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終末のレジスタ  作者: 甘味の僕
五章 ダンジョンの激闘
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ダンジョンの備え

 早朝の学園は人の気配を感じさせない静けさで、肌寒い時期も相まって冷たさを感じさせる。

 そんな中、普段より少し早く目が覚めた柚葉は早々に学園に出て仕事を始めていたが、彼女でさえあまり経験のない学園の雰囲気に、集中出来ずにぼんやりと窓の外を眺めていた。

 そうしていると、不意に扉が叩かれてゆっくりと開かれる。


「学園長、少しいいか?」

「……いいですけど、学園長なんて呼ばずにいつも通りでいいですよ団長」

「ならお前もそうしろ」

「あなたが最初に始めたんじゃないですか」


 返事も待たずに入室してきた剣生の少々身勝手な物言いに、柚葉はムスッと頬を膨らませた。

 尤も、彼には彼の言い分があるようだが。


「ここはお前の領域テリトリーな訳だしな。学園長であるお前に、最低限の礼儀を払うべきだと思ったんだが」

「……最低限の礼儀なんて感じられませんけど?」

「はっはっは」


 適当に笑って追求を誤魔化す剣生にため息を零しつつも、柚葉の表情は真剣なものへと切り替わる。

 自警団団長の剣生が、態々学園にまで足を運ぶのは珍しい。

 切羽詰まった様子は感じられないが、何か大事な要件がある可能性は十分にありうる。

 むしろ、それしか考えられないくらいだ。


「……それで、要件はなんでしょう。今は私は忙しい訳じゃないですけど、あなたはそうでも無いでしょうし、手短にお願いしますね」

「俺の心配をするなんて、お前も生意気になったな。まあ心配せずとも、俺も余裕があったから足を運んだんだよ。お前の気配もあったし、丁度伝えておこうと思っていた話もある」

「あんまり聞きたくない気がするんですけど……」

「心配せずとも、深刻な話じゃない」


 嫌な予感がして顔を顰める柚葉を、小さく笑って剣生は壁に背を凭れさせた。

 出来れば聞かずにおきたいが、かつての先輩で今や上司である彼を放置する訳にも行かず、腕を組んで柚葉も椅子に凭れ掛かり先を促す。


「どうぞ」

「お、聞いてくれるか。じゃあ早速だが、一年のチーム戦の成績優秀者は覚えてるな?」

「当たり前じゃないですか」


 『成績優秀者』と言うと個人への評価にも思えるが、実際は小隊単位での評価だ。

 そんな評価を受けてダンジョン探索の許可を得たのは七つの小隊。

 二年生にも未だ半数くらいの小隊しか許可を貰えておらず、三年生ですら全ての小隊か許可されている訳では無いことを考えると、計二十一名の生徒は非常に優秀と言えるだろう。


(まあ第二小隊は例外だけど……)


 個人でも恐ろしく優秀な遥樹を擁しながら、残る二人も生徒としては常軌を逸した実力を持つ第二小隊。

 それ故に彼らは特例として、進級して少し経った段階でダンジョン探索の許可を得ていた。

 そして数あるダンジョンの中でそれほど高難度のものでは無いとはいえ、彼らは既に今までに三つのダンジョン突破を完遂している。


「……それで、彼らがどうしたんです?」

「ああ。今のところ、訓練も終えて探索許可が出ているのは、確か第四小隊と第五小隊だったな」

「そうですね」


 第四小隊はそもそも集団戦に強く、連携も相当なもので、小隊としての練度は第二小隊にも劣らない。

 第五小隊もやはり個々の能力が優秀で、集団戦も出来るしチームワークもいい。

 ダンジョンの難易度を思えば訓練完了の許しを得るのは簡単では無いのだが、優位に立ち回れる彼らが早々に許可を得たのはそれほど意外でもなかった。


「で、だ。そろそろ許可を出せそうな小隊がまた一つ、出てきそうなんだ」

「……そうですか」

「なんだ、もっと興味を持ってくれてもいいだろうに」

「いえ、大体想像はつくので」


 剣生がつまらなさそうな表情を向けてくるが、柚葉としてはむしろ頭が痛いと言いたげな表情を作っていた。


「どうせあれでしょう、態々こうして伝えに来るくらいですから。正直信じられないですけど……第一小隊ですね?」

「まあそうだ」

「やっぱり……」


 あっさりと肯定され、柚葉は机に突っ伏してため息をついた。

 まだ直ぐでは無いだろうが、いつ最悪の状況が訪れるかも分からない魔王の器である将真。

 そして調子が回復しないリン。

 莉緒がいくら優秀でも、そんな二人を抱えた状態で許可を出すとは、正気の沙汰とは思えなかったのだ。


「第一小隊より、第三小隊はどうなんですか? あの子たちの方が、安定感はありそうですけど」

「確かに安定感はある。実力もな。だがあいつらは特に集団戦に弱いからもう少しかかりそうだ」

「それはそうかもしれないですけど……」

「まだ許可は出てないが、当然第一小隊の事情を踏まえた上での評価だ。特にお前の弟の成長は目を見張る物がある。心配するほどのことは無いだろう」

「……分かりましたよ。まあ単純に結果だけ見れば喜ばしい事ですしね」


 不安は拭いきれないが、起きてもいないことにいつまでも気を取られている訳にも行かない。

 それに将真の異常とも言える成長速度は、人伝で柚葉の耳にも届いていた。


(リンも不調とはいえ、戦えなくなった訳じゃない。莉緒もいるし……)


 客観的に見れば、第一小隊は確かに十分強く、集団戦もこなせるチームに成長しつつある。

 ダンジョンに挑む許可が降りてもいい頃合いではあるのだ。


「それで……話は終わりですか?」

「いや、もう一つ。今の話に関係することだ」


 柚葉の問いかけに応じると、剣生は端末を開いて何かしらの操作をする。

 すると直ぐに、柚葉の端末に通知が届いた。

 剣生からの物だということは疑いようもないのだが、面と向かっている今、態々こんな形で一体何を伝えようと言うのか。

 怪訝そうな表情で柚葉も端末を起動し、送られてきたものに目を通して__内容を確認するとやや引いたように目を見開いた。


「……正気ですか?」

「ああ。暫定的な測定結果だが、そこまで大規模なダンジョンでは無さそうだし、問題ないだろう」

「……あーもう、分かりましたよ。その代わり、何かあったらちゃんと責任とってくださいね!」

「わかったわかった」


 席を立ち憤りを滲ませて迫る柚葉を、両手を挙げて宥める剣生。

 普段の剣生は力の代償で中学生くらいの体格だから、立って並ぶと実は柚葉がやや見下ろすくらいなのだ。

 力を解放している時はそんな事は無いが、現状は怒っている柚葉に迫られると少々迫力があった。


「……はぁ」


 そして柚葉は疲れたような表情で天井を見上げ、まだ早朝ながら今日何度目かのため息を大きくつくのだった。




「……という訳なのよ」

「うん、まあ……だいたい分かったけど」


 柚葉が剣生から驚きの報告を受けてから、一週間ほどが経過していた。

 実はその間、第一小隊は外での任務を全部お預けにされ、みっちりとダンジョンの実戦訓練を受けていた。

 その甲斐あって合格は貰えたものの、数日は疲労が残っていた上に種明かしをされた今、将真たちの心境も複雑ではあった。


 ちなみに今日、始業前に柚葉から呼び出しを受けた時、三人は乗り気ではない表情で互いを見合わせたものだ。

 少し前なら好奇心に煽られてワクワクしていただろう。

 だが最近はタダでさえ将真もリンも不安定な状態が続いている上、今まで柚葉から呼び出しを受けた後にろくな事があった試しがないのである。

 不安なり、嫌な予感を覚えるのも仕方がないというものだ。


「まさか、合格貰って早々にダンジョン探索に出る事になるとは……」

「勿論、いつも言ってるけど強制じゃないわよ」


 リンの不調はともかく、将真の状態は自警団員にはもうかなり知れ渡っている。

 その上で合格を貰い依頼を渡されたのだから、事情を踏まえても問題ないレベルに達したと判断されたのだろうが、正直彼ら自身はダンジョンに挑む実力が本当にあるのか少し自信がなかった。

 繰り返し行われた実戦訓練は苦労の連続で、確かに成長はしたのだろうし、チームワークも良くなった実感はあるのだが。


(しかも、ただのダンジョンじゃない……)


 改めて、今回のダンジョンの簡易的な概要を確認する。

 どうやら、そのダンジョンは最近見つかったばかりのようだ。

 場所も日本の中ではないようで、遠征に出ていた自警団員がたまたま発見したらしい。

 踏み込む前に可能な限り下調べをした結果、感じとれる魔力の波長の強さからそれほど難易度が高いわけでもないと言う話だ。

 だからこそ第一小隊の初のダンジョン探索任務の候補地に選ばれたという訳である。


「ダンジョンって言うのは魔王軍の管轄にあるわけじゃないから、あまり過保護にすることもないだろって団長に言われてね。まあ……私としては不安要素が大きいけど、無理の無い範囲でやってくれればいいかなとは、思ってるかな」


 柚葉は将真たちに任せることにはあまり乗り気では無いようで、少し心配そうな表情だ。

 ちなみに将真は、ダンジョンには少し興味があった。

 荒廃し、機能は停止していたものの、彼は一度だけダンジョンに足を踏み入れたことがある。

 踏み入れた、と言うよりはたまたま足場が崩れた先で行き着いたという方が正しいが。

 その時は杏果と行動を共にしていたが、荒廃していたとはいえ魔物の住処になるタイプのダンジョンだ。

 そして今回、初めて真っ当に挑む事になるであろうダンジョンは、あの時のダンジョンとはおそらく違うタイプ。


「……どうする?」

「うぅん……どうしよう?」

「んー……まあ、前情報通りなら、自分は行けると思うッスけど」


 いつも通り判断を莉緒に任せるが、彼女はあまり長く悩むことも無く頷く。


「自分たち生徒がダンジョンに挑む場合、そもそも自警団側から直接こうして指名がある事の方が多いというか、普通なんスけど。だから声がかかったってことは、団長にも含めて大丈夫だと判断されているんでしょう」

「ええ、そういう事よ」

「リンさんも随分強いし、将真さんもかなり魔法が上達してますし、自分も大分ダンジョンに慣れてきました。不安要素がないとは言いませんが、十分行けるッスよ」

「そっか……うん、まあ、莉緒がいうなら大丈夫そう、か?」


 饒舌に肯定的な意見を口にする莉緒に、やや自信なさげに賛同する将真。

 リンはそれでも、少しの間悩ましい表情を浮かべて考えていたが、やがて緊張した面持ちのままゆっくりと頷く。


「まだちょっと自信ないけど……頑張る!」

「おう」

「よし、それじゃあ柚葉さん。改めてダンジョン探索任務、やらせて貰うッスよ!」

「……うん、わかった。それじゃあ団長に報告しておくわね」


 柚葉も少し緊張していたのだろう。

 やや疲れたようにゆっくり息を吐き出して優しい表情を浮かべると、莉緒の言葉に了承を示して見せた。


「それじゃあ改めて確認だけど、出発は明後日よ。明日は休みにしてあげるから、今日の授業が終わったらしっかり体を休めて十分に備えなさい」

「おう……じゃない、はい」


 他に誰も見ていないとはいえ、学園内でありながら身内だからとついフランクな応答をしてしまい、将真は慌てて訂正する。

 その様子に柚葉は少し呆れつつも微笑を浮かべ、リンと莉緒も顔を見合わせて、可笑しそうに小さく笑って将真に続いた。


「わかりました!」

「了解ッス」




 その翌日、予定通り授業を免除された第一小隊は、必要な物を準備する為に色々な所に足を運んでいた。

 尤も、殆どの場所は普段から利用しているような店ばかりで、普段と違うのは少し多めに物を準備しておくくらいだ。


 だが、久しぶりに訪れた場所もある。

 それでもたまに足を運んではいたが、彼に会うのは将真や莉緒だと下手をすれば半年以上前だった。


「親方ー、いらっしゃいますかー?」

「__おう、時雨の……だけじゃないのか今日は。そっちの二人は随分久しいな」

「どうも……まあ、俺が使ってるのって負担軽減用の汎用防具だけですし」

「こんちわッス。自分も魔道具は殆ど使ってないから、利用する機会もないんスよねぇ」

「そうか」


 そこは〈鬼塚工房〉という看板が掲げれた、オーダーメイドの武装具専門店だ。

 やはりこの手の店はかなり値が張る為、学園生の利用者はそれほど多くないが、数あるオーダーメイド店の中でもここは、その数少ない学園生の利用者が多い店だった。


 そして工房の主である鬼塚鉄心おにづかてっしんはリンの知人で、武器のメンテナンスもここで依頼している。

 そもそもが彼女が普段使いしている長槍も、ここで作られたものなのだから当然だ。


「なら今日は何の用だ? 槍の調整、修復程度ならこんなにぞろぞろと来ないだろ」


 だから、鉄心の疑問は当然のものだった。


(まあ、俺も知らないんだけどな)


 実の所、立ち寄る理由もよく分からないままに将真はここまでついてきていた。

 どうも分かっているのはリンと莉緒だけのようなのだ。


「将真さんにもそろそろ魔道具をと思いまして」

「……え、俺!?」


 そして自分に関する要件だった事が想定外で、思わず声を上げた。


 将真は普段、武器を魔力で生成して戦っている。

 覚えたての時ほどでは無いとはいえ今でもそれほど頑丈ではなく、使い方次第ではすぐに壊れてしまうこともあるが、将真の魔力量を考えればほぼ無限とも言えるだけのストックがある。

 対して、大事に使えば長持ちするし素材があれば修復も可能とはいえ、魔道具は所詮消耗品。

 それ故に今までも、そして今なお必要性を感じていなかったのだ。


「いや、なんだって俺の武器をわざわざ……?」

「今回のダンジョン探索であったらいいかなって思ったんスよ。ほら、将真さんって最近魔法の腕がメキメキと上がってるじゃないですか」

「それはまあ、そうかもしんねーけど……」

「でも将真くんの得意な武器は剣だもんね。という事で、出来れば剣と杖、二つの機能を果たせる物があったら売ってください!」

「そんなものが前もって準備されていると思うか……?」


 意気揚々と無茶振りをするリンに、鉄心は驚きつつも呆れたような表情を見せていた。

 彼の言う通り、そんな都合のいい機能を備えた武器があるような感じはしない。

 店頭に置いていなければ奥の工房のオーダーメイド品になるのだろうが、仮に目的のものがあった所で、それは将真が受け取っていいものでは無い為意味が無い。


「……しかしまあ、ダンジョン探索か。お前らも大変だな」

「いえいえ。望んで向かう身なんで」

「そうか……よし、ちょっと待て。余り物の杖で良ければやる」

「それって……もしかして、オーダーメイド品って事ですか?」

「そうだ。折角作ったというのに……受け取り手がいないのは勿体ないだろ」

「……そう、ですね」


 含みのある言い方をする鉄心に、将真は察して静かに返答する事しか出来なかった。

 奥に入ってそう経たずに鉄心は戻ってきた。

 そしてその手には、一メートルはありそうな長さの魔杖。


「……ほらよ」


 手渡されたそれは実際の重量よりも重みを感じて、将真の表情が引き締まる。


「……大事に、使わせてもらいます」

「……そう気負うな、どうせ消耗品だ。それより、自分たちの命は大事にしろよ」


 やや強ばった表情の将真を見て、鉄心は珍しく人前で小さく笑みを見せた。

 その中には、呆れも含まれているように見えるが。


「そんなこと、言われるまでもありません」

「そうか。ならいい。用が終わったら早く帰れよ」


 将真の不敵な物言いに、鉄心は素っ気ない返答を寄越し、ぞんざいに三人を見送った。

 言葉が足りないながらも、それが彼なりの激励なのだと、将真も少しだけわかったような気がした。

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