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終末のレジスタ  作者: 甘味の僕
四章 巨大な襲撃者
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八話「激突、第四小隊」

 柚葉が呼び出されて数時間が経過していた。

 日は高く登り始め、学園は始業の時間を過ぎた頃。


「くぁ……あ〜、魔力が足りない。しんどい……」


 漸く眠りから冷めた華蓮は、のっそりと研究室から出てきた。


 彼女の領分は研究であって、治療はその過程で覚えた副産物でしかない。

 治癒魔法は使えても、華蓮のそれは大して高度なものでは無い。

 それでも、致命傷に至った者がいなかったから何とかなったが、重傷者はそれなりにいた。


(私は医者ではないんだが……)


 慣れない事にかなりの魔力と集中力を削ってしまい、目覚めて尚怠い体の関節を鳴らしながら廊下を歩いていると、ベンチに腰をかける柚葉の姿を見つけた。


(……ああ、そう言えば呼ぶように言っておいたんだったね)


 部下に出していた指示を思い出し近づくと、柚葉が小さな寝息を立てていることに気がついて手を止めた。


「……しまったな。早くに呼び出しすぎたか」


 悪い事をした、と思いながらも、報告しておくべきことが幾つかある。

 柚葉には重ねて申し訳ないが、起きてもらう他ないのである。


「柚葉。すまない、遅くなった。頼むから起きてくれ」

「…………う、ん……ぇ、あれ? …………はっ!」


 恐る恐るといった様子で華蓮が肩を静かに揺すると、柚葉はゆっくりと目を開いて、惚けた声の後に完全に覚醒する。

 その時に思わず、勢いよく立ち上がってしまった為に、二人の頭部が強い衝撃に襲われた。


「はグッ!」

「あだァ!?」


 華蓮は額を、柚葉は頭頂部を抑えて蹲り、苦悶の声を上げた。


「いったぁ……もう、何なのよ……」

「悪かったけど、急に立ち上がらないでくれるかな? 危ないだろう」

「う……わ、悪かったわ……」


 一気に目が覚め、非があるのは自分の方だと理解して、気まずそうに謝罪を口にする柚葉。

 だが、頭突きを食らう形になったとはいえ、華蓮に柚葉を非難する気はサラサラない。

 元より、早朝に呼び出したのは華蓮の方なのだから。


(まあ、そんなすぐに出向いてくれるとは思わなかったんだがね)


 ともあれ、今はそれどころではない。


「その話はもう終いだよ。それより、話がある」

「……ええ、私もあるわ。瑠衣さんも交えたいんだけど、構わないわね?」

「そう言えば、あちらは呼んでなかったな。勿論、頼むよ」




 自警団本部は〈日本都市〉を防衛する城壁そのもので、雲に届きそうな程高く、海底にすら届き得る程深いのだと言うが、その真相は柚葉ですら知らない。

 尤も、興味もないと言うだけの話なのだが。


 暫く廊下を歩き、管制室へと向かう途中、脱落した生徒たちが集められた場所へと足を運んできた。


 生徒たちは、一様に疲労や苦痛の表情が見て取れたが、怪我をしているようには見えなかった。


(数は大体、二百人近くって所かな。四日目でもう六十以上の小隊が脱落したのね)


 もう、とは思うが、ペースは例年変わってくるので、今年が一概に早いとは言えない。

 言えないが、少なくとも柚葉が生徒だった時はもう少し遅いペースだった。


「この数の生徒を、治療してくれたの?」

「私一人じゃないがね。時間もかかるし、中々大変だったよ」


 治癒魔法が使える者は、実はそれほど多くない。

 他人の大怪我を治せるほどの使い手ともなれば、更に人数は限られてくる。

 そしてそういう人材は大体が多忙で、中々連れ出すのが難しい。

 生徒たちの治療に当たった者の中にも、程々の使い手が数名いる程度だったのだそうだ。


「問題は、結界の効果が機能していないって事さ」

「そうよね。普通、怪我をして戻ってくるはずがないんだし……」


 改めて、管制室へと足を向けると、その途中で瑠衣と遭遇した。

 顔には仏頂面を貼り付けていて、あまり愉快そうではない。


「瑠衣さん、おはようございます」

「……おはよう、柚葉ちゃん」


 瑠衣は柚葉の顔を見ると、ため息をついて難しい表情を作った。


「ごめんね。私の結界に綻びが生じたみたいで、生徒たちに怪我させちゃった。不甲斐ないわ」

「いえ、全員無事みたいなので。結界の方は修復できそうですか?」

「それが……何者かに手を加えられてるみたいでね。詳しいことは調べて最中だけど、私でもちょっと時間がかかるかもしれないの。だから不測の事態に備える意味でも、今回の試験は中止した方がいいと思うんだけど」

「……そういう事なら、しょうがないですね」


 今のままでは、最悪のケースを考えなくてはならない状況で試験を続ける事になる。

 最悪なケースとは、勿論言うまでもなく生徒の死だ。


 管制室の扉を開けると、既に仕事中の自警団員たちの視線が三人に集まった。

 一番近くにいた団員が三人に気がつくと、その場を立ち彼女らの元へ歩み寄る。


「副団長。それに柚葉さんに華蓮さんも」

「ちょっとお邪魔するわね」

「構いません。要件は?」

「今試験中の子たちの事で、ね」


 瑠衣から詳細な説明を受けた団員は頷いて了承を示し、直ぐに席へ戻ってモニターに向かい合う。


「中の生徒たちに一斉に通信を繋げて、試験の中止を知らせる……ということでいいんですね?」

「それでお願い。納得いかない子たちもいるでしょうけど、身の危険が迫ってるんだもの。無理にでも納得してもらう他ないわ」

「分かりました……っと、これは……」

「どうしたの?」

「……通信が妨害されてますね」

『なっ……』


 渋い表情で告げられた状況に、三人は思わず絶句した。

 結界に手を加えられていることは分かっていても、その効果の程は分からないままだったのだ。


(機能の書き換えだけじゃなくて、通信妨害まで……随分と用意周到じゃない!)


 そんな芸当ができる人物は、瑠衣の知る限りでは一人だけだ。

 しかし『彼女』は動けないはずで、どうやって手を加えたかまでは分からない。


「妨害の解除はできる!?」

「これくらいならまだ可能ですが……時間はかかりますよ。もう中に入って直接呼びかければいいのでは?」

「無理よ。結界の機能の一つで、試験場には学生たちしか入れないように、バッジの有無で入退場の条件を設定してるの」

「……いざと言う時のことを想定してなかったんですか?」

「その通りなんだけど、今までだって問題なかったのよ。想定外だわ……」


 芳しくない状況に、瑠衣は焦燥を滲ませ爪を噛む。

 今までの試験では発生しなかった今回の現象。

 結界も、初めから条件を設定して魔力を注いでおけば機能し続ける据え置き型の装置だ。

 一度発動すると瑠衣でも、装置の前以外では自由に操作することが出来ない。

 過去に例がない以上、対応が後手に回るのは多少仕方ない事ではあるのだが。


「……分かりました。人手をかけて、可能な限り急ぎましょう」

「お願い」


 団員が、数人に声をかけて再びモニターに向かい合う。

 その様子を見ながら、柚葉もまた、焦燥に駆られていた。


「……まさか、殺し合いに発展とか、してないでしょうね」


 そんな事を想像して心配する柚葉だったが、嫌な予感というのは得てして、的中しやすいものなのだ。




 影の中に飲まれて直ぐに視界が鮮明になると、そこは再び森の中だった。

 だが、つい今朝ほどまで彷徨っていた場所とは少し違うような気がする。

 と言っても、同じような景色のせいで確かな事は言えない。


「ここは……?」

「__リンちゃん」

「ッ!?」


 何処からか聞こえてきた声に呼び掛けられ、驚いたリンは肩を揺らして視線を巡らせる。

 その声の主は直ぐに見つけられた。

 丁度、リンの目の前に降り立って来たからだ。


「……佳奈恵ちゃん?」

「うん。そうだよ」


 警戒心を剥き出しにするリンに微笑みかける佳奈恵。

 そんな彼女から感じる違和感に、リンは戸惑いを隠しきれないでいた。


 その要因は、少し表情が険しい佳奈恵の表情であったり、リンに向けられる佳奈恵らしからぬ戦意、そして覚悟。


「……さっきの影魔法は、もしかして佳奈恵ちゃんが?」

「そう。あの時に見た副団長の魔法を使えるように、何度も練習してみたの。それでも、あの人みたいに自由に選んで転移させることは出来なくて、初めから場所を指定する必要があるんだけどね」

「……一対一で、戦うつもりなの?」

「……うん。そういう計画だから」

「計画……?」


 首を傾げるリンに、佳奈恵はぎこちない笑みを浮かべて頷いた。


「猛が、将真くんと戦って雪辱を果たしたいっていうの。美緒ちゃんも、莉緒ちゃんと戦いたいって言ったから、私はそのお手伝い」

「……そっか」


 分断された理由を聞いて、リンはポツリと呟く。

 だが、その目的があったとしても、佳奈恵にリンと一対一で戦う理由は無いはずだ。

 実力的には、調子が悪くともまだリンの方が上なのだから。

 手伝い程度の感覚で相手取れると思われるのは、リンでも少し癪だった。


「じゃあ、戦う?」

「うん。私だけ、隠れてる訳には行かないもん。それにね__やるからには、負けたくないの。私だって、勝つための準備をしてきたんだから!」


 強い決意が見える表情で、大きく声を上げ、佳奈恵は魔導書を開く。


 佳奈恵は、無詠唱や詠唱省略を苦手としているが、かなりの魔力量と火力がある、純粋な遠距離型だ。

 だが、今の時代で速く魔法を行使できないようでは、火力があっても足手纏いになる事がよくある。

 それを補う為の道具が、彼女の場合は魔導書だった。

 初めから魔法式が記載されているから詠唱の必要もなく、任意のページを開いて魔力を流せば、魔力が必要量に満ちた時に魔法が発動する。


 佳奈恵の前で生成され、リンに向けて放たれたのは氷の塊だ。


(〈氷球アイスボール〉! 威力も流石だけど、この程度なら躱せる!)


 そもそも、軌道が直撃とは言い難い。

 迎撃は間に合うか怪しいところだが、回避ならば十分に間に合うだろう。


 そんな判断の元、リンは軽く踏み込んで容易く魔法を回避する。

 そうして足が地を着いた、その瞬間。


 リンの足元が眩く光った。


「……えっ」


 光に気がついた時には、既に遅かった。

 ただの閃光ではない。

 直後、地面が爆発し、リンの体が大きく吹き飛ばされた。




「おい、何だよ今の爆発!?」

「向こうでも始まったみてぇだなッ!」

「なぁ!?」


 突如、ここからそう遠くない場所で発生した爆音と煙に将真は明らかに動揺するが、猛は大して気にした様子もない。

 今の口ぶりからしても、猛は爆発の正体を知っているようで、間違いなく第四小隊によるものだと将真も察しがついた。


「オラ、集中しろよッ!」

「ゲェッ!」


 鍔迫り合いの状態で腹を蹴り飛ばされた将真は、呻き声を上げてたたらを踏むように後退する。

 そうして体勢を崩した将真に追い打ちをかけるように、猛は火球を複数生成し、タイミングをずらして将真に向けて飛ばしてくる。


(くっそ、森の中じゃないからって遠慮がねーな!?)


 何度か共に任務に出向いているから分かる事だが、猛は決して馬鹿ではない。

 直情的に見えて、むしろかなり考えて戦うタイプで、森の中では迂闊に火を放つような真似は絶対にしなかった。

 だが今は森の中ではない。

 辺りには緑が少なく、ちょっと草が生えていたり倒木が点々とある程度で、延焼の心配をする必要も無い。


 問題はまだある。

 これは、試験開始の数日前に莉緒から聞いた話だ。

 序列戦の結果と猛の性格を想定し、小隊戦での再戦の可能性を彼女は見越していた。


 __いいッスか? 序列戦でも使ってましたが、猛さんの火球は〈火球ファイアボール〉では無いッス。

 上位魔法の〈炎球ブレイズボール〉に速度を与えた〈炎弾ブレイズショット〉。

 更に〈火属性〉の派生である〈爆属性〉を混ぜ合わせた、火系統最強のコスパを誇る猛さんの得意な、尚且つ連発可能な魔法__


「__〈爆炎弾エクスプショット〉……!」


 これが、かなり厄介なのだ。


「オイ、躱してばかりじゃどうにもなんねぇぞ__!」


 苦々しい表情で距離を取りつつも回避する将真に、猛は問題である、その強力な魔法を打ち込みながら距離を詰めてくる。


(くそっ、全部は躱し切れない……!)


 掠める程度ならまだしも、あんな魔法が直撃すれば流石に無傷では済まない。

 それどころか一撃で戦闘不能の可能性もある。

 加えて、魔法で仕留め損なう可能性も考慮している。

 流石、例年ならば十席入りも容易いと言われているだけの実力だ。

 魔戦師になって数ヶ月程度の、半人前と言うことすら烏滸がましい将真とはわけが違う。


「__〈黒絶こくぜつ〉!」


 剣に魔力を纏わせ、片刃の刃を形成する。

 大太刀を思わせるその刀身で、将真は直撃の軌道に魔法を切り裂いた。


「馬鹿が、切った所で爆発するんだよ__ッ!?」


 その様子を見た猛は、小馬鹿にするような嘲笑を浮かべるが、その表情は直ぐに驚きへと変わる。


 将真に切られた魔法は、爆発しなかったのだ。


「何を……いや、そうか。魔属性の打ち消しか」

「チッ、何でそうすぐ見抜けるかね……」


 魔属性はかなり特殊な性質を有していて、ぶつかり合う他の属性の力を減衰させる事が出来る。

 魔属性の力を減衰させる事無く、だ。

 その特性を「打ち消し」と言うらしく、効力は魔力の濃度によって変化するそうだ。


 全部、華蓮に説明された事だが。

 

 そして将真の〈黒絶〉はまさに、濃い魔属性魔力で実態化した刃だ。

 使い方さえ覚えれば、属性魔力に対してかなりの優位が取れる。


 問題は、猛の練度が高く、必ずしも切り落とせるタイミングで反応できるとは限らないところだ。


 正直、勝てる気はしない。

 序列戦ですら、封印を第二段階まで解除した三十パーセントの出力で漸く五分五分で、そこから何とか隙を着いて取ったポイントで競り勝っただけなのだ。

 正面切って戦うならば第三段階の解放も視野に入れなくては行けなかった。


 だと言うのに、今回は序列戦の時の比じゃない。

 おそらく、第三段階まで解放したところで、五分になれば御の字という所だろう。

 油断も隙もない猛の佇まいに、嫌な汗が背中を伝う。


(……猛のさっきの言葉、向こうでも始まったって言ってたな。もしかしてリンか莉緒のどっちかが、佳奈恵か美緒と戦ってんのか?)


 だとしたら、出来るだけ早く終わらせて助けに行きたが、むしろ助けが必要なのは将真の方かもしれなかった。


 今回の試験は、例え死んだとしても試験場から転送されて無かったことになる。

 当然その場合は脱落扱いだが、そのお陰か試験中の生徒は躊躇うこと無く全力で戦える。

 それでも仲間や同級生を殺すような事はしたくない将真のような生徒もいる。

 逆に、勝つ為ならば積極的に殺しにくる、猛のような生徒も当然いる。


 となれば、危険なのは将真だけではない。

 猛ほど積極的に殺しにくるとは思えないが、美緒も佳奈恵も、まさか負けるつもりで戦っているとは思えない。


(二人とも、何とか無事でいてくれよ……!)


 猛の猛攻に晒されて凌ぐだけでも精一杯の現状、人の心配をしている余裕は無いのだが、それでも将真はそう願わずにはいられなかった。

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