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終末のレジスタ  作者: 甘味の僕
一章 編入生の未熟な魔術師
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四話「少年の自惚れ」

 リンと杏果が将真と別れた、そのすぐ後。

 席を探していると、二人は意外な人物を見つけた。

 いや、意外でもないか。何せ彼女は、将真の姉なのだから。


「学園長」

「……あら、リンと杏果も。おはよう」

「おはようございます」


 柚葉はリンに声をかけられると、彼女の方を振り向いてほほ笑みかける。

 リンは実の所、学園長との関わりが深い。それはリンの特殊な事情によるものなのだが。

 それに対して杏果と柚葉の関わりは薄い。が、他の生徒と比べれば、学園長と生徒、という以上の関わりはある。

 有り体に言うと、リンと杏果にとっても、柚葉という存在は姉のようなものであるのだ。

 だからだろうか。


「今は柚葉でいいわよ」


 一応学園内ではあるものの、公的な場で必要な時以外は、名前で呼ぶことも望まれる間柄だった。

 立ったままではなんだからと、リンと杏果は柚葉の隣に座らされる。ちなみにもう反対側には、彼女の秘書である楓も座っていた。最も彼女は、これから始まる新人たちの試合に集中しているようだが。


「柚葉さんも、見に来てたんですね。やっぱり弟さんですか?」

「…………その話、したかしら?」

「ボクは昨日会ってて。杏果ちゃんはついさっきですけど」

「そうですね。全くもって不本意ですが」


 その物言いには、柚葉も思わず苦笑を浮かべる。

 杏果の事は、他の生徒よりは知る柚葉だ。その発言の理由にも大凡の察しはついている。


「そうだ。二人からはあの子、どんな感じに見えたかしら」

「片桐くんですよね。どんな……、と言われると難しいです」

「そう? 私には結構自信家に見えたけど」

「自信家、ねえ」


 そんな杏果の評価に、柚葉は面白そうな笑みを浮かべて彼女を見る。

 だが、それを聞いたリンは少し戸惑うような表情を浮かべる。確かに将真は、序列戦に対して不安を抱いていたはずだが。

 そんなリンの心でも読めたのか、杏果はため息混じりに口を開く。


「まず勘違いしないで欲しいんだけど、私にはもちろん、編入生に対する偏見はありません。でも、あいつは不安だと口では言ってても、何とかなるだろうという魂胆が見え透いてました」

「……見え透いてたかなぁ」

「リンは黙ってて。どんだけ〈表世界〉で実力があったかは知らないですけど。むこうとこっちとじゃ訳が違う。魔力感知すらまだ意識的にできない以上、勝ちを望むのはあまりに早いです」

「……なるほどねぇ」


 杏果の意見を耳にした柚葉の反応は、なんとも言えない、なにか含むものを感じるものだった。


「……なんかあるんですか?」

「……まぁ、ちょっと、ね」


 少し不満げな杏果の問に答えながら、柚葉は昨日の楓との会話を思い出していた。




「__化け物、ねぇ。随分な例えじゃない」

「事実ですから」


 悪びれることも無く、開き直るようなことを言う楓に対して、柚葉は怒っているわげではなかった。その躊躇いもない表現が、純粋に面白かったのだ。

 それにもちろん、彼女がそういうだけの根拠はある。もちろん、見た本人にしか分からないものではあるが。


「とりあえず魔力ですが、どうと例えましょうねぇ……。うん、そうですね。柚葉さんの約三倍ってところでしょうかね」

「へぇ、三倍ねぇ。ふーん……、……え? 私の? 三倍……?」

「そうですね」


 楓が淡々と告げた事実は、柚葉には相当衝撃的で、楽しげな笑みを貼り付けていた顔には、今や呆然、という表現が合いそうな表情が張り付いていた。


 柚葉の実力は〈日本都市〉でも最強格で、現在学生最強と言われている楓の目からしても正直、化け物じみていた。

 そしてその強さに見合うだけの、相当な魔力量を有している。柚葉にもその自覚はある。

 そんな彼女の三倍だ。

 それも、〈裏世界〉に来たばかりの、学生魔術師とすら言えない、ド素人の魔力量が。


 __今後、まだ伸び代に大いに期待が出来る、新人の魔力量が、〈日本都市〉最強格の魔術師の三倍。


 なるほど。確かにそれは化け物としか言いようがなく、その表現はなんの誇張でもなかった。


「あとは属性なんですけどねぇ。……黒、でしたよ」

「く、黒ですって……!?」


 そして今度こそ、柚葉は声を上げて驚き、思わず立ち上がった。


 魔力眼で見える魔力の適正属性。それは、魔力の色によって判別できるのだそうだ。


 赤が火属性。

 青が水属性。

 橙が地属性。

 緑が風属性。

 黄が光属性。

 紫が闇属性。


 と言った具合らしい。

 だが、将真の魔力の色は、黒。どの属性にも該当しない、その色が示す属性。

 〈日本都市〉の歴史を見ても数少ない希少例の可能性が高い。


 黒は__魔属性。


 例が少なすぎてハッキリとわかっていることは少ないが、曰く、あらゆる属性に当てはまらず、曰く、全ての属性の特性を有すると言う。


 その強さと特殊性から、適正属性が魔属性である者には、変わった名称が付けられている。


「……つまり、あの子に〈魔人〉の可能性があるってこと?」

「そういう事になりますね」


 〈魔人〉。それは魔属性に適正を持つ者。普通の魔術師と比べても、身体能力が高く、魔力量も多いのだという。

 その可能性が、将真にある。それを総合して楓が出した評価が__化け物だ。

 いつかの時代、人でありながら、魔族と同じ力を持つ彼らは恐れられ、忌み嫌われていたという。

 それを思えばある種納得のいく評価だが、本当に魔人であるならば、むしろありがたいことこの上ない、とは思う。

 まだ、ハッキリとしたことは言えないけれど。


「……良かったですね?」

「……何がよ」

「期待の弟くんは、将来性のある大きな新人ですよ。喜ばしいことじゃないですか」

「……ふ、そうね」


 少しおどける様な楓の口調に、柚葉は気の抜けたような表情と共に笑って返す。

 だが、その心境は、実は複雑でもある。

 確かに、将真に才能があることを願ってはいたが。その鬼才は、いずれ来る戦争の矢面に立たされることになるだろう。

 戦力を望みながら、戦力になることを望んで連れてきた身でありながら。弟にそこまで危険な目にあって欲しくない、という。

 そんな矛盾を、柚葉は胸の内に抱えているのだから。




「__……はさん。柚葉さんってば」

「……はっ」


 リンに何度も呼びかけられ、トリップしていた意識が戻る。そんなリンの表情は、少し心配そうだった。

 大丈夫だと、柚葉は首を軽く振るが、杏果もまた、訝しむような表情を浮かべていた。


「……で、何があったんですか?」

「なんて言えばいいかしらねぇ」


 追求する杏果に、悩ましげな表情を浮かべる柚葉。

 将真が魔人かもしれない事は、まだ控えておきたい。もしそうならば、〈日本都市〉にとって何十年ぶりかの逸材となる。だが、確定ではないのだ。

 そして学生である彼女らの、或いは他の生徒たちもそうだが、その精神にどれほどの影響を与えるか、予想がつかない。迂闊な発言は避けたかった。


「……まあ、期待出来る、とだけは言っておこうかしら」

「そうですか……」


 はぐらかされた杏果は、少し面白くなさそうだった。それでも、柚葉の心境を察したのか、それ以上は追求してこなかった。


 暫く試合を見ていると、遂に将真の番が回ってくる。

 闘技場に出てきたのは、二人の少年。

 そのもう片方を見て、リンが息を呑む。杏果と柚葉も眉を顰めていて、変化がないのは楓のみ。


「……しょーくんの相手のあの子、なんて名前だったかしら」

「……猛ですよ。御白猛みしろたける

「二人してどうしたの? そんなに不味い相手?」


 ここでようやく、楓が口を開く。

 猛は、楓が口にするような不味い相手という訳ではない。問題なのは、その実力だ。


「典型的な編入生嫌い……、ではあるんですけどね」

「あの人、強いですよ。それも努力で上り詰めてきた人でもあるから……」


 リンの言う通り、猛は編入生を好ましく思っていない。それは、彼の生い立ちにも関係があるそうだが、流石にそこまで詳しい過去は、学生たちの知るところではない。

 だが、他の生徒のような漠然とした嫌悪感ではなく、明確な敵意を持って編入生を好まない彼には、それ相応の理由がちゃんとあるのだ。


「……確かに編入生っていうのは、才能があるかもしれないってだけで、入れちゃうから」

「古参で、血の滲むような努力を重ねてきた生徒からすれば、面白くはないでしょうねぇ」

「そっかぁ……」


 杏果の言葉に、柚葉が続いて答える。その言葉に微妙な反応を示したのはリンだ。

 中等部時代とはいえ、彼女も編入生だったのだから、その心境は複雑だ。


 ともあれ、この対戦カードにおいて、分かることは一つ。


「期待してたし、勝って欲しかったけど……、流石に相手が悪いわね。まだあのレベルに勝てるほど、進級組も安くはないもの」


 潜在能力だけ見れば化け物級。だが、将真はド素人もいい所。猛ほどの学生に、今勝つのは不可能だ。

 それはリンも納得していたし、杏果と楓は言われるまでもなく、むしろ初めからそんな気はしていた。


 __将真が、何かを生成する様子を目撃するまでは。


「……は?」

「……え? リン、あなた武器生成教えてたの?」

「いえ、その……、そんなものがあるって話は、したんですけど……」


 自らの魔力を感知するのは、そう直ぐにできるものでは無い。とは言っても、そう時間がかかりすぎるものでは無いが、それでも数日__才能があっても、二日ほどはかかると言われている。

 確かに、将真が〈裏世界〉に来てからはや一週間以上がたっている。手段がわかっていれば、魔力の感知ぐらいは、出来るようになっていてもおかしくはない。

 だが、昨日告げたテストの結果と言い、勉強に付き合ったリンの証言といい、その鍛錬を始めたとしてまだ一日未満。早すぎる。


 尤も、生成されたそれは余りに簡素にすぎる物で、どう見てもただの棒だったが。

 それでも、もしかしたら。その可能性を彼女らは見た。

 試合開始の合図が鳴り、将真が動き出そうとする。そこに牽制をするように、猛が火の玉を打ち込んだ。




(__おおおぉぉぉおっ!?)


 思わず声に出そうだった絶叫を心に留めて、将真は咄嗟に回避行動をとる。

 どうやら回避には成功したようで、将真のすぐ後ろで爆発が起きる。

 そう大きな爆発ではないが、人一人大怪我させるのは用意だと思われる、そんな威力。

 そんな将真の様子を見て、猛は舌打ちをする。そして立て続けに二発目の火の玉を生成し始めた。


(躊躇なしかよ巫山戯んな!?)


 この世界の倫理観に嘆きを覚えながら、将真は猛目掛けて突っ込む。

 だが、火の玉の生成速度の方が早い。

 再び放たれる火の玉を、先程よりは余裕を持って回避する。それでも結構ギリギリだ。近づけない。


 昨日のリンの言葉を思い出す。

 例外を除き、魔術師の適正属性は一つ。そして、攻撃魔術は中級からで、適正以外の属性だと使用は困難。

 だが、猛の動きはどうだ。あんなにも容易く、人を傷つけられる威力の火の玉を連続で生成できるとくれば、素人にも予想はつく。


「……火属性か」


 既に猛は、次の火の玉の生成を完了させていた。それをやはり、躊躇なく将真目掛けて放つ。


(くっそ、近づけねー!)


 近づきすぎれば、回避をし損なうかもしれない。それに生成する時間、さらには放出までの間隔が早い。近づくだけの余裕がそもそもあまりない。

 これが、魔術が使えるか否かの差。現実だ。


 将真が歯噛みする一方で、猛もまた少なからず驚きを覚えていた。

 正直、最初の魔術だけで落とせると思っていたのだが、将真はそれを回避して見せた。

 猛もそうなのだが、将真もまた、隙がない。

 おかしな棒を生成した事にばかり気を取られていたし、あくまで一般的に見た話であり、魔術師としては幾らでもつけ入る隙はあったのだが。

 それでも、猛の見方を少なからず変えるには十分だった。


(……編入生の割に、動けんじゃねぇかよ)


 更に、来るとわかっていれば火の玉を回避するだけの身体能力と、近づくことが難しいと分かってなお、猛に向かっていくだけの度胸。


「……訂正するぜぇ、片桐将真ぁ!」

「げぇっ……!」


 歪んだ笑みを浮かべて、猛は更に火の玉、放出の速度を上げる。

 こうなれば、将真は回避するだけで精一杯だ。

 何度も回避を余儀なくされる中、どうにか近づきたい将真は、その時ふとした発想が脳裏を過ぎる。


(……この棒で、弾けないか?)


 もしそんな事が可能なら。

 この一方的なやられっぱなしの状況をひっくり返すのは期待しすぎかもしれないが、少なからず、変えられるのでは無いだろうか。

 不可能では無いはずだ。何せ、同じ魔力で出来たもののはずなのだから。


(……よし、それなら)


 猛が、次々に打ち込んでくる火の玉。それを幾つか躱しつつ、体勢が整ったところで火の玉の前に立つ。


「善は急げだ、喰らえッ!」


 飛んできた火の玉目掛けて、将真は勢いよく棒を振り下ろした。

 手応えあり。

 リーチが短いこともあって、爆発はすぐそばで起きたが、わかっていれば体勢が崩されるほどではない。それを確認して、走り出そうとする、その直前。

 硝子が割れるような、甲高い破砕音が響いた。

 何事かと思い前に目を向けると、将真の手に握られていた棒が、大きくヒビ割れ、半ばで折れていた。


「…………ダメじゃん!」


 思わず将真は叫ぶ。

 だが、意外と言うべきか。その様子を見た猛は攻撃の手を止めた。

 態々待っているのだろうか。だとしたら、将真としてはありがたい話であった。

 改めて集中力を高め、体内の魔力の感知から始める。

 先程から魔術を目の前で見てばかりだったことが影響しているのか、或いは単純に慣れてきたか。少なくとも先程よりは早く生成まで漕ぎ着けた。

 それでもやはり、竹刀の形にはならないが。

 そして将真は、今度はそこで集中力を途切れさせずに更に研ぎ澄ませていく。


(ちょっと今のままじゃやっぱり厳しいな。だったら後は……)


 意識が、深く沈んでいくような錯覚すら覚えるほど、深く集中していく。


「……っ!?」


 黙ってその様子を見ていた猛が、将真の様子が目に見えて変わったことに驚き、目を見開いた。

 肌がひりつくような雰囲気が将真から放たれている。

 そうしてゆっくり目を開く将真は、酷く静かな表情で猛を見据えた。

 流石にこれは、猛も驚かずには居られない。そしてそれは、観戦していた、ほかの者たちも同様だ。


(__火の玉の放出よりも。或いは生成よりも早く。最低限の動きで回避して、無理やり近づいてやる……!)


「編入生にしてはやれるたァ思ってたがコイツ……、自力でゾーンに入るかよ……!」


 トップアスリート達が、ごく稀に体験するという、極限の集中状態、それがゾーンだ。

 将真がゾーンに入るだけならば、理論上は不可能ではない。何せ彼は、〈表世界〉では間違いなくトップアスリート並の実力を持っていたのだから。

 そして将真は、自力で入る方法も模索していた。ぶっちゃけると、退屈しのぎという面が大きかったが。

 普通はそんな事でおいそれと入れるようになる代物ではないが、将真がそれを試した相手というのが、危険な野生動物だったりする。

 そういう経緯があって、絶対では無いものの、ある程度自力でゾーン状態に入れるだけの鍛錬は身につけていた。


「__シッ」


 棒を低く提げ、地を這うように将真が駆け出す。

 明らかに動きが変わった。それを視認すると、猛は躊躇なく火の玉乱射を再開する。

 だが、将真の動きは先程までの危なげな回避ではなく、しっかりと火の玉を見据えて、ギリギリで回避しつつ、全身を繰り返していた。

 そして、遂に二人の距離が詰まり、将真の間合いまであと少しと言うところまで踏み込んだ。


「チッ……!」


 だが、猛に焦りはない。

 面白くない、と言いたげな舌打ちこそしたが、将真の動きをしっかり見据えて剣を構える。その刀身が炎を纏うと同時に、猛もまた飛び出していた。

 将真と猛が衝突する。

 それと同時に、やはりと言うべきか、将真の武器は砕け散った。それを気にする様子もなく、将真は再び棒を生成する。今度は一瞬だ。


(ゾーン状態だから、この程度は想定内ってとこかァ?)


 猛もまた、焦る様子はない。

 幾らゾーンに入ったといっても、それはあくまで可能だったからでしかない。

 残念ながら、将真と猛の間には、魔術師としての格と年季に大きな差がある。

 故に、猛が将真の動きを追える事は、何もおかしなことではなかった。

 更に、将真の動きに慣れてきた猛は、剣戟を交わす片手間に再度、火の玉の生成を始めた。

 その瞬間、将真が僅かに距離をとる。


(ここが勝負どころだ!)


 火の玉が放たれる寸前、将真は右に体を向けた。

 そして放たれた火の玉を、武器が壊れるのも構わず迎撃。

 二人の目の前で、爆発が起きた。


「テメェ、目眩しのつもりか……!?」

「あぁ、そうだよ__!」


 そうして将真は、右からではなく、左へと回る。フェイントを入れてからの、高速で背後に回りこみ一撃を与える戦法。〈表世界〉で将真が得意としていた技で、今回は相手の強さも考えて目眩しも混ぜる。

 少なからず、猛は一瞬、将真を見失っているはずだ。


(__当たる!)


 一思いに、勢いよく振り下ろす。

 その一撃が猛に命中する__そう思われた直前、猛が背後に剣を割り込ませた。

 結果、猛に直撃することはなく、剣とぶつかり合って再び砕け散る。


「はっ!? ……ぐぇっ」


 目を見開いて動揺を露わにする将真。その隙だらけの腹に、猛の後ろ蹴りが突き刺さって地面を転がされる。

 ゾーンは、今の動揺で切れてしまった。将真はズキズキと痛む腹を抑えて、ゆっくりと立ち上がる。

 また、距離を取られてしまった。今度は簡単には近づかせてくれないだろう。いや、そもそも近づいたところで__


「……なんで、さっきのに、追いつけんだよ」

「はぁ? ……あぁそうか。自分では速いって思ってたんだなァ。悪ぃけど、全然おっせぇわ」


 つまり、見てから動いても余裕だったと。いや、見えてなかったはずだから、見ずとも容易かったということだ。

 将真が敗北感に打ちひしがれていると、今度は猛の方が踏み出して、突っ込んでくる。

 その速さは、先程の将真に匹敵する__否、将真より若干速いくらいだ。

 そしてお互いの間合いまで入ると、大きく右に踏み込む。

 その一撃に対応しようと、将真の意識が向いた、その瞬間。

 猛の姿が、視界から消えた。


(……嘘だろ!?)


 将真は一瞬で理解した。

 当然だ。今しがた、彼の目の前で見せたばかりの、将真の特技だったのだから。

 後ろを振り向く余裕なんかない。急いでその場を脱するために、強く地面を蹴って回避する__


「テメェがやろうとしてたのは、こういう事だろ!」

「ガッ……!?」


 間に合わなかった。

 それでも、深々と斬られなかっただけマシ__とは、勿論ならない。

 体勢を崩し、地面を滑らされる将真は、背中の激痛に悶絶した。


(いっ、いってぇ……、いや、熱い!? わかんねーけど、めっちゃ痛え……!)


 今まで感じた事の無い痛みは、涙すら滲むほどだった。今まで、刃物でこんな風に斬られたことはないのだから当然だ。

 〈表世界〉では何ら脅威を感じなかった刃物は、この世界では将真にとっても紛れもなく、凶器となり得るのだ。使い手が、将真よりも強いとなれば尚のこと。

 だが、痛みに悶絶し続けている余裕はない。

 まともに動けずにいる将真に向けて、猛は容赦なく火の玉を放った。


「こな、く、そぉっ……!」


 身の危険を感じた将真は、背中の痛みを押して咄嗟に回避。直撃はしなかったものの、とてもじゃないが爆発の余波に耐えられるような状態ではなく、再び地面を転がる。

 先程まで自分がいた場所を見ると、紅い液体が地面を濡らしていた。


(めっちゃ血ぃ出てる……。あいつ、躊躇がないにも程があるだろ……!)


 大怪我をさせることに躊躇がない。幾ら試合と言っても、ここまでやるか。

 将真は改めて、ひしひしと常識の違いを感じていた。

 ついでに、激痛で体が上手く動かせなくなってきていた。対する猛の方は傷一つなく、疲労すら感じられない。


(……これ以上は無理か)


 流石に、認める他なかった。

 猛が、トドメとばかりに、立ち上がろうとする将真に突っ込んでくる。

 負けは確定。これ以上は足掻くだけ無駄だが__


(……せめて一矢、報いてやる)


 意識が朦朧としてくる中、猛の剣が振りかぶられるのを見た。そして振り下ろされる剣を迎撃するように、将真も棒を振り抜く。

 破砕音が鳴り響き、将真は勢いよく吹き飛ばされる。


「うぐっ……」


 何度目か分からないくらい、地面を転がされ、闘技場の壁に背中を強くうちつけ、将真の意識は完全に飛ばされた。


 将真の力が抜けるのを確認すると、試合終了の合図が鳴り響く。


「…………」


 猛は、自分の腕を忌々しげに見落としながら、闘技場を立ち去って行った。

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