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終末のレジスタ  作者: 甘味の僕
三章 魔王争奪人魔戦線
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六話「それぞれの思惑」

 〈贋作人形フェイカードール〉で生成した偽物が捕まった事を察知する度に、一度消しては再度生成、という手順を何度か繰り返した。

 意外と魔力消費が大きい魔法でそんな行為を繰り返せば、とうに魔力が尽きてしまってもおかしく無いものだったが、持ち合わせていた魔力増強剤を何本か飲み下し、ここまで持たせた。

 彼らの足の速さを考えれば、ものの十分程度で辿り着ける道筋を、一時間ほどかけて。


「さて、問題はここッスねぇ……」

「うん……」


 苦い顔をして呟く莉緒に、不安そうな表情でリンが頷く。

 彼らの目の前にあるのは、〈日本都市〉の西側出入口。

 自警団本部の一部でもあり、マイクロチップが埋め込まれている魔術師たちの出入りを記録できるようなシステムが構築されている。

 つまり、だ。


(ここを通れば記録が残っちゃうッスね。そうなると、間違いなく都市を出た瞬間が露見する事になる……)


 〈贋作人形フェイカードール〉は解除したばかりだから、今はまだ都市内に潜伏していると思われているはずだ。

 だが、居ないと気づかれてしまえば一斉に追いかけてくるに違いない。

 まあ、どうあれそれも時間の問題ではあるが。


 ただ逃げるだけなら都市外に出た方が、少なくとも中よりは都合はいい。

 だが実際は、追っ手を撒きながら将真と合流しなくてはいけないのだ。

 追手と同じようなタイミングで出ていけば、直ぐに追いつかれかねないし、将真の捜索や合流にも気を張らなくてはならず、状況は厳しくなっていくだろう。


 ただ都市の外に出るだけだと言うのに、悩ましい問題が重なり、行動に移しづらい状況だ。


「うーん……、どうすんのよこれ?」

「どうするッスかねぇ……」

「__どうすればいいと思う?」

「そうッスね……、……ッ!?」

『なっ!?』


 頭を悩ませる彼らの中に別の声が混じり、驚いたように揃って声のした方を振り向く。

 その場所は、彼らのすぐ後ろ。

 声をかけたのは柚葉の側近である楓だった。


「皆おはよう。コソコソとどうしたのかな__」

「い、いつの間に……!」

「チッ、しょうがないわね、やるわよ!」


 慌てて距離を取り、杏果に同調して臨戦態勢をとる一同に、楓は驚いたように目を見開くと両手を顔の前でブンブンと振った。


「あー、待って待って、落ち着いて! 敵対しに来た訳じゃないから!」

「……それ、マジで言ってるんスか?」


 楓の言葉に訝しげな表情で問いかける莉緒。

 楓は柚葉の側近なのだから、彼女の意向で動いていると思うのはごく自然な考えだ。

 故に、警戒するのは当然で、信用出来ないのは仕方がないことだった。


「本気だよ。まあ、それもあなた達の返答によるけどね」


 だが、警戒心を向けられている楓本人は、本当に敵意を持っていないように見えた。


 よく見ると楓は傷だらけで、応急処置の痕跡が幾つも残っていた。

 正直、結構ボロボロである。


「……その怪我はどうしたんですか?」

「心配してくれるの? まあ一応大丈夫。柚葉さんにお仕置きされただけだから……」


 リンの問いかけに、楓は遠い目をしながら力なく笑う。


(そういえば柚葉さん、そんな事言ってたような気がするッスね……)


 柚葉の話が本当ならば、そもそも楓は将真を逃がした張本人のはずだ。

 こちらの返答次第と言うが、恐らく敵対する事にはならないと思うのだが。


「さて、それじゃあ聞かせてもらおうかな。あなた達は、今からどうするつもり?」

「どうするって、そりゃ……」

「勿論、将真くんを助けに行きます」


 莉緒の言葉をかっ攫うように、リンが前に出て宣言する。

 まだ警戒しているのか、楓を睨み上げるような表情で向かい合うが、視線を向けられている楓はそれを気にした様子はない。

 ただ、正面からリンの表情を見つめるだけだ。


 二人の視線が交わっていた時間はそう長くはなかったが、心臓に悪い緊張感が長く感じさせた。

 そんな緊張感も、楓の方が表情を和らげて、目を伏せた事で霧散した。


「ならよし。協力してあげる」

「……いいんですか?」

「そもそも、上層部の決定は処分しないって方向なんだから、今のこの状況の方がおかしいんだよ。だからいいも悪いもない」


 呆れたようにため息をつく楓だったが、それはリンの問いに対してでは無く、現状に対してのものだった。


「それに、柚葉さんが正気に戻った時、弟くんを殺したって分かったら、流石にあの人ももう立ち直れないくらいの傷を負う事になると思うからね」

「……えっと、後ろの先輩たちは、いいんですか?」


 話を聞いているだけだった佳奈恵がおずおずと問いかけると、楓の後ろにいた二人の少年は声をかけられた事に一瞬、驚いたような表情をして、互いの顔を見合わせると失笑した。


「まあ、俺らは別に、姉御に従うだけさ」

「その呼び方は辞めなさいってば……」

「楓もよく考えての行動だろうしね。ならば僕らに異論はないよ」


 少しチャラい橙の髪の少年の呼び方に、楓は不満そうな表情を浮かべる。

 その少年に続くように、優男然とした灰色の髪の少年が楓の行動を肯定するように頷く。


 こんな状況でも、頼りになる優秀な先輩が協力してくれるというのは、リンたちにとっても心強い事だった。


「私たちだけじゃないよ。〈花橘家〉以外の〈四大名家〉は協力的だからね」

「それは一安心だね」


 楓の一言にホッと息をつく美緒だったが、その反応には楓たちが揃って難しい顔を浮かべた。


「……どうかしたんですか?」

「うん、それなんだけど、実は自警団員も生徒たちみたいに、かなりの数が何かしらの影響を受けてるみたいなんだよね」

「……つまり?」

「上の決定を無視して、魔王討伐と称して弟くんの抹殺に肯定的な派閥が出来て、動き出しているみたい」

「そんな……!」


 楓の宣告で、リンの表情に焦燥が走る。

 自警団の人数は、三万程に及ぶ。

 その内、四大名家と関わりがあるものは三割ほど。

 残り約七割の全てが将真を追うとは思えないが、その脅威は学園生の比ではない。


「……ちょっと待って下さい、一つ質問、いいッスか?」

「うん? いいよ。内容はなんとなく予想つくけど」

「団長がそれを許しますかね? まさか傍観してるなんて事はないッスよね?」


 将真を生かしておくことを、最終的に決定したのは自警団団長である剣生だ。

 それに真っ向から反抗する自警団員たちの行動は、彼が止めると思うのだが。


「それは尤もなんだけどね。どうも団長も姿を晦ましているらしくて……」

「……団長もッスか?」


 こんな緊急事態でありながら、何処へ行っているのだろうか。

 せめて団長さえいてくれれば、こんな事態にはならなかったはずだ。

 だが、いくら考えても団長の考えがわかる訳でもない。

 頭を悩ませる莉緒を他所に、楓は出入口の方を指さす。


「言ったばっかの事だけど、自警団も弟くんの処分のために相当数が出払ってるから、気をつけてね」

「それは、はい……」

「ちなみに、あなた達が外へ出た記録は残っちゃうけど、そこは大丈夫。今モニターを監視しているのは、協力的なメンバーだけだからね」

「それなら……」


 例え外に出ても、咎められることは無い。

 〈贋作人形フェイカードール〉を解除している今、じっとしていてはこの場所がバレる可能性は十分にある。

 だが、居場所が割れていない今のうちならば、比較的安全に外に出られるだろうし、将真の捜索への邪魔も入りにくくなるだろう。


「でも、本当にいいんスか? 自分たちを逃がしたのがバレたら、またお仕置きされたりしません?」

「まあ、されると思う。でも柚葉さんの為を思うなら、命令に逆らってでも、弟くんは絶対に死なせられないから」

「そうスか……」


 先程から、楓は柚葉を慮る様子をよく見せている。

 一体、過去の柚葉に何があったのかは分からないが、正気を取り戻した時に、将真が彼女の干渉で死んだという事実はあってはならないようだ。

 リンたちの、個人的な感情を抜きにしても。


「……分かりました。それじゃあ、行かせてもらいますね」

「うん、行ってらっしゃい。きっと、弟くんを連れて帰ってきてね」

「はい!」


 楓の激励に、両肩に手を置かれたリンは気合いの入った返事を返す。

 その間に、莉緒は改めて〈贋作人形フェイカードール〉を使用し、全員の気配を消す。

 彼らは頷くと、改めて楓たちに一礼をして、都市の外へと脱出する。


(……待っててね、将真くん! 絶対に助けるから!)




 時は少し遡る。

 学園生たちが柚葉の指示を受けて、各々準備を整えて将真の抹殺に向かおうと動き始めた頃。

 そして、リンたちと柚葉がぶつかり合う直前。


 自警団の本部でも、大きな異変が起きていた。


「__団長! いる!?」


 団長の執務室を、ノックもすること無く、自動で開くのを待つのも辛抱ならないと言った様子で飛び込んできたのは、副団長の瑠衣だった。


「……どうした、騒々しいな」

「寝てる場合じゃないんだけどォ!?」


 緊急事態が発生している中で、机の上に突っ伏して眠る剣生に猛然と抗議をする瑠衣。

 勿論、剣生とて呑気に寝ていた訳ではなく、仕事中に寝落ちするほど疲弊していたのだが。


「慌てるなよ、瑠衣。何が起きたかは知らんが、もう少し落ち着きを持ってくれてもいいだろうに……」

「落ち着いてもいられないわよ!」


 ゴキゴキと肩周りの関節を鳴らしながら、呆れたように言われても、瑠衣の焦りは消えない。

 その理由は、剣生も聞けば直ぐに理解することだろう。


「学園生たちが、片桐将真の処分命令を受けて、都市の外へ繰り出してるって!」

「…………すまん、まだ寝ぼけてるみたいだ。もう一回、分かりやすく言ってくれるか?」

「だから! 学園生たちが、柚葉ちゃんから、片桐将真の処分を命令されて! 都市の外にどんどん出ていこうとしてるって言ってるんだけど!?」

「…………」


 それは、街中を見回っていた団員からの報告で瑠衣が得た情報だった。


 怒りすら滲ませる瑠衣の言葉に、剣生は髪を掻き上げて天井を仰いで深呼吸をする。

 そうして漸く頭が冴えたようで思わず椅子から跳ぶように立ち上がり。


「……はあぁぁ!?」


 理解不能な事態に叫び声を上げた。


「な、いや、ちょっと待て! 柚葉がだと!?」


 実の所、剣生はこの展開を少なからず想定していた。


 将真が危険な存在だということは、勿論剣生も理解している。

 厳密には、将真ではなくその内に宿した力に問題があるのだが。


 そもそも将真を処分するという意見は当然、会議にも上がった話だが、安易に処分という結果を選択するのも心苦しい話だ。

 それを柚葉や、彼女を慮る剣生の私情と、仮に目覚めたとしても、覚醒直後ならば処理できる戦力的な余裕があるからという自警団の上位層の意見で、経過観察という形に抑えた。


 だがそれは、力がある剣生たちだからこそ言える事で、一般人や、力の足りない魔術師たちの不安は簡単に解消されるものでは無いだろう。


 だから、一部の者たちが将真を処分する為の過激な行動に移ることは想定していた。

 していたのだが。


(事もあろうに柚葉がそれを言い出しただと!? そんなバカな……!)


 柚葉は誰よりも処分に反対だったはずだ。

 故に柚葉や、学園生たちの行動は予想していなかった。


「……学園生の参加人数は?」

「具体的な数は知らないけど、まあ九割以上は……」

「なんてこった……」


 盲点だった、と肩を落とし、再び椅子に深く座り込む剣生。

 だが、事態はそれだけに留まらない。

 そもそも、学園生たちの暴挙はついでの報告だったのだから。


「それだけじゃないわ! 今、都市内に残っている団員の大体半数くらいが、同じ目的で動き出してるのよ!」

「バカな!?」


 学園生たちの行動は予想外過ぎたが、自警団員の動きは想定外にも程がある。

 元々、行動が起きる事を想定した上で、団員たちがおかしな動きをしないように見回っていたというのに、それを防ぐ事が出来なかったということだからだ。

 何の音沙汰もなかったというのに。


「有り得ない……! 昨日までは何もおかしなことはなかったはずだ!」

「それはそうだけど、事実として起きていることよ!」

「えぇい、仕方あるまい!」


 吐き捨てるようにそう言いながら、再度剣生は立ち上がる。

 その容姿は、男子中学生くらいの姿から、年相応の青年のものへと変化していた。


「瑠衣! お前は管制室の方へ迎え! 俺も動く!」

「ッ……、ええ、分かったわ」


 剣生の命令を受けて、瑠衣は慌てて執務室を飛び出す。

 正直、彼女は魔法で転移した方が早いはずだが、瑠衣自身も、そして見ていた剣生も、それに気づけないくらいには冷静さを欠いていた。


 剣生も、動き出す団員たちの行動を予想し、先回りしようと部屋を飛び出す。

 改めて、団長である彼の口から将真の処分を禁ずれば、おそらく動きを止められるだろう。


(……いや、そもそも何故そんなことに?)


 本部の中を駆けながら寝起きの頭で考えるが、思考が纏まらないうちに、とある人物の姿が視界に入る。


「__苛折!」

「……あら、団長ではありませんの。慌ててどうしたのです?」


 落ち着いた物腰で剣生に対応するのは苛折だ。

 剣生が本調子で、もう少し頭が回っていれば、或いは彼女が何かをしたという可能性に気がつけたかもしれないが。


「緊急事態だ! 学園生と団員たちが、暴動を起こしている! 今すぐそれを諫めに行くからお前も__ッ!?」


 剣生は足を止めることなく、彼女の横を駆け抜けながら呼びかけようとするが、不意に額の前に置かれた人差し指に小突かれる。

 それは当然、ダメージにすらならないものだった。

 だが、次の瞬間には、剣生は膝から崩れ落ちていた。

 意識が、急速に遠のき始めたのだ。


「……な、にを……!?」

「その歳で団長として認められる実力、カリスマ性は認めましょう。ですがまだまだ若いですわね。もう少し、老獪さを身につけた方がよろしいですわよ?」

「……お、まえ……、まさ、か……」


 朦朧とし、視界が霞んでいく中で、苛折がニタァと酷く陰湿な笑みを浮かべているのを見た。

 ここに至って、剣生は漸く、彼女が裏で糸を引いている事に気づく。

 精神干渉を受けた今となっては、もう手遅れだったが。


「悪く思わないでくださいね? 邪魔されては困りますもの。せっかく、面白くなりそうなのですから」


 そんな言葉を最後に聞いて、剣生の意識は深い眠りへと落ちていく。

 直前、彼は落ちていく意識の中で、冷静であれば気づけたであろう、不可思議な報告について思い出す。


(……片桐将真を処分するために、外へ? 何故……)


 剣生は、将真が外に逃がされた事実を知らないのだから、当然の疑問だった。


 この時、瑠衣は何度も剣生に通信を飛ばしていたのだが、意識のない彼に繋がることは勿論無いのだった。




 〈日本都市〉から離れた森の奥。

 既に深夜から外へと逃がされていた将真は、丁度隠れられそうな場所で身を潜めながら、短い休眠をとっていた。


「……どんくらい寝てた?」


 誰が答えるわけでもなく、そんな言葉を呟く。

 時刻を確認すると、精々二時間程度である事が分かった。

 通りでまだ、体が重いはずだ。

 夢すら見なかったとはいえ、十分な睡眠とは言えない。


 尤も、ゆっくりと睡眠を取る余裕はないのだが。


 時間的には、授業も始まっている頃だろう。

 こんな形でサボる事になったのは不本意だし、仲間たちには心配をかけているかもしれないと思うと、心苦しく思う。

 だが、楓の話の雰囲気から、もう既に将真の処分のために自警団が動き出している可能性は十分に考えられる。


 だから、止まることは出来ない。

 それが出来るとしたら、都市の中の混乱が収まった時だ。

 それを楓は、出来るだけ早く解決できるように努める、とは言ってくれたものの、何時になるかはわかったものでは無い。


 将真が処分されるような事があれば、それはそれで解決するだろうが。


「……冗談じゃねー」


 ハッと吐き捨てるように笑みを浮かべる。

 その表情を見るものがいれば、それが引き攣っていることを指摘したかもしれないが、少なくとも彼自身が気づいている様子はない。


「俺は絶対に、生きて帰るぞ……」


 重い体を起こして、胸中の不安を押さえ込みながら、将真は再び、慎重に歩みを進める。


「リンと柚姉は……、心配してくれるだろうな。あとは莉緒もか。響弥とか、他の奴らも、そうだといいなぁ……」


 不安が滲む声で、それでも押し潰されないように、言葉を紡ぐ。


「絶対、生きて帰る。魔王の力なんかに、負けてたまるか」


 安全性を証明する術はなく、上層部の意見が再び統一されるのを待つしかない。

 それを情けなく思う気持ちもあるが、それだけが唯一、将真が生き残る事が出来る道なのだ。


 だから、今は遠くへ。

 なるべく誰にも見つからないような場所へと、逃げなくては行けない。


 生き延びる為に。

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