四話「チーム戦、開始」
「……なあ、黒霧は大丈夫なのか?」
「紅麗で、いいわよ……」
遥樹に背負われて、海岸へと戻ってきた紅麗。
ゲッソリとした表情で青ざめている紅麗に代わり、遥樹が問いに答える。
「大丈夫とは言い難いけど、まあ血が足りてないだけだから。後で血を与えてゆっくり休ませれば、明日にでも全快するさ」
「ちょっと……景気よく、血を消耗しすぎちゃって、ね……」
力無く笑う紅麗だったが、彼らで解決できる問題ならば首を突っ込むこともないだろう。
あとは莉緒と美緒が少しダメージを負ったくらいだが、外傷も特に見当たらず、動けないほどではない。
彼女らも、今日一日しっかり休めば、すぐにでも回復するだろう。
「それにしても凄い光景だったよね」
「だよな……特に紅麗のは、何だったんだあれ。凶悪過ぎると思うんだけど」
「まあ……ただの爆弾じゃ、ないからね……血液に触れると連鎖的に、体内で爆発を誘発するものだから……」
「マジで凶悪じゃねーか」
絶対に人に向けるなよ、と言いたい将真だったが、言われるまでもないことだろうと思い口を噤む。
それに気がついたのか、遥樹は将真を見て苦笑を浮かべた。
「まあ、今回の件は僕たちにとっても有意義なものだったから、プラスに考えてるよ」
「うん。チーム戦も近いし、丁度いい調整だったと思う」
遥樹の言葉に同意を示すように、真那が神妙に頷く。
そんな二人の会話を聞いて、将真は首を傾げていた。
「……チーム戦?」
あの後、いつの間にか杏果が出していた救援要請を受けて、自警団員が到着した。
彼らには海上の死骸の処理を任せ、他の面々もそれぞれで帰還した。
そして第一小隊は、柚葉への報告の為に学園長室へと来ていた。
「__そう、大変だったわね」
「いやまあ、結局は第二小隊が全部持っていったから大して苦労はなかったんだけど……」
一通りの報告を聞き届けると、柚葉は難しい表情でため息をついた。
元々、休暇を取らせる為の口実で与えた任務で、そんな事態になるとは柚葉も考えていなかったのだ。
夏場は一般人も遊びに来るため、結界も最善の状態を維持していたはずなのだそうだ。
「美緒もだけど、莉緒も体は大丈夫?」
「問題ないッスよ。ちょっと冷えちゃって、あとは全身が少し痛むくらいッス」
「それは大丈夫では無くないか?」
「動けるんだから大丈夫ッス」
筋肉痛みたいなものだと、珍しく呆れたように返す莉緒。
心配し過ぎだとでも言いたげだ。
ともあれ、報告を終えた将真たちは寮へと戻り、体を休めながらも将真の疑問に対する説明をしているところだった。
年に三回ある序列戦は、個々の実力を確かめる為のものであり、所謂〈個人戦〉だ。
そして〈チーム戦〉は年に二度、一学年一週間をかけて行われる小隊単位のサバイバル形式の試験だ。
試験場は〈日本都市〉の外側、専用の結界が張られた周囲十キロ先までの広範囲で、一学年で百ある小隊がランダムで転送される。
小隊長は〈チーム戦〉用のバッジを渡されていて、そのバッジを破壊してポイントを奪い合うのがこの試験の趣旨だ。
ちなみに戦闘で負った傷は、致命傷なり戦闘不能と見なされた時点で自警団本部に転送され、なかったことになる。
そういう効果が結界に備わっているらしい。
つまり、加減をしなくてもいいのだ。
この試験で見られるのは、長期間の任務に、如何に対応出来るかという点だ。
更に優秀な戦績を収めれば、ダンジョン探索への任務も許可されるようになる。
既に上層部を納得させるだけの成績を収め、例外的に長期任務やダンジョン探索の任務を許可されている第二小隊を除けば、ここで生徒にとって初めて許可の是非が決まるのだ。
「__とまあ、そういう訳なんスよね」
「もう一ヶ月とないじゃねーか」
「ボクもすっかり忘れてたよ……」
「まあ中等部にはない試験ッスからねぇ」
中等部には小隊を組むこと自体がなく、当然〈チーム戦〉の試験が行われることは無かった。
ただ、高等部に上がればそういう試験があるという認知はあったようだ。
「だからまあ、自分が回復したら連携も色々考えたいとは思うんスけど……」
「あー……」
「うん、そうだね……」
心配そうな莉緒の視線に、将真もリンも気まずそうに目を逸らした。
二人とも個の能力は優秀なのだが、連携はあまり得意ではない。
各個撃破という形の方が性にあっているのだ。
優秀という点では莉緒も同様なのだが、彼女はそれに加えて味方に合わせて動けるだけの能力も、視野の広さも持ち合わせている。
「苦手意識は分かるッスよ。特にリンさんも今は調子が良くないですし、二人揃って不確定要素なんで、自分もまともな連携はちょっと現実的じゃないなと考えてるッス」
「ご、ごめんなさい……」
「ま、まあタイマンで戦えるなら十分だろ?」
「ところが残念ながらそうはいかないんス。一人では力不足でも、上手く連携が出来れば格上相手にだって勝てるんスから。それに、最悪大半の生徒相手にはそれで通用するとしても……」
莉緒の言いたいことはつまり、高位序列の生徒の小隊が連携を取ってきたら、という事だ。
と言うよりは、確実に連携を取って攻めてくるだろう。
個の実力が将真たちを上回るような相手が、だ。
「今までだって、簡単な連携くらいなら出来てたんスから、そんなに苦手意識持つことはないッスよ」
「うん……」
「苦手は苦手だけど、そうも言ってらんなそうだしな……」
今日見た第二小隊の連携は、分かっていればそれほど複雑なことはしていない。
だが、今のままではあの光景に勝てる想像が出来ない。
「……わかった。出来るだけやるよ」
「ボクも頑張るね……!」
「そう言ってくれてよかったッス。それじゃあ練習は明日からって事で」
莉緒の確認に、二人は硬い表情ながらも頷いて了解を示した。
翌日からは、任務と並行して予定通りに連携を練習し始め、特に何事も無く数週間が経過した。
試験の日はもう間もなくだ。
「……どうしたのあんた」
高等部一年生が一同に集合するグラウンドで、将真たちが最初に顔を合わせたのは第三小隊だ。
そして将真の顔に腫れたような赤い後を見て開口一番、杏果は訝しげな表情で指差して問う。
その指摘に将真の顔は引き攣り、リンは不気味なくらい穏やかな作り笑顔を貼り付けて、莉緒は呆れたような苦笑を浮かべていた。
「いや、ちょっと浮かれてて……」
「ノックもせずに洗面所のドア開けたんスよね?」
「あんたまたやったの……?」
「アッハハハハ! ブワハハハハ!」
「笑い過ぎだコノヤロウ!」
明確に呆れた様子を見せる杏果の隣では、何時ぞややらかした時と同様に、響弥が馬鹿にするように大きな笑い声を上げた。
「……で、リンは怒ってないの?」
「ふふふおこってないよぉ?」
「あー……」
(怒ってる。珍しく結構怒ってるわよこの子)
杏果の問に対するリンの返答に、杏果は思い出すように遠い目をしてため息をついた。
昔、少し度が過ぎて怒らせた事があった時も、こんな風に怒りを滲ませた不自然な笑顔で平静を装っていたが、見るものが見ればわかってしまう。
「……将真。あんたちゃんと仲直りしなさいよね」
「仲直りっても、俺が一方的に悪いのは分かってんだよ……取り合って貰えないけど」
こそこそと耳打ちで会話をする将真と杏果だったが、リンに許して貰えるかどうかは将真の誠意次第だ。
そんなやり取りをしている所に、第四小隊も合流してきた。
「莉緒ちゃん、おはよう」
「ん、美緒。おはようッス」
「……将真テメェ、なんだその面は」
「もういいだろ、散々突っ込まれた後だよ」
ついには猛にまでも指摘されて、不貞腐れたように唇を尖らせる将真。
だが、猛は将真の落ち込みようを吐き捨てるように鼻で笑った。
「ハッ、何でもいいがこちとらテメェに借りがあんだよ。本調子をぶちのめさなきゃ意味がねぇ」
「借り……つっても、あんなのまぐれ勝ちだってお前もわかって……おいこら話を聞け!」
言いたいことだけ言って立ち去ろうとする猛を呼び止めるも、立ち止まる様子はない。
そんな将真に、佳奈恵が少し申し訳なさそうな表情を浮かべて、ぎこちない笑顔と共に小さく頭を下げ、猛の後を追っていった。
「あんにゃろ……」
「まあまあ、いいじゃないッスか」
莉緒に軽く背中を叩かれて、仕方なく猛から視線を外し、そのままついリンの方に向けてしまう。
そしてたまたま将真に目を向けていたリンと視線が合い、ぷいと視線を逸らされてしまった。
「うっ……」
「まずは仲直りッスね」
「いや、だからリンは悪くないし俺が一方的に悪いんだし、仲直りとは違う気がすんだけど……」
そんな事をボヤいていると、丁度柚葉が瑠衣を伴い、グラウンドに姿を現した。
(結界内外に転送ってどういうシステムなのかと思ったけど、なるほど。瑠衣さんの空間魔法か……)
彼女が台の上に立つと、ザワついていた生徒たちが一瞬で沈黙。
緊張感漂う引き締まった雰囲気を感じ、柚葉はフッと表情を緩ませた。
「気合いは十分ね。それじゃあ〈チーム戦〉の開催を宣言させてもらうわ。期間は一週間。各自、好成績を残せるよう、頑張りなさい!」
『おぉ__!』
柚葉の激励を受けて、生徒たちが歓声を上げる。
そして生徒全員が黒い繭に包まれて、グラウンドから転送されてその姿を消した。
将真たちが転送されたのは、都市の外なら何処にでもあるような森の中だった。
「まあ、大体想定通りッスね」
転送先は小隊毎にランダムだという話は聞いていたが、おかしな場所に転送されなかったのは良かった。
「さて、それじゃあ移動しましょうか。リンさんも、そろそろ機嫌直して下さいッス」
「……むぅ」
莉緒に指摘されると、リンは頬を膨らませて将真にジトー、とした視線を向ける。
将真は両手を上げながら、その視線から逃げるようにさりげなく視線を逸らした。
「……悪かったって。何度も謝ってるだろ……」
「謝ればいいってものじゃないもん」
「そりゃそうだけどさ……」
なおもつれない態度を取られて将真はガックリと肩を落とす。
その様子を少しだけ見つめていたリンは、将真の目の前まで来ると、その情けない顔の両の頬を摘んで引っ張った。
「あででで! 痛い、結構痛い!」
「……今回はこれで勘弁してあげる。もう繰り返しちゃダメだからね?」
「ぜ、善処します……」
断言はしない将真に少し眉を顰めるリンだったが、未だに表情が硬い将真が面白かったようで、クスッと小さく吹き出した。
「仲直りはもういいッスかね」
「うん」
「お、おう……」
「じゃあ行きましょうか」
先程までとは違い気が晴れたような表情のリンに、少し呆気に取られる将真だったが、兎にも角にも切り替えた二人は莉緒の問いかけに頷き、彼女の先導の元、森の中を進み始めた。
魔戦師と言えども、体は人間だ。
食事や睡眠は必須であり、サバイバル環境においては水がかなり重要となる。
その為、水場を確保するのは結構重要な事だ。
「だから敢えて避けようと思うんスよ」
「なんで?」
「別に自分たちは水で困ることは無いからッスよ」
将真は使えないが、二人は飲水を確保できるくらいの水属性魔法は使えるし、莉緒に至っては非常に便利な清浄魔法も使える。
水場を確保するメリットは然程ない。
「でも他の小隊もそうとは限らないッスからね。水場を狙って集まってきた小隊との遭遇戦なんてやってたら大変ッスから」
「あー……確かにそうだね」
ただ遭遇するだけならばまだしも、この試験は手を組むことを禁止していない。
将真とリン、二人の不確定要素を抱えて、最悪の場合中隊以上の規模の相手をしなければならなくなる。
特に魔力制御が不安定になっているリンは、敵味方ともに危険だ。
出来る限り、不要な戦闘は避けたい。
「多分、一番狙われるのは自分たちッスからね。警戒しておきましょう」
「なんで俺ら?」
「そりゃ一番、倒せる見込みがある優秀な小隊だからッスよ」
学園史上、最も優秀とされる百期生の中でも、現時点の成績で上位五小隊とそれ以下の小隊には大きな差がついている。
そして上位五小隊というのがたまたま、第一小隊から第五小隊なのだ。
だからこそ、強力な小隊は倒せる時に倒しておきたい。
そしてその一番の狙い目は、安定感のない第一小隊なのだ。
「残りの、第二から第五小隊まではそれぞれ安定した実力の持ち主ばっかりッスからね」
「ボクのせいで……」
「いや、そんなことは無いだろ……ないよな?」
「ないとは言えないッスけど、それならリンさん一人じゃなくて将真さんも同じ事なんで」
将真もこの世界に来て漸く四ヶ月程が経ったところだ。
戦いに慣れつつはあるし、彼の成長速度と巻き込まれる事件の大きさのせいでかなりの急成長を果たしているが、やはりまだ戦闘経験が足りていない。
特に基礎が足りていないのだ。
「というわけで、序盤は水場を避けていこうと思うッス。まあ、狙われるからこそ敢えて陣取りに行く方法も、二人が安定していれば作戦としてはアリだったんスけどね」
「ご、ごめんね……」
「その辺は仕方ないッスよ」
第一小隊の最初の方針は、水場を避けて、出来る限り目立たない場所に陣取る事だった。
そしてその場所を探して、彼らは森の散策を続けていった。




