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終末のレジスタ  作者: 甘味の僕
四章 巨大な襲撃者
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七話「第四小隊の策略」

 試験が四日目に突入する、その早朝。

 柚葉は、自警団本部に呼び出しを受けて出頭していた。

 彼女を呼び出したのは、研究室に篭もりっきりの華蓮から指示を受けた、彼女の部下の一人だ。


「__お待ちしておりました、片桐さん」

「ええ。でもこんな早い時間に呼び出すなんて、ねぇ?」

「ご安心を。こんな早い時間に、なんの用も無くあなたを呼び出すような無礼な真似は致しません」

「そう……まあいいわ」


 小さく欠伸を噛み殺しながら、眠気眼を擦って一先ずは不機嫌を抑え込む。

 朝に弱い訳では無いが、流石に日も登る前なのだからあまり機嫌が良くないのは仕方の無い事だ。

 だが、彼に非が無い事くらいは柚葉にも理解出来ていた。


 恐らく研究続きで寝落ちでもしている上司の代わりなのだろう。

 皮肉めいた口調からも、その上司に対する呆れのようなものが滲んでいるように思える。


「それじゃあ、早速要件を聞かせてもらえる?」

「ええ。要件は只今の試験で脱落した生徒たちについてです。耳に入れて置いて欲しい事がありまして」

「……それって、そんなに急ぎの用なの?」

「そうでなければ呼び出しませんよ」

「……そう。内容は?」


 訝しげに柚葉が問うと、男は少し周りを見渡し人がいないことを確認。

 そして柚葉に顔を近づけて耳打ちで告げた。


「生徒たちが、怪我を負っているのです」

「…………はぁ」


 柚葉の気の抜けるような返事に、男は呆れたような視線を向ける。


「……何よ。戦ってるんだから、怪我なんて珍しくもないでしょう」

「ええ、そうですね。ところで片桐さん、試験中に張られている五十嵐副団長お手製の結界の効果についてはご存知で?」

「当たり前でしょ……あれ?」


 男の小馬鹿にするような物言いにムッとした柚葉だったが、その効果を思い出して柚葉は漸く疑問を覚えた。


 結界の効果はバッジを破壊されるか戦闘続行不可能、又は死亡によって発動し、試験場に転送される前の状態に戻ると言うものだ。

 つまり、試験開始の前日までに傷を作っていなければ、脱落後に怪我をしているはずがない。


「……怪我の状態は?」

「何れも、命に別状はないようですが」

「ふぅん……もしかして、華蓮さんが対応してくれていたの?」

「彼女も呼び出されただけで、一人で対応していた訳ではありませんよ。しかし数が思いの外多くて、今は少し眠っています」

「そう……じゃあ起きるまで待つわ。華蓮さんが起きたら、呼んで頂戴」

「了解致しました」


 要請に頷き、その場を離れる男の背を見て、柚葉は近くの椅子に腰を下ろす。


(研究続きで寝落ちしてた訳じゃないのね……)


 少し思い違いをしていたことを恥つつ、華蓮に謝罪の念を抱きながら、悩ましげに顔の前で手を組んだ。


「まずいわね。何かの兆候? 瑠衣さんにも報告しなくちゃね……」


 柚葉の胸中には、不安の種が芽吹いていた。




 四日目の第一小隊は、かなりのんびりとした動き出しだった。

 と言うのも、前日の日没頃に一つの小隊と当たってしまった結果、神経が興奮状態へと入ってしまい、中々寝つけないでいたからだ。

 戦闘自体はそれほど苦労する事もなく、きっちり勝利で収めたのだが。


 理由は、それだけでは無い。

 莉緒が偵察中に見つけた物を、現在三人で出向いて改めて確認できた。

 三日間も鬱蒼とした森の中を彷徨っていた第一小隊だったが、遂に森を抜ける事が出来たのだ。

 そして目の前には、サラサラと流れる小川も発見した。

 水場を敢えて確保する必要はないのだが、他の小隊がいる様子もなく、大当たりと言ってもいいだろう。


「わぁ……綺麗」

「……普通の川だよな?」

「そうッスね」

「もー、二人とも感動が薄いなぁ……」


 素直に無邪気な反応を見せたリンと違い、特に感慨もなかった二人はその言葉に顔を見合せ、少し困ったような表情で苦笑いする。

 確かに、四日目にして漸く別の景色が見れた事に対して、全く思う所がない訳では無いのだが、リンほど感動を覚えるような事はなかった。


「別に、珍しい風景って訳でもないだろ?」

「だからいいって訳じゃないもん……」


 将真の言葉に、ますます子供みたいに拗ねた様子を見せるリン。

 ちなみに将真は、こちらの世界に来てから何度も同じように感慨深く思う景色を何度も目にしているのだ。

 今更、普通の景色で感動しろと言われても、逆に難しいのである。


 お手上げと言ったように将真が視線で助けを求めると、しょうがないというようにため息をついて莉緒が手を叩く。


「はいはい、リンさんの気持ちは分かったッスから。とりあえず今は切り替えて下さいッス」

「むー……分かった」

「それじゃあ、改めて確認するッスよ」


 不承不承といった様子で渋々納得を示すリンを見て、莉緒は一つ頷きウインドウを開く。

 そこに表記されているのは、毎日一度は三人で確認している試験中の小隊の簡易的なリストだ。


「脱落した小隊の数は大体六割強ってところッスね。うちのポイントは現在4ポイントッス」

「他の要注意の小隊だと……」


 第三小隊も流石にポイントを獲得しているようで、四日目を迎えた時点では2ポイント。

 多くはないが、彼らの編成を思えば妥当な所と言えなくもない。


 第四小隊はやはり不気味で、ポイントがない訳では無いが1ポイントと不自然なくらいだ。


 第五小隊__東虎生率いる部隊は8ポイントで現在二位。


 そしてこれもやはりと言うべきだが、第二小隊。

 彼らの順位は当然一位で、その点数は19ポイントと圧倒的だ。


「で、残る小隊のポイントはまちまちって感じだな」

「第二小隊は勝てればデカいッスけど、遥樹さんがバッジを持ってる時点でまぁまず勝ち目がないんで、当たらずに行きたいッスね。第五小隊も同様に」

「狙うなら第三か第四小隊って事か?」

「狙えたらッスけどね。正直、第四小隊でも先に行動が感知されたら、むしろこっちが敗色濃厚ッス」


 例えば、今この瞬間狙われようものなら、非常に危険だと言うことだ。

 今回のような試験においては、第四小隊は第二小隊以上に警戒しなければならない。


「四日目ッスからね。勝ち残る為にも、そろそろ積極的にポイント獲得に動いていかないと」

「そうだよな……」

「じゃあ早速向かおう! 誰が何処にいるかはわかんないけど……」

「わかんねーなら迂闊に動けねーだろ」


 弾むような声で提案したかと思えば、自信なさげに萎む声でボソボソと口篭るリンに、思わずツッコミを入れる将真。

 たった今、警戒しなければならない事を再確認したはずだが。

 特に第四小隊。


「……あ、れ?」


 そう、第四小隊。

 警戒はしていたのに。

 気配すらなかったというのに。


 彼らの魔の手が、唐突に第一小隊を襲った。




 時は少し遡り、三日目を終えようとしていた第四小隊。

 その中でも佳奈恵は今のところ、全くと言っていいほど戦闘に参加していなかった。

 それを、猛と美緒は責めること無く尊重すらしていた。


 当然だ、彼女は役割をきちんと果たしているのだから。


「二人とも、お疲れ様〜」

「ハッ、大した事もねぇよあの程度」

「佳奈恵もお疲れ。どう? 準備の方は」

「うん、そろそろ行けると思うよ。動作確認も出来たしね」


 試験が始まって今まで、佳奈恵がやっていたのはかなり大掛かりな罠の設置だ。


 そもそも事の発端は、猛が試験前に口に出した要望だった。


 八月の頭に行われた序列戦で、猛は将真にギリギリの差で敗北を喫した。

 元々、初戦で当たる予定はなかったが、だからと言って負けるはずがなかったのだ。


 その結果に納得出来ない猛は、改めて将真と戦い、雪辱を果たしたいと考えていた。

 だが、これは小隊戦だ。

 勝手に単独行動をする訳には行かない。


 故に猛は最悪、今回の試験で将真との再戦を諦める事も考えていた。

 試験場はかなり広大で、そうそう狙って接触できるものでは無い。

 通信は出来ても、お互い敵同士の中で誘った所で、のこのこやってくるとは流石に考えていない。

 自分だけならまだしも、仲間に迷惑をかけて、試験をドブに捨ててまでやることでは無い。


 ところが、佳奈恵と美緒は猛の要望に同調を示した。


「そうだよね。悔しいもんね」

「……私も、また莉緒ちゃんに勝てなかったから」


 かくして、第四小隊は試験開始と同時に、第一小隊と戦う準備を始めていた。


 猛が、将真と一対一サシで戦う為のお膳立てだ。


 準備は全て整った。

 そして最後の難関は、どうやって第一小隊を上手く誘い出すかと言う事だったのだが。


「……まさか誘い出すまでもなく、近くまで来てたなんてね」


 翌朝、索敵魔法で第一小隊の位置が近い事に気がついた佳奈恵は、驚きながらも僥倖と考えていた。

 佳奈恵は背後の美緒と猛に視線を向けると、準備万端と言うように頷く二人の様子を見て頷き返し、改めて魔導書に視線を落とす。


(考える時間は与えない。直ぐに分断する!)


 余程の事がない限り、佳奈恵の索敵に気がつける者はいない。

 それでも、第一小隊ならば勘づくかもしれない。

 安定感はなくとも、百期生内でも相当優秀な成績を収めている小隊の一つであるという事実は伊達では無い。

 だが、索敵されている方向を把握するのは、索敵に気がつくこと以上に困難だ。

 絶対に、一瞬で逆探知されるような事態に陥ることは無い。


 索敵した先に、佳奈恵が飛ばした魔法。

 それは、瑠衣しか使えないはずの影魔法だった。




「……えっ何これ? 沈む……!?」


 リンの足が、唐突に地面に発生した黒い蟠りに飲まれる。

 彼女の言葉通り、それは底なし沼のように足を絡め取られて抜け出す事が出来ない。


「将真くん、莉緒ちゃん! ごめんちょっと助けて!」

「お、おう!」

「了解ッス! 今助け__えぅ!?」


 リンに助けを求められて、直ぐに動き出そうとする二人だったが、莉緒が急につんのめるようにバランスを崩し、地面に両手両膝をついた。

 原因はリンと同様、足元の黒い沼に足を取られたからだった。

 更に状況はもっと酷い。

 何せ、両手両膝をついたことで接地面が多く、リンよりも飲み込まれるまでに猶予がない。


 そして畳み掛けるように、黒い沼から縄のように細いものが飛び出して、二人の体を拘束する。

 この縄に関しては、将真も例外ではなかった。


「うぎっ……!?」


 将真の足元にもいつの間にか黒い沼が発生していたが、何故か将真は足を取られることも無く、沈むこともなかった。

 だが、影から伸びてきた縄状の拘束に、咄嗟に反応する事が出来なかったのだ。


「ヤバい、捕まった……!」

「り、莉緒ちゃん大丈夫!?」

「だ、大丈夫ッスけど、でもコレは……この魔法は……影魔法、じゃないッスか?」


 莉緒は気づいていた。

 この魔法は、数ヶ月前に見た事があるものだ。

 尤も、その規模は足元のコレとはとても比べられるような生易しい代物ではなかったが、それでも同様の物だった。


(影魔法は瑠衣さん以外にまともな使い手がいなかったはず……一体、誰が!?)


 驚愕している間にも、莉緒の体は沈んでいく。

 同じように沈んでいくリンと、拘束されたまま抜け出す事が出来ない将真は焦りを覚えていた。

 莉緒の呟きから、この魔法がどんな物かにはある程度察しがついている。

 命まで取られることは無いだろう。

 だが、これは対象を封じ込めるか、或いはどこか別の場所へと転送する魔法だ。


 もし転送を目的としていた場合、空間魔法と併用する事で任意の場所に飛ばせた瑠衣とは違い、この何者かが使用した影魔法ではどこに飛ばされるかわかったものでは無い。


 故に、焦るのは当然なのだが、だからと言ってどうにかなる状況ではなかった。

 何とか拘束を逃れようとする三人だったが、莉緒とリンは結局、振り切る事も出来ずに飲まれてしまい、その時点で将真もようやく解放される。


「……くそっ!」


 抵抗も意味をなさず、二人が影に飲まれる様を見ていることしか出来なかった事に、将真は苛立ちを隠し切れずに地面を蹴りつける。

 それでも、完全に冷静さを欠いた訳では無かった。


(……この場でじっとしてる訳には行かない)


 あくまで推測だが、あの魔法は恐らくこちらを見つけて発動したものだろう。

 だとすれば間違いなく、この場所にいることがバレている。

 急いで離れなければ、仕掛けてきた何者かの相手を単独しなくてはならなくなる。

 出来れば、そんな状況になるのは避けたい。


(……正直、二人以上を相手にするのは無理だぞ)


 一対一ならばそう負けはしないだろうが、慣れない場所で複数の人数を相手に出来るほど、将真の戦闘経験は豊富ではない。


「……ッ!」


 だが、願い虚しく、孤立してしまった将真の元に誰かが近づいてくる気配があった。

 息を飲む将真は物音がした方を振り返り、不格好な剣を生成して腰を少し落とす。


 そんな臨戦態勢の将真の元にゆっくりと現れたのは__右手に魔剣を提げた、同じく臨戦態勢の猛だった。


「……猛?」

「よぉ、将真。脱落してねぇみてぇで何よりだ__負けてたら、俺の手でぶちのめす事も出来ねぇからなァ!」


 一呼吸おいて、地面を蹴り飛び出す猛。

 跳躍と共に大きく魔剣を振り上げると、将真目掛けて躊躇う事なく振り下ろした。


「フッ__!」

「ぐぅッ!」


 猛の一撃を、将真は剣を横に構える事で何とか受け止める。

 だが、攻撃が重く、体勢も良くない。


(このままじゃ、斬られる……!)


 確信した将真は、受け止める剣の角度をズラして、猛の魔剣を滑らせるようにして軌道を逸らす。


「チィッ!」


 一瞬、驚いたような顔をした猛だったが、舌打ちを一つして冷静に距離を取った。

 反撃の一手を考えていなかった将真にとっては好都合だった。

 焦燥を押し殺して、将真は猛を見据える。


「……さっきの影魔法は、お前たちの仕業か?」

「だったらなんだよ」

「アレは、瑠衣さんしかまともに使えない代物のはずだろ。誰があんな事を……」

「……はぁ? 俺たちの小隊でそれが出来るやつなんか、一人しかいねぇだろうが。言わなきゃわかんねぇか?」

「オーケー理解した」


 その一言で、理解に至るには十分だった。

 多様な属性を扱える、影魔法を使える可能性がある人物が確かに一人、彼の仲間にいる。


(お前か、佳奈恵__!)


「……で、残りの二人はどうしたんだよ? 俺、今一人だぜ? バッジは持ってないけど、確実に一人削るチャンスだろ?」

「ハッ! 冗談じゃねぇ。お前をぶちのめすために協力して貰ったんだ。今ここには、俺とテメェしかいねぇ。二人のお陰で、一対一サシでやり合える」


 好戦的な笑みを浮かべ、猛は魔剣を構える。


 こうして猛と戦うのは三度目だ。

 一度目と二度目はそれぞれ序列戦。

 そして三回目の今日。

 向けられる殺気とも取れる集中力は、今まで以上だった。


「序列戦の二の舞は踏まねぇ。覚悟はいいな?」

「……良くはねーけど、いいぜ。どの道逃げ場もない事だしな__相手してやる」

「……ハッ、威勢いいじゃねぇの。だったら、行くぜ__!」


 二人の闘志がぶつかり合い、激しい剣戟の応酬が始まった。

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