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終末のレジスタ  作者: 甘味の僕
一章 編入生の未熟な魔術師
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五話「時雨リンの挑戦」

 夢も見ないほどの深い眠りから将真は目を覚ます。

 視界に広がるのは知らない天井だ。


「……どこだ、ここ」

「学園の医務室だよ」

「…………なんでいんの?」


 呟きに返答があって、徐に視線を向ける。

 声の主はリンだった。看病でもされていたのだろうか。そう思うと、少し気恥しさがあった。


「ボクの試合も終わったからね。さっきまでは柚葉さんが見舞いに来てたんだけど」

「……姉さんが?」


 将真は、ゆっくりと体を起こす。その時に、試合中あれほど痛みを感じた背中から、まるで痛みを感じないことに気がつく。

 戸惑いを隠せず、思わず自分の背に目が向いてしまう。

 そんな将真の様子に、リンがくすくすと小さく笑い声を上げた。


「……なんで笑ってんだよ」

「ごめんね。でももう背中の傷は治ってるから、大丈夫だよ」

「治ってる?」


 深くはないにしても、バッサリ斬られたはずだが、それが既に完治したというのか。

 だが、改めて背中を触ってみても、痛みもなければ傷跡もない。


「テストの一環だけど、真剣勝負だからね。どうしても試合中熱くなりすぎて、怪我することは珍しくもないんだ。だから、医務室に傷薬とかが置いてあるんだけど」

「あのレベルの怪我がそんな早く完治するとか、どんな性能だよその薬……」


 全くもって、呆れるほどの高性能だ。だが、それが分かると何となく分かってくることもある。


(……これが分かってたから、躊躇がなかったのか?)


 怪我を負ったところで、その怪我の程度によっては容易く治癒してしまう。それがわかっていれば確かに、躊躇う理由は薄くなる。

 実戦を想定しているのならば、躊躇いは邪魔になる。そう考えると傷薬があるというのは、怪我を負う側だけでなく、負わせる側にもメリットがあると言ってもいいかもしれない。


「……やっぱ勝てないかぁ」

「まあ、流石に相手が悪いよ。彼が相手じゃなければ、十分可能性はあったんだよ」

「……どんな奴なんだ?」

「御白くん? 一年の中でもかなり強い人だよ。編入生嫌いだけどね」

「だろうな……」


 それは自分の目で見て、よく分かっていた。


「魔術師としての才能は並よりちょっとあるくらいかな。でもすごい努力家だって噂で、実力は見ての通り」

「……見ての通り、なぁ」


 ボヤきながら、将真は布団に倒れ込む。

 絶対に入れる訳では無いけれど、わざわざゾーンにまで入ったというのに。

 素の実力に、あまりに差がありすぎた。まさに手も足も出ないと言うやつだった。

 思わず両手で顔を覆い、ため息をついてしまう。


「……はぁ〜、恥ずかしい……」

「えぇ? そんな事ないよ。むしろ編入生とは思えないくらいすっごい動けてたし……」

「いや、正直もうちょい、何とかなると思ってたよ。〈表世界〉でやってた時をどうしても基準にしてたみたいだ」


 違う、とは分かっていたけれど。それでも実際に差を目の当たりにするまで、ちゃんと理解出来ていなかった。

 思えば昨日の事と言い、今日の事と言い、余りに常識離れした光景ばかり見てきた。

 だが、そうではなかった。

 見解の相違、とでも言えばいいのだろうか。こちらの世界では、あんな光景が当たり前なのだと、ようやく気がついた。

 将真は、自惚れていた事を自覚した。自惚れていた事が、酷く羞恥心を煽るのだ。


「……そういや時雨は試合終わったって言ったよな?」

「うん、言ったね」

「……もしかして負けた後だったり?」

「いや、もう三試合分勝ってきたよ」

「…………そうかぁ」


 別に負けていて欲しかった訳では無いが、こんな小柄で可愛らしい少女が自分より強く、そんな彼女に慰められていると現状を思うと、より惨めさが増して思わず沈黙が長くなる。

 ちなみにリンが言うには、一ブロックにつき、シード権を持つ生徒が二人いるらしい。前回、中等部最後の成績と運がたまたま良かった結果、リンはそのシード権を得ていた。

 つまり、戦わずして一勝した状態のようなものだ。そこから二試合して、通算三勝。三試合分だ。

 そして残る人数は__四人。


「え? つまり準決?」

「うん。そういう事だね」

「……マジで強かったんだな」

「まあ、並よりは自信あるよ。もうすぐ時間だからボクもそろそろ行くけど、動けるようになったなら見にくる?」

「……そうする。精々勉強させてもらいます」


 肩を落としながら、つい敬語になってしまう将真。

 少し体を動かしてみるが、やはり痛みはない。

 この分だと恐らく、本当に傷一つ残さず完治しているのだろう。改めて恐ろしい効力だ。

 それでも時計を見てみると、三時間くらい寝てたみたいだが。

 問題ないと分かると、将真はベッドから降りる。

 ボロボロになってしまった制服はどうやら改めて用意して貰えたようで、リンが背を向けている間に手早く着替えを済ませる。


「別に俺は気にしないけど?」

「えっと、ボクがちょっと気にするんだけど……」

「すまん……」


 そんな掛け合いをしながら医務室を出ようとすると、丁度立ち寄りに来た柚葉と遭遇した。


「あら、しょーくんもう大丈夫なの?」

「しょーくんはやめて姉さん。大丈夫だけど、凄い効力だな、医務室の薬」

「そうね。見た目の割に深い傷ではなかったし、あれくらいの深さの怪我なら珍しくもないわ」

「……〈表世界〉の常識で考えてたから、正直ビビったよ」


 常識が違う、という事はもっと早く気づけたはずなのだが、それはついさっきの事だ。今更すぎる。

 それに、例えちゃんと理解していたところで勝ち目はなかっただろう。


「今から時雨の試合を見に行こうと思ってさ」

「そう。じゃあ私も一緒に行こうか」

「ブロックは将真くんと同じだからね。まあ杏果ちゃんは違うブロックなんだけど」


 なるほど、だから姿が見えなかったのかと納得する。

 あの態度を見る限り、何か問題がおきなければいつまでもリンにベッタリだったのではないかとばかり考えていたのだが。


「杏果ちゃんも強いから。順当に行けば多分、ブロック戦は全部勝っちゃうんじゃないかなぁ」

「そんな強いのか」


 弱いとは思っていない。だが、素人目にはその実力を見抜くことは出来なかった。

 だからこそ、リンの試合を観ることで、何か得られるものがあればいいのだが。そう思わずにはいられなかった。




 三時間も寝ていれば、空腹になるのも仕方がない。昼時という時間的な問題もあるが。

 気を利かせた柚葉が、前もって準備していたおにぎりを片手に、開始されたリンの試合を観戦席から観る。


「…………」


 そして、食事の手が止まるほどに、将真はその光景に呆然としていた。

 

 開始と同時に風の刃を生み出し、手に持った槍を振り回して穂先からそれを幾つも放つ。そして放ち終わると同時に、その場から駆け出す。

 その速さは、端から端まで約五十メートルをたった二秒ほどで駆け抜けるという、凄まじい速度だった。

 ここまで勝ち抜いてきたこともあって、相手の生徒はその動きに対応する。とはいえ見たところ、かなりギリギリの反応だった。

 風の刃を危ういところでの回避を繰り返し、横に飛んでリンの突撃から距離をとる。

 そして直ぐに水球を生成する。猛が生成していた火の玉よりも、ずっと小さな大きさのそれを幾つも、だ。

 それは散弾銃のように拡散して放たれ、リンの体を打ち付ける__そう思われた瞬間、自身に命中する軌道にある水球の尽くを、巧みな槍捌きで打ち落とした。


「……強いとは聞いてたけど、強すぎない?」

「あれであの子もストイックな方だからね。自分を鍛える事も常に忘れてない。だから私も知らない間にあんな強くなってたんだけど」


 どうやら、ここまで強くなっているとは柚葉も思っていなかったらしい。

 リンをよく見ていた柚葉からすれば、彼女の成長ぶりに思う所もあるのかもしれないが。


 試合はまだ一分ほどしか経っていないが、既に終盤に差し掛かっていた。

 水球を弾き落としたリンが一気に距離を詰め、高速で五連撃の刺突を繰り出す。その全てが相手に命中していたものの、出血はしていない。

 どうやら石突のほうで攻撃したようだった。だが、その攻撃で相手が大きく体勢を崩す。

 更に距離を詰めるリンに、慌てて剣を生成し、苦し紛れの横払いを仕掛ける。それをリンは、槍を地面に突き立て柄で受け止める。

 そして空いた方の手を後ろに引き、その手に魔力が込められていく。

 剣が柄に当たったと同時に壊れ、動揺し隙だらけの腹に、リンの掌底が突き刺さる。

 次の瞬間、相手の体を竜巻の如き衝撃が突き抜け、体が宙を舞った。そのまま墜落し、地面を転がされていたが、それでも意識は失わなかったようで、よろよろと立ち上がる。

 リンは追撃を加えることも無く、ただし油断するでもなく、何時でも動けるように備えつつも立ち止まる。

 そして、相手生徒が何かを呟くと、試合終了の合図が鳴り響き、リンはようやく肩の力を抜いた。


「……今のはどういう状況?」

「あー、しょーくんは意識飛ばされるまでやってたけど、試合終了は相手の意識を刈り取る以外に、降参もありなのよ」

「こ、降参ってありだったのか……」


 まあ尤も、当時の将真に降参を考慮するような冷静さは毛ほども残っていなかったのだが。

 ともあれこれで、リンは決勝に残ったわけだ。

 観戦席を見渡し将真と柚葉を見つけると、ピースサインを掲げて笑みを浮かべた。




 リンの試合の後、もう一人の試合も間もなく始まった。その決着がつき、小休憩を挟むと、直ぐに決勝までの時間が回ってくる。

 ちなみに将真を負かした猛だが、次の試合で負けていたらしく、聞いていた実力の割には口惜しい結果になったのだそう。


 リンが闘技場に入ると、先に出てきていた少女が短刀をくるくると宙に放って回す。まるでサーカスだ。

 恐らく相手は、リンのことを良くは知らないだろう。だが、リンは相手をよく知っていた。


 まず目がいくのは真っ赤な髪だ。長い前髪が顔の右半分を隠しているから左目しか見えない。

 そしてその左目の色も赤い。普段から半目でニヤニヤとした笑みを浮かべる様子は、何を考えているのかを悟らせてはくれなかった。

 暖かくなってきたにも拘わらず、制服を着ていてもわかる、首まで届くインナーとタイツが特徴的だった。

 体格はリンとそう変わらない。若干リンより背があるくらいだ。


(……鬼嶋莉緒(きじまりお)ちゃん。中等部序列戦の最終結果は__四位)


 そして今は、その成績は当てにならない。

 中等部時代は、対戦相手の事を考えて行き過ぎた力はセーブするように徹底されている。一応使い手本人に負担をかけ過ぎないため、という理由もあるが。

 だが、高等部からはより実戦に近づける為、その制限がない。そもそも制限が設けられていたのは、上位層の中でも限られた生徒だけだったが__莉緒は、その一人だ。

 だから、前回の序列戦から時間が空いて、それぞれ成長していたとして。リンは彼女の底を知らないし、想像することすら難しい。勝ち目は限りなく薄いだろう。

 リン自身の成績は、前回が準決勝での敗北だったから今回は良くなっている。それを考えると、無理をする必要は無いのかもしれない。


(……ふふっ、冗談)


 そんな弱気を、心の中で笑って否定する。

 編入生の将真ですら、意識を飛ばされるまで粘ったのだ。例え勝ち目が薄くても、どうして簡単に諦めることが出来ようか。

 気合いを入れ直し、槍を握る手に力が入る。

 するとそれに気がついたのか、莉緒が視線を向けてくる。その手に、刃が下を向いた状態で落ちてくる。

 だが、それが手に刺さることはなく、とぷんと溶けるように消えていった。


「見てたッスよぉ、えぇっと……、時雨リンさんでしたっけ?」

「あっ、うん、そうです」

「結構やるみたいッスねー。自分もやる気湧いてきたッス」

「それは何より、なんだけど……」


 中等部時代の様子を見た限り、恐らく莉緒の持ち味は速さにある。

 リンのそれも中々のものだが、それでも中等部時代に見た莉緒の速さと比べても、追いつけていないような気がしていた。

 勝負の鍵は、その速さに何処まで対応できるかに掛かっている。

 不安要素があるとすれば、彼女の制限されていたものが一体何なのか、ということだが。


 長槍を携え、静かに構えるリン。その様子を見た莉緒も掌から零れるように二振りの小太刀を生成し、腰を少し下げて構える。

 とても生徒とは思えない、全くの隙のなさ。思わず感嘆を覚えずには居られないほどだった。更に、肌がひりつくような集中力を見せつけられている。

 緊張が高まる中、生唾を飲み込むリンの表情は、引き締められながらも少しだけ引き攣った笑みを浮かべていた。


 そしてついに、試合開始の合図が鳴り響く。

 その瞬間、莉緒が動き出すよりも早く、風の刃を幾つか生成して放出した。


「__〈ウィンドカッター〉!」

「__〈ファイアボール〉!」


 放たれた風の刃を相殺するように、莉緒の生成した火の玉が飛来し、爆発を起こす。

 その時、お互いの姿が爆煙で見えなくなる。

 視界が遮られたタイミングを狙って、リンは槍を地面に突き立てた。更には、魔力を溜めて準備していた魔術を発動させる。


「__〈暴風結界ストームフィールド〉」

「おっ……」


 果たして、リンのその判断は正解だった。

 爆煙で視界が遮られたこともまるで意に介さなかった莉緒が、一気に距離を詰めようと行動を開始していたのだ。

 だが、今はリンを囲うように暴風が渦巻いている。例え相手が莉緒でも、そう容易く侵入されることはあるまい。とは言えそれもまた、時間の問題だ。

 リンは立て続けに次の行動に移る。

 突き立てたままの槍に魔力を更に流し込み、地面の中で炸裂させる。


「〈ウィンドバースト〉!」


 爆発的な強風が地面の中で暴れ狂って、闘技場をめちゃくちゃに破壊して地形を変えた。そして同時に、膨張させつつ結界も解除する。


「……中々、考えるッスねぇ」


 そうしてリンの視界に映るのは、小さいながらも無数の傷がついた莉緒の姿。

 それでもまるで堪えた様子もないが、どうやらあの結界を破ろうとしていたようだ。最後に押し退けるように結界を解いたのは正解だったのだ。

 更にいえば、この破壊した地面もそうだ。

 真っ直ぐには走りにくい地形へと変貌した闘技場で、果たして莉緒の速度は何処まで上がるのか。少なくとも、その上限を抑制するための作戦なのだが。

 速度で負けている以上、迂闊に攻勢には出られない。下手に隙を晒せば、莉緒が相手では一瞬で勝負が決まりかねない。だから、必然的に受けに徹する方がまだマシだ。


 そんな思惑を知ってか知らずか、莉緒は構わず踏み込んでくる。その速度はリンをしても尋常ではないと思えるほどで、一秒程で端から端までという距離を詰めてくる。

 リンの倍は速い、ということだ。


「シッ__!」

「くぅっ!?」


 薙ぐような斬撃が襲い来る。咄嗟に反応して柄で受け止めるものの、直ぐに次の手が降り掛かる。

 何とか後方に避けようとするも、躱しきれずに肌を掠め、僅かに血が滲んだ。

 どうやら、地形破壊はあまり意味を成していないらしい。


 速いとは言うが、それは何も移動速度だけでは無い。攻撃速度も学生としては尋常ではないと言う他ない速さなのだ。

 一撃防いだからと言って、少しでも気を抜けば続く攻撃であっという間に意識まで刈り取られるだろう。油断していなかったとしても、回避しきることすら難しいのだから。


「ほらほら、ドンドン行くッスよぉ!」

「う、ぐ……、はや、速い……!」


 更に恐ろしい事に、移動速度も攻撃速度も、徐々に上がっているのだ。

 距離を取ろうにも、すぐさま追いついてくるのではあまり意味が無い。かと言って、このまま防戦一方となっていれば、何れ手が回らずに敗北することは必至だ。


(……まだちょっと負担かかるけど、やるしかない!)


 そして圧倒的不利な事実は、リンにある事を決意させる。

 それは、日々欠かさず鍛錬を行う中で奇跡的に手に入れた魔法(切り札)。まだ完成に至っていない上に消耗が激しく、体にかかる負担が大きい代物。

 それでも、今この不利な状況をひっくり返せるかもしれない、それほどの力があるものだ。


「__ふっ!」

「むっ……」


 多少攻撃を貰うことになるのも構わず、魔力を込めた状態で穂先を地面に叩きつけ、一瞬爆風を引き起こす。

 それに煽られた莉緒が、少し表情を固くして距離をとる。そしてリンも同じように距離を取っていた。

 十分な時間が生まれた。


「__〈神気霊装〉第一解放……!」

「……マジ?」


 リンの呟きを耳にすると、莉緒は目を見開く。その表情が若干引き攣っていた。

 次の瞬間、リンから膨大な魔力が溢れ出す。

 その全てを押さえ込んでおく余力もなく、だいぶ無駄遣いにはなる。そして今のリンでは、一分も持続すれば長い方だ。

 だから__


「一気に片をつけます!」

「……マジで使えるんスねぇ!」


 ビリビリと感じる魔力の波動は、ハッキリ見えていなくても凄まじいものだと理解出来る。


 __〈神気霊装〉。

 謳われ、語られる神話や逸話をベースにし、その力を再現する、魔術ではなく魔法の領域にあるものだ。

 何れ〈神域〉と呼ばれる領域に至り、完成となるそうだが、未完のままでも効力は絶大で、正しく切り札に相応しい。


 少なからず驚きを露わにする莉緒は、その場から動かない。動かないが、何時でも動けるように身構えている。

 リンの出方を伺っているのだ。

 勿論、リンに立ち止まるという選択肢はない。〈神気霊装〉を使用限界まで使い切ってしまえば、暫く動けなくなる。そうなれば今度こそ負けが確定する。


 躊躇うことなく、リンは地面を蹴りつけ突撃する。

 その速さは、莉緒のそれに匹敵するどころか、僅かに上だ。


「げぇっ……!」

「__せぇい!」


 思わず呻く莉緒に、リンの容赦なき横薙の一撃が襲いかかる。

 慌てて小太刀を交差させて攻撃を受け止めるが、リンは直ぐに引いて刺突を繰り出す。

 〈神気霊装〉で無理やり引き上げられた身体能力は、普通の強化魔法の比ではない。異常な速さの切り替えに、堪らず莉緒は後ろに跳んで距離をとる。


(__チャンス!)


 後ろに退き、着地をするまでの、ほんの僅かな隙。だが、今のリンならばそれを突くことも可能だ。

 一息に懐まで迫り、石突の方で突き上げて、莉緒は着地も許されず宙を浮いた。


「ぐぇっ!」

「__捉えた!」


 そのまま跳躍したリンは、莉緒の体を片手で掴む。その手に槍は握っていないが、先の試合でも見せた風を纏わせた掌底が、莉緒の体に突き刺さった。


「〈旋風掌底〉!」

「うぐっ!?」


 莉緒の体を竜巻が突きぬけ、強烈な勢いで地に落ちる。そこでリンは手を緩めない。


「おまけ、〈ウィンドスラッシュ〉!」


 再び槍を取り出して、三度、風の斬撃を放つ。

 墜落の勢いで砂埃が舞う中を、炸裂する魔術が更に視界を悪くしていた。

 オーバーキルにも思えるほどの追撃をかましたリンだが、それでも油断をすることはなく着地する。


(昔、散々柚葉さんに言い聞かされたもんね)


 まだ魔術を習得したばかりの頃。柚葉に最初に言われたのは、『「やったか!?」はフラグだから』という事だった。

 リンはそれを理解出来なかったが、要するにやったと思った時が一番気が抜けて危ないのだと、改めて教えてもらい理解に至った。

 それを実行に移せるまで、何度失敗した事か。そんな事を思い出していた。

 〈神気霊装〉はもう解除している。精々、三十秒くらいの使用だったからか、少なくとも動けなくなることはなかった。

 それでもやはり、消耗は激しいのだが。


「……て言うか、とてもやれたとは思えないんだけどなぁ」


 小さく呟くリンの表情は硬い。

 このまま倒れてくれるなら万々歳ではある。十席の座は、リンも含め全生徒の目標でもあるのだから。

 だが同時に、これで勝てるほど莉緒は甘くないだろうと思う自分もいるのだ。

 はたして。


「__いやぁ、ここまで出来るなんて、想定外にも程があるって言うか……」

「っ!」

「見誤ってたみたいッスねぇ、いや本当に」


 参った参ったと。まるで攻撃を受けた事などなかったような明るい声で言う。

 その時点で、リンの思考はある可能性に行き着いた。ありそうな、むしろあって当然と言ってもいいほどの可能性だ。

 それは、砂埃が吹き散らされると同時に確信へと変わる。

 砂埃を飛ばしたのは、莉緒から放たれる魔力の波動。それは、先程のリンのものよりも強烈だ。


(そんな気はしてたけど、やっぱり……)


 砂埃が晴れたその中心に立つ莉緒は、僅かながらその装いを変えていた。

 と言っても、制服の上に赤い華やかな柄の羽織を身につけていただけだが、それは実体化した魔力の塊だ。

 この時点でリンの敗北はもう確定してしまっていた。本当なら降参してもいい場面で、それでもリンはそうしない。

 だがそれは、将真のように諦め悪く戦うことを選択したからではない。


「折角いいもん見せてくれたんスから、お返しするのが礼儀ってもんッスよね?」


 莉緒の、〈神気霊装〉に気圧されて、萎縮していたからだった。

 奇跡的とはいえ、リンですら使えるようになったものが、莉緒ほどの実力者に使えないはずがなかった。

 〈神気霊装〉で活性化させられた魔力が、自然治癒力を促進する。その為、莉緒に目立つ傷は一切見当たらない。

 恐らく、リンにはまだ不可能な、第二解放の状態なのだろう。


「……あれだけやって、効いてないのかな?」

「効いてないことはないっスよ? 現にまだちょっと、お腹がジクジク痛みますからねぇ」


 そう言って、莉緒は腹部を摩ってみせる。だが、その余裕すらある姿からは、とてもダメージが通ったようには思えなかった。

 莉緒が徐に、前に一歩踏み出す。それを見たリンは、思わず一歩後ずさる。

 構えはしているものの、完全に莉緒の覇気に呑まれていた。

 莉緒が、更にもう一歩踏み出す__次の瞬間、莉緒の姿がブレた。


「ふっ、ぅ……?」


 だが、その認識は正確ではなく、ブレたのはリンの視界の方だった。


(……え? 今、何? 何されたの!?)


 今まではまだ辛うじて反応できていた。同時に、何れ目で追う事で精一杯になるような速度に達するのでは、という不安もあった。

 だが、莉緒の動きが全く見えなかった。何をされたのか、全く理解出来なかった。

 リンにとっては、完全に想定外の事だった。


「__お礼に、いいもん見せてあげるッスよ。加減はするんで安心して下さい」


 足が地面から浮き、思考も纏まらないリンにそう語りかける莉緒。

 その体から、太陽を思わせる暖かな光が放たれる。だが、それを見たところで、心が安らぐかといえばむしろ逆で。


「神技〈日輪舞踏〉__“三輪華”」


 目で追う事すら出来ない、超高速の三連撃が、リンの体に刻みつけらた。

 更にこれがまた凄いところに、勢いで吹き飛ばされるかと思いきや、リンはその場で崩れ落ちた。


「か、はっ……!」


 喀血し、辛うじて意識は保っているものの、最早立ち上がる力すら残っておらず、両手両膝をつくことで精一杯だった。

 このまま意識を失う前にせめて、と遠のきつつある意識を堪えて口を開く。


「…………降参、です。参りました……」


 その一言で、試合終了の合図が鳴り響き、それを耳にしたのが最後。リンは耐えきれずに意識を手放した。

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