六話「また言葉を交わしましょう」
「……悔しい」
「いや、そうだろうけども……」
医務室に連れられたリンが目覚めた後に、むくれたように頬を膨らませてそう呟いた。
将真は、なんと返せばいいのか言葉に悩まされた。
ちなみにリンが寝ていたのは凡そ三十分くらいで、その間将真は、できるだけリンに近づかないようにしていた。
(女子は寝顔見られたくないってよく聞くしなぁ)
男だからか、その理由はよく分からないというのが将真の本音だが、その間暇潰しに医務室の備品をウロウロと眺めていたのである。
ともあれ、その短い時間では、流石に最後の攻撃で受けた傷は完治しきらなかった。リンが、恐る恐る胸元辺りを摩って、思わず体を震わせていたところを見るとそうなのだろう。
どう見ても、将真が背に受けた攻撃よりも強力だったのだから。
「……大丈夫か?」
「うん……。まだ少し痛むけど、治るまでそんなにかからないと思う」
そう言いながら、リンは脱力してベッドの上で両腕を開く。
痛みは引きつつあるが、〈神気霊装〉の影響は少なからず残っているようで、まだ体が怠い。
「……なぁ、一個聞いていいか?」
「うん? ……ボクに答えられることならいいよ?」
「じゃあ……、あのなんか、凄い魔術……、いや、もしかして魔法? あれって何だったのかって」
「……多分〈神気霊装〉の事だよね」
将真には分からないが、恐らくそれの事だろうというのは理解した。
そうしてリンから説明を受けたものは、将真にとって驚くべきものだった。
無論、将真とて神話や逸話というものは理解している。そうした先人の力を借り受ける、再現するというのも、こんな世界観ならばあっても不思議ではないのだが。
「……にしたって強過ぎるだろ」
傍から見てもその強化度合いは凄まじいの一言に尽きる。尤も、リンの相手をした少女の強さはそれさえ凌駕するほどだったが。
リンの試合を見ながら、柚葉にその少女の事を聞かされていた。勿論、中等部時代の制限の事も。
(……で、制限がなくなってあれか)
とても人間とは思えない速さだった。最早、目で追う事すら出来ないほどに。
「ボクもちょっと考えが甘かったよ。正直、あれだけの速さを持っていて、まさかまだ速さに制限がかけられてるなんて思わなかったから……」
「いや、でもアレは……、無理だろ」
将真も猛との試合で、自分の認識がいかに甘かったかを思い知ったばかりだ。だが、莉緒のそれは次元が違った。
それもそのはずで、実はこっそり柚葉から聞いた話がある。
今年の高等部一年生の中に、莉緒を含めて二人もいるそうだ。〈日本都市〉の魔術師を総合的に見た上で、特にずば抜けた速さをもつ者が。
つまり、莉緒の実力は学生のそれとは比較にならない……という話だ。
それを話すべきかは悩むところだったが__
「__そっか、それは確かに、勝てないよねぇ」
結局、話してしまった。励まそうと、そう思っての事だが、はたしてそう出来ているだろうか。
「そうだよ。そもそも時雨の序列は二十位以上だろ? 十分過ぎると思うぞ」
「……そうだね。そうだよね。落ち込んでてもしょうがない、かな」
そう言うと、起き上がろうとするリンだったが、痛みに顔を歪ませる。
思わず将真は、あたふたと慌てふためいてしまう。
「いたた……」
「お、おい、大丈夫か? まだ動かない方がいいだろ?」
「う、うん、確かに痛みは引いてないんだけど……」
それでも、全く動けないほどではなく、重傷という程ではない。
この医務室の主は、余程の事がない限りは目を覚ましたなら出ていけ、という方針らしく、下手に長居すると怒られるらしい。
尤も、その理由がいざと言う時の病床確保だと言われてしまえば、あまり文句も言えないのだが。
(てかいるのかよ、医務室の先生……)
姿が見当たらないからてっきり、医務室の設備だけが用意されていると思っていたのだが。
そんなちょっとした理不尽に悶々としていると、医務室の扉が開かれる。
「……あら、リン。目が覚めたのね」
「柚葉さん?」
「姉さん」
入ってきたのは柚葉だ。途中で、まだ試合の続いているブロックの方を観に行くと言って別れたのだが、戻ってきたという事は終わったのだろうか。
「それにしても、随分平和だったわね今年の序列戦は」
「いや、めちゃくちゃ物騒だったと思うけど……」
「でもあなた達二人くらいよ? 長時間医務室を使用してたのは」
「そんな馬鹿な」
勿論、全く利用されなかった訳では無いみたいだが、大体の生徒は無力化に留めて降参で片がつくらしいので、それこそちょっと傷薬を塗って帰る程度で済んでいたらしい。
例年はもっと荒々しいみたいなのだが。
「ここ最近の世代は以前と比べると優秀なんだけど、今年の一年生は特にそれが顕著なのよね」
とは柚葉の言葉だ。
例年ならば、リンくらいの実力でも余裕で十席入り出来たとすら言うが、上が余りに強すぎるのが、今年の一年生の傾向らしい。
ちなみに猛も例年ならば、と言われていた生徒の一人だ。将真では勝てないわけである。
「なあ、姉さん。時雨、もうちょいここで休ませられないかな?」
「うーん……、でもそこまで酷い傷じゃないわよね? あの子、手加減はしてたみたいだし」
「いや、それは分からんけど、俺から見たらとても軽傷だったとは思えないぞ」
「あの程度なら軽傷よ軽傷。それに私も、あの人に文句言われたくないし……」
あの人、が指すのは恐らく医務室の主だろう。学園長の柚葉ですらそういうのだから、諦めて出るしかないのだろうが。
「でもまだ動くのしんどいんだろ?」
「えーっと……、ちょっとだけね?」
将真の心配に苦笑を浮かべるリン。
この世界の基準が未だによく分かってないからかもしれないが、将真には強がっているように見えた。
「……そんなに心配なら、送ってってあげれば?」
「……は?」
「……え?」
「魔術師としては未熟でも、女の子一人ぐらい担いで歩けるでしょう?」
「いや、まあ確かにそうだけど……」
それは、将真の様子を見兼ねた柚葉による提案。
リンの小柄な体躯を考えれば、担ぐどころか恐らく駆け回るくらいのことは出来る。
だが、問題はそこではなく。
「……担いでいくって、どうやって?」
「んー……、まあ、お姫様抱っこか、おんぶでしょうね?」
柚葉の案を聞いたリンの顔が、みるみる赤くなっていく。
(あっ、よかった。羞恥心はあるんだな)
昨日、無警戒に部屋に招かれた事で少々心配していた将真だったが、その点については杞憂に終わった。
「だ、大丈夫です! 一人で歩けます……、うっ」
「……無理そうね?」
「うぅ、でも……」
涙目になるリンが、顔を赤くしたまま、上目遣いで将真を見上げる。
(そ、その顔でそんな顔してこっち見るなよ!)
思わず表情が引き攣る将真。その顔が少し熱くなり、目に見えて動揺する。
「……しょーくん、嫌なの?」
「い、嫌ってわけじゃっ、ねーけど……」
「め、迷惑になっちゃいますよぅ……」
柚葉の追求に、分かりやすく声が跳ねる将真。リンもまたおずおずと告げるが、柚葉の表情は少しずつ、いやらしい感じになってきた。
「大丈夫よぉ? しょーくんはそんな些細な事、気にしないもんねぇ?」
「いや、確かに迷惑だとかは思わないけど……」
「はいじゃあ決定! 早く帰って、部屋でゆっくり休みなさい。今日はもう授業もないし」
「あ、ちょ、待っ……」
「ばいばーい」
パン、と手を叩くと、柚葉はそう言い残して医務室から立ち去って行った。
本当に学園長なのかと、そう思うくらい軽いノリだった。
取り残された二人は、顔を見合わせる。
「……どうする? どうせ誰も見てないし、ゆっくり休んでからでも」
「……ううん、ここの先生神出鬼没だから、見つかっちゃう前に……、その……、お願いしても、いいかな?」
「…………わかったよ」
そんな風に頼まれては、もうお手上げである。
やる方もやられる方も気恥しい思いをすることになるのだが、将真も諦めて、リンを送っていくことにした。
お姫様抱っこは恥ずかしいだろうから、背負って。
時は少し遡り。
医務室で、将真がリンの元に駆けつけたのは何もすぐではなく。
リンが眠っている間に二人の少女が立ち寄っていた。
片方は、先程までリンと戦っていた少女、莉緒である。そしてもう片方は、そんな彼女と瓜二つの容姿をしていた。
だが、髪や瞳の色は青。莉緒が長い髪を二つに結っているのに対して、少女は一つで結っている。そして莉緒とは対照的に、顔の左側半分が長い前髪で隠されていた。
背丈も同じくらいだが、青い少女の方が、より胸部が強調されていた。
「__いてて、美緒、もうちょい加減して欲しいッス」
「ふん、試すような事して下手に怪我する莉緒ちゃんが悪い。だから私は知らない」
「いででっ!」
莉緒の悲鳴に対して、青い少女__美緒は少し不機嫌そうだった。そしてその視線は、眠っているリンの方を何度も見ている。
「別に、舐めてかかってたわけじゃないんスよぉ……。本当に想定外だったんス」
「まあ確かに、まだ覚えたてとは言え〈神気霊装〉が使えるって言うのは凄いね」
リンの〈神気霊装〉により、間違いなくダメージを負った莉緒。
そしてそれは、莉緒の〈神気霊装〉使用時に活性化した魔力で治癒したと、そう思われていたのだが。
「……まさか治りきらないとは」
「そんだけ強かったって、そういう事だね」
だが、莉緒の表情に驚きはあっても、それ以上のものは……あるらしい。
それを見てしまった美緒は、呆れたような表情を浮かべた。
好奇心に満ちた、その表情を見て。
「……せっかくだし、また今度、誘ってみるッスかねぇ」
「……うん、いいんじゃない? もうすぐだもんね」
早々に処置を終えた二人は、医務室を出ていく。
誰にも聞かれていないその会話。莉緒の狙いをリンが知る事になるのは、もう少しあとの事だった。
(……当たってる、柔らかい、暖かい、軽い……、えぇい邪念は去れ!)
「……片桐くん」
「ヒュッ……」
「お、重くない? 大丈夫?」
「ぜ、全然重くない。余裕だよ」
耳元でリンの声がして、将真は思わず息を飲んだ。
リンの部屋までそう遠い訳では無いが、将真は冷静さを何度も失いそうになった。その度取り繕うように表情を引き締めるのだが、その表情は最早虚無と言っていい。逆に動揺している様子が伝わってこようものだ。
「……そ、そういや柊、だっけ。あいつ、様子見にこなかったな」
「あ、うん、そうだね。そういえば来てない……、のかな?」
話を聞いたら絶対に飛んできそうなものだが。
そして今の光景を目の当たりにすれば、将真を蹴り飛ばしてでもリンを奪い返そうとするような気さえしていた。
ちなみに、面白がった柚葉が、絶対に邪魔するであろう杏果を捕まえていたのだが、二人は当然知る由もない。
リンを背負って帰るにあたって、勿論リンが重いなどということはなく、〈表世界〉ではかなり鍛えていた将真にとってはなんの誇張でもなく、軽々と背負うことができた。
だが、そんなことは問題では無いのだ。
小柄な体躯の少女であるはずだが、その割には背中に当たるものが、その存在を痛いほど主張してくる。
決して、大きいという程ではないが、確かな弾力が。
(……だから考えるな!)
思わず、叫びたくなる衝動を腹の中に抑え込む。
仕方がないだろう、と将真は思う。
この状況で全く意識しないならば、能天気な馬鹿か、男好きの変態だろう。或いは天性の紳士かもしれないが。
関わりを持ってたった二日で、ここまで急接近するようなことが果たして考えられただろうか。
(どこのギャルゲーだよ……。いや大してやったことも無いけど)
だとすれば、自分はその主人公か。馬鹿げている。
脳内で浮かんだ、下らない思考を吐き捨てて、将真は再び歩く事だけに集中する。
暫く歩いて部屋が近づいてくると、背後のリンの様子がおかしいことに気がついた。
「……時雨? 大丈夫か?」
「……うぇ、あ、はい、大丈夫です……」
どうやら睡魔と戦っていたらしく、とても眠たそうだ。
よく考えたら、リンは将真と比べて何試合しただろうか。そして最後はあんな激しい戦いを繰り広げていたのだから、疲労が溜まるのも無理はないだろう。
まして、ぐっすり眠っていた将真と違い、精々数十分意識を失っていただけなのだから、それだけで体が休まるはずもなかった。
とは言え、背中で寝られては溜まったものでは無い。タダでさえ、寝顔は見られたくないだろうと、医務室ではリンに近づかないようにしていたというのに。
「……もう少し頑張れ。部屋までもうちょいだから」
「うん…………、あと……」
「おう」
「……お手洗い」
「頼むから耐えてくれ!」
「……うん、大丈夫、大丈夫……」
まさかこのまま粗相なんて事にはならないだろうが、万一そんな事態に発展したら事案発生だ。流石に将真の手に負えない。
不安を覚えながらも、漸くリンの部屋に辿り着いた将真。疲労感が、どっと体を襲う。何度か背中で身動ぎされた時は、気が気でなかったものだ。
睡魔のせいか、いつの間にかリンから羞恥心も感じなかった。
背中から下ろされたリンだが、眠たそうに目を擦る。壁に手をつきながらだが、ちゃんと立てているところを見ると、ここまでの道中で大分回復したということか。
凄まじい回復力だ。或いは睡魔で感覚が鈍っているのかもしれない。
「もう大丈夫か?」
「うん……。ごめんね片桐くん。ありがと……、あふ……」
「眠そうだな……」
欠伸しながら言われたとて、将真は一切気にしないが。
「じゃあ、ゆっくり休めよ」
「うん……。またね……」
もう今にも寝落ちしそうなリンを、長く居座って起こすのも可哀想な話だ。
部屋に送り届けてすぐ、将真はリンの元を去る。
その少し後。
見計らったかのように、柚葉から連絡が入った。
「ここか……」
将真が来たのは、学園に比較的近い一軒家だ。そう大きい訳では無いが。
その前に立ち、少し緊張した面持ちで、呼び鈴を鳴らす。
「あら、早かったわね」
家から出てきたのは柚葉だ。
彼女の呼び出しを受けた将真がやってきたのは、柚葉の家だった。
少し話がしたい、と言われてやってきたのだが。
「それで、話って言ってたけど……」
「……そうね。まずは上がってちょうだい」
「……わかった」
そうして招かれた家の中は、思っていたより簡素な空間だった。
リンの部屋といい、もしかしたらこれくらいがこの世界の普通なのかもしれない。
そんなことを思っていると、柚葉がお茶とお菓子を二人分用意してくる。
結構、ゆったり話をするつもりだろうか。だが、将真はその話の内容にピンと来ないでいた。
ましてや、十年来の再開からまだ一週間。魔術師としてド素人という事もあって、何一つ話題が浮かんでこない。
どうしたものかと思いながらも、沈黙の間にお菓子をつまむが、味がいまいち分からない。
勿論、問題があるのはお菓子の方ではなく将真の精神状態だった。
沈黙を先に破ったのは、柚葉の方だった。
「……ねぇ、将真」
「……何だよ、急に」
いつもなら「しょーくん」と呼んでくる柚葉と、少し様子が違う。
子供っぽい呼び方はやめてくれと何度も言っていたが、これはこれで、急な事もあって戸惑ってしまう。
「……私の事、どう思ってる?」
「どうって……、なんでそんな急に」
「嫌いかな?」
「そ、んな事は……」
ない。と、少なくとも、将真自身はそう思っている。
だが、昔に比べれば関心はかなり薄れている。最後に会ったのが十年前で、将真も当時はまだ幼かった事を考えれば、仕方の無いことだ。
「……本当はね、ずっと、謝りたかったんだよ」
「謝るって、何を」
「嘘ついちゃった」
そうして将真が思い出すのは、幼い日の最後のやり取り。「また会える」という、約束とも言えるその言葉は__こうして顔を合わせている以上、嘘ではないと、そう思うのだが。
「……でも、会えてるだろ?」
「半ば確信があって連れてきたんだけどね。それでも……、貴方に素質が無ければ、連れてこなかったし。それに__多分、どうあってももう、帰らなかったと思うし」
それは、〈表世界〉の自分の家に、という事だろう。
「言い訳なら、いっぱいあるんだけどね。忙しかったとか、事件に巻き込まれてたりとか。でも、弟ほっぽったままで、自分の好きなように生きて、何もしてあげられなかったのに、言い訳なんて、聞きたくないでしょ?」
「……俺だってもう、子供じゃないんだけど。姉離れだって、とっくに出来てんだぞ」
「そうでしょうね。でも、私は実は、少し寂しかったんだよ」
「…………」
「なんて、信じられないと思うけど」
言いながら、お茶に手をつける柚葉。その表情は、笑みを浮かべようとして失敗していて。
酷く悲壮的なものを感じた。
将真が自分で言ったことだが、もう子供では無いのだ。物分り悪く、あれこれ言う事はない。
言うような事も、思いつかないのだ。それは悲しい事なのかもしれないが。
普段の柚葉しか見ていなかったら、きっと将真も気づけなかっただろう。いくら姉弟とは言っても、十年来の再開では他人にも等しい。
だが、今の柚葉を見ていればわかる。
(……姉さんも、こっちに来てから色々あったんだろ)
だから、そんな風に謝らないで欲しい、というのが将真の本音だった。
言い訳してくれればいい。何でもいいから話して欲しい。長年離れて空いた溝を埋めようと、歩み寄ってくれているのは、痛いほど伝わったから。
「……信じるよ」
「……将真?」
「信じてる。俺は姉さんに愛されてるよ。多分、父さんにも、母さんにも」
正直両親は、柚葉ほどではないにしても、何だかんだ偶にしか顔を合わせず、そして何を考えているのかよく分からない仲良し夫婦だったが。
「確かに、関心は薄れちゃってる。けど、俺だって何も思わなかったわけじゃない」
「うん……」
「でも、姉さんだって頑張ってたんだろ。そんで、今更だとしても歩み寄ってくれてるなら、俺もそうしたい。だから、色んなことを話したい」
十年分だ。きっと探せば、話す事なんて腐るほどあるだろう。
嫌いになったわけじゃない。関心すら薄れるほど離れていたところに唐突な再開となって、感動よりも先に驚きが来ているだけなのだ。
そんな思いを伝えると、柚葉は立ち上がって将真の側まで寄ってくる。
そして、その体をぎゅっと抱き締めた。
「……ごめんね。本当にごめんね」
「……なんで泣いてんだよ」
「嬉しくて。私は何も出来てないけど、立派に成長してくれて」
「……むしろ、ガッカリさせたんじゃないかって、思ったんだけどな」
「今日の事言ってるの? そこまで期待するのは流石に酷が過ぎるでしょうよ」
泣きながらも、将真の言葉に思わず笑う柚葉。将真はその体を抱き締め返して、頭をぽんぽんと撫でる。
「……生意気」
「成長したのは嬉しいんじゃなかったのかよ」
「嬉しいけど……。ほんと、大きくなっちゃって」
「……そんな事で泣くなよ、柚姉。どうすればいいのかわかんねーよ」
柚姉、と呼ばれて、柚葉は目を見開いて将真の顔を見上げる。
どんな顔を浮かべればいいのか、思いつかなかった将真の表情は、苦笑気味だった。
そのまま暫く、将真の胸に顔を埋めていた柚葉だったが、ぱっと離れて目元を擦ると、両手を腰に当てて再度将真を見上げる。
その顔には、強気な表情が張り付いていて、将真も思わず笑みを浮かべた。
「はい、弱虫はお終い! せっかくこの世界に呼んだんだもの。世界を救うために、しょーくんにもしっかり働いてもらうから、頼りにしてるわよ!」
「了解、頼りにされます。俺も……、頼りにさせてもらうよ」
「……ええ。存分に頼ってくれていいわよ。だって私は、貴方のお姉ちゃんだもの!」
いつもの調子を取り戻した柚葉と、暫く他愛のない話をして、将真は仮宿へと戻る。
泊まってもいいと言われたのだが、流石にそれは少し気恥しかったからまた機会があればと、そう言って。
関心は薄れていた、はずだが。
それでも、姉弟らしいやり取りが出来た将真の心は、非常に穏やかだ。
まだ、話し足りない事はいっぱいある。
それでも、時間は沢山あるのだから。これから、幾らでも話をすればいいのだから。




