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終末のレジスタ  作者: 甘味の僕
五章 ダンジョンの激闘
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紅麗のトラウマ

 かつて〈日本都市〉でも問題に上がった、吸血鬼による魔戦師の誘拐。

 それも対象は全て女性で、連行されたのは〈日本都市〉の者だけではなかった。

 誘拐の目的は、吸血鬼と他種族を交配させて不死身の性質を受け継いだより強い魔族を誕生させるという、魔王軍で行われていた実験の為の母体の確保だ。

 人族と吸血鬼の身体構造は比較的近しいとはいえ、両者の間に子供を成すのは簡単ではなく、例え妊娠したとしても母体が耐えきれずに母子共に絶命することも珍しくない。


 そんな中、奇跡的に産まれてきた半吸血鬼ハーフヴァンパイアの一人である紅麗は、他に産まれてきた子供たちとは明らかに違った。

 幼い頃から既に、吸血鬼の強力な特性である〈血装〉を扱えたのだ。

 使い過ぎると貧血に陥ってしまう欠点はあるものの、そもそもまだ物心着く前の半吸血鬼が、純血の吸血鬼の中でも限られた才能である血装を扱える時点で突出した才能だと言えよう。

 更に半吸血鬼とは思え無いほどの、純血の吸血鬼に匹敵する再生能力も持っていた。

 この事から、父親である吸血鬼の現長(ヴァンパイアロード)の力を特別強く引き継いでいる事がよく分かる。


『さぁ、今日も実験を始めますよぉ』

『いや! はなしてっ! じっけんやだぁ!』


 そんな特別な彼女だからこそ目をつけられ、実験体として苦しむ日々が続く事になった。

 その時に彼女の体を弄くり回していたのがバスタードで、紅麗にとってはトラウマと言ってもいい人物だ。

 実験中に意識が飛んだり死にかけるなんてことはざらで、苦痛に耐えられず逃げ出そうとした事もあり、その度に捕まっては無理やり引き摺ってでも連行されて実験された。

 お陰で何時しか精神は壊れる寸前、危機感を覚えた彼女の本能は思考を捨てて抗うことを諦めていたのだが。


『__逃げなさい!』


 紅麗への監視がたまたま手薄になっていた隙をついて、彼女の母体であり育て親__まさに母と言うべき人物が紅麗を逃がしたのだ。

 咄嗟の事で頭が働かず、直ぐに逃走へと意識を切り替えられてはいなかったが、それでも追っ手を振り切って紅麗は奇跡的に逃げ切る事に成功したのだ。

 とは言え、どうやって〈日本都市〉の管理している土地まで辿り着いたのか、紅麗自身覚えてはいない。


 当時は監視の手が緩んだ理由を、諦めて物分りのいい実験体モルモットになっていたからだと思っていた紅麗だったが、バスタードの口振りからするにそれだけでは無いようだった。


 恐らく手薄になった時点で、紅麗の複製は成功してしまっていた。

 手元に置いておけるならそれが一番いいが、彼女一人に執着する理由が無くなったのだ。




「__ふっ、ふぅっ、ふーっ……!」

「落ち着いて紅麗。大丈夫かい?」

「っ……大丈夫、では無いけど……ちょっと、やな事思い出しただけよ……!」


 紅麗の心臓は早鐘を打ち、呼吸困難に陥りそうなほど目眩がして、胸元を抑えてふらつく。

 植え付けられたトラウマが、傷口を抉るような苦しみを紅麗に与えているのだ。

 そんな彼女を遥樹が支え、その二人を庇うように一同が立ち塞がり、特に莉緒は直ぐにでも動き出せるように先頭で闘気を放ち、既に臨戦態勢だ。


「本人の目の前にクローン突きつけるなんて趣味悪過ぎッスね。いかにも魔王軍らしいおぞましい実験ッス」

「てか、デイウォーカーが生まれたってなんの意味があるのよ?」

「ふふふ、私は研究者ですよ? 心の赴くままに研究をして何かおかしなことでも?」

「うわ……」

「……自己満足って事」


 帰ってきた返答に杏果は不快そうに顔を顰め、怒りを覚えたらしい真那の眉が釣り上がる。

 一触即発の緊張感が高まっていく中、頭上から大きな地響きが鼓膜を打ち、遥樹たちの視線は上に向けられた。


「今の音は……」

「戦ってるんだ。二人が猛と」

「ふふふ。随分楽しそうに暴れてますねぇ。まさかここまで適合するとは予想外でしたよ」

「……適合? 猛くんにも何かしたの?」

「おや、気づかなかったんですかぁ? ええ、魔王因子を与えてやったのですよ」

「……魔王因子?」


 聞き覚えのない単語にリンは首を傾げる。

 一同揃って、聞き覚えが無いのは同じ事だったが、それが意外だと言うようにバスタードは僅かに目を見開く。


「おや、ご存知でない? 我々ウィザードやウィッチ__元魔戦師だったものを魔族に至らしめる、魔王様の細胞を培養したものですよ」

「……あなた達、そんな成り立ちだったんだね」

「それってつまり裏切り者じゃないの。元より加減する気なんてなかったけど、より一層躊躇う理由はないわよ」


 魔王因子という言葉自体は初めて聞いていても、魔王の脅威を身近に知っている彼らはどうせろくでもないものだろうとは想像していたが、話を聞く限りどうやら想像通りのようだ。

 そして建設的な会話も望めない以上、無駄話は終わりだと言わんばかりに杏果が武器を向ける。

 元より、バスタードも長々と会話をするつもりは無いようで、その様子に不敵な笑みを浮かべた。

 当然だ。

 研究者である以上、実験の結果誕生した存在の性能を試したくてしょうがないのだから。


「我々とて、魔王因子を取り込んだ者全てが適合したわけではありませんが、彼は今までに例を見ないほど適合が早く体に馴染んでいる。ただの魔戦師でありながらここまで魔属性に親和性を持つ人間は初めて見ましたよぉ」

「そうッスか。自分たちはそんなおぞましい実験には興味も共感もないんで、これ以上は生きてたら都市の方で上の人たちが話を聞いてくれるッスよ」


 驚きが連続するような話を聞かされて足が止まっていたが、冷静になれば莉緒の中の焦燥感は再び強さを増していた。

 こうしている間にも少しずつ美緒が弱っていくのが分かるのだから無理もない。


「……莉緒」


 そうしてついに踏み出そうとした矢先、先頭の莉緒に聞こえるか聞こえないかのギリギリの声量で真那が声をかけてきた。

 返事はせずとも背後に視線を向けて呼び掛けに応じると、その声量のまま真那は続けた。


「援護する」


 言うが早いか、いつの間にか魔力の充填を終えていた銃を構え、バスタードに向けて放つ。

 弾の種類は__攻撃性が低いものの、この場においては強い効果を発揮する物だった。


「__〈雷閃光ライトニングレイ〉、発射ファイア


 莉緒が地面を蹴り出す直前で、一番後ろにいた真那から放たれた砲撃は、この暗い洞窟の中で強烈な光を放ちながらバスタードへと向かう。

 いかにウィザードへと堕ちたバスタードも、身体構造は殆ど人間と同じだ。


「うぐぅっ!?」


 故に、無警戒というわけではなかったが想定していなかった強烈な閃光を前に視界が潰された。

 残る面々は後ろからという事もあってバスタードほど強い影響は受けず、また気づくのが早かった為に視界を潰されるという事態は免れた。

 そしてその隙に莉緒はバスタードの横を一瞬にして駆け抜けて美緒と佳奈恵の元まで一直線で突撃する。

 勿論、莉緒の速度に後出しで反応できるほどバスタードは早くない。

 早くは無いのだが。


「__全く、せっかちな子ですねぇ。まあいいでしょう。私としてもそろそろ性能テストをしたいと思っていたところですし……『ユニ』」

「……了解、マスター」

「……ッ!?」


 もう少しで二人に届くと言ったところで、莉緒の進路を妨害するように出現したのは、紅麗のクローンである『ユニ』と呼ばれた少女。

 莉緒の速度に追いついた訳ではなく、どうやら動き出す前に反応していたようだ。

 確かに目的が分かっているなら追いつく事はことは容易い。

 だが__止められるかどうかはまた別の話。


「……悪く思わないで下さいッスね!」


 友人と同じ顔を前にして僅かに逡巡する莉緒だったが、即座にユニを切り捨てる決意をして更に強く地面を踏み締める。


「__〈日輪舞踏〉、〈八重桜〉!」


 そうして莉緒が放つ神速の連撃に、ユニは為す術もなく切り落とされる__はずだった。

 少なくとも莉緒の想定では、刃が通るはずだったのだ。

 だが八連撃に及ぶ攻撃は、かつて遥樹に向けて放った時のように容易く止められてしまった。

 それも、武器ではなく腕で。


「……そ、んな、馬鹿な事が……ッ」


 刃が全く通らない訳では無く、数センチほどくい込んではいたが、腕からは出血すらない。

 そもそも肌の色も普通じゃない。


(これ、生肌じゃない……血装か!)


 それでも、あの鬼人ランディにすら傷をつけた技が防がれた事に動揺を禁じ得ない事に変わりはない。

 更に気づくと同時に、ユニの背から赤黒い隻腕がローブを突き破って出現し、莉緒に向かって伸ばされる。

 離脱を試みようとする莉緒だったが、相当強くくい込んでいるのか刃が腕から抜けない。


「くっ……!」


 短刀を諦めてその場から今度こそ離脱しようとする莉緒。

 そんな彼女を逃がすまいと速度を上げた隻腕は莉緒の腕を掴み上げると、そのまま上に投げ飛ばした。


「うぁっ!」


 体が宙を浮き、天井に背中を強く打ち付ける。

 その割には柔らかい感触が不可解だったが__


(……不味い、確か周りには……!)


 思い出して視線を周囲に向けると、自分を見る無数の赤い瞳と目が合って思わず息を詰まらせる。

 その中でも、背後にいた何体かの紅麗のクローンが莉緒の動きを拘束し、その体にゆっくりと牙を突き立てる。


「イッ……!?」


 思わず声を上げるほどの痛み。

 その上で満足に身動きも取らせて貰えない危機的な状況。

 彼女と同等以上の速度を持つ虎生ならば、その性質上この状況からでも逃れることは容易いだろう。

 だが莉緒の速さは高い身体能力を強化して得ているもので、拘束された状態では本来の能力を発揮することなど不可能だ。


「__莉緒! ちょっとじっとしてなさいよ!」


 このまま血を吸われ続ければ間もなく莉緒は死に至るだろうという状況で彼女に声をかけたのは、何とか動けるくらいに回復した紅麗。

 その手には赤黒く大きな大剣が握られていて、彼女は無防備に宙へと躍り出る。

 普通なら危険な行動であり、紅麗としてもあまり深く考えた行動ではなかったが、今回に関しては結果的に問題は無かった。

 ユニを除くクローン体は動きが緩慢だったのだ。


「ハアァァァッ!」


 のんびりと動き出しはしていたが、当然紅麗は彼女らの好きに行動させるつもりは無い。

 莉緒以上に躊躇うこと無く、その手に持つ大剣を容赦なく振り回してクローンたちを切り伏せた。


(よし、これなら……!)


 結果、莉緒の拘束も緩み、危ない所で莉緒は抜け出す事に成功した。

 あくまで数が多かったことが問題で、捕まっていた時間が短かったのは幸いか、莉緒のダメージは予想していたほどではない。

 むしろ莉緒としては紅麗に対する心配の方が大きかった。


「……紅麗さん。助かったッスけど、そんな無茶して大丈夫ッスか?」


 猛との衝突以外にも、道中の戦いでも何度か血装を使っている。

 別に使用制限はなく、使ったからと言って使用分全てが消費される訳では無いが、純血の吸血鬼では無い彼女は血の戻りは遅く、血を大量に消費するのはかなり負担になるはずだ。

 実際、少し辛そうにも見えた。


「大丈夫よこれくらい」


 そして予想通り、紅麗は弱みを見せなかった。

 ただし顔色は少し良くなったようで、どういう事かと首を傾げる莉緒。

 それに答えるように、紅麗はニッと不敵な笑みを浮かべた。


「別に、さっきまではちょっとやな事思い出しただけだもの。確かに普通にこれだけの消費をしたら相当な負担だけど……むしろ今はチャンスでさえあるわ」

「チャンス?」

「ええ」


 目を瞬かせる莉緒に目配せし、紅麗は天井を見上げる。

 視線の先には、生き残ったクローン体が大剣で切り伏せられた無数のクローン体の残骸に群がり、それを食べているというグロテスクな光景が広がり、思わず顔を顰めて口元を押える莉緒。


「……ん?」


 とはいえ紅麗がただグロテスクな光景を見せるためだけに合図した訳がなく、衝撃的な光景に耐えながら観察して莉緒は気がついた。

 あれ程酷く傷ついているクローン体の残骸から、出血が殆ど見られないのだ。


「……正直、初めての経験よ」


 そう呟く紅麗に視線を戻すと、確かに普段あまり見ないような、先程とはまるで真逆の高揚感すら感じさせるギラギラとした表情で、それでありながら静かに笑っていた。

 感触を確かめるように紅麗は背中から赤黒い翼を生やし、感覚を確かめるように色んな形で血装の形成を繰り返す。


「遥樹の血は魔力が濃いから回復は早いんだけど、やっぱ聖属性だから私と相性はあんまり良くないのよね。でもこの子たちの血は殆ど私と同質。回復は勿論、馴染むのが早い。これなら暫く暴れられそうだわ」

「……それは、心強いッスけど。でも大丈夫ッスか? 自分と瓜二つの相手を、敵とはいえ殺す事に……」

「……平気よ。むしろここで終わらせて上げる方がよっぽど温情だと思うけど」

「……そういう事なら自分は気にしないッス。それより、サポートは任せるッスよ」

「オッケー!」


 紅麗の快い返事を受け、今度は莉緒が宙へと躍り出る。

 彼女のそれは先程の紅麗とは違う。

 次の隙を見つけるまで敵の数を削る為の行動に出ようとしているのだ。

 無防備などということはなく、むしろ研ぎ澄まされた刃のように鋭い殺気と集中力を纏っている。

 それだけに留まらず、短期解決を望む彼女は久しぶりにポーチから秘伝の丸薬を取り出して口の中に放り込む。


 〈鬼嶋家〉特有の奥の手__〈魔物化モンスフォース〉だ。


 右の額からは角が伸び、髪に隠れた鬼人のように鋭い目が周囲を見渡す。


「__蹴散らす!」


 空気を蹴り、一息にクローン体の群がる中へと突っ込んでいく莉緒。

 その様子をバスタードはやや不快そうな目で見て、盛大にため息をついた。


「しょうがない子ですねぇ。いいでしょう、では総力戦と行きましょうか」


 バスタードが不本意そうながらも指を鳴らすと、クローン体たちの視線が再び一斉に遥樹たちを向く。

 それだけでなく、彼女らは少しずつ前進を始めた。


「……遥樹。あの青いのはあたしが相手するわ」

「……行けるんだね?」

「ええ、やるわ」

「……分かった。それならお願いするよ」

「了解!」


 遥樹に任され、紅麗は正面からユニへと突っ込んでいく。

 それと入れ替わるように今度は、大群を突き破って莉緒が後退してきた。


「遥樹さん、あのクローン体の強さなんスけど」

「うん」

「大体、〈上級グレーター〉くらいだと思うッス。血装もそれほど強くないとはいえ使えるみたいッスけど……どうやら体はそれほど丈夫じゃないというか、随分脆い見たいッス」

「……まあクローンだから、その辺は仕方ないよ。それに僕らとしてはむしろありがたい」


 何せ、この数を今から相手にしなければならないのだから。

 ともあれ、莉緒が持ってきた情報は非常に有益だ。


「じゃあ、自分はもう一回突っ込んできます!」

「無理はしないように! その状態にはリミットがあるんだろう?」

「分かってるッス、前よりは延びてるから大丈夫ッスよ!」


 そう言うと、再び莉緒は大群へと飛び込んでいく。


「……さあ、やろうかみんな」


 今度は先頭に立ち、残る四人に向けて発破をかける遥樹。


(そうだ。将真くんも上で頑張ってる)

(響弥も上で必死に戦ってるのに……)


 その四人はまだ光景に圧倒されて戸惑いつつも、声をかけられて各々に武器を握る。


((自分たちだけ、逃げてなんて居られない!))


「うん、行けるよ!」

「ドンと来いっての!」


 威勢のいい声を上げる少女たちを見て、バスタードは愉しげにニィと笑った。

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