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終末のレジスタ  作者: 甘味の僕
五章 ダンジョンの激闘
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恙無い進行

 将真たちのダンジョン探索は二日目を迎え、彼らは第二階層の攻略を開始した。

 第一階層でもそれなりの苦労をさせられたのだから、第二階層はもっと大変なはずだ。


 そう覚悟を決めて、足を踏み入れた。

 そのはずだったのだが__


「……なんて言うか、拍子抜けするくらい……運がいいッスねぇ」

「うん、そうだねぇ……」


 第一階層の時と陣形は変わらない。

 前方を切り開いていく莉緒、その後ろをマッピングをしながらサポートに回るリン、そして後方の警戒と迎撃を担当する将真。

 トラップを上手く回避しながら、第一階層同様に安地に寄りつつガーゴイルを撃退して進み続けた彼らは、なんと三時間程度で第三階層へと続く階段を見つけてしまったのだ。

 勿論可能性として無くはない事なのだが、これには莉緒も思わず呆然とさせられ、その隣でリンも惚けたようにのんびりと同意していた。


「どうする? もう行くか?」

「うーん……」


 変わらず後ろを警戒しながら、襲い来るガーゴイルを魔法でまとめて蹴散らす将真の問いに、莉緒は少し考える。


(昨日はそれなりの時間をかけて第二階層の階段を発見したから、流石に探索続行は断念したッスけど……)


 今日は昨日と状況が違う。

 昨日よりも、体力も魔力も遥かに余裕があった。

 連絡の為に上まで駆け上がるのは大変になるが、探索そのものに支障はない。

 ガーゴイルの数が増え、トラップも数と危険性を増して難易度は上がるものの、十分に探索可能な範疇だ。


「……よし、行きましょう。とりあえず目標は、安地の発見ッスね」

「うん、分かった!」

「オッケー。それじゃあ次のガーゴイルの群れを撃退したら__」


 そう言っている間にも気配が近づいてきて、すぐに九体のガーゴイルが姿を現した。

 それらを蹴散らし、第二階層に出現しているガーゴイルが全滅しているその瞬間。


「行くッスよ!」


 三人は下へと続く階段へと足を踏み出し、勢いよく駆け下りていった。




(……あれ? ここは……)


 いつの間にか、リンは真っ暗闇の中に突っ立っていた。

 いや、立ってすらいなかった。

 足元に感覚はなく、自分の体が自由も効かない状態で漂っていることに遅まきながら気がついたのだ。


(……あれ、私……何してたんだっけ)


 意識を取り戻すより前の事が思い出せない。

 思い出そうとしても、頭がふわふわとして思考が覚束無いのだ。

 そもそもこの現実味の無い世界を漂う自分が、本当に意識を取り戻した状態と言っていいのかさえ分からない。


 思考は覚束無いままだが、それでもこの暗闇の中に漂っている事を認知した時点で、目に映るものが暗闇の景色だけではないことに気がつく。

 まるで鏡のように、水面のように境界で遮られている、向こう側の領域に誰かがいる。


 じっと見ていると、その人影は徐々に形を露わにしていって、リンは確かにその姿を目にした。


(……私?)


 髪は黒く、両眼は赤いが、それは確かに彼女自身だった。

 そしてリンは気づいていなかったが、彼女自身の容姿も普段とは少し違って白髪に青い両眼だった。


 目の前にいる黒い自分が、リンに向けて手を伸ばしてくる。

 それも境界に阻まれてリンに触れることは無かったが、代わりに彼女は境界を指でそっとなぞった。

 その行動によって、リンは遅まきながら気がついた。

 ガラスに亀裂が入るように、小さな裂け目が境界についていたのだ。

 加えて、ほんの極わずかではあるものの小さく歪な穴が空いている。

 丁度ひび割れた部分の一部が欠け落ちたように。

 そしてそこから、何かが漏れ出ていることにも同時に気がついた。


(あ……)


 つい体が動いて、リンの手が不可視の何かに触れる。

 その瞬間、チカチカと意識が明滅するような強烈な衝撃と__


 __まだ、ダメ。


 意味が理解できない一言だけが耳に残って。




「__リンさん、起きて下さいッス!」

「……ふあっ?」


 莉緒の声に叩き起されて、リンは妙な声と共に目を覚ました。

 瞬きをしつつゆっくり上体を起こすと、莉緒が安心してようにホッと息をつく。


「いやぁ、心配したッスよ。変にうなされてるみたいだったんで。なんか悪い夢でも見てたんスか?」

「ゆめ……えーっと……ごめん、わかんない……ふぁ……」


 目を覚ましたばかりでまだ眠たげだったが、寝ぼけ眼を擦り両手で頬を軽く叩いて、無理やり意識を覚醒させる。


(夢……確かになにか見てた気がするんだけどなぁ)


 薄ぼんやりと何かを見た記憶はあったが、それも意識の覚醒と共に霧散してしまった。


「ごめんね莉緒ちゃん。それで……ここってどこだっけ?」

「えぇ……しっかりしてくださいッスよ。ダンジョンの第三階層にあった安地エリアッス」

「ダンジョンってのは分かってるけど……そういえばそうだったね」


 莉緒の呆れたような言葉に少しムッとしながらも、リンは昨日の探索状況を思い出した。


 第三階層に踏み込んだ後、安地エリアだけならばすぐに見つけることが出来た。

 だが、流石に第二階層ほどすんなりと階段が見つかるはずもなく、更にまんまとトラップにかかった三人を、極度の睡魔を誘発させるガス状の物が襲った。

 そうして最寄りの安地エリアだったここに慌てて駆け込んだのだ。


(睡眠ガスとかそんな感じのトラップだったのかなぁ。毒ガスとかじゃないだけずっといいけど……)


 むしろ深く眠れたこともあって、疲れは殆ど残っていない。

 体を伸ばすと少しの痛みを伴いバキバキと音がなる。

 硬い床で眠っていたのだから仕方がないが、それでも攻撃的なトラップよりは遥かにマシだった。


「……あれ? 将真くんは?」


 ようやく頭が回るようになってきて周りを一度見渡し、もう一人いるはずの少年の姿が見当たらないことに、少し不安げな声音のリン。

 その様子に、莉緒はクスッと小さく笑った。


「ふふっ、まったくリンさんは……心配せずとも、リンさんが寝坊助さんなだけッスよ」

「ね、寝坊助じゃないもん……」

「将真さんはもう先に起きてて__」

「お。目、覚めたみたいだな」


 莉緒が指を指した先、安地エリアの廊下の奥から丁度用事を終えたらしい将真が姿を現した。

 ホットしたのも束の間、リンは疑問に首を傾げる。


「……えっと、何をしてたの?」

「ほら、俺たち眠気に耐えながらここに飛び込んだわけだからさ、ガーゴイルを全滅させないまま放置してたわけだよ」

「あー、そっか……」


 安地にいる間はガーゴイルが追加で出現する事は無いが、倒せなかった場合は倒すまで残り続けてしまう。

 ついでに、寝落ちしてしまったがために南支部への連絡も入れられなかったので、莉緒が急いでダンジョンの外に出るサポートも兼ねて将真が倒し損じたガーゴイルを処理していたのだ。


 これがなかなか大変で、倒したところで今度は次の群れが集まってくる。

 しかも第三階層は一人につき四体も湧いてくるのだから楽ではない。

 追加が湧き始めるまでに処理し損なえば、どんどん手が追いつかなくなってしまう。


「……まあ、そうはならなかったんだけどな」

「そっかぁ。それなら良かったよ、お疲れ様」

「おー」


 リンの労いに将真は微笑を浮かべながら気の抜けた返事で応じる。

 その間にも莉緒がリンに清浄魔法をかけて汚れを落としていた。


「これでよしっと。まあさっき目が覚めた時も一回かけたんすけど」

「ありがとう……ん? 二回目なの? なんで?」

「……想像におまかせするッス」

「……うーん?」


 検討がつかず、先に目が覚めた将真なら何か知らないだろうかと視線を送るが、それに気づいた将真の反応は少し気まずそうに視線を逸らすだけだった。


「さて。そしたら朝食取って探索再開しましょうか!」

「朝食……そういえば今って何時なの? お昼前くらい?」

「はい」

「うん……ん?」


 リンの疑問に、莉緒は端末の画面表示を見せて回答した。

 そこに示されている時間は__まだ日が昇る前、早朝も早朝であった。


「……やっぱり寝坊助じゃないじゃん!」


 結局後で知ることになるのだが、寝落ちが先日の夕方くらいだったらしく、十分寝坊助だった。




 睡眠ガストラップを起動させてしまったのは、実は莉緒だった。

 将真やリンならまだしも莉緒が失敗するというのは珍しい事だったが、仕方がない部分はある。

 その要因となった光景は、三日目の探索を始めた時点でも続いていた。


(……初日から思ってたッスけど、やっぱ今回の将真さんちょっと調子良すぎじゃないッスか?)


 調子を落としているリンとは正反対で、将真は実戦訓練の時以上の能力を発揮していた。

 それはあの大きな魔力球も当てはまる事であり、更には課題であった複数の魔力球の生成からの命中精度の問題を解決していた。

 具体的には、現状まとめて生成できる五つの火球ファイアボールほどの大きさの黒い魔力球を、狙った通りに飛ばせるようになっていたのだ。

 まだ絶対では無いものの、できると分かった将真はそのまま、まとめて生成する魔力球の数を増やしていこうと試行錯誤を重ねている。


 そしてそれすら、そう遠くないうちに出来てしまいそうだ。

 分かっていたことではあるのだが__


「……相変わらず、とんでもない成長速度ッスねぇ」


 莉緒も複数の火球を生成して放つことは出来るが、残念ながら美緒のような魔力制御力もなしにそんな事をしても、命中精度は安定しない。

 基本的にはノーコンで、攻撃と言うよりは威嚇や妨害の為に使う事が多い手段だ。

 そんな莉緒ですら困難な領域に、将真は足を踏み入れつつある。

 魔王の力の影響があるとしても、少し悔しく思うのだ。


(……なるほど、猛さんは常にこれ以上の思いを抱えてるんスか。そりゃ確かに納得できないわけッスね)


 今までは感心する事はあっても、それなりの経験を積んだ仲間内で比べればまだ未熟で、少なくとも莉緒は将真にそれほどの脅威は感じていなかった。

 魔王の力は無論脅威なのだが、それは純粋に存在としての脅威であって実力とは関係がなかった。

 それが今ここで、将真の魔戦師としての実力が追いついてきていることを感じる。


 魔戦師として経験を積み始めてまだ半年程度の将真が、生まれてから魔戦師として育ち、鍛錬を積み重ねてきた才能も実力もある莉緒に、である。


(……まあ、お陰でリンさんが不調でも安定して探索ができるんスけどねぇ)


 将真の成長速度には思う所があるものの、いいか悪いかで言えば当然いいに決まっている。

 これならまだ階層が続いたとしても進める気はするが、ここのダンジョンが見つかった時の調査結果からしてもおそらくこの階層で終わりのはずだ。

 初のダンジョン探索で、訓練よりも余裕を持って進むことが出来て、更に全員無事で帰ることが出来るならば、それが一番いい。


「……さて、と。二人とも、もう少し速度上げてもいいッスかね」

「う、うん、大丈夫だよ」

「今度はトラップ踏むんじゃねーぞ。お前が気づけないんじゃ俺らも分からないからな」

「うぐ……もうしないッスよ」


 将真の指摘に口篭りそうになる莉緒だったが、二人の了承を得るとすぐに速度を上げ始める。

 二人も問題なくその後に続き、探索は恙無く進んで__


 更に二日が経過した。




 ダンジョンに入り、五日目の早朝を迎えた第一小隊は戦いの準備を万全に整えていた。


 確かに詳しく調査されたわけではないが、ダンジョン外からの魔力の測定結果からそれほど深くは無いはずだと聞いていた。

 だから備えてはいたものの、想定はしていなかった。


 第五階層以降が存在するダンジョンだと言うことに。


「いやぁ、ちょっと考えてなかったッスね……」

「まあ、準備しといて正解だったってことか」

「そんな深刻な顔しなくても、ここまで順調だったんだし大丈夫だよ!」

「うーん、だといいけどなぁ……」


 ここ数日の自信なさげな様子から一転、ここまで来ると自信がついてきたのかリンは乗り気なようだった。

 対する将真は、初めて挑むダンジョンの難易度がこれと言う事実に少し不安を抱いていた。


 昨日のうちに様子を確認してきたから間違いない。

 機能中の全てのダンジョンにはコアとでも呼ぶべき強力な魔石が存在している。

 迷宮型のダンジョンだと探索エリアのさらに下、最下層に当たる位置だ。

 だが、昨日覗いてきた下の階層にコアはなかった。

 あったのはだだっ広い一つの空間。

 ここまで踏破してきた階層四つとは明らかに違うことが一目で分かってしまった。

 そして第五階層まで存在する場合の話も、訓練を受けている時にしっかり教えられて知っていた。


 迷宮型のダンジョン五層には、どうやらガーゴイルとは違う守護者がいるらしい。

 ダンジョンの防衛機能の大元、なのだそうだ。


「結構強いみたいッスからね。それにあの広い空間で好き放題にガーゴイルを召喚できるってんだから、それだけでも十分脅威ッス」

「何とかなりそうか?」

「……まあ、何とかやって見るしかないッスね。正直撤退した方がいいのかもッスけど」


 莉緒は最近、難しい顔をすることが増えた。

 それだけ困難に挑む回数が増えたのだと思うと自身の成長を感じるが、それを喜ぶべきか否か。

 少し前までは最悪莉緒一人でどうにかできる状況の方が多かったが、最近では一人はどうにか出来ない場面も増えてきた。

 そうなれば当然、将真とリンにも十分に動いてもらわなければならない。


 なればこそ、下手な指示は出せない。

 できる限り、的確な指示で二人を動かさなければならないのだ。


「……ここらが正念場って事スかね」

「ん? なんか言ったか?」

「いーや、何でもないッス。それより、行くッスよ」

「おう」

「うん!」


 莉緒の指示に頷く将真とリン。

 三人は、異様な雰囲気を醸し出す第五階層へ続く階段に、恐る恐ると足を踏み出した。

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