九話「激突、第四小隊Ⅱ」
影に飲まれて転送された先で、莉緒の目の前に待ち構えていたのは美緒だった。
(……なるほど。影魔法は佳奈恵さんの仕業ッスか)
一体誰がと考えていたのだが、莉緒はその正体にすぐ気がついて、合点がいったと言うように小さく笑う。
影魔法がまともに使えるような生徒がいるとするならば、術師としての才能に秀でた佳奈恵以外には考えられない。
同じ全属性の術師であっても、例えば静音や真那でも影魔法を容易くは使えまい。
「おはようッス、美緒」
「うん、おはよう。久しぶり……でも無い?」
「二日ぶりッスかね」
その二日前も、モニター越しに少し通信をしただけなのだが。
そして莉緒は自然体を装いながらも、二日前の画面越しではわからなかった強い闘志を美緒から感じて、警戒していた。
それほど好戦的な性格ではない美緒にしては珍しい事だった。
「珍しくやる気ッスね。分断までして……」
「うん。猛が一対一で戦う為に必要な事だったの。それに私も……負けっぱなしは悔しいから」
「なーるほど……」
猛が将真と犬猿の仲である事は周知の事実であり、再戦を望んでいるであろう事は容易に想像できた。
それでも、広大な試験場で運良く狙って巡り会えるなど、なかなかある事ではない。
だが、いざとなれば第四小隊には佳奈恵の索敵魔法がある。
だから、初日から第一小隊を叩く為の準備をしていたのだ。
おそらくポイントが低いのも、その準備に時間を割いていて、襲撃に動いたり迎撃に動く事もあまりなかったからだろう。
(上手いこと分断されちゃったし、今頃将真さんと猛さんは戦闘を始めてる頃ッスかね)
一応、試験前に注意は促しておいたが、本気の猛と戦って将真が勝てる可能性はかなり低い。
戦闘経験も、魔法の練度も、今の将真では太刀打ち出来ないだろう。
それでも魔王の力を全て解放すれば或いは、と言う所ではあるが。
(そこまでしないと勝てないんじゃ、もう負けたも同然ッスからね……)
必要があって封印を施されているというのに、おいそれと解放しているようでは意味が無い。
力に侵食されて魔王として覚醒してしまうまでは、まだ暫く猶予はあると思われるが、だからと言って無茶な力の使い方をするのは極力避けなければならない。
だから莉緒としては、猛と美緒には悪いが、速攻で美緒を倒して将真の助太刀に向かいたいところなのだが。
(……いつも以上に隙がない。こりゃホントに苦労させられそうッスね……)
現状、一番まずいのは二人の立ち位置__距離だ。
尋常ではない速さを誇る莉緒ではあるが、二人の距離は十メートル以上。
優位は美緒にある。
おそらく莉緒が決定打を届かせるよりも更に速く、美緒の魔法が届くだろう。
だからと言って接近を躊躇っても、遠距離から魔法を撃ち合ったところで、魔法の腕は美緒の方が上だから勝ち目がない。
(……まあ、あんま悩んでてもしょうがないッスね)
二本の短刀を構え、何時でも動けるように体勢を低く落とす。
両者は睨み合い、緊張が高まり、空気が張り詰めていく。
深呼吸をして、莉緒が地面を蹴り出そうとした、次の瞬間。
そう遠くない場所で爆発音が響き、爆煙が立ち上った。
「んな……!」
「フゥッ__!」
突然の事に、思わずそちらに気を取られる莉緒。
その隙を突くように、美緒はすかさず〈氷弾〉を放つ。
「ちょおっ!?」
大した威力の魔法ではないが、不意をつかれて莉緒は慌ててその場から跳び退く。
「全く、やってくれるじゃないッス、かッ!?」
そうして離れた場所に着地したと同時に、莉緒の全身を衝撃が走る。
無警戒だった上に、かなり強烈な衝撃だ。
それも、一瞬意識が飛ぶほどには。
(な、何が……!?)
バランスを取れずによろめき、莉緒はそのまま両手を地に着く。
そんな彼女に、休む間も与えないというように、両手を弾きながら地面が唐突に隆起する。
「……は?」
思考が追いつかない。
隆起する地面は留まらず、諸手を上げて呆然とする隙だらけな莉緒の顔を強打し、その体を軽々と打ち上げた。
「あがッ……!」
脳が揺さぶられ、再び意識が遠のく。
今の一撃で莉緒は額が割れ、鼻血が吹き出し、歯が一、二本砕ける不快な痛みを覚えた。
演技でも誘いでもなく、莉緒にしては珍しく本当に隙だらけの状況。
勿論、そんなチャンスを美緒は見逃さない。
「行くよ__」
薙刀を前方に構えて、その穂先を莉緒に向ける。
美緒の周囲には幾つもの魔法陣が展開されて、そこから氷の礫が無数に生成、そして射出される。
「う……くぅ……!」
辛うじて意識を手放さなかった莉緒は、迎撃の為に魔法を展開。
朦朧としているせいか制御が不安定になり、彼女の想定よりも大きな炎の円盤が壁のように氷の礫を撃ち落とす。
(制御効かないのがかえって好都合になるとは思わなかったッスねぇ……!)
宙に浮かされている間に、どうにか思考力を取り戻した莉緒は、改めて着地を試みる。
だが、足を地につけた瞬間に嫌な予感がして、直ぐにその場を跳躍で離脱。
その直後、莉緒が地に足をつけた場所で、風の刃が竜巻のように吹き荒れる。
もう少し離脱が遅れていたら、体に無数の切り傷が出来ていたことだろう。
そうして莉緒が何とか落ち着いて地に足をつけることが出来たのは、先程彼女の顔を突き飛ばした岩の上だった。
「ハァ……ハァ……何だったん、スか……今の、猛攻は……!」
「莉緒ちゃん、大丈夫?」
「待ってくれるのはありがたいッスけど、大丈夫に見えます?」
「見えないけど、やっぱり私の手で直接倒したいから、息が整うのを待つよ」
(その口振りだと、あの猛攻は美緒のものじゃない、みたいッスね……)
冷静になって考えてみれば、莉緒が受けた魔法はそれぞれ、雷属性、地属性、風属性のものだった。
どれも美緒の適性ではない以上、彼女があんなに強力な適性外魔法を使えるはずがない。
これだけの多様な属性を扱える者を、この状況で思い当たる人物は一人だけ。
「……これも、佳奈恵さんの仕業ッスね?」
「流石だね。うん、その通りだよ」
莉緒の回答に美緒は驚く事なく、そして隠す様子もなく頷いてみせた。
佳奈恵は魔力量、火力共に優秀な術者だが、無詠唱や詠唱省略を苦手としている。
その為、何処からかこの戦場を覗き見ているとしても、莉緒の動きに追いついて魔法の行使ができるとは思えない。
だが魔法の発生は、明らかに莉緒が着地した瞬間を狙ったとしか思えないタイミングばかりだった。
(……となると、設置型……差し詰め、地雷魔法ってところッスか)
莉緒には使用経験はないが、そういう魔道具がある事は認知している。
そうなると、先程の爆発もそれによるものか。
正直、佳奈恵のような全属性に適性を持つ術者がこの手の魔法を使ってくると、その効果も多岐に及ぶため危険性が割と洒落にならないのだ。
「……美緒。さっきの、爆発は……?」
「猛にはちゃんと一対一が出来る場所を用意したから、多分佳奈恵とリンちゃんの所だと思う」
「……佳奈恵さんが踏んだ、という可能性については」
「まず無いと思う」
「……スよねぇ」
ならば先程の爆発は、佳奈恵が設置した魔法をリンが踏み抜いた事による結果だろう。
莉緒でもこれほどのダメージを負ったのだ。
無事でいてくれればいいのだが、将真は勿論、現状ではリンへの心配も捨てきれない。
「……人の心配してる場合じゃないよ?」
「わ、わかってるッスよ……」
忠告しながらも待ってくれる妹に有難く思いながらも、悔しさや不甲斐なさを胸に抱く莉緒。
そうそうにダメージを蓄積してしまった莉緒は、らしくもなく色々なことに気を散らしながら、慎重に足を踏み出した。
もう七年前の話。
佳奈恵が、〈日本都市〉にやってきた猛と顔を合わせたのは、初等部の時だった。
大人びてはいたが、それ故か同年代の子供たちと反りが合わず、常に不機嫌で気が短い。
他人に気を許さず、噛み付いていくこともあり悪目立ちしていた猛を、佳奈恵は放っておけなかった。
たまたま同じクラスだったから、と言うだけではなく、どこか寂しげだったのだ。
__お前何だよ! 鬱陶しいんだよ!
__ぴぃ! ご、ごめんなさい……!
ビビりのくせに、苛立つ彼に近づいてはキレられて、半泣きさせられたり普通に泣かされることもあった。
それでも猛が佳奈恵に手を上げることは一度としてなかったし、佳奈恵はらしくないと自分でも思えるほど、諦め悪く猛への接触を繰り返していた。
__わっけわかんねぇ。物好きなヤツだな。
何時しか猛は、佳奈恵の姿を見ては呆れるようなため息をつくだけで何も言わなくなった。
鬱陶しく付き纏ってくるように思えただろうが、猛はそんな佳奈恵を許容したのだ。
諦めたと言ってもいいかもしれないが。
猛が大人びて見えた理由は簡単だった。
まだ遊びたい盛りの歳頃であるはずなのに、一人でひたすら、自分を鍛え続けていたのだ。
そんな事をする初等部の生徒はごく稀だから、当時の同年代と比較すると、猛の実力は最強格だっただろう。
それは今でもそうなのだが、そんな子供らしからぬ、そして無茶とも思えるような努力を積み重ねる猛の姿を、佳奈恵は誰よりも長くそばで見てきた。
彼の努力の理由は、ある日病院に足を運ぶ猛の後をつけた事で知ってしまった。
猛は少し怒っただけで直ぐに彼女を許したが、ただの好奇心で猛の領域を土足で踏み荒らしてしまった事を、佳奈恵自身は今でも後悔している。
だから、佳奈恵は猛を支えていくとこを心に決めた。
猛の事情を知ったからこそ、彼が力を執拗に求める気持ちを理解したからこそ、例えどれだけ危険であってもその意見を尊重すると。
そして猛の隣に立ち、望みに添える為に必要な努力を、彼女自身もしていくことを誓ったのだ。
__私も、一緒に頑張る……!
__ホント物好きなヤツだな。まあ……勝手にすればいいんじゃねぇの。
そうして、猛の努力に追いつけるように、佳奈恵は必死に努力した。
自身の弱点も克服する方法を見つけて、魔法の腕を磨いて。
そんな彼女の本当の実力を知るものは、果たしてどれだけいるだろうか。
爆発に吹き飛ばされたリンは、宙で回転しながらバランスを整えて近くの木の枝に着地すると、痛いくらいに鼓動を打つ心臓を抑えて息を整える。
(は……あぁ〜……ビックリしたぁ! ちびるかと思ったぁ!)
回避はしきれなかったが、辛うじて直撃は免れた。
それでもあちこち火傷だらけで痛みを発しているが、魔戦師にとってはかすり傷にも等しい。
痛いものは痛いが我慢できないほどでは無く、少し放っておけば治ってしまう程度のものだ。
とはいえ、直撃していればタダでは済まなかっただろう。
「佳奈恵ちゃん、今のは……?」
「……私の魔法だよ」
「で、でも佳奈恵ちゃんって、無詠唱も詠唱省略も出来なかったはず……」
「出来ないわけじゃないよ。まあ使えるって程度の代物でしかないのは確かなんだけどね」
手に持つ魔導書のページが捲られ佳奈恵の魔力が注がれると、今度は雷属性の球体が生成されてリン目掛けて飛んでくる。
〈雷球〉なるその魔法を回避するかどうか、リンは悩んでしまった。
先の一撃の原理が理解できないままだったからだ。
また回避をして、再び足を地につけたら同じ事の繰り返しになるのではという不安があった。
そんな煮え切らない様子のリンを前に、佳奈恵は空いている手で指を鳴らす。
危機感を覚えたリンは、咄嗟にその場を離脱。
直後、一瞬までリンがいた場所に火柱が立ち上っていた。
(あ、あぶなぁ!)
火柱が発生したのは先程の爆発同様、地面からだった。
木の枝に乗っていたから火柱が届く前に回避出来たが、地面に立っていたなら先程と同じかそれ以上に酷い結果になっていただろう。
だが、佳奈恵の狙い通り、リンの体は再び宙にある。
その状態でも動けなくはないが、あまり自由は効かない。
もう一度、地面に足をつける必要があるのだ。
「……しょうがない、ね!」
リンは着地する覚悟を決めた。
そうして足が地に着くと、やはりと言うべきか地面から閃光が放たれた。
(くっ、また爆発……!?)
急いで退避の姿勢をとりつつ、腕を前で構えて衝撃に備えるリン。
爆発は__起きなかった。
閃光が放たれた以上の事は、何も起きなかった。
「……えぇ!?」
予想外の事態に、声を上げて驚くリン。
騙された、と気づいて佳奈恵のいる方へと恨みがましい視線を向けるが、その場所に佳奈恵の姿はなくなっていた。
(……逃げられた!?)
翻弄されてばかりの今、もしそうならばリンにとっては寧ろ好都合だが、佳奈恵にとってはここで逃げる必要も無いはずだ。
そんなリンの警戒の隙をついて、いつの間にかその背後に佳奈恵が迫っていた。
「__てぇい!」
「う、いったぁ……!」
そうしてリンの背後をとる事に成功した佳奈恵の行動は、背中を引っぱたくという理解ができないものだった。
叩かれた場所がヒリヒリと痛むが、佳奈恵の腕力では身体強化があったとしても、同じく身体強化を使っているリンに大したダメージを与えられはしないというのに。
反撃に移ろうと薙ぐように槍を振るうが、予めわかっていたように、佳奈恵はすぐ距離をとって攻撃を回避した。
だが、さっきまでよりは二人の距離が近い。
これなら詰めて攻勢に転じる事も可能だ。
「__逃がさないよ!」
佳奈恵の手によってあちこちに罠が仕掛けられている事は理解していた。
それでも、ここで危険を犯さなければまた距離を取られてしまう。
何処に何の罠があるかもはっきりしない中、再び警戒して近づかなければならないとなれば、精神的にもかなりの疲労を要するだろう。
ここが、リンにとってチャンスなのだ。
踏み込んだ先にはやはりというべきか、罠が発動する兆しが見えた。
だが、発動するより速く駆け抜けるという力業でひたすら回避していく。
「う、うそぉ!?」
驚愕に思わず声を上げる佳奈恵。
二人の距離は近づき、間もなくリンの攻撃が満足に届く範囲だ。
(行ける!)
そう確信し、更に力強く一歩を踏み出した、その時。
「……せっかく仕掛けたのに、もう使う事になるなんて!」
悔しがりながらも、佳奈恵はリンに向けて手を突き出す。
そして佳奈恵の魔力に反応するように、先程叩かれたリンの背中から強烈な電流が放たれた。
「あがっ……!?」
何が起きたか理解出来ず、思考が追いつかないリン。
分かったのはただ一つ、雷属性の魔法を受けたという事だけだ。
かなり強力で、体が痺れて言う事を聞かない。
全く動けない訳では無いが、自重を支えることが出来ずに、リンの体はそのまま地面に傾いていく。
「__まだだよ!」
追い討ちをかけるように、佳奈恵は魔導書にかなりの魔力を注ぎ込む。
その結果、リンの体を容易く飲み込む大きさの魔法陣が展開される。
赤色は火系統の証明、それが三枚に重ねられている。
下手をすればリンが死にかねない威力だが、試験場の結界に異常が生じている事を知らない佳奈恵に躊躇う様子はない。
「〈紅炎爆発〉!」
視界を埋め尽くそうとする赤い光を目にして、リンは確信する。
(これだけの力……舐めてかかったつもりはないんだけどなぁ)
佳奈恵の実力を正しく知る者は、実は猛と美緒の二人だけで。
その実力は、条件さえ整ってしまえば十席にも十分に通用するほどのものなのだ。




