十三話「混沌なる戦場」
莉緒と紅麗から少し離れた位置で、リンと真那はぶつかり合っていた。
分かってはいたことだが、真那の実力はリン以上だ。
リンの間合いで戦えるのであれば、勝機は十分にあるが、距離を取られて真那の間合いで戦わさせ続けられれば、敗色濃厚は必至なのだ。
だが、紅麗と真那が驚いていた事からも分かる通り、今のリンは普通ではない。
両眼は紅く、髪が少し黒へと変色を始めているのだ。
容姿に影響を及ぼすほどの変化。
それが何なのかは真那には分からないが、リンをよく知らない彼女でも、普段とは違うという確信があった。
暫くは、真那を無視して振り切ってでも将真に合流しようとしたリンだったが、離れればそれだけ真那の間合いだ。
諦めて、距離を詰めてからはほぼ互角、若干リンの方が優勢という戦況だ。
「真那ちゃん、邪魔しないでよ……」
「……名前で呼ばれるとは思わなかった」
「ごめんなさい、馴れ馴れしかったかな……?」
激しい攻防を繰り返し、少し距離をとって互いに肩を上下させる。
リンに名前で呼ばれた事には驚いたが、真那はそれに対して悪い気はしていなかった。
「いいよ、私も仲良くしたいし」
「じゃあ……」
「でもごめん。遥樹の邪魔はさせたくない。あえて私も名前で呼ばせてもらうけど、リン。あなたと仲良くしたい以上に、遥樹の事が、私にとっては最優先」
「……そっか」
遥樹を優先する、という彼女の気持ちは分からないでもない。
リンもまた、例え誰を敵に回そうとも、将真の味方であろうと行動している所なのだから。
(……切り替えよう。真那ちゃんは、今は倒さなきゃいけないんだから)
そうしなければ、助けに行けないのだから。
リンから冷たい雰囲気を感じ取り、真那は戦慄を感じながら銃器を構える。
「……そこ」
「ッ!」
リンが動き出そうとした瞬間にばら撒かれたのは、彼女の属性の特性を生かした、六属性の散弾だ。
散弾としての威力や範囲は、紅麗の比ではない。
これが単発の弾丸であれば、今のリンなら弾くことも容易だったろうが、この数は流石に回避を選択せざるを得なかった。
リンの勝利条件は一つ。
自分の間合いに持ち込んで押し切る事だ。
つまり、この激しい弾幕の中、再び距離が空いてしまった真那に、接近しなければならないという事でもある。
非常に困難だが、やるしかない。
(近づいて、意識を奪う……!)
(絶対に、近づかせない!)
そして真那もまた、近づかれてしまえば負ける可能性を考慮していた。
だからこそ、この距離を維持したい。
このまま撃ち続けられれば、リンを足止めすることが出来る。
リンとは違い、必ずしも倒さなくてはならない訳では無い分、真那の方が有利だ。
リンがもし、真那の魔力切れを狙おうとしても、彼女には莉緒も使っていた魔力増強薬がある。
魔力量もそこそこある為、ガス欠狙いは現実的な策ではない。
だが、元よりリンに、それを狙うつもりは毛頭なかった。
急に足を止めたかと思うと、彼女の全身から魔力が吹き出し、透き通るような綺麗な銀髪は、怪しさすら漂わせる美しい漆黒へと変色する。
「ッ……!」
思わず背筋に悪寒が走り、表情が強ばる真那だったが、リンが足を止めた事に関してはむしろチャンスだと思っていた。
殺すつもりは毛ほども無いが、無力化して連れ帰る事ができるのならば、それはそれで一番いい形で収まる。
そう、ここで止めることが出来れば。
「……フゥッ!」
「えっ!?」
そしてリンがとった行動に、真那は明らかな動揺を見せた。
それもそのはずで、リンは回避を選択しなかったのだ。
それどころか、迎撃すらしない。
全ての弾幕を浴びながら、真那に向かって一直線に突進してくる。
その距離は百メートルはあったはずだが、彼女の速度をもってすれば大した距離ではない。
あくまで、なんの邪魔もない疾走であればだが。
(あ、有り得ない! そんな無茶したら体が穴だらけに……!)
そう思い、真那は弾幕の中を突き進むリンに目を凝らす。
予想通り、リンの制服はボロボロに穴が開き、破れ、その下の肌は確かに傷が、現在進行形で無数に刻まれていっている。
だが、驚くべき事に、貫通まではしていなかったのだ。
(こ、こんなに頑丈だなんて聞いてない!)
普段は落ち着いている真那も、これには焦りを禁じ得ない。
慌てて後退しようとするが、足が縺れて弾幕の起動が逸れる。
その瞬間、リンは更に速さを増し、一気に真那の目の前まで距離を詰めてきた。
「……ごめんね、真那ちゃん」
「うっ……!」
身の危険を感じた真那は、銃器を盾のように構えて、槍の一撃を防ごうとする。
だが、想像以上に強力だったその一撃は、真那の武器を容易く破壊してしまった。
「……うそ」
呆然と呟く真那の鳩尾に、そっとリンの手が添えられる。
その瞬間、真那は自分のミスを悟った。
(……こんな時に、意識を逸らすなんて)
我ながら愚かな事をしたという自覚と共に、真那はリンの得意技をその身に受けることとなった。
「__〈旋風掌底〉」
楓は、恐らく将真の元へ向かおうとしているのであろうリンの姿を見た。
少し離れているが、聞こえるだろうと思い声をかけようとするが、不意に数回に渡る爆音が轟き、森を震撼させた。
「何事!?」
思わず顔を上げると、木々の隙間から見えるのは巨大な火柱だ。
森の中で火を放つことに対する常識はさておき、あんな芸当ができる魔術師は都市でも数少ない。
彼女たちが動いていることも知っている。
状況から見て、間違いない。
「……榛名ちゃんたちも、来てるんだね」
将真を助ける為に。
戦場は激しさを増し、佳境を迎えようとしていた。
九十九期生、つまり現二年生において最強の小隊と言われる彼女らは、個人でも二年最強の三人だった。
小隊を結成したのは、高等部に進級してからの事。
お互いの事を、中等部の頃から多少は知っていたが、交流はそれまで殆どなかった。
だが、一年生にして早々に緊急招集に駆り出された彼女たちは、尻込みする事無く、学園生とは思えない実力とチームワークを見せつけて一躍有名となった。
そんな小隊が、魔王軍に向けてとはいえ、初動でいきなり躊躇なく火柱をぶっ放すとは誰も思わないだろう。
「よーし、もういっちょ……」
「ストップ!」
「下手にやりすぎると見方も巻き込んじゃいますよ」
「ぐぬっ……」
漸く回復し、満足に動けるようになった事で気が大きくなる榛名を、燈と恵林が抑え込む。
当然、味方を巻き込むような攻撃は、榛名にとっても望むところではない。
「でもさぁ、アイツら数多いじゃん? サクッとやっちゃった方が早いだろ?」
「まあ気持ちは分かるけど……」
「じゃあ、私たちが先に降りて、撃ち込んでもいい所を明確にするのはどうですか?」
「……それ、あたしが一人でここに残るって事だよな?」
燈と恵林は現在、宙を浮く榛名に抱えられて空から下の戦況を観察しつつ、魔王軍の数を削っていた。
榛名にばかり攻撃を任せては、身内も危険に晒しかねないのである。
だが、そもそもこの空から一方的に撃ち込めるという状況が有利に働くのは、あくまで榛名一人だけ。
近接戦闘の方が得意な燈や恵林にとっては、それほど優位には働かなかった。
「なに? 寂しいの?」
「ち、違うわ!」
揶揄うような燈の言葉に、顔を赤くしてがなる榛名だが、燈は何処吹く風といった様子だった。
「恵林なら降りれば、範囲攻撃も可能でしょ」
「でも恵林のアレはデメリットが……」
「だから私が護衛でついてくんでしょ。適材適所よ」
「むぐ……分かったよ。ちゃんと戻ってこいよ」
「言われなくても」
「勿論です」
ため息混じりの榛名に頷き返し、二人は榛名の腕を解いて地面へと飛び降りる。
遠くなっていく二人の背中を見ながら、榛名は空いた手を後頭部の後ろで組んだ。
「まあ、確かにここなら撃ち放題なんだけどさぁ」
そのボヤキは、誰に届くことも無く。
二人が降り立った場所は、榛名が吹き飛ばした一角。
魔王軍のど真ん中である。
「うわぁ、やっぱりキモイくらいいるわね……」
「魔王の器が欲しいんでしょうね。大丈夫だよ、一気に焼き払うんですから」
言いながら、恵林が虚空に両手を突き出すと、大きな魔法陣が展開され、そこから炎の大剣が姿を現していく。
そして同時に恵林の髪が長く伸び、白い髪は紅へと変色する。
外道、或いは狂科学者として有名な〈花橘家〉だが、実はその中でただ一人、恵林が唯一、常識と良識を持ち合わせた、真っ当な考えの持ち主であった。
それは、同じ家でありながら、望まずして〈花橘家〉による人体実験を受けたからだった。
恵林が受け、そして成功させてしまった人体実験。
その名も〈神器一体〉。
(尋常じゃない力を帯びた神器を人体の中に埋め込んで封じ、一体化させるという悪魔的実験ね)
実際、何人もの失敗があったらしく、恵林が死んでいた可能性もあった。
だが皮肉な事に、繰り返された失敗が唯一の成功へと繋がった。
恵林が〈花橘家〉という、魔術師としては優秀な家の生まれであった事も、要因かもしれないが。
その実験の結果、恵林は一体化した神器を召喚し、意のままに操る事ができるのだ。
とは言え、その利便性と圧倒的な力には、代償も存在する。
精神力を激しく消耗する為、長くは使えないのだ。
使えば使うほど正気を失っていき、不安定になっていく。
だから燈は、彼女に負担がかかり過ぎないように、或いは冷静さを失わせないようにする為の護衛なのだ。
「__行くよ、〈煉獄剣〉」
普段の様子とは違う恵林の、微笑を混じえた問いかけに応えるように揺らぐ炎。
それを軽く振り抜いただけで、炎に触れた魔物や魔族たちは一瞬で塵になる。
断末魔すら上げる余裕もなく。
その光景に、珍しく花橘らしい凄惨な笑みを浮かべる恵林を見て、燈は頭を振る。
(ダメダメ、惚けてる場合じゃないわよ。恵林がおかしくなっちゃわないように見張ってなきゃいけないんだから)
それに、全てを任せて置く訳にも行かない。
燈もまた、恵林を援護するように、魔王軍へと突撃していった。
一方、〈日本都市〉城塞前にて。
「フゥッ!」
「オォッ!」
両者の拳が接触すれば衝撃波が撒き散らされて、蹴りが衝突すれば地面が大きく罅割れる。
柚葉とランディの戦いは、驚くべき事に拮抗していた。
如何に柚葉が強くとも、流石に死神などと呼ばれるランディと戦って、無事で済むなど誰が思うだろう。
故にその光景は、魔術師たちにとって、一つの希望となり得ていた。
ランディも、柚葉の実力には驚かされていた。
(俺と張り合える魔術師を見つけたのはつい先日だが、それ以上にやるなコイツは。この国の魔術師はどうなっているんだ)
莉緒の全力すら軽くいなした彼ではあるが、それほど労せず倒せると思っていた相手に、珍しく手こずらされたのはいい思い出だ。
だが柚葉相手となると、莉緒の時と同じでは足りない。
柚葉がどれほどの力を尽くしているかは分からないが、ランディも本気の半分くらいのつもりで戦っていた。
対して柚葉は、少し焦りを覚えていた。
(流石に強い! これだけやっても殆ど通らないなんて……!)
柚葉もまだ本気ではないが、徐々に調子を上げてきている。
彼女ほどの実力があるとむしろ珍しいのだが、実は〈神気霊装〉の発動はできても、完成は至っていないのだ。
その為、消耗が無駄に大きく、ここぞというタイミングを見計らっての発動を考えているのだが。
(〈神気霊装〉を使っても勝てるか分からないなんて……!)
当然、舐めてかかっていた訳ではないが、その強さを初めて体感することで分かることもある。
既に数十分と攻撃の応酬をしているが、ランディにはまだ余裕が見える。
つまり、柚葉ですら勝ち目のない相手だと言うことだ。
(だからって、退く訳にも行かない……!)
意地もあったがそれ以上に、ここで退いても追ってくる可能性があるからだ。
足止めを目的としている以上、深追いはしないと思いたいが、楽観視できるような生易しい危険度ではない。
出来れば、刺し違えてでも倒しておきたいほどの相手だ。
「ぐっ……!」
「なかなか、粘るじゃないか!」
楽しげな笑みを顔に貼り付けるランディだが、勿論柚葉にはそんな余裕はない。
回避しきれず受けた攻撃もあるが、今は戦闘に支障のない程度で済んでいる。
戦いが長引けば、そうもいかなくなってくるだろう。
「__〈神気霊装〉!」
「ムッ!?」
出し惜しむ余裕はないと、柚葉は自分の全力を解放する。
完成していなくとも、その力は学生たちとは比べ物にならない。
目で追うことすら困難な程の、至近距離での高速の拳。
それをランディは、あろう事かあっさりと受け止めた。
「そんな……!」
「お前ほどの相手に油断はせん。こっちももう少し、本気でやろう」
そう言うと、柚葉を押し退けて少し距離をとる。
そしてランディの脱力した構えに、既視感と共に身の危険を覚えた。
「__フッ!」
「ヅッ!?」
音もなく、目の前からランディの姿が消えた瞬間、凄まじく強烈な衝撃と共に景色が遠ざかっていくのを知覚した。
殴られたのだと気がついたのは、城壁に叩きつけられ、遅れてきた激痛に意識が飛びかけた時だった。
(い、今の動き……!)
全身を苛む激痛に、受け身も取れずに地面に落ちる柚葉だったが、それ以上に気になるのが、ランディの攻撃時の動きだ。
柚葉はその動きをよく知っていた。
「な、んで……あんた、が……だん、ちょうと、おなじ、ことを……!?」
自警団団長である剣生が、気まぐれで生み出した、回避不可能の神速の一撃。
柚葉も使えるが、これほどの完成度ではない。
無音という事は、全ての力が漏れなく収束されているということであり、ただ殴るという行為だけでもとんでもない威力になる。
それをランディのスペックで放てば、まともに受けた柚葉が生きているこの状況は奇跡と言えるだろう。
それでも内蔵をやられているのだが、何故これを使えるのか、その疑問が柚葉には無視できなかった。
柚葉の体は魔術師の中でもかなり頑丈で、生命力も高い。
今すぐ治療すればまだ間に合うが、勿論放置すれば致命傷だ。
尤も、抵抗力すら失った柚葉を殺そうとするランディを、邪魔できるものはいないのだが。
ランディがトドメを刺そうと柚葉に近づいていくが、不意に彼は、耳に手を当てて柚葉から意識を逸らす。
だからといって、柚葉の身の危険が去った訳では無いが、ランディの表情は徐々に険しくなっていく。
そうして耳から手を離した時には、柚葉と〈日本都市〉に背を向けて離れていく。
「……ここに留まる理由が無くなった。命拾いしたな、カタギリ?」
その姿が完全に見えなくなり、魔王軍の気配が一つもなくなると、気が抜けた柚葉は今度こそ、意識を手放して眠りについていった。




