安地で一息
ガーゴイルを蹴散らし、三人は飛び込むように安地へと入った。
その際に確認した限りではガーゴイルの追加出現はなかったはずだから、安地に身を置く間は湧いてこない。
暫くは安心だ。
「ふぅー……いやぁ、吃驚しました。将真さん、いつの間にあんな事出来るようになったんスねぇ」
「まあな。本当は訓練中にもやろうとしてたんだけどなかなか上手く行かなかったからな……」
「ぶっつけ本番で成功させたってこと? 凄いなぁ……」
「それを言うならリンだって戦いながら……あぁそうだ」
「そうッスね。リンさん、問題なく出来てますか?」
思い出したような将真の言葉に続き、莉緒はリンに体を寄せて問いかける。
勿論、なんの事か理解していたリンはその問いに応じるために端末を取り出した。
そうして開いたのは、このダンジョンの地図だった。
と言っても全貌が映っている訳ではなく、三人が通ってきた場所周辺に限定されるが。
「……うん。この通り、マッピングは出来てるよ」
「おお……」
「それなら良かったッス」
ダンジョン内の地図は、残念ながら用意されているものでは無い。
自分たちで記録を取りながら、下層に続く階段を見つけなければならないのだ。
特にこの迷宮型は運が良ければ数時間で見つかることもあるが、運が悪ければ数日かけて虱潰しに探してようやく見つかるという事もある。
リンの端末に記された地図には、この安地もしっかり示されていた。
免疫機能に例えられる事も多い迷宮型のダンジョンだが、同時に試練としての側面も予想されているらしい。
長年調査中らしくハッキリとはしていないが、突破不可能な難易度にならない為にこの安地があるのでは、とも言われていて真相は定かでは無いのだ。
ともあれ三人、特にリンにとっては僥倖と言うべきものだ。
身体強化すら満足にいかない状態では、莉緒は当然として将真と比べてもやはり消耗が早い。
まだダンジョンに潜り始めて精々一時間程度だ。
定期的に休憩を入れなければ心身ともに持たない。
そしてそれはリンだけでなく当然将真と莉緒もだ。
改めて莉緒は、リンから自身の端末に受け取ったダンジョンの地図に目を通しつつ腰を下ろす。
(……しっかし、本当に将真さんの成長速度には驚かされるッスねぇ。あれならまだ、程々の大きさの魔力球を数個生成する方が楽だと思うんスけど)
思い出されるのは、中々に衝撃的な先程の光景。
確かに将真の狙い通りに一網打尽にできた分、三人の消耗は一気に抑えられた。
だが、あれだけ大きな魔力を制御しようと思うと、かなりの魔力制御力と集中力を要するはずだ。
それを戦闘中にやってのけるのだから、魔王の力を抜きにしても潜在能力は相当高いのだろう。
それはわかっていた事だが、魔戦師としてまだ半人前も怪しい将真が急に突拍子な事をやり始めるという光景は、何度見ても慣れるものでは無い。
(リンさんも魔力制御力は徐々に落ちていってるけど、代わりに素の身体能力がかなり上がってるッスからねぇ。〈身体強化魔法〉もままならないとは言え、さっきまでの戦いぶりを見れば十分頼りになる……)
袖で軽く汗を拭いつつ、莉緒はポーチから取り出した水筒の中身を喉に流し込む。
「……ふぅっ。どうスか二人とも。もう少し休憩時間取った方がいいッスか?」
「んー……俺は動けるぞ」
莉緒の問いに応じながら、将真は手を握ったり開いたりして、更には小さな魔力球も手の内に生成して消してを数度繰り返す。
「うん、何なら自分で思ってたよりもまだ余裕ありそうだな」
「それは何よりッス。で、リンさんは……リンさん?」
「あっ、はい! ……ごめん、ちょっと聞いてなかった」
不可解そうに首を傾げる莉緒に、肩を跳ねさせて少し引き攣った笑みを向けるリン。
どうやら何かに気を取られていたようで、それを誤魔化そうとしているのは将真でも何となく察しがついた。
それが何かまでは分からなかったが、暫く様子を見ていた莉緒はどうやら思い至る事があったらしい。
「リンさん、もしかして……」
「う、うん……将真くん、ちょっといいかな?」
「え、俺?」
何故か指名を受けて惚けたような声を上げる将真だったが、対するリンは緊張からか少し表情が硬い。
どうやら真面目な話のようだと将真も身を固くしてリンの言葉を待つ。
そうして言われたのは。
「__ごめん、ちょっと向こう言ってて貰えないかな?」
「……通路に出てけってことか?」
「そ、そうじゃなくて、その……廊下の方に立ってて欲しいの」
この安地の構造だが、通路の脇に普通の扉程度の大きさの入口があり、そこから十メートルほど奥に一辺が十メートル四方の部屋がある。
その場所がまさに、三人が今いる場所だ。
そしてリンが言う廊下とは、通路から続く入口と部屋までを繋いでいる道の事で間違いないだろう。
確かに廊下なら安地内だから別に危険はないのだが。
「……別にいいけど、何で?」
「な、何でって言われても、その……な、何でもいいでしょっ。それで、通路の方を向いて、耳も閉じててね!」
「…………あー、そうか。その……すまん、気づかなくて」
ソワソワしながら顔を赤くして捲し立てるリンの言葉を聞いて、ようやく将真もその理由に思い至った。
安地に入った事で気が抜けたのだろう。
「悪かった。トイレ我慢してたんだな」
「もー! 気づいたなら言わなくてもいいのにぃ!」
「いって!」
つい口に出した将真に向けて投げつけられたリンの水筒が、将真の頭に見事命中した。
「絶対こっち向いちゃダメだよ! あと聞かないでよね!」
「わ、分かってるって。言われなくてもそうするから……」
将真に指摘されたことで益々顔を赤くするリンだったが、どちらかと言うと羞恥より怒りが前面に来ているようだった。
ともあれ部屋から将真を一度追い出したリンは、ようやくその不快感から解放された。
「……リンさん、今度からは自分も外しますね。流石に同性でも隣でされるとその……」
「えっ……う、うん、ゴメンね。それでお願いするね……」
小用を終えた後のリンに紙を渡しながら、そんなやり取りが二人の間にあったのだが、将真には関係の無い事だった。
探索を初めて半日近くが経過した頃。
思っていたよりもかなり順調にマッピングも進み、その日は幾つか見つけた中でも一番都合のいい安地で休息をとることにした。
「__ふー、戻ったッスよ〜」
「あ、莉緒ちゃんおかえり」
「おつかれさん」
少し疲れた様子を見せて安地に戻ってきた莉緒に、将真とリンは労いの声をかける。
一足先に二人は野営の準備を始めていたのだが、莉緒は一人、あの危険な通路を駆け抜けてダンジョンの外まで出て、南支部に予定通り一報を入れて再び駆け戻ってきたのだ。
莉緒の実力を考えれば、むしろ単独で往復する方がガーゴイルも三体までしか湧かないため都合はいいが、やはり一人では安全とは言い難い。
それでも一人で行くと言うのだから心配はあったが、どうやら杞憂のようだった。
「早かったね。連絡は?」
「勿論、恙無く終わったッスよ。それにしても、早めにまともな休息が取れるのはありがたいッスねぇ」
「そうだな」
莉緒の言葉に応じながら、将真は地図を脳裏に思い浮かべる。
第一階層の大体三割近くだろうか。
そこまで探索を続けて彼らは見事、下層へと続く階段を見つけていた。
もう少し早く見つけていれば、せめて第二階層の安地一つ見つけるくらいは出来たかもしれない。
とは言え、初日で順調に次層への階段を見つけられたのだから焦る必要も無いだろう。
それに第二階層からは少し難易度が上がる。
「__よし、野営の準備はこんなもんスかね。とりあえず、明日の為にちょっとおさらいしときましょうか」
「そうだね」
「おー、了解」
莉緒の提案に、リンも将真も快く頷いた。
第二階層になると難易度が上がる理由。
それはトラップが設置されているからだ。
これ以降、第五階層までは階層を降りるにつれて、トラップの数と危険性が増していくうえに、ガーゴイルの一人あたりの湧き数も増えていく。
第二階層はまだガーゴイルの数が増える事はなく、トラップもそれほど多くもなければ危険極まりないようなものもそうそうない。
だが、どこにトラップがあるかは分かりづらく、その上でガーゴイルに襲われるのだからおちおち確認している暇もない。
「訓練の時も思ったけど、微塵も気が抜けねーな……」
「まあ、一度作動したトラップは暫く機能を停止してくれるんで、そこを上手く利用出来れば多少は楽になるんスけどね」
「でもボク、正直トラップ見つけられる自信ないなぁ……」
「大丈夫、俺もだ」
「戦闘中でなければまだ探せるんスけどねぇ」
三人の中でも特に索敵能力が高い莉緒なら、状況さえ良ければトラップを見つける事は容易い。
だが戦闘しながらとなると流石に難しいものだ。
とはいえこれでも、第一小隊は訓練を終えてダンジョン探索の許可を貰った身だ。
突破出来ないということはないだろう。
「……よし、それじゃあまた明日、改めて頑張りましょうか」
「そうだな」
「うん。ボクも頑張るね!」
「無茶しないようにして下さい。リンさんは自衛とマッピングに集中してて貰えれば十分過ぎるッスよ」
「わ、分かってるよぅ……」
息巻いている所に釘を刺されて肩を窄めるリンに、緊張感が抜けて将真は小さく吹き出す。
それを見たリンは少し不愉快そうにむくれて、少しの沈黙の後に今度は三人で顔を見合わせて吹き出した。
緊張感が足りないような気もするが、肩の力が入りすぎているよりはずっといいコンディションで彼らは明日に備えるのだった。
時を遡り、第一小隊が出発した日の昼頃。
杏果は響弥と静音を引き連れて柚葉の元に突撃していた。
「学園長! リンたちを新規のダンジョンに向かわせたって本当ですか!?」
「誰から聞いたのよ、あと声がでかい!」
詰め寄るだけでは済まず、勢い余って近くで捲し立てる杏果の頭を、柚葉は顔を顰めながら押し返す。
バランスを崩して倒れそうになる所を響弥と静音に支えられ、宥められた杏果は荒らげた呼吸をゆっくりと落ち着かせる。
だが、心配そうな表情は解消されないままだ。
(……気持ちはよく分かるんだけどね)
杏果はリンと仲がいい。
特に杏果のリンに向ける想いは、妹を溺愛する姉のようなものだ。
それに響弥は親友の将真を、静音は気の合う莉緒の事をそれぞれ同じく心配していた。
だが、将真たちも無謀な任務をやらされている訳では無い。
訓練を経て合格を得たから、現在ダンジョン探索に向かうことが許されているのだ。
「……まあ、多分大丈夫よ。私だって心配だけど、あの子たちだって実力はあるわ」
「それはそうですけど……」
「てか、あいつらいつの間にダンジョンの実戦訓練通ってたんだな。知らなかったぜ」
「それもしょうがないわ。かなり性急だったもの」
順序としては、第一小隊の合格が決まる前に新規のダンジョンに挑ませる事が決まっていたのだ。
そしてそれに伴ってみっちり合格の為の訓練を受けていたのだから、それを伝えておく余裕もなかっただろう。
「心配もだけどさぁ、幾ら莉緒がいるっても俺らより先に合格貰ってんのはちょい悔しいなぁ」
「……それもそうね。調子落としてるリンと不安定な将真がいて、だもの。一体、何をどうしたら合格貰えたのかしら……」
「でも、あなた達も合格までもう少しだって聞いたわよ」
「私たちは集団戦が苦手な分、出遅れてますからね……」
柚葉の励ますような言葉に、静音は素直に喜べず微妙な表情を浮かべた。
それは響弥と杏果も同じだ。
三人の実力も相当で、特に杏果と響弥の近接戦闘能力は学園生の中でも屈指の強さだ。
だが、一対一が得意であるが故か、彼らは集団戦となると動きが鈍る。
威力がある分速度にやや難点がある二人は手数がそれほど多くなく、集団戦に効果が期待できるような、広範囲に影響を与える技や魔法もあるにはあるが、ダンジョン内で使うには危険すぎた。
そして一番器用な全属性の静音は、二人に反してそれほど火力が高くない。
そういった不都合が重なり、第三小隊の訓練は中々に難航しているのだ。
「まあでも、上手く調整して言ってるんで、リンたちが帰って来るまでにはあたし達も合格を取りたいところです」
「そうね。ええ、頑張ってちょうだいね」
それでも彼らは出遅れていることを深刻に考えることなく、前向きに捉えているようで柚葉も安心したように微笑を零した。
「……と言うか、こんな時間に突撃してきてお昼は大丈夫なの?」
「あっ!」
柚葉の素朴な疑問に、杏果は思わず声を上げた。
リンを心配するあまり、そこまで考えが回っていなかったようだ。
育ち盛りでありながら昼食抜きは中々に辛いだろう。
早く行けという柚葉のジェスチャーに従い、三人は一例をして慌てて学園長室から出ていく。
その間際で、ふと何かを思い出したらしい響弥が扉の外から半身だけ乗り出して柚葉に問う。
「そういや学園長。気のせいかも知んないし、知らなかったらそれでいいんすけど……」
「うん、何かしら?」
「……何か、猛の顔色が朝から良くないんすよ。なんか知りません?」
「猛が? うーん……」
基本的に魔戦師は病気に罹ることも殆ど無く、体調を崩したとしても何らかの攻撃を受けた後遺症か単純な疲弊くらいしか理由がない。
だが第四小隊が最近、それほどの疲弊を残すような任務を遂行したという話は聞いていない。
それに今の響弥の口ぶりからして、美緒と佳奈恵は平常のようだ。
怪我を隠していたとしても、二人が気づかないとは思えない。
「……ごめん、ちょっと分からないわ」
「そうですか……いや、変な事聞いてすんませんした。それじゃあ俺もこれで!」
響弥も気になるようだったが、すぐに切り替えて快活に学園長室から立ち去った。
だが、柚葉はすぐに切り替えることが出来なかった。
(……なんて言うか、妙に胸騒ぎがするのよね)
心配事が減るどころか増えてしまった訳だが、このままでは気になって落ち着いてもいられない。
まだ今年度に入って一年と経っていないにも拘わらず、色々な事が起き過ぎたせいだろうか。
「……とにかく、時間がある時に調べてみるしかないわね」
考え過ぎだとは思うが、何かあってからでは遅いのだ。
それが猛のプライバシーを侵害する行為だと分かっていても。




