八話「二度目の敗北」
「__ハハハッ、やっぱ話になんねぇなぁ」
「こんの……」
台詞の割には楽しげな虎生を、引き攣った笑みを顔に張りつけ睨めつける将真。既に息は上がり、杏果同様、支えが無ければ立ち上がる事も辛くなってきたところだった。
試合開始から、早十分が経とうとしていた。
分かっていたことだが、その実力差は雲泥の差がある。将真は一度も虎生を捉えられなかったが、虎生は最早遊び感覚で将真を攻め続ける。
その間に将真でも理解出来たのは、観戦席で見ていた時に感じた違和感の正体だ。
莉緒と同じく、速さがウリの虎生だが、莉緒とは決定的な違いがある。
(コイツ、予備動作が全くない……!)
莉緒の動きはまだ分かる。まだ分かるだけで、目で追えるかと言われればどちらにしても無理なのだが、動き出す前の挙動がよく見ればちゃんとある。
それが虎生にはない。
真っ直ぐ突っ立ったままで、いつの間にか後ろに回り込まれるなんてことも珍しくはないのだ。
これでは、動きを読むも何もない。
その一方で、虎生は素直に感心していた。
虎生が言ったことは嘘ではない。全くもって話にならない実力差なのはどう足掻いても覆らない。だが。
「まぁ、編入生にしちゃあキモイくらい動けるなぁ。その点は驚いてるんだぜぇ?」
「全然そうは見えないけどな……」
「そうだなぁ。言うてたかが知れてるからなぁ? 動けるからこそ、際立ってやがる」
「……何がだよ」
「足りねぇもんがだよ。力も、速さも、魔力制御も、使える魔術も全然ダメ。せっかくそんだけ動けんのに、足りねぇもんのせいで取れる行動が! 戦術が! 取れる選択肢がめちゃくちゃ少ねぇ!」
声高々と、勿体ないと言いたい放題の虎生に、残念ながら返す言葉もなかった。
売られた喧嘩を買った形になる訳だが、あまりに勝ち目が見えてこない。
加えて、猛との試合をした時のように、ゾーン解放を試みてみたのだが__出来なかったのだ。
隙がなかった、という話ではない。むしろ、面白がった虎生は、何度か敢えて隙を作るような真似をして、将真に猶予すら与えた。
だから何度も試してみたのだが、まるで上手くいかない。やれば絶対に入れる、というものでもないが、条件ならば十分に整っているはずだった。それでも、ダメだったのだ。
(……くそ、なんで急に出来なくなったんだ)
出来るだけ表に出ないように取り繕ってはいるが、内心ではかなり焦っていて、雑念ばかりが頭を掻き乱す。これではどの道、できたものでは無いのだが。
ここまで来れば、悔しく、そして情けない限りだが、降参の二文字が常に脳裏を過る。理性では、降参が正解なのだと、分かってはいるのだが。
そして将真の葛藤など、虎生はお構い無しだ。
というのも、彼もここまでやったのだから降参を促すつもりでいたのだ。
(けどこいつ、魔力もろくに使えねぇ割に……、妙な、異質なもんを感じる)
虎生含め、大半の魔術師は魔眼などの便利な体質を必ずしも持っている訳では無い。
だから虎生にも、将真の魔力は見えない。
だが虎生の〈神気霊装〉の象徴は、〈裏世界〉における神獣の一体。獣の五感というのは、人のそれよりもずっと鋭く、将真から感じる人並外れた気配を感じ取っていた。
(……おもしれぇ、追い詰めて引き出してやる)
その発想に至った時の虎生の表情の、なんと下卑た笑みだったことか。
杏果以上に、とっくに決着が着いてもおかしくない決闘は、そういう理由で長引いている。
「オラオラァ、さっきまでの威勢はどうしたァ!? 殺しはしねぇけどよぉ、抗えねぇなら痛い目見るだけだぜぇ!」
「分かってんだよそんな事は……!」
将真も、虎生に降参させる気がない事には気がついていた。だから必死に抵抗しているのだか、動きにまるでついていけていない時点で、抗うも何も無い。一方的になる未来は変わらないままだ。
更に問題は他にもある。
(くそっ、この棒やっぱ脆すぎる!)
将真とて、その全ての攻撃が防げない訳では無い。
たまたま読みが当たって、攻撃の間に差し込めた事はある。だが、棒は容易く砕け散り、その防御の尽くがまるで意味をなさなかった。
せめて、防ぐ手段を身につけなければ、この場は本当に滅多打ちにされて終わりだ。
どうするか考えている間にも、虎生の容赦のない拳が襲い来る。
虎生の戦闘スタイルは、武器を殆ど使わない肉弾戦法だ。
彼の速度や身体能力を持ってすれば、下手に武器を持つよりも直接殴打する方が早いのだろう。
そんな彼の拳を、可視化出来るほどの高密度の魔力で形成された、獣の如き爪が纏うように覆っている。
その凶悪な爪で攻撃を受けているのだから、加減されていても実の所、将真はかなりボロボロだ。そして彼は、他の部位で攻撃しようとせず、爪を纏う拳だけで攻撃を繰り返してくる。
まるで、見せつけるように。
(…………同じ条件なら、もしかして防げるか?)
そうして何度も殴られているうちに、将真はその発想に至った。至ったからとはいえ、出来るとは限らないのだが。
この貧弱な棒に、同じように魔力を纏わせれば。その為にも、今この場でその方法を身につけなければならない。
将真は意を決したように表情を引き締め、虎生と距離をとるため後ろに跳ぶ。
勿論、普通ならなんの意味もないこの行動だ。どうあっても虎生は追いついてしまうのだから。だが、将真には半ば確信めいたものがあった。
今この瞬間は、恐らく追ってこないと。
そして将真の予想通り、虎生は追ってこなかった。代わりに笑みを浮かべたまま、その場に突っ立っている。
集中力を高める。ゾーンに入るためではない。まだ、こうでもしないと魔力の知覚が困難なのだ。
そうしていると、自身の魔力の感覚が少しづつ掴めてくる。その魔力をどうすればいいのか。
そのまま集中していると、体の中の魔力の流れが分かってくる。その流れにそって、棒に魔力を注ぎ込む。制御出来ていないそれは、最早注ぎ込むと言うよりも強引に押し流すようであったが。
そしてその瞬間、魔力を感じ取れるものたちは、肌が粟立つような感覚に襲われた。
『__っ!』
「……う、おっ?」
そんな、多くの魔術師の戦慄を産んだ将真は、顔を上げて目を見開いていた。
棒を起点に、注がれた魔力が具現化する。
明確な形になっていないそれは、炎のように不定形に揺らめいていた。
成功した、と傍から見たら、そう思うのだろうか。将真にあるのは、そんな達成感ではなく。
(……これ、ヤバい。制御出来てない!)
自分の体から、ゴッソリと何かが抜ける感覚と共に具現化した、荒れ狂う魔力。それは既に暴発寸前だ。
そんな将真の焦燥など、虎生には知った事ではなかった。
待ちかねた、将真から感じた違和感の一端を目の当たりにし、嬉々とした笑みを浮かべる。
「いいぜぇ、来いよ木偶の坊ぅ!」
「誰が木偶の坊だ……! 俺には、片桐将真っていう名前があるんだよ__!」
虎生が駆け足で向かってくる。
それは、先程までと比べると遥かに遅い、普通の走り。それでも並よりは遥かに速いが。
将真も応じるように、魔力を纏った棒を振り上げる。
途轍もなく重い。その動作だけで、全身が悲鳴を上げるほどに。だが、振り上げてしまえば後は下ろすだけだ。
仮にも剣道を習っていた身としては、あまりにガタガタな型に自身で苦言を呈したくなるほどだったが、この際構うまい。
不格好に振り下ろされた棒を、虎生は受け止めるように腕を交差させる。
ズン、と重い振動が闘技場を震わせ、次に観戦席にまで届く衝撃波が散った。
「うっ……!?」
吹き飛ばされそうな程の衝撃波に、出入口付近で見ていたリンは、呻きながら杏果を庇うように覆い被さる。
その視界の端で、受け止めきれなかった虎生が後方に後退るのが見えた。
それは、砂埃が晴れることで、他の観客たちにも一目瞭然となる。
「……やべぇなぁ。何だよ、その魔力」
「はぁ、はぁ……、知るか、バカヤロ……」
痛む腕に目を落としながら、先程までのテンションとは異なる、落ち着いた雰囲気で虎生が問いかける。
そして将真はと言うと、今の一撃で体にかかった負担が尋常ではなく、攻撃した側でありながら、明らかに虎生よりも疲弊していた。
更に、腕の状態が酷い。
今にもへし折れそうな軋み方。何かに侵されたような黒い刻印がチラついたりと、明らかに危険な状態だ。
「……あいつ、何者よ」
「あっ、杏果ちゃん……」
今の一連の出来事を見ていたのか、いつの間に意識を取り戻していた杏果が呻くように呟く。
杏果の気持ちは、リンにも十分理解出来た。
将真は、明らかにただの編入生ではない。
それは、動きがいいとかセンスがあるだとかで片付けられない、説明付けられない異常性だ。
態々、嬉々として受けに来ていたとは言え、あの虎生に攻撃を通すなど、ましてやそれが低序列である将真が実行したのだから、到底信じられることでは無い。
そんな信じられない光景が、目の前で起きたのだ。
リンも動揺していて、杏果の疑問に答える事が出来ない。どの道、将真が何者かなど、リンが知っているのは編入生である事だけだった。
「__これは、このまま続けさせておくと危ないかな?」
そんな時、聞こえてくる声に二人は振り向いて。
そこに立つ人物に驚き、目を見開いた。
「……なんで」
「アンタがここにいんのよ……」
呆然と呟く二人の後ろに立つのは、一人の少年。
彼は、そんな二人に微笑みかけると、闘技場の方へと視線を戻す。
「……おい、片桐ぃ」
「……何だよ」
「もう一回やれよぉ。まさか押し負けるとは思わなかったからなぁ。このまま引き下がるのは面白くねぇ」
「お前、めんどくせーな……」
正直、もう一度同じ事をする余力が残ってるとは言えない。仮に出来たところで、制御できる自信が無い。それほどまでに、あの攻撃は消耗を強いるのだ。
「おいおい、止められるのがそんな怖いかぁ?」
「何だよその安っぽい挑発は……」
虎生の物言いに、流石に呆れた様子を見せる。ここまで疲弊した頭で、挑発に乗って頭に血を昇らせる事もままならないと言うのに、もっと他に台詞はなかったのか。
だが、そんな考えとは裏腹に将真は今一度、集中力を高めていく。
挑発に乗った__訳では無い。
(しんどいけど、この後付き纏われんのは面倒だな……)
無いとは思いたいが、目をつけられるのは正直、勘弁願いたいところだ。
義憤に駆られて挑んだ訳だが、それが無謀であることは分かっていた。
虎生が胸を貸してやるという風だったこともあるし、後悔はしていないが、戦意はもう失せていた。
タダでさえここ最近、自惚れていたことを自覚し、自分の弱さに打ちのめされていたというのに。
先の一撃で限界を迎え、砕け散った棒を再生成。そして棒に再び魔力を込めていく。
相も変わらず制御不能。否、むしろ悪化して今にも暴走しそうだ。感覚だけで制御しようとしていた甘えに加えて、心身に蓄積された疲弊が、状況を悪化させていた。
「……この、ちくしょうがッ!」
奥歯を噛み締め、残された力でヤケクソ気味に振り下ろす。先程以上に制御不能な一撃はやはり、更に威力を増していた。
そして視界の先で、ほんの一瞬の出来事を目の当たりにする。
虎生の姿が、少し変化したのだ。
肌は浅黒く、髪は金髪に変色し伸びていく。髪の両側は、まるで獣耳のように逆立っていた。手足の爪が鋭く伸び、魔力で形成された尾のようなものが尻から伸びている。
これが、虎生の〈神気霊装〉第二解放状態の姿だったのだと、将真は後に知ることとなる。
将真と虎生の攻撃がぶつかり合い__闘技場を襲う衝撃と共に、将真の意識は光に飲まれていった。
「……片桐くん、大丈夫?」
「大丈夫、と言いたいところだけど……」
試合の後、将真は直ぐに学園の医務室に連行された。病院も一応中央区にあるのだが、病院には入れて貰えなかったのだ。
二度目ともなれば知っている天井を最初に視界に入れて、将真は目を覚ました。
両腕には、包帯がかなり厳重に巻かれていた。腕は動くが、凄まじい激痛を伴う。その酷い有様には、激痛と共に顔を顰める他ない。
「……はぁ。序列戦にしてもそうだったけど、無様だったろうなぁ、俺」
「そんな事は……、そんな事は、ないよ?」
「無理に否定しなくてもいい……、てか無理するくらいならもう無様だったって言ってくれた方が楽だよ」
「え、えっと……、でも無様って事はなかったと思うよ?」
確かに無謀な戦いに身を投げたとは思っているが、案の定敗北したからと言ってそれを無様だとは本当に思っていない。情けないとも思わない。
「むしろ、あんなに魔力を扱えるなんて、びっくりしちゃったよ」
「……扱えてるように見えたか?」
「……確かにそう言われると、そうなんだけど」
将真にあんな魔力の使い方が出来たという事に驚いたのは本当だ。だが確かに、あれを扱えていた、とは言い難いものがあるのも事実だ。
それでも、こんな短期間で魔力を引き出し使用出来るという事自体が、本当は凄まじい事なのだ。
「……なぁ、時雨」
「う、うん?」
「……あの後、どうなったんだ? 虎生、だっけ。あいつ、どんな感じだった?」
「あー、それなんだけどね……」
そこから将真が説明を受けたのは、二人の攻撃の衝突直前からの、複雑な顛末だった。
まず、二人の攻撃に割って入る人物がいたのだという。
そしてその時点で将真は驚いた。
頭も冷え、思考も回る今だからこそ分かるのだが、お互い、かなり危険な力の使い方をしたはずだ。そこに割って入るというのは常軌を逸しているとしか思えない。
思考回路がバカなのか。はたまた、馬鹿みたいに強いのか。
入ってきたのは、学年序列一位。
今年の一年生首席、その名前を風間遥樹と言うのだそうだ。
将真の攻撃を剣で受け止め、虎生の額を押さえて停止させるという化け物っぷりを見せつけたらしく、つまり後者だったわけだ。
「流石に、あんな攻撃が二度もぶつかり合ったら、観客たちの方が危ないからって」
それで止められるのだから、恐ろしい話だ。
将真が魔術師として未熟でも、片方は学年次席だと言うのに。
一年にして、学園序列五位という地位も持つらしいから、本人からしてみれば出来て当然、という所かもしれないが。
遥樹に止められたことはかなり不服そうだったらしい虎生も、自分の両腕に目を落とし、その場は大人しく身を引いたと言う。
中途半端に終わったようなものだから、虎生に絡まれる事がなければいいが。
試合が終わったあとはこの通り。特に腕の様子が酷かった将真は、直ぐに学園の医務室に連れていかれた。
ちなみにリンは、目を覚ましたものの、まだ動くのも辛い状態の杏果に肩を貸していたらしい。
「……あれ? じゃあ俺はどうやってここに連れ込まれた? さっき言ってた、風間ってやつか?」
「あぁ、うん。それなんだけどね、片桐くんをここまで連れてくるのに手伝ってくれた人がいて」
「手伝ってくれた人?」
「うん。ボクもびっくりしちゃったんだけど……」
「まぁそりゃ驚くッスよねぇ」
「そうだよ、協力してくれるなんて思ってなかっ……」
言いかけたリンは、いつの間にか会話に入ってきた声に目を見開いた。
将真も気づかないうちにリンの隣に立っていたのは、莉緒だった。相も変わらず真っ赤な目立つ髪と、気怠げな半眼の赤い目が特徴的だ。
「い、いつの間に居たの……!?」
「お? びっくりしてくれたッスか?」
心臓に悪い、と言いたげに胸を両手で押さえるリンを見て、莉緒は満足そうな笑みを浮かべる。
将真も驚きはしたが、いつの間にか死角に現れたリンと比べればまだ反応は薄い。
とは言え、気配も感じなかった事に訝しげな表情を浮かべる将真。そんな彼の様子に、にんまりと笑みを浮かべ、莉緒は手を差し出す。
「というわけで、改めてどうも、鬼嶋莉緒ッス。将真さんも、よろしくお願いするッスよ」
「お、おう、よろしく……、ちょっと待て。何で俺の名前知ってんの?」
「やだなぁ、今や少し有名になってるんスよ、将真さん」
やけに馴れ馴れしい莉緒だが、話を聞いてみるとどうやら、虎生とやり合った事が既に知れ渡りつつあるらしい。
将真としては、恥以外の何物でもないので、ぜひやめて頂きたいところであった。
ちなみに、差し出された手は握っていない。不審だから、というのも無いでは無いが、単純に、まだ腕を上げて手を握るのも辛いほどのダメージを負っていたからだった。
この前の背中の怪我は、少なくとも三時間もあれば治りきったはずだが、今回はそれ以上に意識を失っていたようだ。
にも拘らず、あまり治りは良くない。
「大変そうっすねぇ、その腕」
「まあ、結構痛いしな。ともあれ、助かったよ」
「礼なんていいっすよ。打算ありきッスからね」
「……打算?」
その不穏当な発言に、将真が眉を顰めると、莉緒は慌てたように首を振る。
「いやいや、そんな顔しなくても、おかしな要求するつもりはないッスよ!」
「……まあ、そう言うなら信じるけど」
「時雨ちゃん、何を要求するつもりなの?」
「莉緒でいいッスよ、将真さんもね。妹がいるんで、苗字だと紛らわしいんスよ」
リンの呼び方に違和感を感じた莉緒は苦笑を浮かべる。兄弟姉妹でもいるのだろうか。それなら確かに、名前の方がいいかもしれない。
「自分のお願いは、一緒に小隊を組まないかって事ッス」
「……えぇっ!?」
「……チーム?」
莉緒の発言に驚くリン。
だが、将真にはなんの事か分からず、首を傾げる以上の反応を使用がなかったのであった。




