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終末のレジスタ  作者: 甘味の僕
五章 ダンジョンの激闘
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第四小隊、出立

 喧嘩を売られたのだと紅麗は解釈した。

 更に遥樹は、紅麗が勝てば今後関わらないことを約束し、代わりに遥樹が勝った場合は大人しく従って貰う事を条件につけた。

 周囲に転がるボロボロの生徒たちや、半吸血鬼である紅麗を見ても動揺など微塵も見せず、加えて勝手なことを言い出したのだ。

 紅麗はその余裕そうな態度が気に食わず、遥樹の提案を飲まずその場で襲いかかった。


『いい度胸じゃない__覚悟は出来ているんでしょうねぇ!?』


 どういうつもりかは分からない。

 だが簡単に勝てると思われているのならば舐められたものだ。

 他の生徒と違う事は彼女にも一目で理解出来たが、やる事は変わらない。


(先ずはその、余裕こいた小綺麗な顔からぶっ飛ばしてやる__!)


 その速さは人並外れたもので、とても中等部の生徒で反応できるようなものでは無い。

 紅麗の手が遥樹の顔に触れそうになったその瞬間。


『__しょうがないね。じゃあこの場でいいよ』


 フッと笑みを浮かべると、遥樹は少し体をずらして容易く紅麗の攻撃を躱す。

 それだけに留まらず、目の前を通り過ぎる紅麗の手首を素早く掴み、そのまま地面に組み伏せて彼女の動きを封じて見せたのだ。


『かはっ……!』

『……さて、負けを認めてくれるかな?』

『ふ……ざけるな! 認める訳ないでしょ!』


 何をされたのかはぎりぎり理解出来たが、信じられないという思いで遥樹の拘束を無理やりふりきって距離を取る。


(吸血鬼より反応早いとか冗談でしょ!?)


 危機感から強い警戒心を抱き近づけないでいた紅麗に対し、今度は遥樹の方から距離を詰めてきた。

 しかも驚くべき事に、紅麗と同じくらいには速かった。


『……はぁ!?』

『じゃあごめんね。ちょっと痛いかもしれないよ__』


 驚愕している紅麗の腹に手を押し当て、聖属性の魔力を少し込めて掌底を放つ。

 少しとはいえ、聖属性の魔力は吸血鬼にとって弱点だ。


『あ、ぐっ……!』


 苦痛に膝をつき、腹を抑えて蹲る紅麗の目の前にしゃがみこみ、遥樹は彼女の額に指を添えた。


『やめっ……』

『意識が戻ったら、またお話しようか』


 遥樹の指先から放たれた聖属性の魔力の波長は、動揺していた紅麗の意識を容易く刈り取った。

 完膚無きまでの敗北。

 次に目が覚めた時には医務室で、エメラルドグリーンの目と髪を持つ小さな少女にじーっと見られているところだった。


『じゃあ、僕の話を聞いて貰おうかな』


 小さな少女に呼ばれてやってきた遥樹が要求したのは、自分と共に行動することだった。

 どうやら遥樹は、紅麗が差別的な扱いを受けていることに問題を感じていたらしい。

 その為、彼自身が味方に着くことで誰にも手出しできないように計らってくれるということだ。

 〈風間家〉の次期当主を敵に回そうという馬鹿は、上級生にもまずいない。


『……私の行動が目に余るとかじゃなかったのね』

『無くはないけど……先に手を出したのは君じゃないんだろう? だったら君は悪くないよ。彼らがボロボロになったのも、力の差も理解せずに喧嘩を売った代償さ。これを機に、編入生や君みたいな特異な子に対する偏見が無くなるといいんだけどね』


 とはいえそれは簡単な事ではなく、現在の高等部に進級してからでさえ少なくなった程度。

 特に編入生に対する偏見はそれ程に根深い。


 だが、遥樹が味方についた事で周りの紅麗への対応は大きく変化した。

 向けられる感情にはそれほど変化はなく、いい方向へ向かっていくのにはかなりの時間を要したが、それでも少なくとも絡まれることはなくなった。

 〈風間家〉の名も遥樹自身の力もやはり大きく、彼といつも行動を共にする小さな少女、真那もかなりの実力があるようだ。

 そんな相手に喧嘩を売ってまで紅麗を害そうとする度胸のある生徒は、やはり一人としていなかった。


 漸く、紅麗の身に平穏が訪れた瞬間だった。


「__って事は、紅麗さんの噂を聞かなくなったのは遥樹さんの働きがあったからなんスねぇ。それで、きっかけはいつだったんスか?」

「きっかけ?」

「とぼけないでくださいッス。そもそも、なんでこんな話してるのか忘れたんスか?」

「あー……そうね。きっかけね……」


 悪戯っぽい含み笑いを貼り付けて詰め寄る莉緒に、紅麗はたじろぎやや仰け反り気味に顔を背けた。

 勿論、忘れた訳では無い。

 元より、紅麗自身が始めた話なのだから。


「べ、別にこれといったことは無いし……一緒に行動するようになっていつの間にってだけ……で、でもそれだけなら真那もそうだし恋愛感情はないわ!」

「そんな早口で否定しなくても……」

「ていうか遥樹さんなら気づいてそうッスよね」

「それはないわよ。ちゃんと隠せてるはずだし」

『あっ……』

「……え? なに?」


 莉緒の言葉を否定する紅麗だったが、それを聞いた三人は思わず揃って声が漏れて、その様子に紅麗は戸惑いを見せていた。


「……紅麗ちゃん、今……」

「うん、そうだね」

「だ、だから何よ……?」

「隠せてるって事は……気があるんスよね? 語るに落ちましたね?」

「……ハッ!」


 どうやら少し遅れて気づいたらしく、自分の失言に紅麗は忽ち赤くなった。


「ち、違うわ! 今のは言葉の綾で__」

「__こらこら、みんなして声が大きいよ」

「ぴぃ!」


 慌てていた所に声をかけられ、紅麗は思わず変な声を上げ肩を跳ねさせた。

 まだ赤い顔のまま恐る恐る声の方に視線を向けると、呆れたように笑う遥樹と、少し驚いた様子の将真が部屋の出入口に立っていた。


「子供たちが目を覚ましちゃうじゃないか」

「将真さんたち戻ってきたんスね」

「そりゃそーだろ。もう一時間くらい経ってるぜ」

「えっ、もうそんなに?」


 驚きに目を見開き口に手を当て、リンの視線が直ぐに時計へと向けられた。

 真那も予想外だったようで、少し困惑した様子だ。


「はー、結構長く喋っちゃってたね」

「……ねぇ、遥樹。一つ聞いてもいいかしら」

「うん?」


 恐る恐ると言った様子で問い掛けられ、遥樹は疑問符が浮かぶような表情で僅かに首を傾げる。


「い、今の話……聞いてた?」

「いや、話し声は聞こえたけど、紅麗が騒がしくしてたところしか聞こえなかったよ」

「騒がしい……いや、まあ、それは悪かったわ。悪かったけど……そう、聞こえてなかったのね」


 やや酷な指摘は受けたものの、聞かれていないとわかった紅麗は安心したように息をつく。

 そんな彼女の様子にリンと莉緒は苦笑を浮かべ、真那は呆れたような表情を見せた。


「……何でもいいけど、こっちもそろそろ準備は終わったからね。もう少ししたら皆を起こしてあげようか」

「わ、分かったわ」

「そう言えば将真くんと遥樹くんで何作ってたの?」

「カレーだよ。もう時期でき上がる頃だな」

「へぇー。やっぱり料理出来るんだね」

「カレーはそう難しいもんでもないと思うけどな」


 彼女らは立ち上がり、子供たちを起こさないように静かに歩いて部屋を出ていく。

 そうして将真と遥樹の先導に従い食堂に向かう最中、彼らが他愛ない会話をしている傍らで莉緒は、先程の紅麗の言葉についてふと過った思考を巡らせていた。


(……実験の成功例で、実験体としても使ってきたはずの紅麗さんを、そう簡単に逃がすもんスかね?)


 命からがらとは言え、そう容易く逃げ切れるとは思えない。

 もしそれが本当だとしたら正直管理が杜撰と言うか、間抜けという他ない。

 何か狙いがあるのだとしたら別だが、或いは__


(……不要になったから見逃した?)


 そこまで考えて莉緒はため息をついた。


「莉緒ちゃん?」

「どうしたのよ?」


 そんな彼女の様子に気がついて一同が振り返る。

 考え込んでつい不審な様子を表に出してしまった迂闊さに、我ながら呆れを抱きつつも莉緒は慌てて誤魔化した。


「いやぁ別に、何でもないッスよ。ほら、気にせず行きましょう」

「あっ、ちょっとあんまり押さないでよぉ」


 リンの背を押しながら歩く莉緒の頭には、先程の思考は消えていた。


(自分が思いつく程度の事を自警団側が把握してないとは思えない。まして紅麗さんが来たのは数年前の事ッスからね。考えるのは大事だけど、考え過ぎるのは良くない癖ッスね……)


 その後は将真と遥樹で作ったカレーを子供たちと食し、寝かしつけて夜九時を過ぎた頃、漸く将真たちの子守りの任務は終わりを迎えたのだった。




 その翌日。


「__こんな早朝から呼びつけるなんて、なんの御用でしょうか学園長」


 まだ始業前の時間、柚葉に呼び出されて学園長室に集まったのは美緒、猛、佳奈恵の三人。

 態とらしく丁寧に問い掛けたのは美緒だ。


「そうね、こんな時間に悪かったわ。あなた達のことだからもうとっくに起きてると思ってたんだけど……」


 言いながら、柚葉は猛に視線を向ける。

 そしてやはり、普段と違う雰囲気の彼に強い違和感を感じた。

 聞けばどうやら、猛は最近朝も夜も自己鍛錬をしていないそうで、今日も呼び掛けには応じたがまだ目覚めたばかりだったのだ。


(そりゃ鍛錬なんて強制じゃないし、やるやらないは本人の自由なんだけど……)


 問題はそこでは無い。

 今までは__少なくともここ最近までは、確かに猛は朝も夜も鍛錬を誰よりも欠かさない男だった。

 それこそ休日や負傷で安静を命じられている時でさえじっとしていないほど、彼の強さへの執着は凄まじい。


 だが最近はむしろ必要最低限しか鍛えていないと言う。

 それほど関わりの深くない柚葉から見ても、今まで彼と向かい合って感じていた闘志や強さへの執着を感じない。

 最早別人と言ってもいいくらいの極端な変化なのだ。


「……猛、あなた本当にどうしちゃったのよ」

「……何の話ですか」

「ちょっと前にね、響弥があなたの様子がおかしいって心配してたのよ。多分、将真たちも気づいてるわ」


 それを聞いた瞬間の猛の反応は非常に分かりやすかった。

 驚いたように目を見開いて渋面を作ったのだ。

 どうやら本人は普段通りのつもりでいたようだが、だとすれば尚更らしくない。

 人から見てわかりやすく異常を来たしている事に、当の本人が気づいていないのだから。


「……別に。何でもないですよ」

「なんでもない事はないでしょ。まああなたがそこまで変になるなんて余程の事だと思うし……思い当たるとしても、将真かあなたの妹くらいしか思いつかないんだけど……」

「ッ……あんたにも、それにあいつらにも関係ない話だ」


 無理やり引き離すような物言いに、美緒と佳奈恵は困った表情で互いを見合せた。

 そして柚葉もまた、悩ましげに頭を抱えていた。


(……私でさえ一瞬怯むくらいの殺気をむき出しにしといて、なんでもない事はないでしょうに)


 それに、関係ないというのも頂けない。

 柚葉は兎も角、将真たちは仲間なのだから。

 とはいえ関わって欲しくないという意思は伝わった。

 これ以上無理に個人の事情に踏み込むべきでは無い。


「……分かったわ。じゃあ話を戻すわね……と言っても、猛がこの調子だと分かったもんじゃないけど」

「はぁ……それで、何をさせるつもりなんですか?」


 何かを頼まれることは察していたらしい美緒の言葉に、柚葉はニッと笑みを浮かべる。


「話が早くて助かるわ。最近帰ってきた第一小隊が探索していたダンジョン探索を引き継いでみない?」

「……続きですか?」

「ええ。どこまで話を聞いてるかは知らないけど、あの子たちが向かったダンジョン、実は計測機の不具合で数値を正確に図れなくてね。せいぜい三層までだろうと思ってたんだけど五層よりも下がまだあるみたいなの」

「……そうらしいですね」


 一応話しは聞いていたらしく、美緒が珍しく少し悔しげな表情を浮かべていた。

 彼ら第四小隊も、柚葉が見ている限りでは第五階層を突破できるだけの実力は十分にある。

 小隊のバランスの良さや練度を見ても、遥樹たち第二小隊と張り合えるだろう。

 まだ学園生である彼らに足りないのは経験だ。

 それでも第四小隊ならば無茶せず無難に立ち回り探索ができるはずだと判断し、柚葉はこの話を持ちかけている。

 今の猛にはやる気が微塵も感じられないが、普段の猛であれば食い気味にやると言い出すであろう確信があった。

 そして美緒と佳奈恵は割と猛に甘いというか、結構付き合いのいいところがあり、猛の我儘でも恐らく了承したに違いない。


 だからこそ現状、引き受けて貰えるかどうかは確信を持てないでいるのだが__


「私、やります」


 意外にも、猛より早くやる気に満ちた口調で答えたのは美緒だった。

 普段は穏やかで落ち着いた表情が、真剣なものへと移り変わっている。


「珍しいわね、あなたの方が食いつくなんて」

「……二ヶ月前のチーム戦でも勝てなかったですからね。莉緒ちゃん相手でも負けっぱなしは悔しいですよ」

「……そうね」


 美緒と莉緒の実力は中等部時代でほぼ互角。

 あくまで力をセーブした上での結果だったが、高等部に上がって制限が取り払われ数ヶ月経った現状でも、二人の実力に大きな差はない。

 どころか、術師としての能力は圧倒的に美緒の方が優秀で、身体能力も比較的高い。

 対する莉緒の身体能力は学生レベルを遥かに超えて高く、とりわけ足の速さは都市全体で見てもトップクラスにずば抜けている。

 それでも美緒が勝てない道理はないはずなのだが、高等部に進級後は一度も莉緒に勝てず、早期決着で毎度辛酸を嘗めさせられているのだ。

 悔しいと思う気持ちはよく分かる。


「わ、私もやります!」

「佳奈恵……」

「正直、私は二人について行くので精一杯です。五層より下なんて考えたことも無いし不安だけど……それが猛の為になるなら、意地でも食らいつきます」

「……猛。あなた、ここまで言わせてまさか行かない、とは言わないわよね?」


 佳奈恵の決意を聞き、柚葉は猛へと穏やかな笑みを浮かべる。

 強制はしない、という柚葉の考えは変わらない。

 別に、本当に行きたくないというのならそれでもいいのだ。

 だが、第四小隊の中で一番戦うことが苦手な佳奈恵がここまで言うのだ。

 例え豹変してしまったとしても、猛なら恐らく__


「……分かりましたよ。行ってこりゃいいんだろ」

「……さっきも言ったけど強制じゃないわよ。でもそうね。行ってみてくれるとありがたいわ」


 あまり乗り気ではないようだが、それでも猛も行く気になってくれたようだ。

 一安心してホッと息をつく柚葉だったが、次の言葉を告げた時に美緒が驚くべき返答を返す。


「じゃあ、今日は準備して明日からの出発でいいわよ」

「いいえ、今すぐ行きます」

「は?」

「えぇ?」


 美緒の返答が予想外だったようで、猛も佳奈恵も呆然と声を上げるが、美緒の表情は真剣そのもので冗談ではないらしい。


「……そんなに慌てなくてもいいのよ?」

「慌ててる訳でも、焦ってる訳でもないです。どの道、最近大した任務もなくて退屈で、緊張感も足りなかったし。それに準備なら常に怠る事はありません。元より何時でも出発できる状態です」

「ふむ……二人は?」


 美緒が言うように、今すぐ行かせても構わないとは思う柚葉。

 しかし二人が拒否するなら、流石にナシだ。

 やはり精神的にも余裕を持った状態である事が望ましいのだから。


「……いや、別に今すぐでもいいけどよ」

「わ、私も一応、大丈夫だよ……!」

「……そういう事なら、すぐに動いてもらいましょうか」


 苦笑と共に小さく息をつくと、柚葉の表情は真剣なものへと変化し、第四小隊の三人は背筋を伸ばした。


「では改めて、第一小隊のダンジョン探索の引き継ぎをお願いします。勿論攻略してくれるのが一番いいけど、無理だけはしないこと。いいわね?」

『了解!』


 かくして、第四小隊は直ぐに都市を出立し、探索途中のダンジョンへと足を向けた。

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