十一話「激突、第四小隊IV」
久しぶりにブクマ増えてました⸜(*´꒳`*)⸝
形勢が逆転し、不利を悟って撤退を選択した佳奈恵は、追ってくるリンを見ながら焦りを覚えていた。
(うそうそうそ!? そんなの聞いてないよぉ!)
この数ヶ月で、佳奈恵は飛行魔法を本当の意味で身につけることに成功していた。
と言っても、飛行するだけなら以前から可能ではあったのだ。
ただ、高速で飛びながら障害物を躱す自信がなく、基本的にはただ浮遊する程度に留まっていたのだから、こうして木々の間を縫って高速で飛べるようになったのは大きな進歩だ。
尤も、ここまで身につけるまでに何度頭や体を打ち付けた事か、もう佳奈恵自身も覚えていない。
ともあれ、リンはかなり速さに定評がある生徒だが、それでも今なら振り切ることは容易なはずだった。
その計算を狂わせているのは、おそらくリンの神技であろうと思われる、半透明の丸くて大きな盾。
リンはそれを、ボードに乗るように扱っていたのだ。
勿論ただ乗るだけでは大して動けないが、風属性の魔法で追い風を起こし盾を前方に反らして、障害物になる木々を薙ぎ倒して進んでいる。
そのせいか速度は出てないが、木々を躱す手間がない分道を短縮できる為、距離を離しきれないのだ。
(このままじゃ追いつかれちゃう……)
盾が宙を浮いているせいでリンが罠を踏み抜くことはなくなり、佳奈恵が自発的に起動させたとしても、あの大爆発を凌ぐほどの防御力だから全くもって効いてない。
今の佳奈恵には、リンの盾を貫通して足を止めさせる事が出来る程の高火力な罠を、即興で作れるほどの準備がない。
だからといって何もしなければ、追いつかれるのは時間の問題だ。
そして接近戦になれば佳奈恵に勝ち目はなく、一瞬で方が付くだろう。
勿論、タダでやられるつもりは無く、佳奈恵もただ逃げ回っているだけでは無いのだが。
(だったら……〈土壁〉!)
魔法が刻印された札に魔力を込めて地面に設置。
佳奈恵が通り過ぎたその場所で地面が隆起し、縦横数メートルの巨大な壁を生み出す。
(……うーん、どうしようかな)
一方でリンも、少なからず焦っていた。
逃げながら、佳奈恵がボソボソと詠唱していることに気づいていたからだ。
詠唱魔法は時間がかかるが威力は高い。
元より魔法火力が高めの佳奈恵に、詠唱の長い魔法を使わせたら、どんな威力になるか想像がつかない。
先程の大爆発に迫る威力にでもなれば、流石にリンも耐えきれない。
そして、躊躇なく木々を薙ぎ倒して前進するリンではあるが、実のところはその度に無駄な魔力を消耗している。
本当は出来る限り障害物を避けたいところなのだが、そこまで繊細なコントロールはまだ出来ないでいた。
リンが出した結論は。
「……やっぱり突っ込む!」
盾を前面に反らせ身を屈め、リンは壁を突き破ることを決意。
それを実行に移し、壁を破壊するところまでは良かったが、その直後に強烈な閃光が放たれる。
(目眩し! でもその程度なら__)
顔を覆いながら、リンはそのまま佳奈恵のいるであろう方向へと突き進もうとする。
しかしそれが叶うことは無かった。
「うぇっ!?」
目の前に突然広がる、巨大な蜘蛛の巣のような罠。
性質も蜘蛛の巣に近いが、何せ魔力で形成されたものだ。
それほど脆くもなく、その上いやに粘つく罠は、それでも半壊させられながら何とかリンの動きを封じた。
更に身動きが制限されたリンに向けて、大きな火の球が放たれる。
「__させない!」
一瞬、顔が引き攣るリンだったが、慌てること無く足元の盾を消して、再び自分の前へと展開する。
結果、かなりの威力があったはずの火の球は、盾に防がれてリンまで届く事はなかった。
「むぅ……」
その光景に、佳奈恵は唇を尖らせて唸る。
多少危ない場面はありながらも、戦況は確かに佳奈恵の想定通り、有利に進んでいたはずなのだ。
やはり全ての計算を狂わせのは、唐突に発動できるようになった、想定外としか言いようがないリンの神技。
「すぅ__!」
前方に展開した盾をまた消して、再び足元に展開。
盾を足場に屈むと、強く蹴り出して拘束を引きちぎり、佳奈恵との距離を一気に詰めてきた。
「やばッ……」
慌てて防御を展開しようとするが、既にリンの長槍の圏内だ。
ここから防ぐ手立ては、佳奈恵にはない。
そう、佳奈恵には。
「ッ、なぁ!?」
「ヒェッ!」
突如、二人の間に出現した、透き通るガラスの如き氷の壁。
それに軌道を防がれて、槍を弾かれたリンは声を上げてバランスを崩す。
氷の壁には大きなヒビが入ったものの、壊れてはいない。
そして情けない声で身を縮める佳奈恵の前に、一人の少女が現れる。
「……み、美緒ちゃん?」
「ん。佳奈恵、無事?」
「う、うん。ごめん、ありがとう……」
「いいよ。さて……」
短く言葉を交わすと、美緒はリンへと向き直り、追撃に来ないことを怪訝に思いながら、リンは硬い表情で美緒を見据える。
(美緒ちゃんがここにいるってことはまさか……莉緒ちゃんが、負けたの?)
だとしたらかなりまずい状況だ。
リン自身もよく理解していないあの盾でも、今の体力で美緒の攻撃をどこまで防ぐことが出来るか分からない。
だが、美緒の目的はリンと戦うことではなく、二人の戦いを止めて佳奈恵を助ける事だった。
「……リンさん。邪魔して悪いんだけど、少し待って貰える?」
「……そんなの、素直に聞けるわけ__」
「まあまあ、落ち着いてくださいッスよリンさん」
「…………え? あれ? 莉緒ちゃん……?」
「そうッスよ」
てっきり敗北したものだと思っていた莉緒が目の前にいて、リンは驚きのあまり呆然とした。
良く考えれば分かったことなのだが、リーダーの莉緒が負けた時点で第一小隊は全員脱落となる。
リンがこの場に立っている時点で、莉緒が負けた訳では無い事は明白だったのだ。
「よーしそれじゃあリンさん、深呼吸しましょう深呼吸。はい吸ってー」
「え……え?」
「いいからいいから。はい」
「すぅー……」
「吸ってー」
「すぅー……」
「もっと吸ってー」
「すぅ……っ」
「まだまだ吸ってー」
「す、ぅ……ぅ、けほ、けほっ! ……もうっ、いつまで吸わせるつもりなの!?」
「す、すいません、まさか素直に吸い続けるとは思わなくて……それで、落ち着いたッスか?」
「……あ」
莉緒の無茶ぶりに猛然と抗議するリンだったが、莉緒の狙いが分かって小さく声を零した。
リンには自覚がないのだが、真っ赤だった両眼も今の深呼吸を経て普段の状態に戻っていた。
荒んだ精神が落ち着きを取り戻し、肩の力が抜けた事をリンは自覚出来た。
「……ごめん、ありがとう。それでその……どういう事か聞かせてもらえる?」
リンも人の事は言えないが、改めて見ると莉緒も大概ボロボロだ。
美緒はそれほどでもない代わりに、莉緒以上に目立つ大怪我をしているのが目に見えてわかった。
二人が戦っていたのは間違いないはずなのだ。
「それがッスね」
「ちょっと事情が変わって、休戦することにしたの。だから佳奈恵に回復札を譲ってもらおうと思って」
「事情?」
「その辺の説明の前に、佳奈恵さん。いいッスかね?」
「う、うん。それはいいんだけど……」
佳奈恵は戸惑いながらも、ポーチの中に手を入れてすぐに三枚の札を取り出す。
まず美緒がそれに魔力を込めると、処置を誤れば内蔵が飛び出そうな程の大きな切り傷が、跡形もなく消えて完治した。
罠を踏まないように気をつけながら二人に歩み寄るリンと莉緒も、札を受け取り美緒に続いて魔力を通す。
そして同じように全身の傷が治ったのを見て、思わず感嘆の声を漏らした。
「お、おー……」
「これは……なるほど、凄いッスね」
「もー、回復用は結構貴重なんだよ? あと怪我は治せても消耗した体力とか失った血は戻らないから、無茶したら駄目だよ?」
「了解ッス」
「それで、休戦ってどういう事なの?」
「ちょっとまずいことになってまして。魔力探知して貰えれば察しは着くと思うッスけど」
「えーっと…………ん?」
「これって……」
莉緒に促されて、リンと佳奈恵も魔力探知で異変に気がつく。
魔力探知は索敵魔法の一種で、訓練すれば誰でも使えるようになるのだが、それ故に正確さに個人差があったりする。
佳奈恵の場合は魔導書ありきだが、そもそも広範囲の精密な索敵魔法が使える為、彼女自身の探知能力は実のところそれほど高くない。
それでも気がついた。
強烈に放たれる、魔王の魔力に。
「……将真くんの?」
「おそらくは。という訳なんで、急ぎましょうか」
莉緒の提案にリンと佳奈恵は頷き、四人は異変の元へと駆け出していった。
時は少し遡り、将真と猛の戦いは一方的な展開を繰り広げていた。
「__オラァッ!」
「グッ、くっそ……!」
猛の魔法に翻弄されている間に近づかれ、その重い一振に将真は辛うじて反応し、苦しい表情で受け流す。
現在、封印を第三段階まで解放した事で、魔王の力が将真の体に影響を与え、容姿は変貌し服も黒衣に変化。
化け物の如き異形の右腕は、それでも全解放ではないため肘までで済んでいる。
そんな状態であるにも拘わらず、一撃受け流すだけで手がじんじんと痺れるほど強いとは予想以上だ。
そしてそんな攻防を、二人は何度も繰り返している。
武器も魔力で生成したものだから比較的脆いとはいえ、何度破壊された事だろうか。
猛に流れを持っていかれたまま一方的に攻められ続け、将真は現状を打開出来ないでいた。
「おいおいどうしたよ、息上がってんぞ。根をあげるにはまだ早いだろ」
「うるっせえ……容赦、ねーな、コノヤロウ……」
相変わらず好戦的に笑う猛に、将真は悪態をつきながら、ボロボロになった武器を再度生成し直す。
第三段階を解放しても互角になれば御の字だという想定はしていたが、やはりと言うべきか、お世辞にも互角とは言えない。
(悔しいけど、やっぱ強ぇ……し、練度の差だけじゃねーな)
嫌な汗が頬を伝い、それを拭って大きく息を吐く。
要因の一つとしては、将真の集中力が足りない事もある。
先程から、森の方で無数の音が響いていた。
それほど遠くないところでリンと莉緒も戦っているようだが、明らかにその二人のものでは無い攻撃が将真のいる場所からでも確認できて、気が散って仕方がないのだ。
肉体的にも精神的にもかなり疲弊している所に集中力まで削られては、将真も十全に力を発揮できない。
(……なんて、言い訳だな)
いい加減、切り替えなくてはいけない。
リンも莉緒も、将真とは比べ物にならないくらい強いのだ。
そもそも、猛との戦いに勝てなければ心配するだけ時間の無駄だ。
二人を信じるしかないとは分かっていたが、中々切り替えられずにここまで引き摺ってしまった。
これでは、猛にも失礼だ。
尤も、将真はこの戦いに納得している訳では無いが。
「……ほか事考えてるたぁ、余裕あんじゃねぇか」
「しょうがねーだろ、悪かったよ。ちょっとしんどいけど……仕切り直しだ」
「ああ、そうだ。しっかり集中してくれよ」
「すぅ……ふぅ__押し通る!」
「ハッ__通さねぇ!」
呼吸を整え、飛び出した将真は〈黒絶〉を発動させて猛へと切り掛る。
その速さはかなりのもので、先程と比べると目を見張るほど見違える変化だ。
(やっとやる気になったかよ__!)
ニィッと裂けるような笑みを作ると、猛は魔剣に魔力を注ぎ込む。
すると魔剣から炎が滲みだし、遂には大きく発火する。
そして炎の魔剣を、将真を迎え撃つように構えた。
「うおぉッ!」
「ギィッ!」
互いの剣が魔力と共にぶつかり合い、発生した衝撃波は地面に亀裂を入れた。
予想よりも重い将真の攻撃に、猛の足が滑るように後ろへ下がるが、猛は笑みを浮かべたまま歯を食いしばると、僅かに後退するのみで将真の剣を受け止めた。
とはいえ、将真の剣は魔力を打ち消す事が出来る。
将真の狙い通り、猛が握る魔剣は炎を喪失し、ただの赤い魔剣へと姿を戻していた。
「……うぉっ!?」
だがそれも束の間の話。
少しすると、再び炎が魔剣から吹き出し、慌てて将真は飛び退いて距離をとる。
「……おいおい、確かに切ったはずだろ?」
「決まった魔力量で形成して撃ち出すだけの魔法と一緒にすんな。常に魔力注いでんだぞ、消された分が戻りゃぁ同じ事だ」
「……ちっ、そうかよ」
猛の言葉に舌打ちをしながら苦笑を浮かべる将真。
攻撃を受け止められても、魔力による炎は僅かな間だけ確かに消すことが出来る。
技量の差は歴然だが、膂力だけなら差はそれほどない。
それを、今の衝突で確認することが出来た。
(なら、攻撃が通るまで繰り返すだけだ!)
猛の方が圧倒的に経験が上である以上、下手な小細工は通用しない。
ならば細かい事は抜きにして、愚直であろうと防御を崩せるまで攻め続ける。
経験で劣る将真が活路を見出す為には、これしかない。
「フッ!」
「……あん?」
再び踏み込み、将真は素早く距離を詰めて猛へと切り掛る。
そして先程と同じような行動だった事に、怪訝そうな表情で対応する猛。
将真は攻撃を受け流されると、またも距離を取り、そして呼吸を整えて次の攻撃の為に踏み込む。
「…………そうか。まあ、そうするしかねぇのか」
ガッカリだと言うようにため息をつく猛。
だが仕方の無いことだ。
そもそもの実力は猛の方が上で、将真に出来る事は限られている。
確かに戦いに集中し始めてからは、先程までの体たらくということは無くなったが、それでも猛が重ねてきた努力と経験から来る差を埋められるほどでは無い。
繰り返し交錯し、猛攻を続ける将真には疲労の色が見えていた。
そうして何度目かの衝突。
将真はまた距離をとって地面を踏み込もうとして__踏み切れずにバランスを崩した。
「ゲッ……」
その瞬間を見逃さず、今度は猛が動き出す。
(別に大したこたァねぇけど、攻められっぱなしなのは性にあわねぇな)
一息で距離を詰めると上段に構え、将真に向けて躊躇いなく魔剣を振り下ろす。
「……チッ!」
舌打ちして、何とかバランスを取り戻した将真は、両足でしっかり地面を踏み締めて受け止める体勢をとる。
振り下ろされた魔剣は、将真の剣と接触。
将真の剣は魔力を打ち消し切れずに叩き折られて、そのまま魔剣は将真の体を、深々と袈裟懸けに切りつけた。
「が、ぁ……ッ!」
凄まじい激痛と、勢いよく溢れ出す夥しい量の血。
確実に致命傷だった。
試験中の生徒たちは、結界と転送システムに異常が発生している事を知らない。
知っていれば、猛でもおそらく躊躇っていただろう。
放っておけば、すぐにでも絶命しかねないような傷を受けて、将真は地面に倒れる。
「……こんなもんか」
体は血に濡れて、意識が遠のいていく中で、猛の残念そうな呟きが聞こえてきた。
(……ちくしょう、やっぱ勝てねーか)
悔しさを覚えながらも、結果は元々予想がついていた。
そうして意識が途切れる寸前。
__ならば貸してやろう、我の力を!
(……は?)
そんな声が聞こえた。
その直後。
将真の体から、尋常ではないほどの濃密な魔力が溢れ出した。




