十一話「詰みの戦場」
「あ……、が……、うぐぅ……ッ!」
予想通りとはいえ、八段階目からは急激に体への負担が大きくなる。
その反動で全身に激痛が巡り、思わず莉緒は腕を抱いて、地面に膝をつき蹲る。
そんな隙だらけのその姿を追撃するものはいない。
ランディもまた、確かに大きなダメージを負っていたからだ。
「こ、れは……、凄まじい、な……!」
「こっちと、しては……、これだけ、やっても……、生きてる事に、驚きッスけど、ね……!」
受けたダメージと驚愕により、吐血しながら途切れ途切れの言葉を紡ぐランディに、同じような状態で応じる莉緒。
それでも、これが通常の傷ならば、そう遠くない内に再生してもおかしくは無いのだが__
再生はしている。
だが、その速度が明らかに遅い。
ランディは、すぐに異変の原因に気がついた。
「そうか、日輪と、言っていたな……」
元より、古来から吸血鬼は陽の光に弱いとされている。
その理由は、それを提唱したもの達が、太陽を神に見立てていたからだ。
それ自体はよくある話であり、吸血鬼は神聖な力を__〈聖属性〉を弱点とする。
使い手が余りいないため、結局彼らにとってあまり脅威とはなり得なかったが、それは、高位魔族でありながら明確すぎる弱点だった。
そして日輪と名のついた神技。
八段階目からは、発動と同時に一瞬、名を体現するかのような閃光が放たれた。
そしてこの、吸血鬼の性質を持ち合わせるランディの体を蝕む感覚は。
「〈聖属性〉が、混じっているのか……!」
それは、莉緒自身も知らない事だった。
普段の自分では使えないと理解していた為に使った事がないからだ。
そして現に、鬼人の力を体現しても、全身の激痛に苛まれるほど負担は大きい。
だが、痛むだけで、壊れてはいない。
それはこの状況において、大きなアドバンテージとなる。
これだけの傷を負ってなお、致命傷でなければ何れ治ってしまうことは予想済みだ。
だからこそ、今この瞬間に頭、又は心臓を潰すか、首を飛ばすか、或いはその全て。
出来ることならこの瞬間に、トドメを刺しておきたい。
故に、迂闊な攻めは出来ない。
他の吸血鬼や魔族ならともかく、ランディにはどれだけ警戒しても足りないくらいだろう。
体の負担を考えても__
(八段階目……、“八重桜”は使えて後一回ってところッスね)
そう、冷静な判断を下した。
更にいえば、使用後に自分の体がどうなるか、それも正直予想がつかない。
それでもわかる事はある。
今、迂闊に使用して、万が一回避されるか致命傷を与え損なえば、むしろ死ぬのは莉緒の方だという事だ。
だから、少し温存する。
痛みも引いてきた体でなら、“七輪華”を単発で使うことは可能だ。
その判断は正解だった。
ゆらりと立ち上がり、ゆっくりと振り向いて、ぎこちない動きのままのランディを見据えて踏み込む。
そしてトドメを刺すつもりで刃を立てようとするが、その深い傷口を塞ぐように、血装が覆い尽くしたのだ。
「なっ……!?」
「__前言撤回するぞ」
ランディの傷は、塞がった訳では無い。
だが、体が十分に動くようになっただけでも脅威だと言うのに、覆われた部分は先にも比べて更に頑丈で、短刀の刃が砕け散る。
「優秀だとは思ったが、ここまで動ける『敵』と戦ったのは、俺にとっても初めてだ。礼を言うぞ」
「なんも、礼を言われるような事は、してないんスけどねぇ……」
「いいや、してくれたとも。お陰で、戦闘を楽しむ馬鹿共の気持ちが理解出来た。数百年生きて尚、新しい発見があるとはな」
「さっきから、楽しんでたと思うんスけど……」
ともあれ、結局のところ、奥の手まで解放して、切り札まで切ったというのに、そこまで影響を与えることは出来なかったようだ。
とはいえ、血装の上から断ち切るほどの威力が“八重桜”にある事はわかった。
ならばまだ、希望は潰えていない。
残りの一撃で、急所を潰せば。
(ランディも完治していない今、完全に乗り気になる前に、叩く!)
莉緒は強く踏み込むと、一瞬でランディの懐へと飛び込む。
それを視認したランディは、驚いたように目を向ける。
そしてその一撃を受け止めず、徐に、何も無いはずの莉緒の頭上辺りに手を突き出し。
何かが触れた感触と共に、自分の手さえ握り潰さんばかりの力で手を閉じた。
「……ぁ、あああぁぁぁぁぁ__ッ!」
悲鳴を上げたのは、交差した両腕を捕まれ、両腕を握り潰された莉緒だった。
「……惜しいな。フェイクを混ぜるのは良かったが、お前の速度で、敢えて目で追えるような仕込みは、疑いを買うぞ?」
「う、ぐぅぅぅ……!」
勝ち誇るように、僅かに口角を上げるランディ。
その言葉は、激痛で悶える莉緒の耳には入っていなかった。
莉緒を襲う激痛は、耐えきれずに思わず地面を転げ回るほどだ。
だが、それを大袈裟と言うことは出来ない。
なぜなら、フェイクを織り交ぜた上で、“八重桜”を確実に決めようとしていたところだったからだ。
不発に終わっただけでなく、強引に止められた今、その全身には先ほどの比にならないくらいの、強烈な反動が返ってきていた。
むしろ意識を保っている方が驚くべき事なのだが、それが莉緒の不幸だった。
ランディは、莉緒へと手を伸ばすと、その頭を鷲掴みにして持ち上げる。
痛みに表情を歪め、両腕をだらりと下げた状態で、莉緒は理解出来ないという表情を浮かべた。
「……な、んで」
「ん……?」
「なん、で……、止め、られるん、スか……?」
「動きは追えずとも、来るとわかっていれば止めようもあると言うだけだ。あの速さ、途中で狙いを変える事は出来んだろう?」
ランディは、血装の上から刻まれた事を忘れていない。
ならば、次は確実に急所を狙いに来る事は想像にかたくないのだ。
彼はそこに手を構えただけ。
勿論、有り得ない事だ。
反応できない速度に対して、そんな芸当が可能であるはずもない。
だが、相手がランディという、常識の域を軽く凌駕する存在を前にしては、そんな事すら可能なのだと納得するより他にない。
「……さぁ、話す気になったか?」
「…………ハッ、まさか。冗談でしょう」
痛みで口を開くことも辛いが、それでも強気な態度を取ってみせる莉緒。
その様子を見たランディは、特に感情を露わにすることも無く、薄く笑みを浮かべる。
そして、頭を掴む手の力を少しずつ強めていく。
「あっ、うぁ……ッ!」
「お前たちは随分、俺を知っている様子だったな? 前に魔術師を殺し過ぎたか? だが実はな。ここ十年近くは殺しの仕事はしてないんだよ。お嬢が嫌がるからな」
「お、じょぅ……?」
「それは気にしなくともいいさ。ともかく、皮肉な事にな。殺しはしなかったせいで、ギリギリまで痛めつける術を覚えてしまったよ」
「あぐっ……!」
「一応、口を割るまで痛めつけるよう命令を受けているからな。心が折れる前に、話しておくことをオススメする」
ランディがそう告げた直後、莉緒の胴体を強烈な打撃が襲う。
「ガッ……!」
その時には、ランディは既に頭から手を離していて、莉緒の体は易々ときりもみ状態のように殴り飛ばされる。
そして強烈に背を打ちつけて、無抵抗に地に落ちる。
変わらず全身を苛む激痛に悶え、今受けた打撃によって吐き気を催し、耐えきれずに嘔吐する。
その中には僅かに血が混じっていたが、その程度で済んだことがむしろ意外でならない。
激痛と倦怠感で明らかに動きが鈍い莉緒に、ランディは容赦なく追撃を仕掛けようと、その襟首を掴む。
一体何をする気かと思えば、そのまま腕を振り回し始め、最後に莉緒を地面へと叩きつける。
「ッ……!?」
もはや声すら上げられないほどダメージを重ねた莉緒は、その一撃で一瞬、意識が飛んだ。
攻撃の手はそこで一度止められて、体が思い出したように、止まりかけていた呼吸を再開して思わず咳き込む。
「ゲホッ、ゴホッ……、ぅ……!」
「苦しそうだな? どうだ、そろそろ話す気になったか?」
心配そうに覗き込むランディだが、勿論莉緒の身を案じている訳では無い。
意識を手放されては、聞きたいことを聞き出すことも出来ないからだ。
明らかに圧が増しているランディを目の前に、莉緒の胸中には今まで感じた事の無い程に強烈な、押し潰されそうな何かを感じていた。
あまりに強烈すぎて、それがただの恐怖である事に、莉緒は気づけなかった。
「ハハ……、だから、冗談も、大概にして、欲しいもんッスねぇ……!」
自身に発破をかけるように声を上げ、至近距離で複数の炎弾を生成。自分が巻き添えになることも構わず、それらを全て放つ。
そしてランディへの直撃と共に爆発が発生し、その隙にまだ動く足で地面を蹴りつけ、辛うじて自爆になること無く距離をとる事に成功する。
尤も、ただそれだけだ。
確かに爆炎をその身に受けたはずだが、ランディは傷一つ負わずに炎の中から出てくる。
(斬ってもダメ、炎もダメ。自分じゃ無理ッスね!火力が足りない……!)
ここに来て莉緒はようやくランディの打倒を諦める。
勿論生きる事まで諦めた訳では無い。
元々は時間稼ぎの為にランディを自身に引き付けたのだ。
体力は尽きかけているが、莉緒は当初の作戦へと戻ることに決めた。
だが、それを実行に移すことは出来なかった。
炎の中から一息に距離を詰めてきたランディ。
それを回避しようと地面を踏み込んだのだが、足が地を離れた瞬間に伸びてきた手に掴まれ、バランスを崩して再び背中を強かに打ち付ける。
「がはっ……!」
莉緒の速度は、ランディがその気になれば追える程度には確実に落ちていた。
そしてその気にさせてしまったのは、他でもない彼女自身である。
更に、脚を掴まれて宙吊りになった状態の莉緒を見て、ランディが何かを思いついたようにニヤリと笑みを浮かべる。
そんな状態なので、勿論スカートは捲れているのだが。
「……ジロジロ見ないで、欲しいんスけど。実は変態……?」
「馬鹿言え、お前なんぞの体に興味はない。それより……」
莉緒の物言いに、一瞬吐き捨てるようなため息をつくが、その表情はすぐに無へと変化し、脚を掴む腕をグッと上げる。
「うぐっ……、何を……」
「お前は、足の速さが自慢だったな?」
「それは、そうッスけど……、え? 嘘、ですよね? それはちょっと、勘弁して、欲しいんスけど……!」
ニィッと口角を上げるランディの顔を見て、何をしようとしているかに気がついた莉緒は、サッと顔から血の気が失せる。
そんな事を実行されてしまえば、本当に何も出来なくなる。
完全にただの役立たずへと陥ってしまう。
そして隠していることを話すまで、或いは壊れるまで甚振られるだろう。
勿論、ランディに莉緒の懇願を聞き届ける理由はなく、じたばたと足掻く彼女を気に止める素振りさえ見せずに、脚を握る手の力を強めていく。
少しずつ、強く締め付けられていく感覚に莉緒は表情を顰める。
莉緒の力では、抵抗も意味をなさなかった。
「うっ……! ちょ、や、止め__」
「安心しろ。治しやすく、折ってやるからな」
メキッ、と。
骨が折られ、涙が滲む程の激痛に、何も考えられず頭が真っ白になる。
「ぁ、っ〜〜〜……!」
声にならない、苦悶の呻きが溢れるが、ランディは容赦などなく、暫くその様子を確認していた。
「……よし、しっかり折れているようだな」
そしてそれだけ確認を終えると、軽く腕を振って莉緒を投げ飛ばす。
そう強い力ではないが、莉緒の体は抵抗なく地面を転がされる。
「う、あぁっ……」
「痛いか? 痛いだろうな? 早く話しておけば、そんな思いはせずに済んだだろうに……」
ザリッと、ランディが地を踏み、一歩前進するその足音が、やけに大きく聞こえて。
「__ヒッ」
とても自分の口から出たなどと信じられないほど、情けない悲鳴がこぼれ落ちた。
「く、くるな……、くるな……!」
普段の飄々とした態度や、冷静な思考力は見る影もなく、震えた声で拒絶し、生成した複数の炎弾を闇雲に放つ。
そんな精神状態にも拘わらず、炎弾は見事に全て命中した。
だが、効果が無いことは既に実証済みで、爆炎をすり抜けるように、ランディは無傷で炎の中から現れる。
ランディの体が、やけに大きく、恐ろしく見える。
そうして漸く、莉緒は気がついた。
体の震えが止まらない事に。
痛めつけられ、脚を折られて、あらゆる手段が通用しない。
痛みや恐怖に耐える訓練は〈鬼嶋家〉の方針で少なからず受けて来た。
だが、〈鬼嶋家〉として見ても相当優秀な彼女でさえ、これ程痛めつけられた経験も、心を押しつぶす程の恐怖を感じた経験もこれが初めての事だった。
初めて、耐えられないほどの恐怖に晒されて、無理やり恐怖を自覚させられて、嘗てないほどに莉緒の心は追い詰められていた。
「い、いやだ……、こないで……」
効かないと分かっていても、そうでもしないと恐怖に抗えず、枯渇寸前の魔力で炎弾を撃ち続けながら、少しずつ後退る。
それでも、ランディの進行速度の方が当然速い。
遂に追いつかれ、見下ろされる形となった莉緒は悲壮な表情を貼り付け、青ざめていた。
「……痛ましいな。さっきまで、勇敢に戦っていたというのに」
「…………え?」
悲哀の表情を浮かべ、しゃがみ込んだランディが何をするかと思えば、意外すぎる行動に思わず声が漏れる。
莉緒に、治癒魔法をかけたのだ。
吸血鬼の性質を併せ持つ彼が治癒魔法を使える事にも驚きだが、かなり強力なようで、体の痛みが引いていく。
それでも脚だけは治すつもりがないようだが、どういうつもりなのかは全く理解が出来なかった。
「何で……」
「お嬢と同じ歳くらいの子供を痛めつけて、何も感じん訳では無い」
「……は、なんスか、それ」
「話してくれれば、その脚も治してやろう。どうだ?」
その提案に、莉緒はすぐに拒絶を示すことが出来なかった。
苦痛と恐怖は、それほどまでに彼女の心をボロボロにしていたのだ。
それでも彼女は、頑なに口を割らなかった。
「……話せないッス」
「……ここまでされて、なお意地を通すか」
「いっそ、殺してくれてもいいんスよ。どうせ、中に入ってきた他の魔術師は殺したんでしょう?」
「アイツがな。俺はやらん」
「ぐぇっ……!」
莉緒の肩に足をかけると、そのまま莉緒を地面に転がすランディ。
続いて、呻き声を上げた彼女の鳩尾辺りに足を置くと、薄く笑みをうかべた。
これだけ見ていれば莉緒も何となく分かってきた。
この笑みは、確かに甚振る事を楽しんでいるものでは無い。
ある種の威圧か、何処まで耐えられるかという期待もあるかもしれないが。
「ちなみに治してやったのは親切ではない。こうすればもう一度、痛めつけることが出来るだろう?」
「うぐぇ……!」
踵は鳩尾辺りにかけられ、指が肺を潰すように力を込められる。
(いたい、くるしい……! いたいのは、もういやだ……!)
声を満足に出す事も出来ないこの状況で、心の中で訴えたところで、ランディの耳に届くはずもなく。
「治して、痛めつける。多少、心苦しくはあるがな、お前が話すまで、それを繰り返してやる」
そんな恐ろしい宣告に、莉緒の心は再び、急速に追い詰められていくのだった。
「__どうしたどうした、そんなものか!?」
「ぐあっ!」
「キャッ__」
オーバスの言葉に答える余裕もなく、返せるとしても悲鳴だけ。
もう暫く、ただ無造作に振り回される、血装によって作り出された豪腕を相手にさせられているが、リンたちはまるで手出しができないでいた。
回避や受け流すだけで精一杯なのだ。
莉緒のような、一瞬で相手の懐に潜り込むような速さを持つ者は、この中に誰一人としていないのだ。
それでも、リンの速さならば、隙さえあれば何とかオーバス本体に攻撃を仕掛ける事も可能だった。
現に何度か、接触する事は出来たのだが。
(当たり前だけど、本人も強過ぎて攻撃が通せない!)
そう。結局はそれに尽きるのだ。
今まさに、莉緒が命懸けでランディを引き付けてくれているというのに、奇しくも莉緒同様、火力不足で攻め手にかける状況なのである。
この場合、特に問題となっているのはリンの火力不足だ。
それでも、相手が超級クラスの吸血鬼では仕方がないのだが、実の所、彼女は〈神気霊装〉を使えても神技を使えない。
美緒や響弥ならば、或いは接触出来ればダメージを与えられるだろうが、彼らにはリン程の速さと、隙をつくだけの目や正確性を持たない。
故に、莉緒ほど切羽詰まってはいないものの、手詰まりと言って差し支えない状況にあった。
手数こそ減っているが、今相手にしている血装の豪腕は、爪の時よりも更に頑丈だ。
まともに一撃貰ってしまうような事は避けたい。
まず間違いなく、戦闘不能に陥るだろうから。
(こんな時に杏果ちゃんがいてくれれば……!)
心の底からそう思う。
そしてそれはリンだけではないだろう。
だが、そもそもこの状況に陥ったのは、将真と杏果を探している最中だ。
見つけられないまま戦闘になった以上、ないものねだりになってしまうのは否めない。
この戦闘音で或いは気づいてくれたらいいのだが。
「__リンさん!」
「えっ……」
そうして、敵を前にしているにも拘わらず、思考が逸れたのがマズかった。
血装の豪腕が、すぐ側まで迫っていたのだ。
「あっ……!」
慌てて回避行動をとるが、もう回避しきれない程に迫っていたそれが体を掠める。
そしてそれだけで、小さなリンの体は軽々と吹き飛ばされて、近くの木の幹に叩きつけられる。
「かはっ……!」
「リンさん! __くっ!」
美緒が慌てて駆け出そうとするが、それを許さないと言わんばかりに豪腕が彼女を襲う。
「美緒ちゃん、ボクは大丈夫だから! __つぅッ!」
こちらを気にしながらでは集中出来ないだろう。
幸い、大変な怪我をした訳では無いのでオーバスの相手に集中出来るように呼びかけるが、痛みで思わず顔を顰め、そんな事実に少し驚いた。
恐る恐る、自分の胸あたりを触診してみると、正確な事は分からないが、それでも何となく察した。
(肋骨、折れてるかも……。そうでなくても、ヒビ入っちゃってるかもしれない)
戦っている皆には申し訳ないが、今のまま戻っても足手纏いにしかならないだろう。
少しの間任せる事にして、リンは回復に集中する。
やはりそこまで酷い怪我ではない為、魔力を意識的に循環させれば、これくらいならすぐに回復させられる。
(……よし、これで行ける!)
怪我を治し、立ち上がった次の瞬間。
リンは視線の先で、仲間たちが蹴散らされるのを目撃した。
「__皆!」
「……うっ、ごめん、リンさん……」
動揺して、隙だらけのまま一番近くの美緒に駆け寄るが、オーバスは追撃をしかけてこない。
美緒はというと、リン以上に大した傷を負っているようには見えない。
だが、打ちどころが悪かったのか、意識が朦朧としているようだ。
「ぼ、ボクもちょっと離れちゃって、ゴメンね……」
「……じゃあ、お互い様と言うことにして、どうしようね、これ」
「……うん、どうしよう……」
未だ、オーバスの全力すら引き出せないまま、リンたちの体力は限界が見えてきたところだ。
非常によろしくない。いよいよ危うい状況だ。
(……最悪、魔王の器の話をしてしまえば、皆、助かるみたいなんだけど)
リンとしては、莉緒とは違って話してもいいのでは、という意見を持っていた。
だがそれは、二人の間に大きな違いがあるからだ。
その違いとはつまり。
(そもそも魔王の器って、何!? 本当に知らないよ!)
そう。その正体を知らない事にあった。
特にリンは、将真に対する考え方が、親しい友人であり、仲間であり、家族に近いものだ。
それは莉緒に対しても変わらないし、親友である杏果や他の仲間に対してもそう思っているのだが。
故に、将真が狙われている事は聞いたが、それが大敵である魔王の、その器という情報が繋げられないでいた。
それはある意味、現実から目を背ける行為にも等しいのだが。
「さて、そろそろ聞かせてもらえるか? どうやらさっきの少女があいつを引き付けている間に我を倒そうという算段だったようだが、この程度ではどうせ勝ち目はないぞ?」
オーバスが呆れたように指摘するが、まさにその通りだ。
このままやっていても勝ち目はない。
だが、魔王の器に心当たりがなく、それを伝えたところで信じるとも思えない。
唯一、離れていて無事だった自分が何とかしなければと、リンは思考を巡らせるのだが。
「……そんな目を向けて黙り込んでも、状況は改善しないぞ?」
その姿が、オーバスの目には不快なものに映ったようで、表情を歪めながら豪腕を掲げて、リンを目掛けて振り下ろす。
「そんなに痛い思いをしたくば、好きにしろ」
「ぐぅっ……!」
美緒のそばに寄っていた以上、回避はできない。
美緒に攻撃が当たらないように、何とか槍で受けようと試みるが、豪腕から発生する攻撃はあまりに重い。
歯を食いしばり、体が壊れそうな程強く足を踏ん張ってみるが、それも徐々に押されていく。
(……ダメ、このままじゃボク諸共、美緒ちゃんが!)
自分のせいで危険に晒しているのに、美緒に被害を及ぼしたくはない。
その意志とは裏腹に、リンは確実に押されていく。
もうあと僅かで、完全に押し切られるかと思われた、その時。
オーバスの足場に、急に亀裂が入り始めた。
「……なに?」
異変に気が付き、眉を顰めるオーバス。
またぞろ、足場でも崩れるのかと思ったが、そうではなかった。
「__私の親友に、何してくれてんのよッ!」
そんな雄叫びにも近しい咆哮と共に、オーバスが立っていた場所が急激に隆起して、彼を上空へと突き飛ばす。
恐らく、大したダメージはない。
だが、急な事で流石に驚きを隠せないでいたようだ。
それも無理はない。
驚いたのは、リンたちも同じなのだから。
「__ゴメン、待たせたわね」
桜色の髪を靡かせて、目の前に颯爽と現れた少女__杏果の存在は、彼らに大きな安堵を齎したのである。




