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終末のレジスタ  作者: 甘味の僕
一章 編入生の未熟な魔術師
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七話「休息、街歩き」

 序列戦のブロック戦から二日が経過した朝。

 その日は休日だったが、将真は朝早くから校舎の前で立っていた。

 そこに、待ち合わせをしていたリンが駆け足で向かってくる。


「片桐くん、お待たせ」

「お、おお……」

「片桐くん?」


 こういう時は、待ち合わせの定番の言葉を、と思っていた将真だったが、リンの装いを見た瞬間、言葉に詰まってセリフが頭から飛んでいた。

 控えめにフリルが装飾されたシンプルなモノクロワンピースだったが、よく似合っていた。

 将真の硬直に、訝しげな表情を浮かべてリンがそっと覗き込んでくる。


「……大丈夫? なにか、おかしかった?」

「いや、その……、似合ってると思って」

「あっ……、うん、ありがとう」


 将真が素直な賛辞を述べると、リンは少し照れたように頬を染める。

 こんな雰囲気で男女で出かけるのだから、見方によってはデートなのだが、これが実はそうでは無い。


 柚葉がリンに頼んで、将真に〈日本都市〉内の案内をする事になったのだ。

 一応、学園に通うまでも一週間ほどの期間が空いていたのだが、正直、そんなに見回っていないのだ。

 理由は単純。迷子になるからだ。


「……ホントに似合ってる? 柚葉さんに着させられたんだけど」

「ちゃんと似合ってると思う」


 将真は、自分にセンスがあるとは思っていない。だから明確な事は分からないが、それでも似合うと思ったのは素直な感想だ。


(てか、柚姉が着せたのか……)


 という事は、柚葉にはファンションセンスがあるのかもしれない。

 ちなみに将真の格好は、ジーパンにTシャツ、その上にパーカーとシンプルだ。だがリンと違い非常に地味である。


「……じゃあ、行こっか」

「あ、あぁ。頼む」


 そうして、少々ぎこちなさを感じながらも、二人は街中の散策を始めた。




 〈日本都市〉。

 〈表世界〉の地図で言うと、日本を位置する場所に存在する島国の中にあり、円形の結界に囲まれた、人類の希望の砦の一つ。海にも面していて、都市の位置は恐らく東京、神奈川辺りだろう。

 学園関連の施設を中央区とし、東西南北の四つに別れた区画を壁で隔てて管理されている。

 結界は、陸側は山を起点に発生し、その山には万里の長城の如き建築物が立っている。そこが、第一学園の生徒たちの卒業後の進路の大半となる場所__〈自警団〉、と呼ばれる組織の本部なのだそうだ。




「そう言えば、時雨の序列って幾つだったんだ?」


 初めに向かうのは、北区と呼ばれる区画だ。

 そこに行くまでの道中、気になっていた事を将真は問いかける。

 序列戦の戦績は、昨日の時点で報告されている。ちなみに、将真の序列は二七四位。絶妙な低さだ。


「ボク? 一三位だよ」

「……高ぇ」


 予想はしていたが、もう十席とそう変わらない順位にいる。遠すぎる現実に、少なからず打ちひしがれる将真を、あたふたとしながらリンが何とか励まそうとしている。


「だ、大丈夫だよ! 片桐くんも、魔力の使い方覚えて魔術を習得すれば、絶対強くなるよ!」

「だといいんだけどなぁ」


 将真は自信なさげだが、リンにはその確信すらあった。少し試合を見ただけで、自分の中の魔力を感知するまでに至ったのだ。あまりに早すぎる。

 それを考えれば、充分素質はあるのだから、後は時間の問題だ。

 そんな会話を挟んでいるうちに、北区の主要施設に辿り着く。

 北区に管理されている施設は、農業、畜産系列。つまり食糧生産の施設だ。その広大な敷地を上手く使って、かなりの数の食用動物を飼育しているようだ。

 こういう場所の臭いが少々きついのはどこも同じらしかった。

 ちなみに畑が見当たらないのに農業系列も本当に北区で管理されているのか、その疑問は、学園にもあった空間魔法を用いた扉がある施設が存在するのだと教えられた事で解消した。


(……なら畜産もそれでいいのでは?)


 そんな将真の素朴な疑問はさておき。

 〈裏世界〉で生きるのは、何も魔術師だけでは無い。

 一般人も相当数いて、ここの管理はそういう人たちの仕事の一つになっているようだ。

 そして中には、戦うことを選択しなかった魔術師が働いていたりもする。魔術師の大半は戦うことを選ぶが、その選択が全てではない。

 魔術師は、労働力として見れば何十人分に匹敵することもある。そう考えると非常に大きい。


 そんな北区の雰囲気は、〈裏世界〉とは思えない、隔絶しているとすら言ってもいいほどに牧歌的だ。

 周りを見渡すと、見覚えのある動物だけでなく、〈裏世界〉原産なのだろうと思われる、見覚えのない動物もいる。


「あれって……」

「あ、魔物だよ」

「いやまてまて」


 前言撤回。

 動物ではなかった。いや、魔物は確かに動物ではあるのだが。

 魔物の簡単な話は、将真も一応柚葉に聞いていた。

 なんでもないかのように言ってのけるリンに対して、少なからぬ戦慄を覚える。


「……確か魔物って、危険なんじゃ」

「そうだね。でも飼い慣らせば、温厚な種は魔術師の管理の元で飼育できるんだって」


 昔はそうまでしなかったようだが、それだと食力不足に陥るために、〈表世界〉から仕入れてくるしかなくなる。

 お互いの世界の為に、下手な干渉のし過ぎは良くないという事で、魔物の飼育に目が付けられた。無論、危険がないものに限るのだが。


「一般の人たちを助ける代わりに、魔術師はその援助を受ける。ギブアンドテイクな関係って訳か」


 ちなみに、魔術師はいると言ったが、北区にはそういる訳ではないらしい。

 魔術師しか出来ない事、となると精々が魔物の飼育くらいしかないからだった。


「じゃあ、次に行こうか」




 次に案内されたのは東区。

 ここは工業系を一身に引き受ける区画のようだ。

 工場がいくつも立ち並び、騒音が凄まじい。頭が痛くなりそうだった。

 だが、空気は悪くない。雰囲気の話ではなく。


「……工場がこんだけあって、空気は割と澄んでるな?」

「ここの区画は魔術師が多いからね」


 例え魔術が使えなくとも、第二学園の生徒たちの卒業後の進路としても、よく選ばれる場所らしい。その知識と、魔術師との連携を求められているのだそうだ。

 魔術を上手く駆使する事で、その仕組みまでは分からないが、空気の汚染を極力減らしているらしい。

 更に魔術師が多い理由は、それだけでは無い。

 ここの区画には、魔道具なるものも製造しているのだそうだ。


 ちなみにリンの槍もその一つ。

 武器生成魔法と比べると、生産コストはかかる。だが強度や扱い安さは折り紙付きだ。

 魔道具を作るだけでなく、修理や調整なども引き受けているため、多くの魔術師が世話になることは間違いない。


「……ねぇ、ふと思ったんだけど、いい?」

「どうした?」

「……見てて面白いかな? 退屈じゃない?」


 突如、不安そうな顔をしてリンがそんなことを言い出した。

 すぐには答えず、将真は一度、辺りを見渡す。

 すぐには覚えられないだろう。だが、今後自分にも関わりのある物を知っておくのは、必要な事だ。

 それに__こんな風に、見たことの無い場所を見て回ることは、田舎者の将真にはあまり無い経験だったから。


「……結構、面白いぞ?」

「そっか。なら良かった」




 学園のある中央区を突き抜け、次にやってきたのは西区。ここは少しだが将真も分かる。

 それもそのはずで、ここは将真が泊まる宿もある、住宅街だ。

 小さい公園もあったり、集合住宅が幾つも存在したり。学園に通えない生徒の為に塾のようなものもあるらしく、更には孤児院まで。

 だが、それだけだ。特に説明することもされる事もない区画だった。

 強いて言うなら。


「集合住宅の数が凄いな」

「魔術師は一軒家を持つことが多いけど、逆に一般の人たちには実の所、それだけの余裕がなかったりするんだよね」


 勿論、一般人を使い潰すような真似はされないし許されもしない。むしろそれなら魔術師の方が使い潰されることとなるだろう。

 その点は、〈表世界〉よりマシなのかもしれない。

 ……娯楽が少ない世界ではあるが。


「じゃあ最後、行こっか」

「……そうだな」




 最後にやってきた南区。

 ここは商業区だ。

 色んな店が立ち並ぶその様子は、テレビで見た都会の風景を想起させるほど活気に満ち溢れている。

 海にも面しているため、一部エリアを用いて海産物の生産や、時期が来れば海水浴も可能なのだそうだ。


 尤も、結界外の海は、魔術師ですら入ったら死ぬと言われているほど危険らしいが。


「すげぇ、海だ……」

「あれ、見るのは初めて?」

「まぁ、滅多にないな……」


 田舎者が、わざわざ海に足を運ぶ理由は少ない。故に見ることも少ない。

 泳げるのだから泳ぎに行かないのも勿体ない話ではあるが。


「そうだ、なんか食べる?」


 暫く繁華街を歩いていると、リンが問いかける。

 歩いている内に、時刻は昼頃になっていた。昼食には丁度いい時間だ。

 幸い、〈裏世界〉に来てから、柚葉にお金を渡されている。使い道も少なかったので、それなりに持て余していた。


「そうだな。じゃあ何か買って食べ__」


 将真がそう言いかけた時、どこかで人の声が上がった。

 悲鳴ではない。そして一人の声でもない。これは__歓声だ。


「……何だ?」

「うーん……。一応ね、この区間には使用自由、観戦自由な闘技場が幾つかあるんだけど、多分そのどこかで決闘してるんじゃないかな?」

「決闘?」

「そうそう。何か揉め事があった時、街中で暴れ回ったら周りに迷惑がでしょ?」

「それはまあ、確かに……」


 何か問題が発生した時、闘技場にて決闘で決着をつける。それが暗黙の了解となっているらしい。

 タダでさえ、一般人が暴れ散らしても迷惑なのは間違いない。それが魔術師まで加わったら、確かに洒落にならないだろう。そこまで行くと最早、迷惑という次元ですらない。

 それでも街中で暴れ回る迷惑なやつというのはどうしても出てくるそうだが、そうなった場合は自警団の出番だそうだ。


「……行ってみる?」

「……なんか買ってからにしようかな」


 そして将真も、少しそわそわしていた。

 見に行く気満々だった。




 柊杏果。

 学年序列六位と言う好成績を収め、莉緒同様に中等部時代、制限を受けていた生徒の一人。

 潜在能力の塊。紛れもない天才。

 才能を持ちながら、ソレに胡座をかく事無く、努力によって実力を伸ばしてきた。学園全体としてみても、最強の生徒の一角と言っていいほどの逸材だ。

 無論、なんでも出来た訳では無いが、優れた直感と自身への理解を深めることで掴んだ戦闘スタイルはとても強力だ。

 現状、瞬間火力だけなら都市の魔術師としても最強クラスを誇る。


 実は杏果は、家族を失っている。

 だが、それはこの世界では珍しくない形で、彼女自身も納得していた。

 だからこそ、彼女には強い信念がある。

 それこそ、誰でも有しているようなものだが__


「自分の手が届く範囲の、大切なものは何がなんでも守ってみせる」


 その信念が芽生え始めたのは、家族を失って少し時間が経ってからのこと。そして自覚に至ったのは、リンとの出会いだ。

 学園長に連れられてきた、いかにも弱虫な少女。

 そんな彼女を守らなければ、と。そう思ったのだ。


 時間が経ち、リンも強くなり、守らなくては行けないという義務感に似たものはもう無い。

 それでも、自覚した信念は覆るものでは無い。むしろ杏果自身の成長と共に、その信念はより強くなっていった。

 だからこそ、彼女が揺らぐことは無い。他の誰でもない、彼女自身がそう信じていた。


 それを揺るがす者が現れるなど、考えた事もなかったのだ。




「……嘘だろ」


 闘技場の試合を見て、将真は呆然と呟く。

 隣で見ていたリンも、明らかに動揺が目に見えていた。

 杏果が膝を着き、荒い呼吸を繰り返している。そんな彼女の前に立つ少年は、余裕そのものだ。


 杏果の序列は六位何だそうだ。その彼女が、手も足も出ない相手。

 一応、十席戦も観戦したから相手の事は将真でも多少わかる。

 あまりにレベルが違いすぎて、参考にこそならなかったが。


 __序列二位、つまり学年次席、東虎生あずまこう

 莉緒同様、或いはそれ以上に速度に特化した学生魔術師。

 将真も流石に理解してきていた。

 速度は非常に重要なポイントだ。例えどれだけ強い攻撃だろうと、当たらなければ意味が無いのだから当然だ。

 無論、速いだけでいいわけでもないが。


 この試合を見ていたのは途中からだが、昨日の試合と見比べてみてもわかる。

 彼が昨日の試合、途中まで明確に手を抜いていたことが。


「__まだ、まだァ!」


 勇ましく吠えると、杏果は強く地面を踏み締める。

 すると、地面の一部が柱のような形で隆起し、押し潰すように虎生へと向かう。

 それも、一つではなく幾つもだ。

 それを虎生は、ヘラヘラと笑みをうがながら回避する。眼は前髪に隠れて見えず、表情を読みとることが出来ない。

 その動きはあまりに不自然で、将真は訝しげな表情を浮かべる。

 だが虎生は観戦席の目も、杏果自身も、誰一人待つこと無く、目にも止まらぬ速さで動き出す。

 背後に回り、杏果の背中を蹴飛ばすと、一瞬のうちにバランスを崩した杏果の目の前に回り込んで殴り飛ばした。

 勢いを殺せない杏果が、地面を転がりながら後退を余儀なくされる。


「……足りねぇなぁ?」

「なに、を……!」

「まるで足りてねぇ。それで、一体何を守るんだったかにゃー?」

「馬鹿に、してッ……!」


 もう動くのすら苦しいのだろう。

 息切れを起こしながらも、戦斧の柄を支えによろよろと立ち上がる。その姿はとても弱々しく感じる。

 試合が始まって、もう数十分が経っていた。

 この逃げ場のない場所で、格上と長丁場の戦いというのは、かなりの疲労とストレスになるだろう。


(……何、意地張ってんだよあいつ)


 もう、勝敗は決しただろう。

 満身創痍は自他ともに認める程だろうに。対する虎生は涼しい顔だ。まるで歯牙にもかけない。

 だが、口には出せない。将真もまた、人の事は言えないのだから。


「守れねぇ。その程度じゃ大事なもん、なんも守れねぇよ」

「うっさいわね……。そんなもん、言われなくとも理解してんのよ。だから強くなるんでしょ」

「ダメだな。向こうは待ってはくれねぇよ」


 会話を聞いていると、将真は何となく理解に至る。

 それがこの決闘の発端なのかまでは分からないが、恐らくそうなのだろう。

 多分、虎生が杏果をコケにしたのだ。

 実際、杏果は短気そうなイメージがあった、というのは初対面時の印象によるものだろうが。

 それでも、そうホイホイ喧嘩を買っていてはキリがない。言った相手と、馬鹿にされた内容が、耐え難いほどに彼女の琴線に触れたのだ。

 例え、負けるとわかっていても。


「……負けて、たまるもんですか……!」

「……しゃーねぇにゃぁ」


 諦めの悪さを発揮する杏果を前に、呆れた表情の虎生は頭を搔く。

 その体には、強烈な魔力が蓄積されていく。そして帯電しているかのように、彼の体から紫電が弾ける。


「やってても面白かねぇしよぉ、諦めさせてやるにゃぁ」


 体に満ちる雷の魔力が、猛獣のような形を作る。


「……雷属性、なんてあんのか?」

「厳密には風属性だよ。適性があれば、雷系統も派生で使えるようにはなるんだけど……」


 そう言えばリンに教えられた事だった、と思い出して、改めて闘技場に視線を戻す。

 凄まじい魔力が撒き散らされている。この感じは、リンの試合で見た時と同じだった。

 つまりこれも、〈神気霊装〉なのだろう。色んな形があるものだと、将真は驚きを覚えていた。


「ふ、ざ、けんなァ__!」

「諦めて大人しく引っ込んでおねんねしてなァ!」


 ヤケクソ気味に、杏果が魔力を蓄積させた戦斧を地面に叩きつける。

 観戦席にまで伝わるほどの衝撃と共に、闘技場の地面が大きくヒビ割れ、砕け散り、捲れ上がって虎生を襲う。

 だが、飛び交う岩石は、虎生の体に触れるだけで焼けて溶けるように消失した。

 地面の状態に構わず、虎生が杏果目掛けて突撃する。

 目で追う事すら出来ない速度が、杏果を強かに打ち据えた。

 闘技場全体を、杏果の攻撃を上回る衝撃が襲った。




「…………う、く……、そ…………」

「……まだ立てんのか。思ってたよか大分しぶてぇなぁ」


 衝撃が落ち着き、ボロボロの闘技場の上で平然とした様子で虎生は杏果を睨めつける。その視線は、少し不愉快そうだ。

 言葉の通り、杏果はまだ意識を失うまでは行っていない。それどころか、未だに立ち上がろうとするほどだ。

 すると虎生は、舌打ち混じりに全身に魔力を込めていく。それは先程とは程遠い魔力だったが、今にも倒れそうな杏果の意識を刈り取るには十分すぎる。


「何も一つも認めてねぇ訳じゃあねぇんだぜぇ? けどまあ、そろそろウザってぇからとっとと落ちろ__」

「__ストップです!」


 杏果に、今まさに仕掛けようとする虎生。

 だが突如、その間に割って入る影が二つあった。

 リンと将真だ。ちなみに将真は、咄嗟に動き出したリンに釣られた、というのもあるが。


「あぁ? なんでぇ、邪魔すんじゃねぇよぉ」

「……もういいでしょ。これ以上やる必要は無いはずだよ」

「やる気だったのはソイツだろぉ?」


 責めるような口調のリンに、少なからずバツの悪そうな表情を浮かべる虎生。

 だが、恐らく反省はしてないだろう。それに将真も、どちらかと言えば虎生寄りの意見だ。

 それでも見ていられなかった。ただ釣られて、動いただけではない。


「だとしても、明らかに決着は着いてただろ。なんでここまでやる必要が……」

「おいおい、俺が悪ぃのかぁ? おかしな事を……、なんだお前、見ねぇ顔だにゃぁ?」


 勘弁してくれ、と言いたげに首を振った虎生だったが、不意に将真に気がつくと、訝しげな表情を浮かべた。


「……あぁ、編入生か。木偶の坊かと思ったにゃぁ」

「でっ……」


(誰が木偶の坊かっ!?)


 思わず怒鳴りそうになったが、状況が悪化しそうだった事と、魔術師としては言い返せない状態にある為に、その怒りは心に留めた。

 分かりやすく煽って来ているのだと、気がついていた事も理由だが。

 それはそれとして、別の怒りも将真は持ち合わせていた。それは将真が言うべきではない事かもしれないが。


「……お前、こいつの何かを、馬鹿にしたのか?」

「んん? ……あぁ、そうだなぁ。何か弱っちいくせに、大事なもん守るんだって息巻いてたから、ついイラッとしてよぉ」

「そんな事で、人の信念を……、志を、否定する為に?」

「んな大それたことは考えてないけどなぁ。強いて言うなら……、そう。現実を教えてやっただけだにゃぁ」


 軽薄で、緩い調子で、ニヤニヤと笑みを貼り付けて虎生はそう言った。

 そんな姿が嫌に腹立たしくて、虎生を睨む目が強くなる。

 その視線に気づく虎生は、嫌な笑みを浮かべながら、驚くべき提案をする。


「……納得いかねぇって顔だなぁ? じゃあ、お前がやるかぁ?」

「……俺が? 何を?」

「だぁからぁ、俺と一戦、やってみるかってんだよぉ。折角だから、ちょいともんでやらぁ」

「…………」


 将真は黙り込んで考える。

 杏果ですら手も足も出ない相手に、自分が勝てるとは当然思わない。それどころか、いいように遊ばれて終わりだ。

 だが、確かに納得は行かない。


「片桐くん、流石にそれは……」

「……やるよ」

「へぇ?」


 心配そうにするリンを押し退けて、虎生の前に出る。


(……これじゃ杏果と変わんねーな)


 冷静さを欠いたような自らの行動に、少なからず呆れる将真。無論、考え無しと言う訳では無いが。

 対して挑発した虎生は意外そうな表情を浮かべていた。


「もうちょい冷静だと思ったんだがなぁ、思い違いかぁ?」

「なんだよ、相手してくれるんじゃなかったのか?」

「…………おもしれぇやつだなぁ?」


 勝てるとは思わないが、だからと言って容易く負けてやる気もない。せめて一泡吹かせてやろう。

 そんな意図が、読めたのだろうか。軽薄そうな笑みが深くなる。

 そして息を吸ったかと思うと、観戦席に向き直り、大袈裟に手を広げる。


「__聞いたか、血気盛んな野次馬共ぉ! 喜べ、次の相手は編入生だぁ!」


 その呼び掛けに、観客たちから歓声が上がる。それを、将真とリンは呆然と眺める。

 観客たちと、二人の様子を満足そうに眺めると、虎生は再び将真に向き直る。


「折角だからなぁ、観客にも楽しんでもらわねぇとなぁ? 何だっけ、エンターテインメント?」

「……時雨、早いところ、柊つれて下がっててくれ」

「…………ハァ、しょうがないなぁ。あんまり無茶しちゃダメだよ?」

「……まあ、ちょっとどうなるかわかんねーけど」


 リンは困ったように苦笑を浮かべると、いつの間にか意識を失っていた杏果をつれて、闘技場から出る。

 いつの間にか修復された闘技場に立つのは、二人の少年だけだ。


「さぁ、こいよ三下ァ。精々、抗ってみなぁ」

「……意地でも撤回させてやる」


 多少慣れてきた武器生成で、棒を作り出した将真。

 試合開始の合図と共に、地面を強く蹴り出した。

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