十六話「異変の始まり」
事の始まりは、魔王争奪戦から間もなく。
「__代理」
「……おお、戻ったかランディ。その様子だと……」
「すまない。器の回収は出来なかった」
禍々しき魔王軍の居城へと、与えられていた仕事から帰還したランディは、少し申し訳なさそうに目を伏せ報告する。
しかしそれを告げられた魔王代理は特に気にした様子もなく、むしろ予想通りといった様子ですらあった。
「無理もない。あの国は数は少ないが個の力は強く、加えて多才な者が多い。お前とて全力で抵抗する器を、妨害してくる連中を退けながら生け捕りにするのは簡単ではないだろうな」
「全くだ。殺すだけなら難しくはないんだがな」
そう言って、ランディは盛大なため息をつく。
実際、彼が全力で戦えば、おそらく〈日本都市〉を壊滅させられるだろう。
尤も、ランディに匹敵する戦力がいる可能性を考えると、絶対とは言えない。
ランディが戦った柚葉。
彼女も、全力を出すほどではないがかなり強かったのは覚えていた。
それにどうも、本調子では無いようだった。
万全な状態であれば、それでも全力とはいかないまでも、もっと本気で戦う必要があっただろう。
更に言えば、あれだけの実力を持ちながら〈日本都市〉最強では無いようだ。
となればいよいよ、ランディに匹敵する化け物じみた魔戦師が居てもおかしくは無い。
魔王代理が席を立ち、ランディの横を通り部屋を出ていくと、ランディもそれに続く。
「しかしお前で無理なら、やはり奪還はもう少し時期を見た方がいいな」
「ならどうする? 泳がせておくのか?」
「いいや、それでは時間がかかる。それに、覚醒は奪還後でなければ困る。奴らの元で覚醒しようものなら処分されかねんからな」
今回の器となった将真は、かつて器として使われてきた者や、候補となっていた者たちとは訳が違う。
何が何でも生け捕りで確保したい魔王軍側は、意外にも慎重な行動を余儀なくされていた。
「器に選ばれただけあって、凄まじい精神力だ。魔王様の力を使って正気を保っているのは驚異的と言う他ない。そうでなくとも、今までに前例のない適正値だと言う話だからな」
「それは……あの胡散臭いやつの話か?」
「ふっ、胡散臭いか。確かにそうだな」
ランディが信用ならないという態度なのも無理はない。
その「胡散臭いやつ」の指示に従った結果、器の奪還を失敗したのだから。
「だから、覚醒を早めさせる。今のままでは、数年単位の時間がかかるだろうしな」
「……具体的にどうする?」
「魔王様の力を、使わざるを得ない状況を作り出してやるのさ。丁度先程、その胡散臭いやつから連絡を貰っていてな」
「……何を言われた?」
怪訝そうな表情を浮かべながら後を歩くランディは、魔王代理が向かう先が何処かは察しがついていたが、その目的までは分かっていない。
だが、話の流れからして、彼の者からの報告が関係しているのだろうとは想像出来た。
「数ヶ月後だ。〈日本都市〉の外で、魔戦師の学生たちが例年通り試験をする、という事らしい」
「そこを狙うのか……とはいえ、奴らも間抜けじゃない。結界で守られているんじゃないか?」
「そこはあいつが何とかするだろうが念の為、結界を破壊できそうな戦力は集めた」
「……俺の報告を聞く前から失敗するって分かってたな?」
「お前を除いて、作戦に投入された軍勢を見ても、本気でやる気があるとは思えなかったからな。準備はしておいた」
「あの野郎、いつか半殺しにしてやる……」
忌々しそうに低い声で呟くが、彼の者はおそらく今の殺気を剥き出しにした、不機嫌なランディを前にしたところで、意に介する事も無いだろう。
むしろ飄々としながら煽るまでするかもしれない。
そんな様子が想像出来てしまった魔王代理は、馬鹿馬鹿しいと吐き捨てるようなため息をついた。
そうして彼らが辿り着いた先は大きな部屋だ。
謁見の間とも言うべきその場所には、既に先客が居座っていた。
特に目立つのは、体長三メートルを優に超える巨体を持つものたち。
「__待たせたな、お前たち」
魔王代理の言葉に、集まっていたものたちは顔を上げると、その場で膝を着いて頭を垂れる。
その中でも、魔王代理の目の前に歩み寄って跪いた男は、十五メートルと言う巨体だ。
「待ちかねたぞ、我らが王よ」
「ふっ、所詮は代理に過ぎんがな。それで、決まったか?」
「うむ。我が息子の一人と六人の精鋭、そして数名の戦士たちを」
厳かな声音で大男の指名を受けた一部の者たちが、立ち上がり整列する。
統率の取れた一団だ。
先頭に立つ男は十メートルにも達し、背後に経つ巨漢たちも五メートルにはなる。
彼らの忠誠心と戦意を確認すると、魔王代理は目の前の大男に相槌を一つ打つ。
「よし、では任せたぞ。〈巨人族〉の勇士たち。作戦決行はまだ少し先だがな。その間は準備に当てさせろ」
「御意に」
「いいか、できる限り器に力を使わせろ。無論可能ならば奪還してきても構わん。だが無為に命を散らすような事はするな。必要とあらば命をかけてもらうが、目的が十分に果たされたと判断したなら撤退も視野に入れるようにしろ。お前たちほどの貴重な戦力を失うくらいなら、低位の者を犠牲にしても構わん」
魔王代理の命令を、立ち上がった〈巨人族〉たちは再び跪き受諾し、やはり統率の取れた動きで部屋を後にする。
その後に、招集を受けていた他の者達も立ち上がって動き始めた。
「……すまんな、ダイダラ」
「構わぬ。我らは所詮、戦うしか能のない下賎の身。魔王様への忠誠を果たす為なら、どのような命令であろうと聞き受けよう」
ダイダラ、と呼ばれた巨漢は立ち上がると、一歩下がり再び頭を垂れ、先んじて部屋を出たもの達に続いた。
ダイダラが部屋を出たのを確認すると、ランディが思い出したように口を開く。
「……今回、俺はどうする。動くか?」
「いや、お前には最近、本来の仕事でないものを与え過ぎた。今一度、そちらに戻るといい」
「……了解した」
目を伏せ了承を示すと、ランディもその場を立ち去り、部屋には魔王代理が残るのみとなった。
「……さて、何処まで覚醒を促せるか」
そう呟く口元は、静かに笑みを作っていた。
甲高い破砕音の直後、繋がったはずの通信が切断されて、柚葉は分かりやすく動揺していた。
「なに!? 今のは何の音!?」
「わ、わかりません!」
「今すぐ確認を__」
ただし動揺しているのは柚葉だけでは無い。
それでも管制室の団員たちは、即座に通信の回復と状況確認を開始していた。
それだけ、よく訓練されているということでもある。
「__柚葉!」
「ヒィッ! ……えっ、瑠衣さん!?」
ところが、それを更に掻き乱すように、副団長である瑠衣が扉を開け放つ。
団員たちの手がそちらに意識を持っていかれ、一部手が止まるもの達もいたほどだ。
「ど、どうしたんですか……!?」
「結界が……壊されたのよ!」
「なっ……!?」
瑠衣の宣告に柚葉は絶句するが、思いのほか直ぐに通信が回復して外を映し出したモニターは、瑠衣の言葉が真実であることを示していた。
「柚葉さん、本当に破壊されています!」
「そんな馬鹿な……」
「全くよ、そんなやわな設定にはしてないはずなのに……!」
呆然とする柚葉の傍で、瑠衣が悔しそうに爪を噛む。
試験用に使われている据え置き型の結界装置は、都市の結界を維持しているものとほぼ同等の代物だ。
それでも強度は都市の物に劣るし、その上都市より広い範囲を覆っているため、少し薄いのは否めない。
だがそもそも、七年前の襲撃事件を経て、都市を覆う結界は普通の攻撃では破壊不可能と言っても差し支えないほどの強度を手に入れ、試験用の結界装置もそれに準じて作られている。
そして転送システムを組み込む為に、試験用の結界は瑠衣が手を加えて強化していた。
都市ほどでは無いにしても、とてもじゃないがおいそれと破壊できる強度では無いはず。
(一体、何をしたらそんなことが……)
頭を抱える事態に柚葉は思考を回すが、彼女が何かを思いつくよりも先に、結界を破壊した元凶がすぐさま報告された。
「ゆ、柚葉さん、副団長。アレを……」
「…………な、なんで、〈巨人族〉がこんなに!?」
モニターに映るのは、木々を薙ぎ倒し歩みを進める巨漢の姿。
だが、莉緒たちが見つけた個体が一体だけだったのに対し、モニターに映る数はそれだけでは無い。
「……三十メートルクラスが二十ほど。五十メートルクラスが六体。百メートルクラスが一体。これはまたとんでもないわね……」
眉根を寄せて、難しい表情で呟く瑠衣。
巨人族は、吸血鬼の不死性や〈血装〉のような種族特性をもつ。
一つは、産まれた時から身体強化魔法が働き続けているというものであり、実は〈鬼人族〉と同じ特性だ。
そして吸血鬼の〈血装〉のように、一部の強力な個体のみが使える〈巨大化〉という特性がある。
モニターに映る馬鹿げた図体の巨漢の姿は、そういう事だ。
「魔力反応も多数! 奴らだけではありません!」
「くっ……狙いはやっぱり、将真なの……?」
「柚葉! 私はもう一度結界装置の方を確認してくるわ。それが終わったら直ぐに出る!」
「出る……って、外にですか!?」
「当たり前でしょ! 今いる自警団員を掻き集めたって、まともに対抗出来るだけの戦力があるかどうか……」
巨人族は高位魔族に分類される種族だ。
特に〈巨大化〉が使える巨人族が相手では、半端な戦力は有象無象でしかなく、容易く蹴散らされてしまうだろう。
勿論、学生たちがまともに相手取れるような強さでもない。
尤も、今試験中の百期生ならば、上位五小隊は可能性があるが。
「だから私たちがデカブツを相手してる間に、雑魚は他の団員たちに任せておきたいのよ!」
「私たちって、もしかして私も出るんですか……?」
「逆に誰が出るのよ!」
「待って下さい! 流石に私でも、五十メートルクラスはともかく、百メートルクラスは正直自信ないです!」
「__なら、そいつは俺がやろうか」
「「……えっ」」
突如、瑠衣の背後から男の声が割り込んできて、瑠衣は振り返りながら、二人してそちらに目を向け__そして見上げる。
いつの間にか立っていたのは、巨人族には到底及ばないが、人間の大きさからすれば巨漢と言っても過言ではない、190センチに届くほどの大男。
瑠衣は勿論、柚葉でも彼の事は知っていた。
「……帰ってきてたのね」
「今さっき、転移装置でだがな。大変な事になっているようだが」
「……そう、ですね」
「……仕方がない。残ってる学生たちは?」
「えっと……」
男に問われ、柚葉がちらりと近くの団員に視線を送ると、その団員が急いで確認を始めた。
「……現在、試験場に残っているのは九つの小隊ですね」
「よし、通信を繋げろ。俺から指示を出す。瑠衣さん、柚葉。二人は特に、すぐ動ける準備を」
「分かったわ」
「……了解です。それではお願いします__鷹虎さん」
「ああ。任された」
了承を示し、即座に空間転移した瑠衣に続き、部屋を出ていく柚葉の言葉に、瑠衣と同じく副団長である暁鷹虎は快く応じるのだった。
木の上から飛び降りるような勢いで駆け下りてきた二人は、明らかに顔色が悪かった。
「……おい、何を見たんだよ」
「……あれはちょっと、洒落になんないッスよ」
「にゃぁ、ちょいやべぇな」
引き攣った表情を浮かべる莉緒に、同調するように相槌をうつ虎生。
学年でも最強クラスの二人が、これ程わかりやすく動揺を見せる程の何か。
「……巨人族ッスよ。それも〈巨大化〉ができる個体で、見たところ多分、五十メートルクラスッス」
「それは……」
「確かにやばいわね……」
莉緒の宣告に、遥樹ですら表情が硬く、杏果も戦慄を抱くようにしみじみと呟く。
今この場には、学年でも優秀な生徒ばかり揃っているのだが、各々怯えたり、引き攣った表情だったりと、少なくとも状況が明るくない事は一目瞭然だ。
勿論、巨人族の危険性は将真でも理解している。
あくまで、授業で習った程度の知識でしかないのだが。
巨人族の一部が持つ〈巨大化〉という種族特性。
これは文字通りの効果だが、どれくらい大きくなるのかと言うと、何と約十倍にもなるそうだ。
五十メートルクラスということは、本体は五メートル程度なのだろう。
それでもかなり大きいのだが、そんなものが暴れ回るのだから脅威でしかない。
初めて知った時は、あんな大きな人型の生物が物理的にどうやって立っているのか疑問だったが、そこは巨人族が持つもう一つの種族特性である、常時身体強化状態が要因らしい。
鬼人族も持つ特性ではあるが、巨人族だと少し訳が変わってくる。
より強い力を得るために進化してきた鬼人族に対して、巨人族はその巨体を支える為に進化してきた事によるものだ。
その身体強化は、人間は勿論のこと、他のどの魔族と比較しても度を逸して強力だ。
それ故に、あんな巨体を自由に動かすことが可能なんだそうだ。
(下手すりゃ殴られただけで即死か……進〇じゃあるまいし)
つい〈表世界〉で人気の漫画が脳裏を過ったが、そんなことを考えていられるくらいには、他の面々より精神的に余裕があった。
と言うよりは、巨人族の脅威を知識としてしか知らず、正しく理解できていないだけなのだが。
「……このまま、じっとしてる訳にも行かないだろ? どうする? 戦うか?」
「……まあ一体だけなら、このメンバーでなら戦えなくもないだろうけど……僅かなミスで死にかねない。流石にリスクが大きいね。それに……」
将真の提案に遥樹は思案しながら応じ、視線を佳奈恵や実に向ける。
彼女たちは、〈巨大化〉した巨人族が近づいていると知った時点で青ざめる程に怯え、佳奈恵に至ってはその場に座りこんでしまっていた。
「……戦意を失ってしまった者もいる。猛も、その体では戦えないだろう?」
「はっ、馬鹿言え……」
「おっと」
次いで遥樹に声をかけられた猛は、透の支えを振り払って覚束無い両足で歩き、佳奈恵の傍でしゃがみ込む。
「おい、佳奈恵。治癒札くれ」
「だ、ダメっ! そんな事したら戦う気でしょ!?」
「あたりめぇだろ」
「絶ッ対渡さないから! 勇敢と無謀は別物なんだよッ!」
「ッ!」
「あっ……」
珍しく怒りを露にした佳奈恵が猛の頬をひっぱたき、その衝撃で猛は体勢を崩して地面に手を着いて倒れる。
自分がやったことに動揺を示す佳奈恵だったが、彼女はそのまま、誤魔化すように捲し立てた。
「ほ、ほらっ、私なんかのビンタで倒れるくらいフラフラじゃない! そんななのに戦わせたりなんて、絶対にしないから!」
「……ちっ、このくらい、大した事ねぇってのに……」
猛は諦め悪く、ボヤくように呟くが、実際は佳奈恵の言う通りで大人しく引き下がる。
そうなると、まともにあの〈巨人族〉と戦おうと言うものはこの場にはいない。
ここは引くべきだと一同が判断したところで、再び莉緒の元へと通信が入る。
相手は勿論、柚葉だった。
「……どうもッス、柚葉さん」
『もしもし、繋がった!? ……はぁー、良かった。何とか無事そうね』
「ええ、まあ。ここにいる面々はってのと、今のとこはッスけど……」
『うん、それについては大丈夫よ。私と瑠衣さんも、すぐに準備して動くから』
「柚姉が?」
「瑠衣さんもですか?」
柚葉の申告に将真と、瑠衣と面識がある遥樹が意外そうに反応した。
時と場合によるが、可能ならば試験中は学生たちだけで解決させようと言う考えが自警団側にはあるからだ。
だが今回は、任せっぱなしは危険だと判断したようだ。
『そうよ。で、そうなると私が指揮を執るのは無理だから、ちょっと代わってもらってね。あなた達の指示はあの人から行くと思うけど__っと、来たわね』
柚葉が話している最中に、割って入ってくる通信があった。
接続されて画面が二つになり、そこに映し出されたのは一部の面々を除き、あまり見覚えのない男だった。
『学生諸君、ここからは俺が指揮を執る。状況は大体理解しているから心配せず、従ってくれ』
「……兄貴!?」
『ああ。無事で何よりだよ』
その男を見て思わず、透が声を上げた。




