樹の言う通りに動くとして、後ろは血の津波、前は狂乱状態の猛。

 撤退することすら容易ではない。

 手詰まり同然の状況の中、莉緒の背中におぶわれている美緒が顔を上げる。


「……ねえ、りおちゃん……」

「なんスか?」

「てったい、できればいいんだよね……?」

「……策があるんすか? いや、あったとしていいんスか? 猛さん、助けられないままッスよ?」

「……うん。でも、またきてくれるよね?」

「……それはどう言、うっ!?」


 言葉の意味が理解出来ずに首を傾げる莉緒。

 そんな彼女の首筋に、美緒がそっと犬歯を突き立てる。


 莉緒の血を吸ったのだ。

 だが勿論、美緒に吸血能力はない。

 その行為の目的は莉緒の血ではなく、その中に溶け込んでいる丸薬の成分を取り込む事にあった。

 溶け込んでいる、と言っても丸薬を直接口に含むよりは効力が薄く、恐らく一分と続かないだろう。

 それでもこの瞬間だけ、全力で動ける余力があれば十分だ。


「……私が足止めするから、しっかり佳奈恵を連れて逃げてね」

「はぁ!? ちょ、美緒、待っ__!?」

「__ごめん、またすぐ皆で来るから」


 前髪で隠れた左の額から角が除き、それによって出来た前髪の隙間から鋭い瞳が覗く。

 〈魔物化モンスフォース〉を使うには身体的にも精神的にも余力はないはず。

 そんな美緒の無茶を止めようと手を伸ばす莉緒だったが、美緒が動き出すと同時に遥樹が、莉緒の腹を抱えこんで走り出した。


「逃がさねぇ__」

「__猛」

「ッ……」


 勿論、猛は反応した。

 だがその行動は、美緒に呼びかけられた事で一時的に硬直する。

 声に反応して振り向いた猛の目には、僅かながら理性が残っていた。

 或いは、近しいものの声を聞いて一瞬、正気を取り戻したのかもしれない。


「……よかった。少しの間、ごめんね?」


 猛の体に触れ、柔らかな表情で微笑む美緒。

 触れた手が体から猛の手へと移り掴んだ瞬間、尋常ではない冷気が美緒を中心に吹き出した。


「〈絶対零度アブソリュートゼロ〉」


 美緒が使える、広範囲を一瞬にして凍てつかせる神技。

 それは猛だけでなく使用者本人も、そして背後の血の津波や吸血鬼たちも巻き込み、更には急いでその場から撤退する遥樹たちをも巻き込みかねない勢いで拡がった。

 普段より威力が高いことを考えると、〈魔物化〉の効果以上になりふり構わず放ったか、或いは彼女でさえまともに制御出来ないほど余力がなかったのか。


「遥樹さん離して! 離してくださいッス!」

「君たちには悪いけど、ここは一度退くしかない! 美緒が作ってくれたこの瞬間がチャンスなんだ!」

「でもこのままじゃ美緒が……!」

「分かってる! それでもダメだ!」


 美緒の声で猛は一時的に行動を止めたが、それでも凍りついた今なお殺気は消えていない。

 美緒を助けようと思えば猛も同時に解放することになるだろう。

 それでは何も変わらない。

 どころか、リンに背負われる将真、杏果の肩に担がれる響弥。

 未だに目を覚まさない佳奈恵に、間もなく〈魔物化モンスフォース〉による副作用で活動限界を迎えるであろう莉緒。

 戦力面から見れば状況はむしろ悪化している。

 結局、猛に足止めを食っている間にクローン吸血鬼たちまでもが復活するだろう。

 更にバスタードまで加われば最早この場の誰にも助かる余地はない。

 遥樹を含め数人は、仲間を見捨てる覚悟があれば逃げるくらいのことは出来るのだが。


「一度退いて体制を立て直すんだ! それからでないとこれ以上はみんなが持たない!」

「だったら自分だけでも残して下さいッス! このまま美緒を残していくなんて……ッ!?」


 遥樹に迷惑をかけるのはわかっていても、居ても立ってもいられずに腕の中で暴れる。

 その途中で急に虚脱感に襲われ、身動きもろくに取れなくなり、全身に痛みが走る。


「うぐぅ……」

「それ見たことか、だよ。もう限界じゃないか」

「……すいませんッス」


 こうなれば最早足手纏いにしかならない。

 納得は微塵も出来ないが、何も出来ない身でこれ以上仲間の身を危険に晒す訳には行かなかった。


「急ぐよ。佳奈恵にも早く起きてもらって状況を説明してもらわないと」


 未だに消えない猛の殺気を背に感じ、厳戒態勢を崩さないまま、一同は来た道を戻り駆け上がっていった。




 __なんだそのやる気のなさは。


 暗闇の中を、ぼんやりとした意識で揺蕩う中で、将真はそんな声を聞いた。




(……どういう意味だよ)


 __言葉の通りだ。お前がその気になればあんな小僧、相手にもならんだろう。


(……馬鹿言え、買い被りすぎだろ。仮に可能性があったとしても、そりゃお前の力を全解放する事が前提だろうが)


 __そうとも。何故使わん?


(言わなくてもわかるだろ。乗っ取られてたまるかって話だ)


 __まだお前の体を乗っ取るには時間がかかる。もっと力に馴染んでもらわなければ我としても奪えんからな。


(尚のこと使えねぇじゃん)


 __では使わず死ぬか? 或いは……仲間を見捨てるか?


(……黙れよ)


 __我の紛い物に手こずっているようでは話にならんな。どうせ使う事になるのだ。さっさと打ち破ってこい。


(なっ……)


 会話は終わりだと言わんばかりに、真っ黒な人影が背を翻した__ように見えた。

 実際はどうか分からない。

 そして次の瞬間には、将真の体が大きく揺らぎ、意識が遠のいていく。


 この夢の中においてそれは、むしろ意識の浮上に他ならないのだが。




「……ッ!」

「ヒェッ」


 意識の浮上と共に将真は慌ててその場からはね起きる。

 その様子に思わずと言った様子で飛び上がるリンは、驚いた姿勢のまま硬直していた。


「……リン、無事だったか」

「そ、それはこっちのセリフだよ! そんなになるまで無茶して……」

「……ああ、まあ、うん……悪かった」


 魔戦師の回復力は魔力量によって大きく変わってくるのだが、恐らく都市でも有数のとんでもない魔力量をしている将真ですら、まだ回復しきらないほどにダメージは大きかった。


「……ここは、病院か?」

「そうだよ」

「……撤退は上手くいったんだな」

「うん。響弥くんも、佳奈恵ちゃんも少し前に意識が戻ったところだよ」

「……どんくらい経ってる?」


 やや険しい表情を浮かべる将真につられて、リンの表情も少し強ばりを見せた。

 要領を得ない問いだったが、リンは求められている答えを何となく察していた。


「撤退から……もうすぐ一日経つくらいかなぁ」

「結構経ってるな……」


 任務から帰ってきただけならまだしも、ダンジョンには何故か魔王の力を有し狂乱中の猛と、身を呈して逃がしてくれた美緒が取り残されたままだ。

 佳奈恵を助けられただけでも状況は分かるし十分だろうが、とてもそれで納得はできない。


「……佳奈恵も起きてるって、言ってた……なっと、うっ」

「ちょ、将真くん動いちゃダメだよ! まだ治ってないでしょ!」

「ぐぇっ!」


 痛みを堪えて起き上がろうとする体を、ベッドに押し戻すようにリンに突き飛ばされて将真は思わず顔を顰める。


「も……もうちょい優しく、戻してくれてもいいんじゃね……?」

「だめ! 甘やかしたら絶対無茶するでしょ!」

「それは……時と場合によるだろ」


 とはいえ心配してくれているからこその行動だと思うと、強く抗議することも難しい。

 それでも猛と美緒を助けに再びダンジョンへと潜るには、例え痛くとも動かなければならないのだ。

 将真は目を伏せ、集中力を研ぎ澄ませていく。

 そうして知覚できる魔力の流れを意図的に制御し、循環速度を上げていく。

 すると怪我の治りが目に見えて早くなり、痛みも急速に引いていく。


 何のことは無い。

 ただの自己治癒力の促進で、魔戦師にとって重要なスキルの一つだ。

 尤も将真はまだ、こうして確実に落ち着ける状況でしか満足に実行できないのだが。

 もう一度体を起こし調子を確かめ、そのまま布団から抜け出して立ち上がり全身を動かしてみる。


「……よし、まだ少し痛むけどこれなら動けるな」

「……本当に行くつもりなの?」

「悪いな。心配かけてばっかなのは分かってるけど、人に任せっぱなしってのも納得出来なくて」


 加えて猛の事ともなれば、むしろ自分が動くべきだとすら思ってしまう。

 彼が敵視するのは、将真ただ一人なのだから。


「……本当に、無茶しないでね?」

「……約束は出来ないなぁ」

「もう……」


 リンが珍しく盛大にため息をつくが、将真も引くつもりはない。

 一先ず、この後の方針を決めるためにも、二人は佳奈恵の元へと向かうのだった。

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