十三話「逆襲」
将真とランディが、繰り返し剣戟を交わす。
ランディが血装により作り出した剣は、下手な魔剣より遥かに強いはずだが、戦況は将真が優勢だ。
将真を殺せないという条件がある以上、加減の必要はあるのだろうが、それにしても意外が過ぎだ。
明らかにやる気になったはずのランディは、基本的に攻めることなく受けや回避に回っていたのだ。
「くっ……、その刀身、面倒だな。魔王の力と言ってしまえばそれまでだが……、どういう原理だそれは」
「俺が知ってる訳ないだろ!」
「知らずに使っているのは、異常だと思うがな!」
「ぐふっ……」
将真の隙をつき、横腹に蹴りを叩き込むランディ。
蹴られた体は歪み、次いでやって来た衝撃で吹き飛ばされて地面を転がる。
だが、ランディは追撃を加えない。
迂闊に攻められない訳がある。
それを眺めていた莉緒は、大体の推測を終えていた。
(将真さんが使えてた唯一の必殺技とも言うべき〈黒嵐〉。あれは周囲の魔力を巻き込む特性を有した技ッス)
巻き込める範囲は、周囲の魔力を吸収し溜め込む時間によって変わってくる。
その性質を利用して、この森に張られていた霧の結界の一部を力技で解除し、術者の発見に至ったのだが。
(この刀身も、近い性質を有してる……? 多分、刃に当たった部分の魔力を根こそぎ吸収してるって感じッスね)
刀身に触れることで、その部分だけ魔力が奪われる為、その瞬間、魔力による全ての影響が無くなる。
吸血鬼の血装は種族特性とはいえ、魔力が影響しているのは間違いない。
あの頑強な肉体を持つランディですら、抵抗なく易々と切り裂くことが出来るのは、そういう特性を持つからだろう。
だからランディは近づけない。
迂闊に攻めようものなら、カウンターで将真の剣に一刀両断されかねない。
斬られた部分は、吸血鬼の再生力すら阻害する。
(結局腕は治すのに時間がかかり過ぎて、強引に治す羽目になったからな……)
無理やり腕をくっつけて、莉緒に受けた傷を対処した時と同様の手段を取らざるを得なかった事実が、確かにランディの警戒心を強めていた。
一方で将真もまた、安心できない状況であった。
勿論、あのランディを相手にしているからというのはある。
だが、それだけでは無い。
(この訳の分からん力……、今のところ不気味なくらい消耗が感じられねー。けど、いつ限界が来るかもわかったもんじゃねーし……)
そう。力の反動とも言うべきものが、全く感じられないのだ。
普段は負担が大きく、無茶をすればすぐにでも反動が返ってきていたはずが、今もかなり雑に力を振るっているというのに大した負担も消耗もない。
今この状況では助かるが、魔王の力なのだと言われてしまえば、その力を振るうことにすら抵抗を感じる。
「……てか、狙われてたのは俺だったのか」
「まあ……。自分は柚葉さんにも聞いてて、将真さんだって心当たりがあったんスけど、尚更話す訳には行かなくて、抵抗してたらこのザマッス」
「柚姉から? ……まあそれは後で問い質すとして、そんなもんさっさと話しちゃえば良かっただろ。お前、そんなバカだったか?」
「……言うと思ってたけど、結構頑張った相手に対して辛辣じゃないッスか?」
「それでお前が心バキバキにされるまでボコボコにされる事を望んだ覚えはねーし、この力に自覚があったとしても頼みゃしねーよ」
それはそうだろう。
まだ二ヶ月程しか共に行動していないが、その時間だけでも将真が仲間思いなのは莉緒には十分分かっていた。
そして、守られているばかりではなく、守れるようになるために日々努力していることを。
その成果は確実に出ていて、メキメキと、恐ろしい程の速度で成長している事もだ。
そして今、優勢とまでは言えないかもしれないが、ランディ相手に上手く立ち回っている。
あのランディが、迂闊に攻めることも、受けることすら満足にできない状況は、心を折られた莉緒に希望を抱かせるには十分過ぎる効果があった。
(……リンさんがいなければ、惚れてたかも知んないッスねぇ)
あんな助けられ方をしたのだから、それでもおかしくないのだが、リンが将真に好意を抱いているのは何となく分かっている。
それが恋愛感情まで行っているかはわからないが、杏果に聞いた話では、リンは人見知りをする方らしく、特に異性は苦手らしい。
だから、将真にあれほど懐いているのは珍しいらしく、そしてどうしても遠慮してしまうところはある。
莉緒は、リンの生い立ちをそれとなく知っていたから。
そんな場違いな事を考えられるほどに、何とか精神を持ち直しつつあった莉緒だったが、将真とランディの戦況は少しずつ変化していった。
雲行きが怪しい方へと。
「げっ……」
「……なるほど、こうすれば多少マシにはなるか」
ランディが、将真の剣への対応を学習しつつあるのだ。
それでも完全に防ぐことができるわけでもなく、将真の剣が滑らされる度に、血装で作られた剣がゾリゾリと削られるのだが。
(……ある程度は仕方がないか。魔王の力だからな)
防ぎきれないことをそう理解して妥協するランディ。
その体は、将真の剣を避けきれなかった名残で切り傷だらけではあったが、気に留める様子すらない。
出血すらしていないのだから、それも当然というものかもしれないが。
「さあ、続けようか」
「こんにゃろ……」
顔を引き攣らせる将真の目の前で、ゆったりと余裕そうに構え、ランディはそう告げた。
真正面から突っ込んでくる、オーバスが放つ怒涛の猛攻に、杏果は戦斧を盾にして応じる。
だが、その拳を受けきるほどの耐久力が足りずに、刃の部分がボロボロに破壊されてしまう。
彼女の武器は、柄の部分は魔道具だが、刃の部分は幸いにも魔力で生成している。
故に破壊された部分の修復は用意ではあるものの、このままでは防戦一方だ。
状況の変化を求めて、咄嗟に後退しようと跳ぶ。
「させると思うか?」
「うっ……!」
だが、オーバスは杏果を逃がしてはくれない。
その拳は血装を纏っている為、より強固だ。
破壊力は見ての通りなので、直撃してしまえばかなりのダメージになることは想像にかたくない。
「くぅっ……!」
「俺らも、加勢したいんだがなぁ!」
響弥は悔しそうに叫ぶが、その願いは残念ながら叶わずじまいだ。
驚くべきことに、オーバスは自分で攻めながらも、八本の爪を制御して、リンたちをその場に繋ぎ止めていた。
まだ爪ならば彼らでも迎撃は可能だが、手数と攻めの速さのせいで、その場からの移動もままならないのだ。
「さて、助けは期待できんが、どうする?」
「そうね。なら、こういうのはどう__!?」
そう言うと、杏果はオーバスとの間に地面を隆起させて壁を作り出した。
「ハッ、この程度で足止めのつもりか!」
小馬鹿にするように鼻を鳴らすと、オーバスは血装を纏う拳でいとも容易く壁を粉砕した。
だが、壁の向こうには更に隆起した地面が目に入る。
「二段構えというわけか! だが同じことだ!」
裂けるような笑みを貼り付けると、爪の一つを振るい、隆起した地面を薙ぎ払う。
その向こうに杏果は__いない。
「ぬっ、どこへ行った……?」
「__こっちよ!」
声が聞こえたのは頭上だ。
相手の至近距離で壁を作り、視界を一時的に遮断することで隙を誘い出し、状況に応じて動く。
杏果の常套手段だ。
今回は、壁を作った直後に、その後ろで更に足場替わりの地面を隆起させた。
そして、相手の認識が外れた僅かな時間は、杏果が攻勢に移る絶好の機会だ。
足場替わりの地面が崩れ落ちるが、それに構わず杏果は刃を再度生成した戦斧を振り上げて、オーバス目掛けて飛び降りる。
「はあぁぁぁ__ッ!」
「チィッ!」
盛大に舌打ちをすると、オーバスは全ての血の爪を結集させ、再び豪腕を作り出す。
ただ血装を纏わせただけの腕力では、杏果の膂力を抑え込めないと判断した為だ。
そして豪腕を交差させて戦斧の一撃を受け止めようとする。
「ヅッ!」
「ぐおぉ……ッ!」
ドズンッ、と鈍い音が響く。
接触と同時に、凄まじい重圧に襲われてオーバスの足元が大きく凹んだ。
当然ではあるが、ただ地上で振るわれた先の一撃よりも、落ちる勢いと重量まで上乗せした今の一撃の方が重いのは明白であった。
「く、うぅぅぅ……ッ!」
「ぬおぉぉぉ……ッ!」
戦斧の刃が少しずつ、だが確かに豪腕に食い込み、押し込んでいく。
更には、豪腕に全てが集約された事で、漸く攻勢に移ることが可能になったリンたちまでも攻めに踏み込んでくる。
「このッ……、舐めるなよ人間風情が!」
「なぁっ……!?」
苛立ち交じりの咆哮と共に、戦斧を強引に振り払うオーバス。
押し込めると思っていた杏果は意表をつかれて硬直し、その隙をついてオーバスの蹴りが腹に刺さる。
「ぐぇっ……」
咄嗟の攻撃だった為、大した威力はないものの、それでも吸血鬼の力で振るわれた蹴りは十分に強い。
蹴り飛ばされる勢いで、杏果は大きく後ろへと吹き飛ばされる。
追撃こそ免れたものの、オーバスへと群がってきたリンたちはそうもいかない。
「鬱陶しい、この程度で勝てると思ったか!?」
「きゃ__!」
「うぉ__ッ!?」
地面を撫でるくらいのスレスレの高さで豪腕が振り回されて、咄嗟に防御体勢を取るも、容易く薙ぎ払われて吹き飛ばされる。
「ゲホッ……」
「ぐぅ……、杏果がいても、ダメなのか……」
瓦礫に巻き込まれぐったりとしなから、響弥が呻くように呟く。
そんな彼らの目の前で、オーバスの雰囲気が明らかに変わっていく。
(なんだ……?)
具体的には、先程にも増して感じる威圧感が、重く鋭くなっていく。
或いはそれは__明確な殺気。
「……馬鹿らしくなってきたな」
「は……?」
一番近くで、そんなオーバスのボヤきを聞き取った杏果が疑問符を浮かべる。
そんな彼女を、恐ろしく冷たい目で見据えて。
「……お前は元々殺る気だったがな。もう面倒だ、全部片付けてやる」
「……超級って割に、アンタは随分と気が短いのね?」
「……なに?」
足が竦んでもおかしくないほどの、強烈な殺気を向けられてなお、杏果は毅然とした様子だ。
むしろオーバスの方が苛立ち、落ち着きがない様子ですらある。
(……以前戦った上級のやつの方が、強くはなかったけど全然、精神的に余裕がありそうだったわね)
それに比べて、目の前の超級はどうだろう。
そこまで、精神的に余裕を持っているような感じはない。
(……もしかして、強いは強いけど、吸血鬼としてはかなり若い?)
だとすれば、以前戦った上級と比べて余裕が無いのも納得出来る。
確か上級は長い年月を生きてきたと言っていたから。
「……だったら、付け入る隙はあるかも?」
苛立っている今こそ。そう思っての、敢えての挑発だったが。
「__やれるものなら、やってみろ!」
八本の爪が全て集約され、一本の尾の如き太い爪が生まれる。
そして一息に接敵し、それを杏果に向けて放つが__
(はっや……!)
八本の状態で分散されていた爪よりも明らかに大きいにも拘わらず、速さはそれ以上だ。
まして、至近距離ということもあって、杏果は回避することが出来ずに__胴体を貫かれた。
「……ぁ」
「……なんだ、口だけか。挑発に乗せられたのは俺の未熟だが、ここまでする必要もなかったな」
苛立っていたはずのオーバスは、むしろあまりに呆気ない杏果の有様に、冷めたようなため息をついて、無造作に杏果を投げ捨てた。
その場所はリンのすぐ側で、信じられないものを見たように目を見開く彼女は、自失したようによろよろと杏果の元まで歩み寄る。
「……杏果ちゃん?」
「ぁ……、りん……ッ、……ぃて」
「……やだよ、杏果ちゃん。死んじゃやだ……!」
「ぁ、ぅ……、ぃで……!」
「……やだ、なんで……?」
胴体に空いた穴は、おそらく心臓や肺まで潰しているような、酷い有様だ。
これを今、瞬時に直せるような術者はこの場にいない。
滂沱の勢いで溢れ出す血液が、杏果を抱えるリンの腕を濡らし、体が少しずつ冷えていく。
杏果が何かを伝えようとしているが、リンの耳にはまるで届いていない。
茫然とするリンと、間もなく息絶えようとしている杏果のそばに、響弥も駆け寄ってくる。
「……杏果」
「……ょ、ぅゃぁ……」
「……? リン、どうした?」
「……そんなの、やだ」
いつもの雰囲気と違うリンに首を傾げて問いかけるが、やはり響弥の声も届いていないようで、ゆらりと立ち上がる。
その顔を覗き込んで、響弥はギョッと目を剥いた。
見開かれ、明らかに狂気が宿るその瞳。
普段は左右で色が違うその目は、真っ赤に染まっていた。
「……ゆるさない」
「ちょ、おい、リン__ッ!?」
覚束無い足取りで、オーバスの方へと歩き出そうとする彼女を呼び止めようとして、響弥は息を飲んだ。
異常としか言いようのない気配が、リンから放たれている。
あまりに異様過ぎて、仲間たちは絶句し、オーバスですら驚きに表情を歪める程だ。
オーバスは将真と会っていない。
だから、魔王の器が誰なのか、ハッキリとしたことは分からない。
ランディが戦っている方から強い気配は感じていたが、そちらに意識を集中させる余裕はあまりなく、だから今、初めて見たリンの異様な様子を見て。
「……お前か? 魔王の器は」
そう判断した。
勿論、その質問に対する返事はない。
代わりに返ってきたのは、怨嗟の呟きだ。
「ゆるさない……。ゆるさない。ゆるさない、ゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさない__」
オーバスの方が強いはずだが、彼の威圧感すら飲み込む凄まじいプレッシャーは、オーバスの足をも止める。
「__殺してやる!」
「……ぬぅ!?」
先端が少し黒く変色した髪を靡かせ、一瞬でオーバスの懐へと飛び込む。
莉緒に及ばずとも、明らかに今まで以上の速度が出ていた。
それでもオーバスは反応し、極太の爪を盾替わりに前へと翳す。
「……ッ!」
だが、リンの狂気に満ちた表情を見て、悪寒を感じた彼は咄嗟に回避行動へと移る。
その判断は正解だった。
リンの突き出した槍は、間違いなくここ一番の頑丈さを有しているであろう血装を呆気なく貫いたのだ。
「ば、かな……!」
「__死んで!」
命中しなかった事を確認すると、リンはあまりにも強引に槍を引き抜く。
壊れてもおかしくなかったが、槍は壊れること無くしなり、血装を引き裂いて再び姿を現した。
そしてそれを逆手に持ち、血装に乗るようにして足をかけて、オーバスの体へと突き立てようとする。
「__チィッ!」
舌打ちをすると、オーバスはボロボロに破壊された血装でリンを振り落とそうとする。
動きの予兆を感じ取ったリンは、振り落とされる前に跳んで退避し、宙で回って着地すると、すぐさま再び突っ込んでいく。
「……なんだアレ、どうなってんだ?」
常軌を逸したリンの動きを呆然と見つめる響弥だったが、不意に弱々しく袖を引っ張られる感覚があって視線を落とす。
杏果は力強く引っ張ったつもりだろうが、本当に、あまりに弱々しい力だった。
死を間近に迎える顔は血の気が失せて真っ白で、吐血が口元を汚していたが、瞳は力強い意志を宿して、響弥の目を正面から見つめる。
「……ぃ、ぉ……ぇ」
「……そうだな、わかった」
殆ど声にならない杏果の言葉に、聞き取れたはずもない響弥は、その手を握って力強く頷いて見せた。
それを確認すると、杏果は僅かに笑みを見せ、次の瞬間、全身が脱力した。
「……うそ」
「……クソったれ!」
駆け寄ってきた美緒は青い顔で呆然と呟き、気を失って倒れる佳奈恵を支える猛でさえ、痛ましい表情で悪態をつく。
だが、同じく駆け寄ってきた静音だけは違った。
表情こそ美緒同様に青ざめているが、狼狽する事はなかった。
そして彼女は、響弥の力強い視線を向けられて、すぐに表情を引きしめる。
「……静音、あとみんなも」
「うん」
「ちょっと、時間稼いでくるから。杏果を頼むぜ」
そう言うと、絶命した杏果の体を静音に預けて、武器を手に提げて立ち上がる。
「……響弥さん、杏果さんを失ったのに、辛くないの?」
「……そうだなぁ」
あまりに平然としている響弥に、理解できないというように美緒は問いかけるが、横顔でも分かる、彼が浮かべる表情は確かに怒りだった。
「何も思わないわけじゃねーよ? でも、時間がねーんだ」
「……時間?」
「そーだよ。後で分かるだろうけど、アイツに致命打を与えるチャンスが来てるんだ。とりあえず、リンを落ち着かせたいところだけどな……」
改めて視線を向けると、荒っぽい動きで危ういながらも、オーバスと互角の戦いを繰り広げるリンの姿が映る。
正直、このまま押し切れるのならばそれでもいいのだが。
(いつまでこの状況が続くかわからねーし、リンが途中で限界を迎えたら、それこそ目も当てられねー……)
杏果の為にも、リンまで死なせる訳には絶対にいかないのだ。
「……わかった。私も行く」
「……大丈夫か?」
「うん。仲間がやられるところを見るなんて初めてで、ちょっと衝撃だったけど……。貴方が大丈夫だというなら、信じる」
「……私はここで、杏果を見てるね」
「おう、任せたぜ静音。そんな長い時間じゃねーからよ」
そして、美緒がゆっくり立ち上がったのを確認すると、響弥は猛へと目を向ける。
「……お前はどうする?」
「俺は……、佳奈恵が目を覚ますまで待つ。悪ぃけどな」
「気にすんない。どうせ俺の出番もすぐなくなっからよ」
珍しく申し訳なさそうに顔を背ける猛に背を向けて、響弥はリンの元へと駆け出す。
美緒は、彼女をオーバスから引き剥がすための行動に移る。
氷塊を幾つも生成するが、その数は普段より少ない。
多少持ち直したとは言え、杏果の死を前に動揺した状態ではいつもの制御力が発揮できないのだ。
それでも、十には達するほどの数を生成できただけでも十分だ。
その先端は鋭利に尖り、美緒の制御の元、狙い通りにリンを避け、オーバスへと飛んでいく。
「ぬっ!?」
氷塊が迫るのを確認すると、表情を歪めたオーバスは大きく跳んで後退していく。
リンの相手をしていた為に、防御は間に合わないと悟ったようだ。
そしてその間に、響弥はリンに追いついて、オーバスを追いかけようとするその手首を掴んで止める。
「おい、落ち着けよリン!」
「ッ……!」
勢い良く手を振り払い、響弥へと振り向くその顔は、憤怒に歪みながら涙をためていた。
「どうして!? 貴方が一番、悲しいはずでしょ!? 辛いはずでしょ!? なんで誰よりも平然としてるの!?」
「だから一旦落ち着けって!」
物凄い剣幕で詰めてくるリンを何とか宥めつつ、その耳元に口を寄せて告げる。
「__杏果は死んでねーよ」
「……え?」
その言葉に、リンはキョトンとした表情を浮かべる。
気持ちは響弥にもよく分かる。
確かに、彼女が致命傷を追うところを見たのだから、その反応は正しい。
それに、正確には死んで無いわけじゃない。
(でも、今落ち着いてもらうにはそういう他ねー。問題ない……、わけじゃないが、とりあえずは大丈夫なのは間違いねーしな)
そう判断しつつ、恐る恐るリンの様子を確認してみるが、彼女は瞳を瞑り、胸に手を当てて深呼吸を大きく繰り返す。
少し経って目を開いた時には、リンの右の瞳が赤色から青色へと__つまり、普段の状態に戻っていた。
表情はまだ少し硬いままだが、一先ず落ち着いたようで、先程のように暴走することはないだろう。
「……ごめん、無駄に手を煩わせちゃったね」
「まあ、気にすんなよ。これから挽回してもらうからな」
「それはいいんだけど……、ボクはどうすればいいかな?」
改めて、警戒しつつオーバスへと向き直るリンに対し、響弥が告げる指示は単純だ。
「別に難しいことする訳じゃねーよ。ちょっと時間稼ぎしつつ、隙を生ませようって話だ。……やれるか?」
「……了解!」
心配そうに確認する響弥だが、リンは威勢よく返答をするや否や、勢いよく地面を蹴り出して疾走する。
その速さは、暴走していた時と比べればやはり遅いが、普段の速度よりは速いように思える。
「甘いな、その程度の速度で近づかせると思うか!?」
言いながら、オーバスは大爪を後ろへと引き、しならせるように振り回す。
それをリンは、ギリギリのところで跳んで回避した。
「何ッ!?」
「ハアァッ!」
普段通りならば躱せなかったはずの一撃を回避され驚くが、リンの動きはそれだけに留まらない。
大爪を足場にすると、足に風属性の魔力を纏わせて、オーバスの側頭部へと蹴りを打ち込む。
その蹴りは、小気味のいい音と共に、油断していたオーバスの側頭部に吸い込まれるように直撃した。
だが、音からして、あまりに軽い。
威力不足だ。
「__足りてないぞ、馬鹿め!」
「うっ……!」
再び、通った軌跡をなぞる様に、大爪が戻りながらリンの体を強かに打ち付ける。
容赦のない一撃は、リンを一撃で潰してもおかしくない威力だったが、何と彼女はほぼ無傷で窮地を脱した。
その種は、大爪の側面についた小さな傷が明らかにした。
(風属性の魔術、自分の体を吹き飛ばして、無理やり回避したのか!)
そしてオーバスが驚かされる事象は、まだ終わらない。
「響弥くんッ!」
「おう、任せなァ!」
吹き飛びながら叫ぶリンに応じ、オーバスへと大剣を振りかざす響弥。
大剣は、響弥の〈神気霊装〉の属性である、強烈な雷を纏っていた。
それは先程までと変わらない。
「何度やっても無駄だ__ぐぅッ!?」
だが、大爪で受け止めたにも拘らず、オーバスを襲う重圧は杏果の落下からの振り下ろしに匹敵しうる威力を持ち合わせていた。
或いは、それ以上だ。
「馬鹿な……ッ! なんだその、力は……!」
「メンテ一回につき、一回コッキリの諸刃の剣だぜ……! このまま潰れなァ!」
響弥の魔道具である大剣は、威力を蓄積する特殊な能力を持つ。
最大まで蓄積して、一気にそれを放出すれば。
まして〈神気霊装〉と重ね合わせれば、それはもう凄まじい火力へと変貌する。
但しそんな使い方をした場合、しっかりとメンテナンスをしない限り、すぐに壊れる脆い武器へと変貌してしまうのだが。
言葉通り、諸刃の剣という訳だ。
だが、そこは超級クラスの吸血鬼。
容易くはやられてくれず、響弥の武器を何とか強引に弾き返すことに成功させる。
その結果、響弥は大きくはね飛ばされる事になったが、反動でオーバスも大きく後ろへとよろめく。
今の攻撃で倒されてくれるならば、響弥としては万々歳だった訳だが、彼の本来の目的は今のこの状況。
オーバスが目に見えて晒した、最大の隙だ。
響弥の口元がニィッと歪み、大きく息を吸って叫ぶ。
「__杏果ァ!」
その咆哮に応じるように、凄まじい勢いで響弥の下を通り過ぎ、自らへと迫るその姿に、オーバスは驚愕に目を見開く。
確実に死んだはずの、殺したはずの少女が巨大な戦斧を大振りに掲げる姿を見て。
「……何故、生きて__」
その呟きが、最後まで言葉になるのを待たずに、杏果の戦斧はオーバスを肩口から大きく叩き割った。




