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終末のレジスタ  作者: 甘味の僕
三章 魔王争奪人魔戦線
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十五話「片桐将真のカウントダウン〈序〉」

 鬱蒼とした森のどこか。

 魔術師と魔王軍の衝突を眺めていたJは、不意に地面が黒く塗り潰される光景に目を見開いた。


「……凄いね、まさか現代にもこんな常軌を逸した魔法を使える子がいるなんて」


 彼女は将真の様子を見に来ただけだったが、いざとなれば戦いに参加しようとも考えていた。

 魔術師側がもし不利なようなら、助けてあげてもいいという程度の気まぐれでしか無かったのだが。


(この様子なら、必要ないかな)


 そう判断すると、彼女は立ち上がって戦場に背を向ける。


「また機会があれば会いましょう」


 そう呟いた彼女の姿は、虚空に溶けるように消えていった。




「これは……」


 将真から離れたところで戦っていた杏果たちも、足元の異変に気がついていた。

 黒い影が一帯に広がり、僅かに沈んだ足は沼にハマったかのように動けない。

 杏果含め、生徒側の殆どはこの現象に察しがつかなかったが、自警団員たちはこれをやった人物を知っている為、思わず顔が青ざめる。

 そして、生徒側では数少ない、彼女を知る者である楓が小さく呟いた。


「……瑠衣さん?」




 五十嵐瑠衣。

 自警団副団長という肩書き上、将真も名前くらいは聞いたことがあったが、その姿といい実力といい、彼女に関する殆どの事は知らなかった。


「優秀だと思っていたけど、まだまだ子供ね。私たちだって、何も考えないでただ様子見することを選択したわけじゃないわよ」

「……すいません」

「まあ、魔王の力の危険性は勿論理解してるし、責めるつもりはあんまりないけど。それでも暴走する可能性はまだかなり先の話だったのよ」


 彼女曰く、七年前にいた将真と同様の状態に陥っていた少年は、彼が魔王の宿主であることを上層部が認識していた。

 その上で対処方法が思いつかず、結局力を使い続けた結果、暴走に陥ってしまった。


 それでも、暴走に至るまでに数年かかっているのだそうだ。


 それを、今回遥樹が不用意に追い込んでしまった事で、かなり危険な状態まで行ってしまったのだが。


「下手に刺激したら、それこそ私たちでもどうにもならなくなるかもしれないのに。弟くんを生かす責任は私たちがとるのにね、それすら出来なくなるかもしれないのよ?」

「すいません……」

「さて、弟くん」


 遥樹への説教を終えると、瑠衣は将真へと顔を向ける。

 身動ぎをしようにも、今の状態の将真でさえ、体が軋むような痛みを覚えるだけという凄まじい拘束力だ。

 抵抗はするだけ無駄なのだ。


「……なん、でしょうか」

「まだギリギリ、理性は残してるみたいで助かるわ。とりあえず、あなたを拘束させて貰います」

「……殺すんですか?」

「安心していいわ。命まで取る気はないし、力の抑制が出来次第解放してあげるから。まあ信用出来ないとは思うけど」

「……そうですね」


 今の今まで命を狙われていたのだ。信用しきれないのは仕方がない。

 だが、抵抗も無駄だということは既に理解していた。

 その点についてはもう諦めていた。自分が無事に済むように、彼女らを信じるより他にない。

 だから将真には、それより優先すべきことがあった。


「……一つ、頼みがあります」

「何かしら」


 身動き一つ取れないほどに力ずくで押さえつけられていた為か、暴走は少しずつ落ち着き始めていた。

 話を聞く姿勢を見せた瑠衣に安堵を覚えながらも、将真はそれを口にする。


「遥樹の攻撃で、リンが怪我をして……浅い傷じゃないと思うから、早く治してやって欲しいです」

「……遥樹ぃ?」


 どういう事かと少し怖い顔で、ぐりんと首を回して遥樹に睨むような視線を向ける。

 その瑠衣の眼光に、黙りを決め込むのは無理だと悟り、遥樹は自らの失敗を語った。


「……将真を庇おうと、リンが飛び出してきたんです。その接近に気づけなくて、将真に向けていた一太刀を浴びせる事になってしまいました」

「大変じゃないの!?」


 実際はギリギリで気がついて可能な限り剣を引いた事で、致命傷には至っていない。

 だが深手には違いなく、遥樹としても不覚だったが、失敗をちゃんと認められるくらいには人間が出来ていた。

 それはともかくとして、慌てた瑠衣が辺りを見渡しながら問いかける。


「それで、何処にいるの?」

「あっちの……木の幹に寝かせてます」

「……居ないんだけど」

「……え?」


 勿論、瑠衣が拡げている影の範囲には、将真が示したリンがいるはずの場所も含まれている。

 この影は瑠衣の体の一部と言っても過言ではなく、それ故に彼女には、リンがそこに居ないという事が感知できるのだ。

 では何処にいるのか。

 それは、将真と遥樹にも検討がつかなかった。


 そして意識が思考へと逸れた瞬間。

 ふと、瑠衣の体に影が指した。


「__」

「……ん?」


 瑠衣のものでは無い。

 それは、決して浅くは無い傷口から流血するのも構わず、少女とは思えない凄まじい形相で瑠衣を見据えて、長槍を振り翳すリンのものだった。


「__将真くんを、離してッ!」

「__ッ!」


 そしてリンは、躊躇うことなく瑠衣へと刃を突き立てようと腕を振り__将真と遥樹同様、一瞬で影の腕に絡め取られた。


「 ……あーもう、驚かさないでよ」

「ぐ……うぅぅっ……!」

「その体でそれだけ動けるなんて……でも無茶しちゃダメよ。大怪我してるんだから」


 呆れたような口調の瑠衣も気に止めず、拘束から逃れようと必死に藻掻くリン。

 だが、魔王の力を暴走させかけていた将真ですら身動きが取れない程の拘束力だ。

 捕まった時点で最早逃れる手段はない。

 この場に居合わせる三人は、そう思った。

 そしてそれは、他でもないリン自身の手で塗り替えられることになる。


 将真や遥樹ですら破れなかった拘束を、徐々にだが、確実にブチブチと引きちぎっていたのだ。


「はぁ!?」

「まさか……」

「うっそでしょ……?」

「ぐ、ぅ……ぅうあああぁぁぁぁあ__ッ!」


 三者三様に驚く目の前で、痛ましい程の咆哮をあげて、遂にリンが拘束を引きちぎる。

 その信じられない光景に将真と遥樹は目を見開き、瑠衣は__戸惑いを見せながらも、すぐさまリンを再度拘束にかかった。

 先程は細腕数本で済ませていた所を、倍以上の太さはある腕を倍以上の数まで増やして、その全てをリンへと向かわせる。

 リンはその腕を振り払おうと槍を振り回すが、一瞬断ち切ったかと思えば直ぐに元の形へと戻ってしまう。


「う、くあっ……!」

「あ……」


 抵抗も虚しく、リンは間もなく影の腕に拘束されてしまった。


「……瑠衣、さん」

「ん、何かしら、弟くん?」

「リンは怪我をしてるんだ、あんまり手荒な手段は……」

「加減したいのは山々だけど……この怪我でこれだけ動けるって言うなら、むしろこれ以上無茶をさせない為にも多少強引に動きを止めさせてもらうだけよ」

「それは、そうですけど……」


 理解は出来ても納得する事は出来ず、将真はその視線をリンへと向ける。

 リンは暫くの間抵抗を続けていたが、なんの前触れもなく急にガクンと脱力した。

 流石に限界が来たのだろう。

 その様子を確認すると、瑠衣は安堵のため息をついて、リンを影の中に回収していく。

 そして同様に、将真の体も。


「遥樹。あなたにはもう少し、事態収束に付き合ってもらうわ。疲れてるかもしれないけど、動いてもらうわよ」

「……勿論、そうさせて頂きますよ」


 事態をややこしくした事に責任を感じているのか、ちらりと影に沈んでいく将真とリンに視線を向けると、普段通りの凛々しさを見せて応える。


 瑠衣が遥樹を伴い、その場を離れようと歩き出し、二人が完全に影に飲まれる__その直前で。


「……の家族を、とらない、で……」


 まだ意識が残っていたようで、リンがそんな事を呟いた。

 青い両眼(・・・・)に、涙を溜めて。


「……大丈夫よ。悪いようにはしないから」


 静かに、そう返した瑠衣の言葉を最後に、二人の体は影の中へと沈んでいった。




 夢を見た。


 暗い闇の中を揺蕩う、そんな夢だ。


 方向感覚も曖昧な空間で、それでも意識があるのだから不思議でならない。


 そして、意識があるという事を認識すると同時に将真は、自分ではない誰かの気配にも気がついていた。


(……誰だ?)


 声には出していない、故に問いかけですらないその疑問に。


 __我か? 我は……〈魔王〉だ。


 答えが返ってくるものだから驚いた。

 視線を向けた先には、確かに魔王を語る人影が見て取れた。

 何故か二重にブレて見えるのが不思議だったが、その姿は人影だと分かる程度のもので、表情どころか、目や口ですら見て取れない。


 __いずれ貴様は目醒めるだろう。その日が人類の終わる時だ。


(……言ってろ)


 __その時まで待ちながら戯れるのも、面白そうだ。


(……人の体乗っ取ろうとしながら、楽しむんじゃねーよ)


 どうやら、口にするまでもなく思うだけで伝わるのだと理解した将真は、仏頂面を浮かべながらも口は開かず会話するという、異様な姿を晒していた。


 尤も、誰が見ている訳でもないのだが。


 そして間もなく、体が浮上する感覚と共に、意識が薄れていくのを感じた。


(待ってろよ、〈魔王〉)


 何時になるかはわかったものでは無いが、世界の宿敵が自分のうちにいるのだから、自分がやらねばならない。

 将真はそう感じていた。

 だから__


(いつか必ず倒してやる……刺し違えてでもな)


 将真がそう言い残すと、表情が見えないはずの人影が、愉しそうに笑みを浮かべたような気がした。




 知らない場所で目を覚ますのは久しぶりだった。

 初めは、まだ夢の中にいるのかとでも思うほど暗かったが、目が慣れてくるとほんのりと灯りが点いていることに気がつく。


 辺りを見渡すと、独房のような場所だということがわかった。

 そして自分が、その中にいるに相応しいほど、あちこちが鎖で繋がれていることにも気がついた。

 そんな拘束をしなくとも、感覚が鈍くなっていて、体が動かないと言うのに。


 だが、意外にも将真の頭の中は落ち着いていた。

 驚きが一周すると落ち着くという話もあるが、これはそういうものとは違う。


(……本当に、生かされてんだな、俺)


 安堵に小さくため息をつく。

 それだけの事でも体が痛むのは少し辛いが。


「……あら」


 すると、ため息や身動ぎの音に気がついたらしく、外にいた人物が鉄格子の外側から顔をこちらに向ける。

 何となく予想はしていたが、予想通り、瑠衣だった。


「目が覚めたみたいね。よかったよかった」


 一安心というようにうんうんと頷く瑠衣。

 それは将真も同じだが、それ以上に、彼女にはまず聞いておきたいことがあった。


「……リンは?」

「目が覚めて第一声がそれなのね。気になるのは分かるけど……随分仲間想いね?」


 まあいい事なんだけど、と少し呆れた様子を見せながらも、瑠衣は続けた。


「勿論無事よ。確かに大怪我だったけど、間に合っちゃえばかすり傷とそう変わらないわ。数日前に意識も戻ったところだし」

「数日前……俺、どのくらいの間意識を失ってたんですか?」

「一週間くらいよ」

「いっ……」


 淡々と告げられたが、どうやらかなり長いこと意識がなかったようで、その事実に思わず将真は絶句した。

 それほど長く意識が戻らないことは、流石に無かったのだから。


「……他のみんなは、戦いは、どうなったんですか?」

「……自分の心配は後回し?」

「一先ず生きてるんで」

「……そう」


 将真の返答に、瑠衣は再び呆れた様子を見せてため息をついた。

 そして瑠衣は、事の顛末を将真に伝えた。


「あなたのお友達は無事よ。と言っても、退院直後にあんな激戦を強いられた訳だから、再び病院送りの上に数日は絶対安静って言われてたわね。団員たちも説得したから、もうあなたやお友達が追われることも無いわよ」

「……それは良かった」

「魔族側は本当にやる気があったのかしらね。余力のある団員たちも掻き集めちゃえば、後はもう戦いなんて物じゃなかったわ。あんなのは蹂躙よ」

「それはまあ……」


 仕方がないことだと将真は思う。

 戦いの最中に気がついたが、榛名たちも出張っていたのだ。

 将真が知らない所では、楓の小隊も参戦している。

 そして目の前にいる瑠衣の実力を考えれば、彼女だけでも相当な過剰戦力だと思われる。

 その上で自警団員まで動員されていたというのならば。


(……そりゃ一方的にもなるよな)


 その光景を想像した将真は、敵とはいえ魔族たちに対して同情を覚えてしまった程だ。


 ちなみに将真の知るところではないのだが、今回の騒動、都市側における元凶である苛折は、事態の収束と共に捕縛された。

 随分と大人しく捕まった事だけが不可解だったが、それと同時に捕まっていた剣生も解放され、自警団内の暴走は直ぐに沈静化を見せた。


(まあ、この辺は私たちがあの女の掌の上でいいように転がされていたせいね)


 その結果、将真やその仲間たちには苦労をかけてしまい、それは申し訳なく思う気持ちは勿論ある。

 それでも彼らを含めて、魔術師側から犠牲者を一人も出さずに済んだという結果に瑠衣は安堵していた。


「魔王の力も今は落ち着いているみたいだし、前とは違って今回は前例があるからね。可能な限り暴走しないように抑え込む方法くらいは幾つか検討がついてるから、あとはどうやって魔王を体から追い出すか、だけど……」

「そんな手段があるんですか!?」

「……悪いけど、今もまだ模索中よ。あなたという第二の実例が出たことで、改めて過去のデータも洗い出しているところだし」

「……そうですか」


 だが、瑠衣はハッキリと否定はしなかった。

 それならば今後、己の内に宿る魔王を追い出す手段が見つかるかもしれない。


(力は失うだろうけど、こんなリスクばっかの力はなぁ……)


 自分が被るだけのリスクならば、いざとなれば気に止めることも無いだろうが、それで仲間にまで危険が及ぶというのならば。

 強い力に対する憧れは少なからずあるが、そんな危険な力は将真の望むところではない。


 どうやら殺すつもりは無いというのは嘘ではないようだし、いつか魔王を体から追い出し、この力を手放せる時が来ることを祈るばかりだ。


「……そう言えばここって何処なんです?」

「ん?」


 仮にも魔王の力を暴走させかけた将真を、半端なセキュリティの場所に閉じ込めておくとは思えない。

 恐らくこの場所には、かなり厳重に防犯機能が掛けられているのだろう。

 そもそも将真は都市の施設全てを知っている訳では無いため、ここがどの場所にあたる施設か、なんて事はどの道分かるわけもないのだが、それにしても検討もつかないのだ。


 そして将真の問いに一瞬首を傾げた瑠衣は、微小を浮かべて自分を指さした。


「私の影の中よ」

「……か、影の中、ですか?」

「ええ。〈日本都市〉で最も堅牢な牢獄、とでも言えばいいのかしらね」


 唯一の空間魔法の使い手でありながら、独自に編み出した影魔法を使いこなす彼女は、自分の影の中に空間へやを作る事が出来る。

 ここはその一つなのだ。

 そんな芸当ができるのは、この世界でも彼女だけだろう。


「他になにか、聞きたいことはある?」

「……じゃあ、俺の処遇がどうなるか、聞かせて貰ってもいいですか?」

「やっと聞いたわね……繰り返し言うけど、殺す気はサラサラないわよ。ただ、解放は数日待ってもらえるかしら」

「それは構いませんけど、理由は聞かせて貰っても?」

「理由……は、二つかな。上層で意見を纏めるまでが一つ。もう一つは、その力に封印を施そうと思ってね」

「封印?」

「ええ。以前までならいざ知らず、今の状態のあなたをそのまま解放は流石に危険だもの」


 今回の騒動で、魔王の力はほぼ暴走状態にあった。

 それでも完全に暴走する前には落ち着いたのだが、一度そこまで侵食が進んでしまった以上、何の対策もなく力を使えば、すぐにでも同じ事の繰り返しになる可能性が高い。

 使わなければいい、という話ではあるが、それも簡単なことでは無いのだ。


 故に、力を抑制し、上限を設定できる封印を施すのだ。


「流石に全部封印しきるのは難しいし、出来たとしても……今度はあなたの魔術師としての活動に支障が出ちゃうでしょうし」

「そうですね……」


 初めて暴走手前まで使ってようやく理解したのだが、将真が使っていたものは初めから、全て魔王の力だったのだ。

 全部抑え込めるならばその方がいいのだろうが、そうすると今度は魔力すらろくに使えない、リスクだけ抱えた一般人になってしまう。

 やはり出来ることならば、ある程度力を残した状態での封印が望ましい。


「さて、じゃあ行きましょうか」


 瑠衣が立ち上がって指を鳴らすと、将真を拘束していた枷と閉じ込めていた鉄格子が消え去り、晴れて自由の身となる。

 先程までろくに感覚もなかった体は、怠重さを感じるものの動けるようにはなっていた。

 体がまるで動かないという状態は、魔王の力の後遺症だけでなく、どうやら枷と空間による縛りが原因だったらしい。


「どこへ……ッ!?」


 体の調子を確認し、ゆっくりと立ち上がる将真。

 そうしてふらつく体を支えようと壁に手を触れた瞬間、周りの景色が一瞬で変わり、驚いてバランスを崩すとそのまま尻もちを着いた。


「いってぇ……」

「大丈夫?」

「まあ……」


 将真の返答を確認すると、瑠衣は軽く頷き扉の先を指さした。


「あなたに封印を施せる人のところよ」

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