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終末のレジスタ  作者: 甘味の僕
五章 ダンジョンの激闘
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いざ出立

「……あれってやっぱ、この杖の本当の受け取り手が死んじゃったって事なんかな」

「ずっと深刻そうな顔してると思ったらそんな事ッスか」

「そんな事って……」


 〈鬼塚工房〉を出て帰路に着いた三人だったが、不意に呟いた将真の言葉に対する莉緒の返答は、思いの外ドライなものだった。


「そんな事ッスよ。まあ確かに……将真さんの想像通り、亡くなってる可能性もありますけど、そうとも限らないッスから」

「そうなのか?」

「例えば……午後の実技授業を担当してる先生、いるじゃないッスか」

「そうだな」


 最近は任務ばかりで午後の授業には参加していないが、半分以上の生徒は基本的に実技授業で指導者の元、鍛錬に当たる事の方が多い。

 将真たちも平日で任務を入れてなければそちらに参加するのだが、一年生を受け持つ教師がかなりのスパルタで有名だ。

 ところが、実際のところはそれほどでもない。


「あの人、確かに厳しいし身体能力も相当ヤバいけど、魔法使わないからそんなについていけないって事はないんだよな……」

「使わないんじゃなくて使えないんスよ。まあ全く使えないわけじゃないんスけど」

「そうなのか?」

「ええ、まあ。実はあの人、学園長のチームメイトだったらしいんスよ」

「それは……初耳だな」


 柚葉からは、かつての仲間の話を殆ど聞いたことが無い。

 七年前の事件とも関わりがあるから、将真も彼女の口から直接語られるでもしない限り、無理に聞くつもりもなかったのだ。

 知らないのも無理はなく、莉緒から告げられた事実に将真は素直に驚いていた。


「ちなみにもう一人は自警団員でかなり強い人なんスけど、まあそれは今は置いとくとして」

「お、おお……」

「あの先生、例の七年前の事件で酷い負傷があったらしくて。結局、再び前線に立てるほど回復はしなかったみたいッスね。まあそれでも、かなり下層とは言え自警団序列にも入ってる団員の一人なんスよ」

「そうだったのか……」

「まあそんな感じで、その杖も殉職者とかじゃなくて、理由があって戦えなくなった人の物だったかもしれないって事ッス」

「……なるほど。それならまあ、考えすぎるようなことも無い、か」

「仮に将真さんの想像通りだったとしても、殆ど自分と関わりがない人の死に一々そこまで思い詰めてたら身が持たないッスよ」

「それはそうかもしれないけどさぁ!」

「もー、二人でずっと何喋ってるの!」


 やはりドライだと思ってしまうのは、将真が〈表世界〉出身だから考え方が違うせいなのだろう。

 思わず声を上げてしまうが、そこに少し拗ねた様子のリンがムッとした顔で割って入ってくる。

 彼女は先の方を歩いていたのだが、どうやら莉緒と将真の真剣な会話に気を利かせた……という訳でもなかったようだ。


「悪かったよ。仲間外れにした訳じゃねーから」

「ちなみにリンさんは、この杖の持ち主が亡くなっていたとしたら、どう思います?」

「え?」


 将真のもつ杖を指差し唐突に莉緒は意見を問い、リンは戸惑いを見せた。

 急な事に考える様に俯いたリンだったが、少ししてすぐに顔を上げる。

 小さく笑みを浮かべながらも、少し困ったような表情を貼り付けて。


「……うん、そうだとしたら、少し悲しいかな」

「……やっぱ莉緒が少しドライなんじゃねーかな?」

「えぇ? そうッスかね……」

「じゃあさ、俺かリンの身に何かあったらどう思うよ」

「いや二人の場合割と洒落になってないんで、縁起でもない事言わないで下さい。流石に怒るッスよ」

「……すまん、つい言葉が過ぎた」


 言葉通りに珍しく憤りを滲ませる莉緒に、失言だと気づいた将真は両手を上げて反省の意を示す。

 確かに莉緒は少しドライかも知れないが、決して心無い性格という訳ではない。

 仲間や友人の事を想って動ける人物だということは充分知っている。

 ただ考え方が少し違うだけで、少し熱くなってしまった。

 話の流れが分からないリンも、妙な雰囲気に困っているようだ。


(やらかしたなぁ……言わなくてもいい事言ったな、俺)


 消沈した様子の将真に、莉緒は呆れたように小さくため息をついて、ボソッと呟いた。


「……死なせませんよ。大切な仲間ッスから」

「……そうだな。そうだよな」


 その言葉に、将真は少し立ち直り笑みを見せ、同じく聞こえていたらしいリンも、将真と顔を見合わせて穏やかな笑みを作った。

 ただ、らしくない事を言って気恥しさがあったのが、莉緒は暫くそっぽを向いたまま、将真ともリンとも顔を合わせようとしなかった。




 その日の夜。

 と言っても、まだそれほど遅くはない時間だ。

 明日のダンジョン探索が自分で思っているより楽しみなようで、やや興奮気味で寝付けない将真は外を走りに出ていた。

 早朝の鍛錬と共に習慣化している夕方の鍛錬もこなしている為、あくまで軽くだが。


 そして十分に落ち着いて、寮に戻る最中の事。

 遠目だが、将真は偶然見知った人物を見かけた。


「……猛?」


 物陰に隠れて少し近づいてみるが、やはり猛で間違いなく、近づいた事でその表情も少しだけ見えるようになった。

 普段の不機嫌そうな表情とも違うが、佳奈恵や美緒に向けるような比較的優しい表情とも違う、何処か虚ろさを感じさせる表情は今までに見た事が無い。


 つい気になって猛の後をつけてみたが、そもそもこの時点で将真は気づくべきだった。

 普段の彼なら、将真の尾行程度に気づけないはずがないのだということに。


 将真に気づくことなく、猛が辿り着いた場所は病院だった。

 それも、将真たちも何度か入院している、都市で一番大きな病院。


「……どこか怪我でもしたのか?」


 だとしても、こんな時間に足を運ぶものだろうか。

 そう考えると猛の行動には少し不自然な点を感じたが、それが何なのかは上手く言葉に出来ない。


 だが、時間はともかく、怪我でも病気でもなく立ち寄る理由が無い訳では無いだろう。

 例えば__知人が入院している、とか。


(美緒とか佳奈恵が怪我した……って話は聞いてないしな。俺が知らない、あいつの知り合いか)


 そんな人物がいたとしても、別に何もおかしなことは無い。

 そもそも、将真は猛の事をそれほどよく知っている訳でもないのだから。


(……絶対怒るだろうけど、今度、ちゃんと謝っとこう)


 そしてそんな可能性に思い至った将真は、猛の許可もなく彼のプライバシーに踏み込んだ罪悪感に、これ以上は足を進めることが出来ずに踵を返して寮へと帰還した。




 まだ夜が明けるほんの少し前。

 将真たちが目を覚まし、出発の準備を始めたのはそんな早朝だった。


「__ごめ〜ん、ちょっと遅れちゃった」

「大丈夫ッスよ。まだ時間に余裕あるんで」

「とか言っといてお前が一番乗りだったよな……?」


 寝ぼけ眼を擦りながら、パタパタと寮の昇降口へと出てきたリンに、既に出ていた莉緒と将真がのんびりと応じる。

 三人の中で実は一番朝に弱いリンだが、今日はいつにも増して早いのだから、眠いのは仕方がない。

 それにそうは言っても、三人の起床時間や準備にかけた時間はそれほど変わっていない。

 少し遅れたと言っても、ほんの数分程度の話だ。


「やっぱ莉緒って、冷静ぶってる割になんて言うか……イベント事に乗り気だよなぁ」

「ぶってるってなんスか、そんなつもりは無いんスけど。でもまあ、やっぱ楽しみではあります。なんせ初めて、お守り無しでダンジョンに挑めるんスからね!」


 将真の指摘に唇を尖らせながらも期待に目を輝かせる莉緒の様子に、リンは微笑みつつも少し不安げな表情を浮かべた。


「ボク、ちょっと緊張してきちゃった。本当に大丈夫かなぁ……」

「無理しなきゃ大丈夫ッスよ」

「……だといいけどなぁ」


 楽観的にリンを励ます莉緒から目を逸らし、将真は聞き取れないくらいの声量で呟き、やや引き攣った笑みで明後日の方向を向いた。

 自身が魔王の器である事が影響しているのだろうが、何かと面倒事に巻き込まれる事が増えている気がすると、将真は最近になって考えるようになった。

 何だかんだで毎度乗り切ってきたし、この力のお陰で仲間と共に戦えるとはいえ、同時にそれが災いを呼んでいるともあればあまり喜べるようなものでは無い。


 そして今回も、厄介事が起きないとは言いきれない。

 最近は好奇心よりも警戒心が前に出るようになってきていた。

 自分だけならばともかく、自分のせいで仲間まで危険に晒すのは許せないし、そうなった場合、確実に無理をするという自覚があるのだ。


(じゃあ不安ばっかりかって言ったら、まあそうでも無いんだけどさ)


 不安は当然あるが、それでもやはり将真もダンジョンには興味があった。

 〈裏世界〉のダンジョンがどういうものなのかは厳密に理解している訳では無い。

 将真たちが訓練に使っていたダンジョンもほぼクリアされたような状態だったから、一から攻略していくのは勿論今回が初めてだ。

 そして〈表世界〉で色んなものから得たダンジョンの知識としてあるのは、財宝とそれを護る強力な敵との戦い。

 自分たちの状態を抜きに考えれば、これほど胸踊る冒険も中々ないだろう。


 それだけに、やはり素直に楽しめないこの魔王の力を恨めしく思ってしまうのだが。


「それじゃあ、出発するッスよ!」

「おー」

「お、おー!」


 莉緒の掛け声に、将真はやや気の抜けたように、リンは少し慌てたように応じて、それぞれ天に拳を掲げた。

 日はまだ、昇り始めたばかりである。




 〈裏世界〉には魔法が存在し、魔物や魔獣が跋扈する。

 〈表世界〉出身の将真からすれば慣れてきたとはいえファンタジーな世界であることに変わりはない。

 だが、ここが単純に異世界かと問われるとそうとも言いきれず、実際は時間軸のズレた平行世界である事が分かっていた。


 つまりこの星が地球である事には変わりなく、地理も所々違いはあるが、基本的な位置関係は変わっていない。

 そして日本国内と言ってもいいのか分からないが、少なくとも〈日本都市〉が位置するこの島国の中にあるダンジョンは、大体が探索済みか調査中で未発見の物は殆ど残っていない。

 その為、最近では新しく見つかるダンジョンは、どうしても海を挟むことが殆どなのだと言う。


 今回、ダンジョンが見つかったのは海を挟んで南西__〈表世界〉ならばタイがある当たりらしい。

 魔戦師でも流石に海を生身で渡る事は出来ない。

 その為彼らを現地まで運ぶのは、〈表世界〉なら九州に位置する自警団南支部が有する流線型の小型船だ。


「……ふぅ。流石にちょっと、疲れたッスねぇ」

「ハァ、ハァ……お前はちょっとで、済んでるかもしれねーけど、さぁ……」

「莉緒ちゃん、やっぱり速いよ〜……」


 休憩を挟みつつではあるが、半日近くかけて都市からここまで走破してきたのだ。

 疲れない方がおかしいのだが、莉緒に関しては将真とリンの速度に合わせていたのでそれほど消耗はしていない。

 対する二人は、抑えてもまだ少し速い莉緒に追い縋るので精一杯だった。


 ともあれ、第一小隊は無事に南支部へと到着を果たした。

 一般人では都市の外に出るだけで即死しかねない高濃度の魔力が常に大気を漂っている為に、交通網はまるで発展していない。

 一応、南支部北支部に繋がる転移魔法陣はあるにはあるようだが、緊急事態以外での使用はなかなか許可が下りないらしく、将真たちは結局いつも通りに道無き道を駆け抜けることになったのだ。


「だーいじょうぶッスよ。こっからまた半日くらいは身体休める余裕がありますからね」


 話は本部から通っているはずなので、簡単な手続きをすれば直ぐにでも出発は出来る。

 ただ、いざと言う時のために船はかなりの速度を出せるものの、基本的にはあまり速度を出さないで巡航するようだ。

 理由は単純、海の魔物を刺激しない為だ。


「夏場に戦った〈海蛇シーサーペント〉が可愛く見えるくらい、海の魔物は化け物ばっかッスから」

「そりゃヤベーな……」


 南支部に到着するまでの間にそんなやり取りがあったのだが、危険だということは分かっても何が出てくるのかまでは分からない。

 それでもあの〈海蛇シーサーペント〉ですらそれほど強くない部類に入るのだ。

 海の魔物たちの琴線に触れようものなら死は避けられないだろう。


「海の上じゃあ戦えねーからな……」

「将真さんがどうなるかは分からないッスけど、普通の魔戦師がそんな事しようもんなら数分で死にますよ。ついでに言えば死体が残れば御の字ッスね」

「前から思ってたんだけどさ、こっちの世界の海、おっかないにも程があんだろ……」


 大気中ですら一般人を即死させるレベルの魔力濃度なのだ。

 結界に守られていない範囲の海中魔力濃度は、魔戦師ですら生身で潜ろうものなら一瞬で蒸発するほど濃い。

 都市内の海は結界で守られているからこそ一般人でも入れるのだ。

 故に、一応授業の一環で水泳や水上戦の訓練も偶にすることはあるが、正直あまり役に立つことは無い。


「でもさ、よく考えたら船って大丈夫なのか? 生物か否かってのは関係なくて、物質であれば何であれアウトなんだろ?」


 一番端的に表すなら、外の海は強酸性だと思えばわかりやすい。

 確かに魔戦師が生身で海を渡るのは不可能だが、だからといって船でなら渡れるというのは良く考えればおかしな話だ。


「って思うじゃないッスか。まあ前知識ない状態ではむしろ自然な疑問ッスけど」

「そうなの?」

「……リンって、意外と考え無しだよな」

「えっ」


 思わぬ酷評にショックを受けて呆然とするリンだったが、莉緒は少しだけ視線を向けて同情するような苦笑いを浮かべて続けた。


「実は都市の結界と同じ性質のものでコーティングされてるんス。実際は若干劣化版ではあるんですけど、都市と比べれば遥かに小さいものを覆う程度ッスからね。何だかんだ、強度も都市の結界とほぼ変わりないって話ッスよ」

「へぇ……」


 二ヶ月前のチーム戦の試験でも使われた、劣化版の結界装置。

 これは都市に使われている装置とほぼ同性能とはいえ、劣化版でありながら都市を覆う結界よりも広い範囲を覆っていたせいか見込みより強度が弱く、想定外にも破壊されるという事態を招いてしまった。

 だが、範囲が広過ぎなければ劣化版でも十分な強度を発揮出来る。

 北支部、南支部もそれぞれ劣化版の装置が使われているらしいが、都市と比べれば遥かに範囲は狭い。

 そして船一個分程度ともなればより一層だ。


「とは言え、普通の結界装置だと劣化版でも船には大きすぎるんで、実際に使われてるのは劣化版の縮小版みたいな感じッスかね」

「……まあ、大丈夫だって言うのは分かったよ」


 莉緒の言いたいことも、安全性の問題もないという事も理解出来て、将真は一先ず安心したように息をついた。

 そんな将真の傍でリンは首を傾げていたが。


「それじゃあ、乗り込みましょうか」

「りょーかい」

「え、あ、うん!」


 少し考え込んでいたリンが莉緒の呼び掛けに慌てて応じながら、三人は南支部の敷地内へと足を踏み入れた。

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