六話「異変の予兆」
交代で睡眠をとった翌朝、将真たちは野営具を片付け、動き出す準備を始めていた。
警戒こそしていたが夜襲はなかった。
やはりそうそうあるものでは無いらしい。
「やっぱり、トイレとかお風呂がないのは……ちょっと不便だなぁ……」
「まあしょうがねーよ。外だし」
「お風呂は莉緒ちゃんのお陰でなくても大丈夫ではあるんだけど、流石にトイレは男の子みたいには行かないよ……」
「いや、別に男子も気にしないわけじゃねーよ?」
一日経って、眼の色が元に戻っていたリンの言い分に、待ったをかけるように将真が軽く突っ込む。
流石に森の中で用を足すという経験は、普通に生きていれば女子でなくとも中々経験することでは無い。
それでも女子に比べれば確かに、外でする事に対する恥じらいや抵抗感は薄いだろうが。
「二人とも、ちょっといいッスかね」
「おー」
「うん、どうしたの?」
莉緒の呼び掛けに二人が反応を示すと、彼女はウインドウを表示し、あるリストのデータを開いた。
そこに記載されているのは、この試験に参加している全ての小隊の生存状況とポイントのランキングだ。
「現状を確認しておこうと思うんで、将真さんもリンさんも、目を通しておいて欲しいんスよ」
「こんなデータがあったのか……」
「そういえばそんな説明があったような……」
うろ覚えで二人は首を傾げるが、莉緒は構わず画面を上下にスクロールさせる。
そうして分かったのは、予想より多くの小隊がまだ生き残っていること。
注目されているであろう小隊の内、第三、第四小隊は未だポイントを有していないこと。
「……うへぇ」
そして__一位の第二小隊だけ、たった一日で5ポイントも獲得しているという事だった。
二位以下は全て1ポイントという事を考えると、凄まじい早さだ。
効率よく稼ぐ方法として、ポイントを多く持っている小隊を撃破すれば、その小隊が持っていたポイントも加算されるようにはなっているのだが。
(初日でそんなに稼げる小隊が他にあるとは思えないし、実際なかったはずッスよね……)
正直、五小隊を除いた他の小隊は、実力にそれほど大きな差はない。
ならば、やはり初日の時点で五つもの小隊を正面から撃破していると考えた方が、第二小隊の実力からしても自然だ。
「……バケモンか?」
「あそこは戦闘能力はヤバいッスけど、索敵能力はそこまでだったと思うんスけどねぇ……」
「もしかして、水場を陣取る作戦で行ったんじゃ……?」
「……あー、水場の方が集まってくるって言ってたあれか。遥樹たちなら……第二小隊の実力ならまあ……」
「十分考えられる……というか、それしか考えられないッスねぇ」
それは第一小隊が諦めた、そして何処かの小隊がやりかねないと想定していた作戦だった。
そう、第二小隊なら普通にやりかねない。
百期生の中でも抜きん出た実力を持つ彼らには、それを易々と可能にできる実力と行動力がある。
「第二小隊だけは特に、出来れば最後の方まで当たらずに行きたいッスねぇ……」
「でも杏果ちゃんたちと美緒ちゃんたちのところは意外だよね。普通にポイント持ってそうなんだけど」
「だよなぁ?」
「いや、杏果さんたちに関してはそうでも無いッスよ」
普段からよく見ているから分かる事だが、杏果と響弥は超近接型だ。
魔法に関しては、響弥は使えるが得意ではなく、杏果は得意ではあるものの、魔法で牽制しつつ戦うような器用な戦い方は苦手なようだ。
そして二人のサポートに回る静音は、万能でこそあるが火力不足が否めない。
必然、距離を取られれば決め手にかけるのだ。
それは、百期生の中でも特別優秀な小隊の一つである第三小隊の、数少ない弱点と言えるものだった。
「ただまぁ、美緒たち第四小隊に関しては確かに意外……というか不気味ッスねぇ」
佳奈恵の索敵魔法は、学年でも随一の高精度な索敵能力を有している。
そこに森の中でも遠慮なく放てる、強力かつ広範囲な氷属性魔法を持つ美緒。
うち漏らしがあったとして、それに対応する事になる猛は属性こそ火系統だけだが、その範疇で言えば莉緒よりも器用で万能、戦闘能力も高水準だ。
戦闘能力は図抜けているが、受けに出て相手を誘い出すしか大幅にポイントを稼ぐ手段がない第二小隊よりも、積極的な攻めの姿勢でポイントを奪いに動ける編成のはずだ。
正直、この試験においては第四小隊の方が脅威とも思えるのだが。
(……なーんか、やな予感がすんだよなぁ)
この胸騒ぎが気の所為であればいいのだが、不安を抱いた所でじっとしている訳にも行かない。
「……それじゃ、移動開始しましょうか。いつも通り先行はしますけど、二人も警戒しておいて下さいッス」
「うん、了解」
「おー」
莉緒の呼び掛けに二人は応じて、第一小隊は二日目の行動を開始した。
時を同じくして、第三小隊も朝早くから行動を開始していた。
まだ二日目とはいえ、ポイントを取れていない事には多少の焦りを覚えるものの、それでもあまり慌ててはいない。
問題はこの、押し寄せるような魔物や低級の魔族の群れだ。
今まで、この規模を相手にする時は中隊編成だった。
数ヶ月の実戦経験を経て、大きくに成長を遂げた彼らであっても、この数を一つの小隊だけで相手にするのは体力的にも魔力的にも厳しいものがあった。
元より、集団戦を苦手とする第三小隊なのだから余計にと言うものだ。
「でりゃっ!」
「せぇいっ!」
「これでも、喰らいなさい!」
響弥と杏果が前に出て群れを蹴散らし、焦りを見せる敵の残党を、静音がくないを投げつけて潰していく。
杏果に至っては、並行して地属性の魔術で足場を崩したりしながら戦っているのだから、特に負担は大きかった。
それでも、暫くの戦闘の末に何とか大軍の処理を終えて、呼吸を整えながら袖で汗を拭い、杏果が大きくため息をついた。
「ったく、数多すぎて疲れるわよホント……」
「お? 珍しく弱気じゃねーの。大丈夫か?」
「喧しい、精神的な疲労よおバカ」
「イッテェ!?」
癇に障るとでも言いたげな表情で杏果が臀を蹴飛ばし、響弥は悲鳴を上げると恨みがましい視線を向けるが、杏果は何処吹く風といった様子だ。
「いくら実地試験って言っても、この数だと小隊によっては本当に危ないよね」
「まあ特殊な結界が張られてるらしいし、死ぬ事は無いって話だけど、痛いものは痛いしね」
「身をもって痛感してんよ……」
腰を抑える響弥に静音が小さく吹き出す。
とはいえ実際、笑いどころではない。
確かに実戦的だが、そもそも学園生の身で、魔物や魔族の集団に囲まれるほどの危険な状況に身を置く事は滅多にない。
そもそも都市近辺の森の魔物や魔獣は、自警団や高等部の生徒たちの手によって、殆ど狩り尽くされて入れはずなのだが。
そしてこの状況において、特に心配なのは第一小隊だ。
莉緒はともかく、将真と今のリンにこの数の群れを捌くのは厳しいかもしれない。
それを思うと、杏果の心中はとても穏やかではいられなかった。
「……リンたちは、大丈夫かしらね」
「あー……まあ、大丈夫だろ」
「そうだね。人の心配をしてる余裕もないし」
「……それもそうね」
難しい表情のままではあるが、静音の言葉に同意する杏果は、再びため息をついて思考を切り替える。
そう、何よりまずは自分たちの事だ。
ポイントを取り、勝ち残らなければ行けないのだから。
休憩を切り上げ、杏果は二人を引き連れて森の中の進行を再開する。
(……何事もなければいいけど、無事でいなさいよね)
そう、胸中で呟いて。
時間は流れ、日没が近づいてきた頃。
第一小隊は杏果の懸念通り、魔物の群れと接触して戦闘を余儀なくされていた。
とはいえその数も、もう僅かという所だ。
「__これで最後ッスよ!」
莉緒が速攻で背後に回り込み、背中を一瞬にして切り裂き、ゴブリンは断末魔を上げて倒れた。
莉緒だけでも倒した数は五十近くになるだろうが、将真とリンも、それぞれ二十近くは倒していた。
それほどに、群れの規模は大きかった。
「ふーっ……結構、いたッスねぇ」
「いや、割とマジで……よく捌き切ったよな、俺ら」
「うん……流石にちょっと、身の危険を、感じるくらいだったよ」
三人は息を切らしながら、各々木の幹にもたれかかって体を休ませる。
そもそも連携を取る為の訓練が足りていないのだから余計に集団戦が辛いのだが、それを差し引いても百近い数の規模を相手にするのは厳しいものがあった。
やはり、如何に個の実力が強かろうとも、数は強力な武器だ。
群れの中にいた魔物や魔族自体は弱いものばかりだったが、現にこうして酷く疲弊させられているのだから。
「この数、普通じゃねーよな……?」
「偶然、かな……?」
「どう……スかね。運が悪かっただけかもしれないし、断定は出来ない所ッスけど……っと、ちょっと失礼」
リンの楽観的とも取れる考えに、莉緒が納得しかねる表情を浮かべていると、彼女の元に通信が入る。
丁度息も整ってきたところで、ウインドウを開くといつも通り、将真とリンが横から顔を覗かせる。
通信相手は、今のところ全くと言っていいほど行動が読めない第四小隊の美緒からだ。
「どーもッス、美緒」
『莉緒ちゃん、こんにちは……こんばんは?』
「どっちでもいいッスよ。それよりどうしたんスか?」
『聞きたいことがあって。今、大丈夫?』
「勿論、問題ないッスよ。それで、聞きたいことって?」
『うん。あのね……魔物の群れ、なんか多いなって。そっちは大丈夫?』
その言葉に、表情が硬くなったのは莉緒だけではなかった。
(俺たちだけじゃない……!)
(やっぱり、偶然じゃないって事なの……?)
美緒の案じるような言葉から発覚した事実に、将真もリンも表情が強ばる。
美緒たち第四小隊のような集団戦に向いている小隊はまだいいが、例えば、懇意にしている第三小隊なんかは危険かもしれない。
人のことを心配している場合ではないのだが、この魔物の数が偶然でないのなら、試験場に残る他の小隊もかなり危険だろう。
「……確かに、大した数がいたッスよ。偶然じゃなさそうッスね。でもまあ皆無事ッスよ」
『そっか。それなら良かった』
「そっちは全然、大丈夫そうッスね。ところで、昨日はポイント獲得してないみたいッスけど、それについてはどうなんスかね?」
『……内緒』
「……ふふ、そうスか」
人差し指を口元に置いて、片目を閉じるお茶目な仕草を見せた美緒に、莉緒は小さく笑みを零した。
『要件はそれだけだから』
「了解ッス。お互い、気をつけましょう」
『うん__私たちと戦うまで、絶対に脱落しないでね』
最後に含むような物言いで、美緒は通信を切断した。
だが、それを気にするよりももっと大変な事実が発覚した事に、三人は少し危機感を覚えていた。
「……こりゃ、改めて気を引き締めた方がいいッスねぇ」
「そうだな。気を抜いてる余裕はあんま無さそうだ」
「でも、偶然じゃないって事は、狙われてる……って事だよね? なんでそんな的確に?」
「いや、別にやろうと思えば難しい事じゃないッスよ。だって、小隊戦は毎年やってるんスから」
リンの疑問は尤もだったが、莉緒の回答も指摘されればその通りであった。
過去に何度も開催されているのだから、偵察していれば何時、何処で、規模まで分かることだろう。
それを思えば、むしろ今まで一度も今回のような事がなかったというのは驚きだが。
(いや、なかった訳じゃなくて、あっても疑問に思わなかった……?)
こんな試験中で、結界の特殊な性質もある。
そういう事態が起きていても、それをおかしな事だと捉えず当然のものとして受け入れていたのなら、わざわざ情報共有はなされていないだろう。
このままでは、これ以上の問題が起きた時、後手に回りかねない。
そんな不安が少なからずあるものの、柚葉には連絡を送れない。
この試験中は、こちらから都市の中に連絡を入れることは出来ないのだ。
「今からでも試験を中止には……」
「残念ッスけど、試験の本質を考えると、連絡が届いたとしてもこの程度で済んでる間はむしろ続行になる気がするッスね」
「うわぁ……強い魔族とか、出てこなければいいんだけど……」
情けない声で情けない事を言うリンだったが、将真も莉緒も全くもって同感であった。
かくして、試験は予想通りに続行された。
柚葉たちが異変に気づいていないのだから、当然といえば当然なのだが。
それでも、数少ないとはいえ、魔物の数に疑問を覚え、懸念を抱いた者たちが確かに一定数いた。
そんな彼らの不安とは裏腹に、それによる被害はそれほどなく、あっても大したものでさえなく。
そして全て杞憂だとでも言うように二日目も、更には三日目も、何事も無く終わって行った。
驚くほど拍子抜けする程に過ぎていく時間。
だが、四日目にして試験は大きな進展を迎える事となる。




