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終末のレジスタ  作者: 甘味の僕
三章 魔王争奪人魔戦線
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五話「足止め」

「……うわ」

「どうした?」


 ふわふわと宙に浮きながら魔導書を開いていた佳奈恵が嫌そうな声を上げ、近くを駆けていた猛がそれに反応する。


 柚葉の相手を榛名たちが引き受けてくれたおかげで動けるようになった彼らだが、実はまだ、危機は去っていない。


 それを佳奈恵は誰よりも先に索敵魔法で察知していた。

 そしてそれに、莉緒や静音もすぐ気がつく。


「……追っ手が来てるッスね」

「ねぇ、これ……」


 一同は路地裏で一旦足を止めると、静音が開いたホログラムウィンドウを覗き込む。

 そこには、柚葉から全ての学園生に対してメッセージが飛ばされていた。

 その内容は。


「『百期生第一、第三、第四小隊を見つけ次第、拘束せよ』……ね」

「よっぽど、将真と合流させたくないみたいね」


 内容を反芻する響弥の隣で、杏果が悩ましげに爪を銜える。

 戦力的には、合流して九人になった所でたかが知れているのだが、どうしても将真を孤立させたいらしい。


 そんなわけで彼らもまた将真同様、追われる身へとなったのだった。

 佳奈恵や莉緒、静音が反応したのは、そんな彼らを探して追う学園生たちの気配。

 これが学園生だけならばまだいいが、この状況が自警団にまで影響していたら、もっと大変な事になってくるだろう。

 現状でも正直、都市から出るのは困難なほどだ。


「……よし、ちょっと皆の魔力、少し貰っていいッスか?」

「……何する気よ?」


 どうやら打開策があるらしい莉緒の問いかけに、首を傾げて問い質す杏果。

 それに対する莉緒の答えは、少し驚かされる内容だった。


「自分が使える魔法の一つに〈贋作人形フェイカードール〉ってのがあるんスけど、自分の分身に他人の魔力を乗せて動かすんス」

「……それ、別にそれぞれで分身すれば良くない?」

「全員できるならそれでもいいッスけど、これは自動且つランダムで動き回るんで、こっちの狙いを特定させない効果も狙えるッスよ。いざと言う時は自分の制御化に置くことも可能性ッス」


 ちなみに莉緒の言及通り、分身は全員が使える訳ではい。

 リン、響弥、猛は分身系統の魔法は使えないし、言い出した杏果も、あとは佳奈恵も出来ないことはないが、その精度はイマイチだ。


 使えると言える程の精度の分身が出せるのは莉緒、美緒、静音の三人だけなのである。


「更にいえば、魔力の持ち主に隠蔽効果も齎すものッスから、この魔法一つで相手の撹乱と、密かに目的の達成、両方出来るんス」

「……それは、便利ね」


 その特殊な効果には、杏果も有用性を認めるには十分過ぎた。

 どの道、その他の有効的な手段は思いつかない。

 ならば、莉緒の魔法に頼るのが現状、最善の手段だろう。


 各々が莉緒に魔力を譲渡し、莉緒は分身を生み出す際に彼らの魔力も少し混ぜ合わせる。

 そうして出来上がったのは、確かに彼らとそれぞれ同じ姿をした分身だ。


「……よし」


 莉緒の呟きに反応して、分身たちはその場を飛び出し離脱する。

 その際に、佳奈恵が魔導書に目を落としていたが、驚いたように目を丸くしていた。


「ホントだ、ちゃんとバラバラに動き回ってる……」

「と言っても、衝撃で簡単に壊されちゃうんスけどね。それでも隠蔽効果は一定時間もつんで」


 そう言いつつ、今隠れている路地裏から慎重に身を乗り出し、その効果の程を確認する莉緒。

 そして実際、近くを他の学生が通りかかっても、彼女に目をやる者はいない。


「じゃあ、行きましょう」


 それに一同は頷き、静かにその場を後にした。




「ッ……!」

「__捕まえましたよ!」


 戦闘が開始されて数十分が経過していた。

 暫くは榛名の砲撃を柚葉が無傷で受けきるだけの、一見無意味にも見える一方的な攻撃を繰り返していたが、その間に回り込んでいた燈が柚葉を空中で組み伏せる。

 宙に足場を作って立っていた柚葉は、バランスを崩して燈諸共落下を始めていた。


 その隙をついて、榛名たち三人と柚葉が丁度範囲に入るくらいの小さな結界が展開される。

 それはただの魔力の壁でしかなく、破壊するだけならば容易なのだが。


「座標指定完了。行くぞ、〈神気霊装〉!」


 何かを守るでもなく、封じるでもなく、領域を指定するためだけの結界は、榛名の〈神気霊装〉によって展開される更に大きな結界に飲まれていく。

 そして一瞬のうちに視界に広がる光景が、灼熱の大陸へと変貌する。

 燈を振り払うも、あまりの熱気に柚葉の頬を汗が伝う。


「……これは」

「あたしの〈神気霊装〉、学園長には見せたことなかったなぁ?」


 炎の羽衣を纏い宙に浮く榛名は、ニィッと口元に弧を描く。

 〈神気霊装〉で発動させる結界は、その他あらゆる結界を塗り潰すほどに強力だ。

 それも当然で、〈神気霊装〉は本来ならば、神域に至ることで完成するものだが、彼女のようなタイプは神域そのものを顕現させる物だからだ。

 故に同等の性能を持つ結界でない限りは、容易く上書きができてしまう。


 この〈神気霊装〉の結界にも色んなタイプがあるのだが。


灼熱地獄ムスペルヘイムが基になったあたしの〈神気霊装〉だ。慣れてなければ長くは戦えない」

「……なるほどね」


 燈は魔道具が炎への強力な耐性を持つ篭手と脛当てで、恵林は本人の特殊な生い立ちで炎はまず効かない。

 友人としてだけでなく、魔術師としても彼女たちはかなり相性がいい。


 対する柚葉は__暑さに汗を流してはいるようだがそれだけだ。

 滂沱の勢いで発汗している訳でもなく、膝を屈する事も無い。

 それはつまり、この暑さをそれほど辛く感じていないという事だ。


 これは榛名たちにとっては想定外の事実だった。


「……あんまり、堪えてないみたいだな」

「多分、学園長の魔道具のせいだと思うわ」


 榛名のボヤきに答えたのは燈だ。

 似たような武装をしているから、燈には柚葉の状態が理解できるのだろう。


 柚葉の装備は燈と同様、肉弾戦用のものだ。

 少し違う部分をあげるとすれば、軽装の鎧のような形を取っていることか。

 あの装備に、炎属性か熱そのものに耐性があるのだろう。


「……この熱気に耐える魔道具、か」


 燈の場合は榛名と組む状況をより活かす為に、敢えて炎や熱への耐性が高い素材を使って装備を整えている。

 だが、柚葉はそんな事はしていないはずだ。

 つまり、素で耐性が高い。それだけの素材が使われた装備。


 噂ではあるが、〈超級アーク〉と〈古龍エンシェント〉の間にある〈邪龍デス〉という特殊なランクにある龍。

 その一体を彼女は単独ソロで討伐した事があるらしい。


 ただの噂だと思っていたのだが、その話が本当であれば、そして彼女の装備が高位の龍種を素材にしているのならば、この熱さに耐性があることにも説明がつく。


 榛名たちでも〈邪龍〉クラスは倒せなくはないだろうが、単独は流石に無理だ。


(これはマジで、あたしらですらどこまでやれるか分かったもんじゃないな……)


 流石の榛名も戦慄を覚えるほどの戦力差。

 加えて、榛名の弱点が近接戦闘となるとより一層危機を感じる。


 自衛する程度の力はある。

 それに榛名の手に余るような高い近接戦闘力を持つ相手は、むしろその方面で軽く榛名を凌駕する燈が代わりに相手をしてくれるのだが、柚葉相手ではそれもどこまで通用するか。


「……燈、頼むぞ」

「ええ、勿論やるわよ。ただ……、負けても文句は言わないで頂戴ね?」

「ハッ、馬鹿言え誰が責めるかよ」


 榛名が軽く笑い飛ばすと、燈も少しだけ笑みを浮かべて、直ぐにその表情を引きしめる。

 そして視線を柚葉へと向けると、地面を強く踏み込んで接近。

 一気に二人の距離が縮まった。


「__はぁッ!」


 お互いに自分の攻撃が届くほどの距離まで詰まると、燈は躊躇うこと無く強烈な蹴りを放つ。

 決して遅くはないはずだが、柚葉はその至近距離からの攻撃を目視にて捉え、体を逸らして容易く回避する。

 お返しと言わんばかりに、今度は柚葉が容赦なく、燈の頭部を狙って蹴りを放つ。

 全力ではないにも拘わらず、その威力は燈の蹴りと同等かそれ以上。


 燈はその蹴りを、回避する事無く受け入れた。

 当然、頭が爆ぜるように吹き飛ぶが、あまりに手応えのない感触に、柚葉は思わず眉を顰める。

 蹴り飛ばされた燈の頭部は炎のように揺らめいて、徐々に形を取り戻す。

 そして頭が完全に修復される直前に、燈の口が弧を描く。


「気を抜きましたね!」

「うぐッ!?」


 燈が放ったのは、至近距離からの頭突きだ。

 自分への反動も返ってくる以上、躊躇ってもおかしくないその手段を、燈は躊躇なく選んだのだ。

 それは、柚葉を止める為に手段を選ぶ余裕がないから__ではなく。

 反動が返ってこない事をわかっていたからだ。

 頭突きと同時に、その反動を逃がすように、燈の体が一瞬だけ炎のように揺らめいた。


「……分身、ではないわね」

「分身じゃありませんよ?」


 柚葉が気付かぬうちに、燈は〈神気霊装〉を解放していた。

 彼女の神技は、言うなれば炎そのもの。

 この状態ならば、この灼熱の空間でも装備の耐性なしで耐えられる。


 使い方次第では色々なことが出来るのは、一連の攻防を見れば分かることだ。


「……プロメテウス。人々に炎を与えた神ね。それを基にしてるのか……」

「うわっ、一発でバレますかね普通!?」


 ふらつく頭を振って額に手を添える柚葉。

 その的確すぎる言葉は、燈を戦慄させるには十分過ぎた。

 現状はまだ神域に届いておらず、完成には至っていない。

 その為、全ての力を引き出せる訳では無いのだが、燈の力は正しく柚葉の言及通りだ。


 ちなみに、自らの体を炎そのものにするのは肉体的にも精神的にも、そして魔力的にも消耗が激しい。

 戦闘スタイルが似通っている分、力量レベルの差も明確だか、出来れば短期決戦で済ませたいところだ。


 そんな事を考えている間にも、榛名と恵林の援護射撃が柚葉を襲う。

 恵林はまだ普通の魔術だからそれほど危険ではないが、榛名の一撃は〈超級アーク〉クラスの吸血鬼を一撃で黒焦げにしてしまうほどの火力がある。

 普通に考えればそんなものを学園長である柚葉に向けることは有り得ないのだが、これがそもそも殆ど効いていない柚葉もまた異常だ。


 だが、これはチャンスだ。

 榛名の熱線が効かないのは、今の燈も同様だ。

 それを利用して、柚葉を飲み込むような軌道にある熱線に手を触れさせる。

 そして神技を発動させる。


 神技の名称は〈原火オリジンフレイム〉。

 炎を意のままに操る能力で、彼女の手によって灯された炎は消えることが無い。


 それを証明するかのように、熱線から姿を現した柚葉の体には小さな火が着いていた。

 それに気づいた柚葉は鬱陶しげに払うが、その火は消えること無く、むしろそのまま手に燃え移った。


「なっ……」


 流石の柚葉も絶句する。

 こんな小さな炎では、今すぐに大したダメージになることは無いが、それでも消えることは無いのだ。

 消火する方法は二つ。

 一つは、術者である燈が任意で能力を解除する方法。

 だが、これは現状、まず取れることの無い手段だ。

 もう一つ、この状況に則した、より単純な方法は__


「……あなたを倒せば、消せるわね?」

「やっぱバレますよねぇ……!」


 強烈な威圧感と共に向けられた鋭い眼光に引き攣った笑みを浮かべる燈。

 柚葉が動き出すのと同時に、燈も動き出していた。


 接近しようとする柚葉に対して、榛名と恵林の援護射撃も利用しながら牽制で火の玉を幾つも生成して放つ。

 威力は大したものでは無いが、着火さえ出来てしまえば燈の優勢だ。

 あとは柚葉が力尽きるまで逃げればそれでいい。

 格上である柚葉に挑戦してみたい気持ちはあるが、こんな非常事態の時でなくてもいい。

 むしろ今は、積極的にぶつかり合うことを避けながら、柚葉を消耗させる方が現実的なのだ。


(……あの子たちは、そろそろ都市を出た頃かしら?)


 足止めの目的は、リンたちを誰よりも早く将真の元へと駆けつけさせるためなのだが、彼らの身を案じてつい思考が逸れる。

 その隙とも言えないような、ほんの僅かな気の緩みを、柚葉は的確につく。


「……は!?」


 目の前の柚葉に、燈は思わず声を上げる。

 燈との距離を、一瞬で詰めたのだ。


(なんで!? 今、全く動きが見えなかった__)


 焦る燈の鳩尾辺りに、柚葉の掌底が当てられる。

 だが、その威力は大したものではなく、攻撃とすら取れないような、ただ手を添えただけのようなものだった。

 加えて、まだ体を炎そのものに変換する効果は継続中だ。

 物理的な攻撃はまず効かない。

 燈はそう思い、完全に油断していた。


「__ガフッ!?」


 次の瞬間、彼女の全身を強烈な衝撃が突き抜け、能力が一瞬で解除される。

 それだけでなく、身体中のあちこちから出血し、燈の意識が急速に遠のいて、地面に膝をつく。


「燈!? どうしたんだ__」


 その異変に反応して燈に呼びかけるが、榛名が全てを言い切る前に柚葉が、今度は榛名の目の前に一瞬で距離を詰めてくる。


「ゲッ!」

「__ついでにあなたも、眠って貰うわよ」


 燈にやったように、柚葉は掌を鳩尾へと押し当てる。

 そして燈を襲ったのと同じ衝撃が、榛名の全身を襲う。


「がぁッ……!」


 榛名は喀血し、両手両膝を地面につきながらも、辛うじて意識を取りとめた。

 そして、今の一撃で何をされたのかを一瞬で理解してしまった。


 この技はダメだ。

 そもそも、人に向けて打つべきものではない。

 柚葉の正気を疑うような、凶悪な一撃。


(魔力回路に干渉して、内側から魔力を暴発させるとか、なんて技使ってくれんだ……!)


 榛名の体も、今の一撃で内側からボロボロにされてしまった。

 結界の維持もままならず、空間に亀裂が入っている。

 もはや、身動ぎすら辛い状態だ。


 二回目を喰らえば、或いは魔術師生命を絶たれるようなその攻撃だが、流石にそこまでする気は無いらしく、次の標的である恵林へと視線を向けようとする。

 だが、柚葉は彼女を見つけられなかった。


 理由は簡単。

 一瞬で燈の元へと転移した彼女は、そのまま燈の手を引き、柚葉の視線から逃れつつ、榛名の元へと移動して来たからだ。

 いつの間にかポニーテールに髪を結っていた彼女の表情は、普段よりも凛々しさがある。


(……マインドリセット)


 苦悶の息を漏らす榛名は、声こそ出せなかったが恵林のそれを思い出す。

 なんでも、髪をまとめると頭が冴えるのだとか。


 既に榛名から目を離していた柚葉は、すぐ側に現れた恵林に反応が遅れる。

 その隙に、ボソリと呟いた恵林を中心に、三人を淡い光が覆っていく。


「目的は果たしたから、これ以上は危険なので失礼しますね」

「ま__」


 待ちなさい、という柚葉の静止の言葉を待たずに、恵林は二人を連れて一瞬で消え去る。

 歯軋りして、苛立たしげな表情を浮かべる柚葉の元に通信が入る。

 画面に映し出されたのは、柚葉もよく知る相手だった。


「……何かしら」

『機嫌悪いところ申し訳ないですが、ちょっと耳に入れて置いて欲しいことがあるので報告を』

「……いいわよ、丁度手の空いたところだから」

『ありがとうございます』


 ため息をついて冷静さを取り戻す柚葉。

 尤も、目の中に湛えた怪しい揺らぎは未だ残ったままだが。


『リンたちを確保したはちいんですけど、どうも本物ではないようで、捕まえたそばから消失ロストしてしまうんですよね』

「……本体は? 追えそうにない?」

『僕はちょっと厳しいですね』


 そう言うと、少年は隣の少女に視線を向ける。

 少年の言いたいことは分かったが、少女は静かに首を横に振った。


『無理ね。血の匂いを追えるほど、付き合いが深いわけじゃないし』


 少女は〈日本都市〉唯一の魔族との混血で、半分は吸血鬼だ。

 よく行動を共にする小隊の仲間の匂いは体が覚えているが、それほど関わる機会が無い相手ではそれも難しい。

 そうでなくとも、離れすぎていては鼻も効かない。


 柚葉も考えるが、特にこれといって思い当たるような魔術や魔法は思い至らなかった。

 或いは、秘匿されている類のものかもしれない。


「ごめんなさいね、私もちょっとわからないわ」

『そうですか。なら地道に探すしかない、かな』

「まあ、その辺は任せるわ。あなたたちには期待してるから、リンたちの捕獲と魔王討伐、くれぐれもよろしくね、遥樹」

『__了解しました』


 柚葉の言葉に粛々と頷いて、少年__遥樹は仲間を連れて動き出す。

 結界から解放された青空の下、通信が切れたことを確認すると、柚葉は再び深くため息をついて地面を蹴った。


「__クソッ」


 よほど強く蹴りすぎたのか、地面には大きなヒビが入っていた。

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