十七話「巨人襲来」
__暁鷹虎。
自警団序列第三位にして、三人いる副団長の一人。
そして今、将真達と共にいる、百期生第五小隊に所属する暁透の実の兄だ。
その容姿は浅黒い肌に、白虎を思わせるような黒と白の入り乱れた髪、猛禽類のように鋭い金の瞳。
赤いバンダナを頭に巻き、血を思わせる深紅の軍服を身に纏う大男は、あらゆる者を例外なく威圧するような、強烈な存在感を放っていた。
「兄貴、確か任務に出てるって……」
『そうだな。ついさっき、全部片付けて帰ってきたところだが』
「流石だぜ……」
何でもない事のように語る鷹虎の様子に、透は少し引き攣った笑みを浮かべ、畏敬を抱き身震いした。
尤も、それは今に始まった話では無いのだが。
『さて、お前たちには撤退してもらうのが一番いいんだが……手が間に合わん今、お前たちほどの戦力を遊ばせておくのは勿体ないからな。作戦に組み込ませてもらうぞ』
「えっ、いやでも、柚葉さんも瑠衣さんも動くんスよね……? 自分たち必要になりますか?」
『当たり前だろう。とはいえ倒せとは言わん。お前たちのそばに一体いるようだが、そいつの足止めだけして貰えればこちらで処理する。絶対に死なんように立ち回れよ』
「……ちょ、ちょっと待って下さい。その口ぶりだと、他にも巨人族がいるみたいに聞こえるんスけど」
『なんだ、気づいてなかったのか』
少し意外そうに驚く鷹虎だったが、肯定と取れる反応に莉緒は、目眩を覚えたように頭を抑えて宙を仰いだ。
話を聞いていた面々も、更に表情が険しいものになっていく。
〈巨大化〉が出来る巨人族はたった一体だけでも、学生にとってはこれ以上ないくらいの脅威なのだ。
そんな余裕のない彼らに対して、鷹虎は追い打ちをかけるように告げる。
『なら相手の戦力を共有しておこうか。目下最大の脅威は巨人族の百メートルクラス。一体だけだが、こいつがおそらく奴らの指揮官だろう』
「げぇ……」
「百メートルクラス……」
そのとんでもない大きさに響弥は呻き声を漏らし、杏果も告げられた脅威を呆然と呟いて復唱する。
『更に五十メートルクラスが六体、三十メートルクラスが二十余と言ったところだな』
「そ、そんなに……」
次いで絶望的な表情で呟いたのは莉緒だった。
莉緒と虎生が目撃したのはおそらく、五十メートルクラスの一体だけだ。
二人が見た限りでは、すぐ傍に他の巨人族は確認出来なかった。
『加えて、複数の魔力反応だ。まあこっちは大半雑魚だな。とはいえ強力な反応もある。〈巨大化〉出来ない、又は温存している巨人族……或いは別の高位魔族が混じっているかもしれんな』
「まだこの前の襲撃の方がぬるかったわよ……」
杏果の嘆きは尤もだ。
あの時の魔王軍の軍勢は、数だけは凄まじいものがあった。
加えて杏果たちは、襲撃以前の任務で受けたダメージが回復しきっていない状態で戦っていたのだから、苦戦は当然のものだった。
だが軍勢の大半は、大した脅威にならないような魔物や低位魔族が占めていた。
厄介な相手がいたとして精々、吸血鬼がちょっと混じっていた程度だ。
指揮官こそ最強の魔族だったが。
それに対して今回は、数こそ前回ほどではないものの、投入された個の戦力が尋常ではない。
『万が一そこの奴が倒せたなら、標的を移して貰えると助かる。ただ足止めだけならお前たち全員でなくとも、二手に分かれてもう一体を足止めしてくれると助かるな』
「はぁ……」
『もう一度言うが、死なんように立ち回れよ。危ないようなら退いても構わん』
「なぁなぁ、兄貴はどうすんだ?」
中々の無茶振りに、諦観したように気の抜けた声を零す実の隣で、透がせっつく様に問いかける。
『俺も出る。他にも残っている小隊があるようだから、そちらにも同じく足止めに徹するよう伝えている。都市にいる自警団員にも出撃要請をかけているから少しの辛抱だ。用があれば、管制室か柚葉を通して連絡をよこせ。以上、作戦通りに動けよ』
「あ、ちょ……」
莉緒が慌てて呼び止めようとするが、やはり緊急事態という事もあって急いでいるのだろう。
鷹虎は静止を待たずに通信を切ってしまった。
「……どうしましょうかねぇ」
参った、と言うように困った表情を向ける莉緒。
この中でもかなり頭が切れる彼女ですら、冷静な判断力を維持出来ないほどの脅威に、他の面々がそうそう真っ当な打開策を思いつくはずもない。
そうして思案し黙り込む一同だったが、沈黙を破ったのは遥樹の一言だった。
「……よし、僕らは別の方に行こう」
「え?」
その提案に、紅麗が「マジで?」と言いたげな顔で思わず遥樹の方を見た。
そして遥樹の表情が真剣なものだと理解した紅麗は、ガックリと肩を落とす。
「正気ぃ?」
「仕方がないさ。足止めだけならどうとでもなるよ。それに〈風間家〉の次期当主として、逃げるという選択は出来ないね」
「……遥樹がそう言うなら、私は行く」
「…………はぁ。わかった、分かったわ。でも危なくなったら逃げるから」
少し不安そうにしながらも遥樹に賛同する真那を見て、紅麗は降参というように諦めて両手を上げる。
将真たちから見ても、一ヶ月ほど前の〈海蛇〉討伐の様子を見た限りでは、第二小隊が大物を相手にすること自体は問題なさそうだった。
今回は相手の強さが桁違い、という重要な問題点があるのだが。
「この前の蛇とは訳が違うのよ、本当に……」
「魔法耐性は〈海蛇〉の方が高いけど、そもそも純粋に硬すぎて攻撃があまり通らないもんね」
「その上、急所はかなりの高所だ。僕らでも倒すのは困難だろうね。でも、足止めだけでいいのなら……」
「何とかなる、か……」
繰り返しため息をつく紅麗だったが、すぐに動き出そうとする遥樹を見て、完全に諦めてそれに続こうとする。
「ちょい待て」
「うん?」
そんな動き出そうとした第二小隊を呼び止めたのは虎生だ。
その行動に、意外そうに目を見張る実と、嫌な予感を覚える透。
そして疑問を抱いた第二小隊の三人は、顔を見合わせて首を傾げていた。
将真たちも、彼が何を言い出すのか緊張の面持ちで様子を見ていた。
「……俺たちも行くわ。透と実も、そんでいいか?」
「…………まあ、兄貴が出るのに俺だけ足止めするだけってのもなぁ」
「えぇ……わ、私、流石に怖いんだけど……」
悩ましい表情の透の隣で、実は青ざめて顔を引きつらせていた。
透はともかく、実はかなり優秀だが特別強いという訳では無い。
ましてこの状況ではむしろ、実はまだ冷静さを残している方だと言えるだろう。
この場以外にも残った小隊が少しあるようだが、足止めを任された彼らが錯乱している可能性は非常に高い。
だが勿論、虎生も考え無しで危険な提案しているのではない。
「お前らはいつも通りに後ろから援護してくれればいいにゃぁ。それによ、第二小隊だけでも足止めならできるんだろ? なら俺たちもいれば……倒せねぇか?」
「……そうだね。急所に入れられなくても、大きな傷を負わせる事が出来れば……紅麗の魔法でかなりのダメージを入れられるはずだよ」
「あー、あれねぇ……」
遥樹が指す紅麗の魔法とは〈血連爆弾〉の事だ。
出血するほどの傷を与えられれば、そこに紅麗があの棘鉄球の形を模した血の爆弾を叩き込むことで、相手の血液に干渉して内側から吹き飛ばすことが出来る。
とても人に向けていいものでは無い、えげつなく凶悪な魔法なのだが、敵に向ける分には頼もしい。
とはいえ、紅麗もそれなりの消耗を強制される為、あまり乗り気ではない。
だからこそ、諦めたようなため息をついているのだ。
消耗を気にしている場合ではないと、理解しているから。
「じゃあ、僕らは別の個体の方へ向かおうと思うけど、それでいいかな?」
「……そうッスね。自分たちは倒せないかもしれないッスけど、足止めだけなら何とかしてみせるッスよ」
「よし、じゃあ任せたよ」
「あっ……ちょっと待って!」
「おっと……」
トントン拍子で話が進んでいく様子を呆然と眺めていた佳奈恵だったが、何かを思い出したようにハッとして遥樹達を呼び止める。
それに反応して足を止めた彼らの前で、慌てて佳奈恵が取りだしたのは治癒札だ。
そしてそれを二枚だけ、それぞれ遥樹と虎生に手渡す。
「本当は、あんなのに立ち向かうなんて無茶はして欲しくないけど……それでも、あなた達の実力ならもしかしたら大丈夫かもだけど、保険で持ってて」
「……気遣いありがとう。是非、借りさせてもらうよ」
「……まあ、サンキューにゃぁ」
二人が佳奈恵に礼を告げると、遥樹が第二小隊と第五小隊を伴ってその場から駆け足で去っていく。
それを見送り、各々複雑な表情を向ける一同に、莉緒は再び困ったような表情を見せた。
さっきと違うのは、もう方針が決まってしまった点だ。
「……じゃあ、やるだけやりましょうか」
「……なぁ。ちょっと試したい事があるんだけど、手伝って貰っていいか?」
「あぁ?」
投げやり気味な莉緒の後に将真がそんな事を言い出したから、思わず猛は威圧するような不機嫌な声音で唸る。
結局、第二小隊と第五小隊に渡すために治癒札を取り出した際、佳奈恵は渋々猛にもそれを渡していて、丁度回復中だ。
「テメェの思いつきを試す余裕なんかねぇよ、状況を考えろ」
「考えなしで発言してる訳じゃねーよ! ……まあ、上手くいく保証はないけど、狙い通りに行けば、倒せるかもしれない」
「……俺はまあ、聞くだけ聞いてもいいんじゃねーかとは思うけどな」
「響弥……」
将真自身も確証も何も無いものを想定しての発言だ。
反対されるのは分かっていたことだが、響弥が早々に肯定的な態度を示してくれた事は救いだった。
そんな身内の反応を見て、杏果と静音も溜息をつきつつ拒否はしなかった。
「まあ、聞くだけなら……」
「いいわよ、言ってみなさい」
「お、おう……つってもあんま力使うなって言わてるし、俺はまともに参戦できそうにはないから、みんなには普通に動いてもらえればいいんだけど。出来れば、急所に当てやすいようにだけしてくれれば……」
促されて、試したい事を少しずつまとめて口にしていく将真。
ただ、今伝えられたことだけでは、結局将真が何をしようとしているのかは仲間たちに伝わらない。
「……で、何するつもりなんだ?」
「〈海蛇〉の時のことを思い出してな。ちょっと急所をぶち抜けるか、試してみたいんだ」
「……それって、将真さんが出しゃばって、結局何も出来なかった時のこと?」
「うぐっ……まあ、そうだよ」
美緒の何気ない指摘に、あまり思い出したくない記憶まで蘇ってきて顔を顰める将真。
そんなやり取りをしながらも、将真の右手にはいつもの棒が生成されていた。
「あの時はたまたま当たりはしたけど、貫通は出来なかった。勿論、武器が脆かったのもあると思うけど、それだけじゃない。貫通できるだけの威力と安定性がなかったから……だと思う」
「……なるほど」
そして他の面々が覚えているかは分からないが、確かリンが〈海蛇〉との戦いに加わろうとした時、紅麗が彼女に言ったことを将真はぼんやりとだが覚えていた。
あの硬い防御力を貫通できるほどの威力を制御出来れば、と。
その言葉が本当なら、リンは不調でさえなければ〈海蛇〉相手にダメージが与える事が出来た、という事になる。
(そう。威力は勿論、貫通させる為に必要なのは安定性……)
将真がイメージしたのは、槍のように鋭い穂先をもつ武器だ。
そうは言っても、思い通りの形に生成できる訳では無い。
だが、目に見えて形の変化が分かるくらいには、将真が手に持っていた棒は片側が鋭利に尖っていた。
「それを、急所にぶん投げるってことッスかね?」
「そうだ。そんだけの事なんだけど……やってみてもいいか?」
「そうッスねぇ……」
改めて将真に問われると、莉緒は考え込むように腕を組んで目を伏せる。
実の所、あまりゆっくり構えている時間は無いのだが、彼女にとっても他の面々にとっても、落ち着くための時間は必要だったので、むしろ好都合だったりする。
足止めだけで終わらせるつもりだったのは確かだ。
将真にはあまり魔王の力をホイホイと使わせる訳には行かないから、彼を戦闘に参加させるのは極力避けたい。
となると、対応する人数は八人。
中でも、佳奈恵と美緒は遠距離からの援護が主な役割となってくるから、直接〈巨人族〉と戦うのは近接主体の六人だ。
尤も、残念ながら第二小隊や第五小隊と比べると正直、人数が同じでも倒せる見込みはなかった。
(でも、将真さんの攻撃がもし本当に通るなら……)
足止めに全力をかけ、更に〈巨人族〉に隙を作る。
簡単ではないが、将真の攻撃が通用したなら倒せる見込みが出てくる。
魔王の力なのだから可能性は十分にあるし、単発で攻撃を放つだけなら負担もそれほどでは無いだろう。
そうすれば、他にも手が回せる。
敵は決して少数では無く、任せてばかりではいられない。
「……やりましょう。どうせ足止めするか、それ以上を狙うかだけの違いッス」
「……チッ、おい将真。テメェ、しくじったら後でぶっ飛ばすからな」
「物騒だな……けどまあ、失敗するつもりはねーよ」
「ハッ」
莉緒の決定に納得している様子はないが、猛は将真と違ってどの道足止めに動く事になるのだ。
猛は小馬鹿にするような態度を取ると、先んじて〈巨人族〉がいる方へと駆け出してしまった。
「……おぶっ」
「よーし、じゃあ頼んだぜ将真!」
「猛に賛同するわけじゃないけど、失敗したらしばくから」
「まあまあ杏果ちゃん、落ち着いて、ね?」
景気のいい笑みを向けて将真の背中を叩いて、その横を駆け抜けていく響弥。
それに続く形で杏果と静音も〈巨人族〉の方へ足を向ける。
思いの外、強めに叩かれた背中がヒリヒリと痛んで、少し恨めしい表情で第三小隊を見送っていると、将真の傍まで寄ってきたリンが少し不安そうに、彼の顔を見上げていた。
「……将真くん。あんまり無理して力使いすぎないでね?」
「……おう。リンも気をつけてな」
「うん。将真くんの思惑通りにできるように、足止め頑張るよ」
「それじゃあ美緒、佳奈恵さん。援護と、将真さんの事は任せるッスよ!」
「わかった」
「二人とも、気をつけてね!」
美緒と佳奈恵はそれぞれ頷き、返答を受け取った莉緒はリンと共に、猛や第三小隊の面々を追って駆け出していった。
(俺の勝手に応えてくれて、期待もしてくれてる。絶対に失敗なんかしてやるもんか)
前線に出る六人を見送り、美緒も佳奈恵も準備を始める。
そして将真は、生成した鋭利な棒を地面に突き刺し、〈巨人族〉がいる方へと視線を向けた。
「……作戦、開始だ」




