十九話「暁鷹虎の出陣」
〈巨人族〉のもつ種族特性、〈巨大化〉。
実はこれには、使う側にも相応のリスクが存在する。
と言っても彼らの強さを思えば、あまり想定されないような事態ではあるのだが、〈巨大化〉を維持できないほどのダメージを負うなどして強制終了させられると、身動きが取れないほどに消耗するという点だ。
「グオァァァァァッ__!」
将真の一撃によって貫かれた〈巨人族〉は、凄まじい断末魔を上げてその体を急速に萎ませていく。
それを見た瞬間、まだ動く事が出来る莉緒、猛、リンの三人は即座に動き出していた。
確かに致命傷を負わせることには成功したが、これで確実に死ぬ訳では無い。
〈巨人族〉の生命力は、〈吸血鬼〉には及ばずとも相当なものだ。
だから動けなくなっている今は、とどめを刺す絶好のチャンスなのだ。
将真の狙い通りに行くとは思わず、他の面々にとっては想定外に齎された事態だが、この機会を絶対に逃す訳には行かない。
「__いた!」
限界を迎えた〈巨人族〉の元へと、真っ先に辿り着いたのはやはり莉緒だった。
その姿を確認すると、彼女は油断すること無く短刀を前に構えて地面を蹴り加速する。
「神技〈日輪舞踏〉__〈八重桜〉!」
猛やリンが〈巨人族〉を目視できる距離に辿り着くよりも早く、莉緒の刃がその首を切り落とさんと迫ってくる。
(……人間風情、と侮ったか)
その刹那、抵抗も出来ない〈巨人族〉は、戦場に出る前に指揮官に話されたことを思い出した。
__人間を侮るな。
彼の倍は体躯がある指揮官は、長く生きているからこそ人間という種族をよく知っていた。
愚かで脆弱で矮小だが、数が多く頗る諦めが悪い。
更に強欲で、強者にも抗う術を身につける知恵があるのだと。
〈巨人族〉の男は、人間を警戒する指揮官の姿に、少なからずガッカリしたのを覚えていた。
実は、〈巨人族〉は〈鬼人族〉に似て強者との戦いを好む傾向にあるが、その圧倒的な力と体躯ゆえか、自分たちより劣る小さき者を見下す傾向があったのだ。
そして事ここに至ってようやく〈巨人族〉の男は、自分の認識が甘かったことを理解した。
今更理解しても、既に手遅れなのだが。
「……クハッ」
自嘲するような笑みを浮かべた〈巨人族〉の首が、莉緒の手によって切り飛ばされたのは、間もなくの事だった。
「…………や、やったの?」
「……いや、こいつはやったがこれで終わりじゃねぇ」
少し遅れて辿り着いたリンの呟きに、彼女の後に続いて到着した猛が森の奥の方を見据えて応える。
奇跡的に、五十メートルクラスの〈巨人族〉を倒す事に成功した一同だったが、状況は満身創痍も過言ではない彼らに一息つく余裕も与えてくれなかった。
「……げぇ!」
魔力の気配に気づいて、辛うじて直立状態を維持している木の上に慌てて駆け登った莉緒は、その光景を見て思わず声を上げる。
「莉緒、何が見えたの!?」
「ちょっとヤバいかも。いや、こうなる気はしてなくもなかったんスけど……」
転びそうになりながら、ボロボロの姿で駆け寄ってきた杏果たちの目の前に飛び降りて着地した莉緒は、顰めっ面を貼り付けていた。
「あんな目立つやつ倒しちゃったもんだから、付近に迫ってた魔王軍の一部がこっちに向かってきてるんスよね……」
「……て事はまさか」
「また五十メートルクラス来んのか!?」
「いや、流石にそれはなさそうッスけど、三十メートルクラスが目視でも二体見えましたね」
そんな莉緒の申告に、一同は少し安堵しつつも、安心できる状況ではないことを理解した。
個体数と強さを見た場合、五十メートルクラスが突出して危険と言うだけで、三十メートルクラスでも勿論十分な脅威だ。
それでもやはり、前者に比べれば後者は多少マシなのだが、試験を経ている彼らの消耗もかなり激しい。
特に〈巨大化〉が出来る〈巨人族〉との連戦は避けたいところだった。
それに、迫っているのはそれだけではないだろう。
頭が痛い問題だが、思案に使っていられる時間もさほど無い。
渋々、と言った様子で莉緒は真っ先に口を開く。
「……本当はあんまり頼りたくないというか、頼らない方がいいんスけど」
「うん?」
「ここはもう一回、将真さんに託してみようと思うんスよね。どうスか?」
「…………まあ、確かにあのとんでもない一撃ならやれるよなぁ」
「いいんじゃない? 正直、今更な気はするし」
思い出すような響弥の発言に、杏果も追うように同意を示した。
実際、五十メートルクラスの〈巨人族〉を相手に、一撃で致命傷を与えたくらいだ。
三十メートルクラスくらい容易く倒せるだろう。
リンも静音も、先の攻撃を見た後では、将真に任せる事に異論はないようだ。
もし本当に任せるなら、後は射線の問題だ。
飛距離は問題なさそうだが、まだ先程の〈巨人族〉と比べると距離がある以上、角度的に将真の位置からは目視できない。
「……じゃあ、ちょっと連絡してみるッスね」
ただ一人、猛だけはやはり納得していない様子であったが、それを考慮する余裕はなく、莉緒は美緒へと通信を繋げた。
「__って事みたいだけど将真さん、どう? 行けそう?」
「……そうだな。見える位置になればやれると思う」
莉緒から一通りの事情を聞いた美緒からの問いに、将真は頷きつつ、地面に刺しておいた棒を引き抜いて準備を始めていた。
あれだけの大物を倒したにも拘わらず、微塵も気を抜いていない。
怖いくらいの集中力は今なお継続中だ。
(……本当なら魔王の力の使用を控えさせるためにも、あまり戦わせるべきじゃないんだろうけど)
それは莉緒も思っていた事で、美緒も同じく感じていたし理解もしていた。
だが、〈巨人族〉を打倒する事を想定する場合、他の面々に決定打となる攻撃があるのかと言われれば正直怪しい。
万全の状態ですらそうだと言うのに、その上で今は皆、激しく消耗していた。
現状、決定打を持ち得るのは現状、将真だけなのだ。
それに将真も、躊躇する様子はない。
やはり、リスクのある力だと十分に理解していても、仲間の為ならばと使う気満々だ。
「……じゃあどうする? 高い位置に足場でも作る?」
「踏ん張りが利けば、その方が早いかもな」
「ん、分かった。じゃあ佳奈恵、やろっか」
「……えっ、あ、うん!」
未だに〈巨人族〉を一撃で仕留めた光景に呆然としていた佳奈恵だったが、美緒の一声に肩を揺らし、魔導書を開いて魔法を発動させる。
そしてそれに合わせて美緒も。
「……おっと」
その結果、将真の足元には地属性と氷属性で作られた、高さが数十メートルにもなる小高い足場が瞬く間に完成した。
「……よし、行けそうだな」
何度か足で地面を叩き、少し強めに踏み締めて、足場の強度に問題がないことを確認する。
そして将真は、すぐさま正面を見据えて棒を肩に担ぐように引いて構える。
先程の〈巨人族〉と比べれば小さくとも、三十メートルという大きさは今の将真の位置からでも分かる程の巨躯だ。
「__ぶち抜けぇッ!」
同じ工程を踏み、あらん限りの力で投擲する。
軌道を残して宙を貫く黒い一閃は、すぐに標的の元へと飛来して__
西側出入口がある辺りの自警団本部の屋上に立ち、親指と人差し指で輪の形を作って遠くの様子を確認する鷹虎。
そんな彼の元に、管制室から通信が入ってきた。
「……どうした?」
『報告します。五十メートルクラスの〈巨人族〉の反応がつい先程、全て消えました』
「随分と早かったな?」
『それなんですが……瑠衣さんが一体、柚葉さんが二体。百期生第二、第五小隊の合同チームで二体、第一、第三、第四小隊の中隊編成で一体という戦績になってます。その他、三十メートルクラスもかなりの数が討伐されています』
「……そうか。足止めだけでも出来れば御の字だと思っていたが、今年の高等部の学生は想定よりかなりやれるな」
素直に驚きを見せる鷹虎だったが、それも無理からぬ事だ。
正直、瑠衣ならばまだしも、柚葉が単独で二体も撃破した事だって驚きなのだ。
いかに柚葉が優秀でも、普通は単独で倒せるような相手ではなく、彼女も不安を覚えているようだった。
生徒たちの働きに触発されたのかもしれないが、その生徒たちの戦績も凄まじい。
五十メートルクラスの〈巨人族〉が相手では、学園生程度では中隊規模であっても全滅する可能性の方が遥かに高いのだから。
ともあれ、生徒たちと柚葉の頑張りが大きく、予定より遥かに相手の戦力を早く大きく削ることが出来た。
(俺も、それに見合う働きをせんとな__)
「もう他の団員たちも動ける頃だな?」
『そうですね……おそらく準備が完了している頃かと』
「よし、ならば学生たちには撤退させろ。働きとしては十二分過ぎるからな。あとは大人に任せて貰おうか」
そうして鷹虎が取り出したのは、拡声器の形をした魔道具。
すぅ、と息を吸い込むと、拡声器を口元に持ってきて声を張り上げた。
『__止まれ、そこの〈巨人族〉ッ!』
その声は周りに遮るものがないこともあってかなり遠くまで響き、ゆっくりと迫っていた数キロ先の、百メートルクラスの〈巨人族〉にまで届いていた。
『一応問う。お前がこの大軍の指揮官か?』
「__如何にも!」
「ッ!」
鷹虎の問いに応える〈巨人族〉の指揮官。
その声は、拡声器の魔道具を使った鷹虎の声に劣らないほど大きく、更に狙ってか否かは知らないが、どうやら威圧の効果を孕んでいるようだった。
その声をまともに聞いてしまった管制室の大半の団員が失神する程で、この場所から離れている生徒たちにも影響が及んでいる可能性があった。
「チッ、馬鹿でかい声だな……」
鷹虎は不快そうに眉を顰めるだけだったが、学園生にまで影響が及ぶとあっては心中穏やかではない。
柚葉と瑠衣もおそらく効いてないだろうが、出撃準備をしていた自警団員もある程度は影響を受けているやもしれない。
団員の出撃が遅れるとなれば、いよいよ生徒たちが危険だ。
「__我が名は〈グレイス〉! 我も問おう、貴様は人間たちの指揮官か!?」
『……そうだ。代理ではあるがな』
「そうか! 中々にやってくれたな、侮りがあったとはいえ、優秀な部下たちをこうも容易く撃破するとは!」
グレイスと名乗った〈巨人族〉の指揮官は仲間が倒された事を認知しているにも拘わらず、怒りや悲しみを殆ど感じない。
それどころか楽しげですらあった。
『……そうだな。それで、お前たちの目的はなんだ?』
グレイスの会話に付き合っていれば長くなりそうだと感じた鷹虎は、早々に本題へと移る。
その問いに、一瞬惚けた様子を見せたグレイスだったが、すぐにこの距離でもわかるような笑みを浮かべて応えた。
「態々言うまでもあるまい! 魔王様の器に決まっているだろう!」
「……やはりか。芸のない奴らだ」
大方の予想通りの返答に、鷹虎は呆れたようにため息をつく。
魔王の器である将真は、丁度他の生徒たちと共に〈巨人族〉の脅威と戦ってくれたばかりだ。
みすみす、渡す訳には行かない。
『分かっているだろうが、こちらもそう易々とくれてやるつもりは無い! お前たちはここで殲滅する!』
それだけ宣告すると、鷹虎は拡声器をポーチへと片付け、虚空に左手を掲げる。
左手の甲には魔法陣が刻まれていて、それが発光すると彼の手には弓が出現していた。
ただの弓では無い。
かなり高性能な魔道具__〈魔弓〉だ。
矢は敢えて準備する必要は無い。
鷹虎自身が魔力で生成した矢を使用するからだ。
矢を番えると、狙いをグレイスに定めて弦を引く。
その行動が引き金となり、鷹虎の目の前にスコープの代わりとなる魔力のレンズが出現する。
魔弓の弦は、鷹虎でさえ身体強化がない状態では引けないほどに硬く重いが、放たれる矢の威力は尋常ではない。
グレイスは動く様子がない。
あの巨躯ではどの道回避は出来ないだろうが、どうやら受け止めるつもりのようだ。
(……舐めた真似を)
少々不愉快ではあるが、鷹虎は構わず弦から手を離し矢を放つ。
その矢は、風を切る音と共に凄まじい速度で、グレイスの急所目掛けて飛んでいったが、グレイスを貫くことは無かった。
巨大な手で容易く、矢を潰されてしまったのだ。
想定をしていなかった訳では無いが、勝ち誇るような笑みを見て思わず苛立ちを覚えた。
(そうかよ、だったらこれならどうだ)
そうして今度は先程とは違い、ポーチから矢を取りだした。
ただの魔力の矢では通らないと理解したから、矢も魔道具として作られたものを選択したのだ。
ただ、番えられた物は『矢』と言うには厳つく、『槍』の如き様相だった。
「__〈仮想・ゲイボルグ〉」
神器の一つである〈魔槍〉は、突き出せば無数の槍に、矢として放てば無数の矢へと変貌する特性を有しているという。
それを模して作られた矢が、今まさに鷹虎が弓に番える物の正体だ。
「これならどうだ?」
鷹虎が手を離し、先程よりも数段強力な矢が狙い違わずグレイスへと放たれる。
更にその最中で、無数に分裂して襲い来るのだ。
如何に〈巨人族〉と言えど、一発でも急所に届けば十分に必殺の威力を有するそれに、全く脅威を覚えない事は無いはずだ。
そして飛来する無数の矢に対して、グレイスが取った対応は驚くべきものだった。
「__グラァァァアッ!」
大きく息を吸い込むと、その巨体に見合う程の強烈な雄叫びを上げたのだ。
無数の矢は轟音を受けて失速し、威力を失い地へと堕ちた。
「チッ、これもダメか……」
鷹虎は再び苛立たしげに舌打ちをするが、その表情は決して悲観的なものではなく、むしろまだ余裕さえ感じる。
グレイスも勝ち誇るような笑みは絶やさないが、これで終わりだとは思っていなかった。
実はこの作戦が始まる直前__数日前の事だが、グレイスの元に一報が入っていた。
場所は〈日本都市〉の組織、〈自警団〉が有する北支部がある地よりも更に北の大陸。
魔王軍の戦力の一部が部隊配置され、作戦行動のために展開していたのだ。
そして魔王軍の動きを察知した〈日本都市〉の魔戦師たちの手によって、短期間で部隊が壊滅させられた、いうのが報告の内容だった。
そしてその中でも特に、魔王軍の大半を消し飛ばした凄まじい戦闘能力を有する弓兵がいる、という報告も受けていた。
グレイスは、鷹虎が弓を構えたところを一目見た時、すぐにこいつだ、と理解したのだ。
(北の大陸に派遣された部隊も決して弱くはない。だが、今奴が放った攻撃だけでは、とてもそう多くを蹴散らせるとは思えん)
その部隊の中には、それなりの数の高位魔族もいたはずだ。
今しがた、二度も放たれた矢はかなり強いが、それでも火力が足りるとは思えない。
まだ鷹虎は、本気を見せてはいないのだ。
「__どうした、その程度か!? ならば今度は、こちらから行かせて貰うぞ!」
本気を出し渋る鷹虎を、ただ待つほどグレイスも甘くない。
彼は言葉通りに進軍を再開していた。
その様子を確認すると同時に、鷹虎は不味いことに気がついて、急いで通信を管制室へと繋げ直す。
「__俺だ。誰でもいい、意識があるものは応答しろ」
『……こちら、管制室、です……』
「そっちの状況は?」
『……大半が、意識を持っていかれましたが……とりあえず無事、です……』
「そうか……出撃準備をしていた団員たちは?」
『少しお待ちください__そちらは大半が、意識を残しています。出撃も、問題ないかと』
「ならば今すぐ、迅速に学園生たちの元に向かわせろ。どうにも、撤退できていないようだ」
グレイスに気を取られて気づくのが遅れたが、彼が引き連れてきた大群の反応が、同じ場所を目指して進攻していたのだ。
鷹虎が今いる場所よりもやや西側。
その先には、学園生のものと思わしき反応が幾つかある。
だが、鷹虎が確認した時点で既に、かなり囲まれているようだった。
試験中だった所に、こんな事態に巻き込まれ、五十メートルクラスの〈巨人族〉まで倒したのだ。
おそらくかなり消耗しているだろう。
『……分かりました。すぐに、向かわせるように、指示を出します……』
「ああ、任せる。お前たちも苦しいだろうが、もう少し頑張ってくれ__」
そう告げると、鷹虎は猛進してくるグレイスを今一度見据え、大きなため息をついた。
「さっさとやられておけばいいものを、中々に手間をかけさせてくれるな」
ボヤくような物言いをする彼の体からは相当な量の魔力が吹き出していた。
半透明に揺らめいて見える高密度の魔力は、十数メートル程の高さまで立ち上る。
「__なら、望みどおり見せてやる。これで終いだ」
鷹虎は改めて弓を構え、弦を引く。
ただし、矢を番えることの無いままに。




