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終末のレジスタ  作者: 甘味の僕
四章 巨大な襲撃者
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二十話「軍勢撤退」

 どうやら〈巨人族〉討伐の様子を確認していたらしく、将真たちは自警団の管制室から撤退命令を出されていた。

 勿論、彼らはそれに従った。

 目に見えるほどの大きな敵はもう見当たらないが、次に戦うとしたら魔王の軍勢との乱戦になるだろう。

 〈巨大化〉できる〈巨人族〉よりはマシと言えど、これ以上戦い続けるのは危険すぎる。


 戦闘を継続出来るだけの体力を残しているのが、もう佳奈恵と美緒くらいしか居ないのだ。

 将真もまだ余力はあるが、誰よりも一番、彼に戦い続けさせる訳には行かない。


 故に、すぐにでも撤退行動を開始したのだが、ここで想定外の事態が二つ、それも嫌な形で噛み合ってしまった。

 魔王軍の進攻が予想より早い事と、将真たちの撤退速度が予想より遅い事だ。

 全員の消耗が激しいのは分かっていたことで、特に第三小隊は〈巨人族〉からかなり大きなダメージを受けている。

 全く想定していなかったといえば嘘になるが、少し考えが甘かったようだ。


「__このやろッ!」

「〈氷弾アイスバレット〉!」

「えーい!」


 その結果、本来ならば出来るだけ戦闘を避けるべき将真と、なんとか体力を残している美緒と佳奈恵を中心に、他の面々もギリギリの体力を削りつつ戦況を保っていた。


 とはいえ、佳奈恵の魔法をストックする魔道具も残弾が怪しくなってきた。

 それが無くなれば、無詠唱や詠唱省略を苦手とする彼女は、時間がかかってしまう詠唱をしなくてはまともに魔法を扱えない。

 この切羽詰まった状況でそれは致命的で、実質、将真と美緒の二人だけで戦況を支える事になる。

 魔王の力のリスクに目を瞑れば将真はまだ暫く持つが、美緒は流石にそうも言っていられない。

 こんなハイペースで戦い続ければ、彼女も直ぐにガス欠に陥るだろう。


「くっそ、この状況はヤバいぞ……」


 勿論、将真も疲弊していない訳では無い。

 魔力だけなら有り余っているが、正常な思考力もあまり残っていない。

 おそらくこの中では一番頭が回る莉緒でも、苦しい現状で妙案が浮かぶ事は無いだろう。

 応援が来るまで耐えられるかはかなり怪しく、全員が焦燥を感じていた。


 その焦燥感が疲労に拍車をかけるのだから、タチが悪いことこの上ない。


「……ど、どうしよう、そろそろストックが……」

「私も、もう魔力が……」


 更に二人の申告で、危惧していた事態がかなり迫っている事をひしひしと感じる一同。


「__ごめん、待たせたね!」

「……は、遥樹!?」


 そんな肉体的にも精神的にも限界が近い状況で、彼らの元に第二小隊と第五小隊が合流した。


「お前、撤退してなかったのか……」

「しようと思ったんだけど、こっちが危なそうだったからね。こう言ってはなんだけど、紅麗以外は君たちより余裕があるよ」


 そう言って目の前に現れた遥樹の背には、ぐったりとした紅麗が背負われていた。

 彼らの事だからしっかり〈巨人族〉を倒してきたのだろうが、その為にかなり消耗したのだろう。

 遥樹や虎生ですら〈巨人族〉を倒すのは難しい事を考えると、彼女の働きは非常に大きい。


「将真もそうだけど、君たちもこれ以上の消耗は抑えて下がるべきだよ」

「そうしたいのは山々なんだけど、何分ギリギリなもんでな……お前らが来てくれなきゃむしろ普通に危ないくらいだったわ」


 ともあれ、これで何とか撤退の目処は立った。

 この面々なら包囲網に穴を開けられるだろうし、そこからこじ開けて抜け出す事も可能だろう。

 先程聞こえた、全身を萎縮させるような大声は気になるが、それに意識を割くだけの余裕が今の彼らにはない。


「じゃあ僕が先導するよ。みんなは後に続いてくれればいいから」

「……おう、任せた」


 遥樹の指示を受けて、背後を振り向いて莉緒に視線を送ると、それに気づいた彼女が了解を示すように頷き、将真が代表でそれを受け入れる。


「真那、協力してくれ」

「うん、分かった」


 遥樹の要請に素直に頷くと、真那はすぐに銃口を〈日本都市〉西側出入口のある方を塞ぐ大軍へと向け、即座に砲撃を放つ。

 そして砲撃は狙い通りに軍勢の一部を消し飛ばし、包囲網に穴を開けることに成功した。


「よし、行こう!」


 先行して、再び道を塞ごうとする魔王軍を蹴散らしていく遥樹に続き、一同は漸く撤退を再開することが出来た。




「__〈魔装〉解放」


 鷹虎の体から溢れ出す魔力が、彼の言葉を引き金にして形を成していく。

 あまりに巨大な弓を構える、大男の上半身へと。

 上体だけとはいえ、三十メートルクラス並の〈巨人族〉のような姿を取る濃密な魔力の塊を見たグレイスは、戦慄に思わず足を止め、顔が引き攣るのを自覚した。


(これが……これがこの男の本気か!)


 〈魔装〉と呼ばれるこれは、選ばれた者だけが覚醒させられる可能性を秘めている〈神気霊装〉に似て非なるもので、鍛錬によって習得が可能な技術だ。

 尤も、相応の魔力を消費し続けることになるのだが、高密度に圧縮された魔力は視認出来るだけでなく、自分の体の一部のように触れたり動かしたりできる。

 〈物質生成魔法〉の要領にも似ているが、〈魔装〉の方がより高難易度だ。

 〈日本都市〉で使用出来る魔戦師は何人かいるが、鷹虎が使うと最早次元が違う。

 自身をそのまま巨大化させるイメージで形成している為、同じ攻撃でも、通常とはとは比べ物にならない威力での攻撃が可能となるのだ。


 鷹虎の動きに合わせて、〈魔装〉で形成された巨大な上半身が構える弓には、しっかりと矢が番えられていた。

 弓があまりに大きすぎるせいか、弦を引く音が未だ遠く離れているグレイスの耳にも届きそうなほど、ギチギチと音を立てていた。


(……なるほど、これはまずいな)


 グレイスは即座に理解した。

 疑っていた訳では無いが、北の大陸を全滅させたという報告が嘘ではないと、この時点で確信に至ったのだ。

 自身よりも明らかに小さい者を相手にしながら、脳内で鳴り響く警鐘が止まらない。


「__全軍、撤退ッ!」

「あ……?」


 自分がやられ、引き連れた軍勢が全滅させられるという最悪の想像が脳裏を過ぎったグレイスは即座に決断し、軍勢に命令を下す。

 その発言に、訝しげな表情を浮かべる鷹虎。

 だが、彼らの目的は将真であってもその身柄を確保することではない。


 彼らは、既に今回の目的を十分に果たしていた。

 〈巨人族〉の精鋭もかなりの数を失ってしまった今、これ以上無駄な犠牲を増やす理由はない。

 軍勢は、グレイスの命令に従い、撤退を開始していた。


「……逃がすと思うか?」

「__ああ、逃がすとも。我が殿しんがりをするのだからなァ!」


 既に射る準備を終えて、何時でも放てる鷹虎に向かって、グレイスは恐れること無く突撃を再開した。

 勿論、鷹虎は躊躇なく手を離し矢を射出。

 最早矢と呼べるような代物ではなく、砲撃とも言うべきその一撃は、轟音を立ててグレイスを貫かんとする。


「ヌグゥッ!」


 それをグレイスは手を伸ばして、一射目と同様に掴んで止めようと試みる。

 だが、その矢はあまりに強力すぎた。

 片手では止められないことを悟ったグレイスは、空いている方の手でも矢を掴む。

 それでも、両手を使っても尚、矢の勢いは微塵も落ちる様子がない。


「グ……ウォォォ__ッ!」


 観念したグレイスは体を少し逸らして手を離すが、それは諦めによる行動ではなく、決死の覚悟故だった。

 掴まれて、更に体を逸らされた事で、矢の軌道は変化していた。

 その結果、グレイスは急所を穿たれ戦闘不能になるという最悪の結末を未然に防いだのだ。

 それでも左肩が大きく抉られ、左腕は動かせなくなってしまったのだが。


 そして鷹虎が、それを見逃す理由はなかった。

 元より、倒しきれない可能性を考慮して、彼は既に二射目を構えていたのだ。


「……今度こそ終わりだ。穿て__!」


 立て続けに放たれる強烈な矢に、グレイスの巨体で回避仕切ることは不可能だ。

 何とか一射耐えたものの、ほんの僅かな時間稼ぎにしかならなかった。

 迫る二射目を前に、グレイスは乾いた笑みを零した。


「……クハッ。人間とは思えんな、この化け物め__」


 無抵抗でこそいなかったが、無駄だとわかっていながら止めようと伸ばした右手は一瞬で消滅し、上半身がたったの一撃で消し飛んだ。

 そしてグレイスは声を上げることも出来ず、その巨大が地響きを立てて崩れ落ちていく。


「…………」


 鷹虎は暫く警戒しながらその様子を眺めていたが、グレイスの体が萎み始めると、瑠衣と柚葉に通信を繋げた。


『__あら、どうしたの?』

『こっちはもう、粗方片付いてますよ?』

「ああ、それは分かっている。こっちで敵の指揮官を落とした。とどめはお前たちに任せる」

『人遣い荒いわね……』

『了解です、直ぐに向かいます!』


 鷹虎の指示に、呑気にため息をつく瑠衣に対して、柚葉は慌てたようにその場を駆け出した。

 とはいえ瑠衣も、のんびりしている訳では無い。


 〈巨人族〉は、〈巨大化〉している状態を倒すだけでは倒しきったとは言えない。

 身動きが取れないほど消耗するとはいえ、〈巨大化〉は性質上、どんな致命傷を負っても一度だけ死を免れる事が出来る。


 つまり、グレイスはまだ生きている。

 抵抗する力は残されていないだろうが、死んではいない。

 鷹虎はアッサリ倒して見せたが、彼とて本気を出さざるを得ない程で、本来ならこれほど楽に倒せる事はまず出来ない。

 そしてグレイスの危険性は、吸血鬼の〈超級アーク〉クラスを軽く凌駕している。

 出来ることならば、ここで倒し切ってしまいたいところなのだ。


『__副団長。出撃した団員たちが魔王軍と接触。学園生たちも無事、保護されました』

「そうか。それは良かった。お前たちも、ご苦労だったな__ッ!?」


 管制室からの報告も届いて、漸く一安心出来る、といったこの状況。

 それでも、鷹虎は気を抜いてはいなかった。

 だからこそ、誰よりもその異様な気配に、真っ先に気がついた。


(……かなり反応がでかいな。魔人か? それに、この魔力の感じも覚えがある……)


 〈魔装〉は既に解除したが、気配がする方へと鷹虎は弓を構え矢を番える。

 と言っても、反応があるだけで明確な場所までは分からない。

 ただ、嫌な予感がするとすれば、反応を感じる場所が丁度、グレイスが倒れた辺りだったこと。


 結局、強力な魔力の主が大きな行動を起こすことはなく、気配が消えた事で鷹虎も弓を下ろし、手に持った矢も空気中に霧散していった。

 消えた反応の傍に、有るべき反応が無いことを認識し、眉根を顰めながら。


(……とどめを刺したのか? 絶命したから反応がない、というならまだいいが……)


 或いは、と悪い可能性に思い当たった時、柚葉と瑠衣に繋げたままの通信から報告が届いた。


『鷹虎さん。何も……何もないんですけど』

「……本当に無いか? もう少し探してくれるか?」

『いや、無いわねこれは。いた痕跡はあるもの。何か……引き摺った後があるけど、それも途中で途切れてる』

「……そうか。わかった、二人も退いてくれ。無駄足を踏ませて済まなかったな」

『い、いえ、大丈夫です……』

『じゃあ戻るわね__』


 鷹虎の従い、柚葉と瑠衣は帰還を始めて通信を切断した。

 二人の報告に空を見上げながら、鷹虎は盛大にため息をついた。


「…………逃げられた、いや、違うな。連れ帰ったか」


 先程の強い気配は、おそらくグレイスを助ける為にやってきたのだろう。

 その方法までは分からないが、動けないはずのグレイスの姿が見当たらないというのなら、それ以外には考えられない。


「……仕方があるまい。まずは全員生還したことを良しとするか」


 自分の中で何とか納得のいく落とし所に結論づけた鷹虎は、踵を返して自警団本部へと戻って行った。


 その少し後。

 〈巨人族〉が率いる襲撃事件は、自警団に追われて散り散りに撤退する軍勢を最後に収束していくのだった。




 グレイスの巨体が萎んだ直後。

 森の中で仰向けに倒れる彼の元に、一人の男が姿を現した。

 〈巨人族〉の中でも最強に近く、魔王軍の中でも相当な力を有するグレイスが、その気配に一瞬悪寒を覚える程、強烈な魔力の波動だ。


 何とかして首を動かして気配の主を見たグレイスは、気配に強ばった体から力を抜き、緊張が解けたように息をつく。


「……おお、来てくれたのか」

「勘違いするな、回収を頼まれてたから来ただけだ」


 突如現れた青年は、そう言って分かりやすく不機嫌そうな表情を見せた。

 おそらく、本心から面倒なのだろう。

 〈巨大化〉が解けてもグレイスの図体は十メートル程もあり、それが動けないとあれば仕方の無いことだが。

 首元辺りを鷲掴みにされて引き摺られるグレイスは、気になっていることを問い掛けた。


「……連れてきた奴らは?」

「散り散りに逃げてはいるみたいだな。まあ逃げ切れてないやつもいるみたいだが、その辺は諦めろ。戦力的には、どれだけの雑魚を犠牲にしてでもお前を生かした方が大きいからな」

「ああ。理解はしているさ」


 納得はしていない、とでも言いたげなグレイスの口調だったが、それに対する青年の態度は、そもそも犠牲になるもの達がいることすら興味が無いようだった。


 それもそのはずだ。

 彼は一応、魔王軍に協力こそしてくれているが、あくまで利害の一致があるだけの関係だ。

 例え幾万の魔王軍の命が消えようとも痛くも痒くもなく、彼は自身の目的が果たせればそれでいいのである。


「……やっぱ運ぶの面倒だな。魔力の消費はダルいが、さっさと転送するか__」


 そう言うと青年は懐から魔法陣の描かれたカードを取り出し、魔法陣が許容する限界量の魔力を流し込んで地面に落とす。

 すると彼らを覆うように展開された魔法陣が、すぐに淡い光を放ち始めた。


 転送される直前、金髪と青い瞳が目立つその青年は一度、背後の〈日本都市〉に視線だけ向ける。


「……まあ、またの機会だな」


 そんな呟きを残して、青年とグレイスは魔王軍の拠点へと転送されていったのだった。

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