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終末のレジスタ  作者: 甘味の僕
二章 狙われた少年
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十話「化物との死闘」

 オーバスと名乗った、〈超級アーク〉クラスの吸血鬼。

 その背中から生える八本の、血と魔力で形成された爪がリンたちを襲う。

 改めてその姿を見てみると、タコのようでもあり蜘蛛のようでもある。

 そして爪は、生えている部分は成人男性の腕程度の太さだというのに、先端にいくにつれて、人が中に入れそうな程の太さになっていく。

 動きは思いの外緩慢で回避できないほどでは無いが、これは恐らく手を抜かれているだけだ。

 そんな中、一人だけ回避を許されない者がいた。


 猛だ。


「チッ……!」


 彼は忌々しげに盛大な舌打ちをすると、普段から持ち歩いている魔剣ではなく、魔力で生成した炎の剣で迫る爪を迎撃する。

 全力で叩きつけた剣は、辛うじて爪の軌道を帰ることに成功した。

 だが、安心はできない。むしろ猛は戦慄を覚えたほどだ。


(重過ぎだろ……! 魔剣使わなくて正解だったな、軌道変えるだけで精一杯とか冗談じゃねぇぞ、クソッタレ!)


 魔力で生成した武器よりは頑丈だが、魔剣でもまず間違いなく半壊させられただろう威力だ。

 内心で悪態をつきながら、危険だとわかっていて尚、猛はその場から動こうとはしない。

 理由はただ一つ。

 背後で腰を抜かしたまま回復せず、動けない佳奈恵を庇うためだった。


「足手纏いは、早々に見捨てた方が身のためだぞ?」

「……忠告どぉも。テメェが気にすることじゃねぇ」


 いつも通りの強気な態度だが、現状を見れば強がりでしかないことは明らかだ。

 一度軌道を逸らすだけでダメになった剣を手放して、新たに生成し直す。


「た、猛、無理しないでね? いざとなったら見捨てられても、文句は言わないから……」

「足手纏いを自覚してるなら、頑張って早めに立ってくれ」


 猛にしては珍しく、佳奈恵に対してキツイ言い方をしているが、声に棘は感じない。

 やはり他のメンバーに対する時と比べて、佳奈恵には特別甘いようだ。

 そんな二人を、血の爪が容赦なく襲う。

 再び構える猛だったが、その攻撃は横殴りの衝撃に吹き飛ばされ、二人に届くことは無かった。


「おっ……」


 意外そうな表情を浮かべると、オーバスはその攻撃の主に視線を向ける。


「馬鹿野郎! せめて雨宮担いででも回避しろよ! 受け止めるとか危ねーだろ!?」


 オーバスの攻撃を弾き返した響弥が、キッと睨むような視線を猛に向けて怒鳴る。

 猛は、一瞬だけバツの悪そうな表情を滲ませたが、すぐに睨み返す。


「るっせぇな、んな余裕は……」

「あるわ! 今だけかもしんねーけどあいつ今めっちゃ手ぇ抜いてんだぞ!」


 響弥は無謀な行動に怒り心頭の様子で、珍しく猛の方が気圧されていた。


 響弥の言う通り、オーバスは少なくともまだ、本気を見せてはいない。

 猛の身体能力ならば、佳奈恵を担いで血の爪を回避するくらいは可能な攻撃速度だ。

 タダでさえ、手を抜かれていたところで手数も火力も向こうの方が上だと言うのに、ヘタに防御するようなリスクを犯すことは無いのだ。


 ちなみに、響弥が殴りつけた拍子に血の爪には目に見えるくらいの切り傷ができていたが、それも直ぐに戻ってしまっていた。


 そして、攻められているのは勿論、彼らだけではない。


「こっちの方が明らかに人数多いのに……!」

「……手数で完全に劣ってるから、どうしても劣勢になるね」


 少し離れたところで、同じように血の爪の相手をさせられているリンが、攻撃を躱しながら悔しそうに歯噛みする。

 リンと共に行動している美緒は、莉緒が飛び出して行ったことで心中穏やかでは無いはずだが、若干表情が険しいだけで冷静さを残していた。

 静音も、未だ表情が少し強ばっているものの、回避に専念することで今のところは無事だ。


 数合打ち合った事で分かってきたが、攻撃力さえ足りれば、血の爪を迎撃することは出来る。


(でも、本体を何とかしなきゃ、キリがない)


 それは、とても難しい事だ。

 だが、何としても成さなければならない。

 今も一人でランディを引き付けてくれている莉緒の身は、刻一刻と危うくなって行くだろう。


 彼らにとって幸運なのは、今のところ、オーバスにもランディにも殺意がない事だ。

 それでも痛めつけるつもりはあるのだが。


 反撃に移るために、美緒は〈神気霊装〉を発動する。

 勿論、出し惜しみはなく第二解放の状態だ。


「ごめん、リンさん、静音さん。ちょっとだけ時間稼いでくれる?」

「えっ? ……うん、やってみる」

「了解だよ」


 声をかけられたことで振り向いた二人は、美緒の要請に頷いて、再びオーバスに向き直る。

 そしてオーバスの方はと言うと、美緒か何かをしようとしている事に気が付き、予想外にも攻撃の手を止めた。

 好都合だ。

 不意打ちがないとは限らないし、響弥たちへの攻撃は続いているため、警戒は解かないが。


「集束、圧縮……。よし、撃つよ」


 ボソボソと呟いていた美緒だが、準備が完了すると、薙刀を掲げてオーバスに向ける。


「神技〈絶対零度アブソリュートゼロ〉!」


 穂先から、ビームの如き勢いで放たれる強烈な冷気がオーバスを襲う。

 回避をさせる余裕は与えなかったが、残念ながら爪で防がれてしまった為に直撃することは無かった。

 それでも、防御に使われた片側四本の爪が急速に凍りついていく。


 普段ならば、広範囲に撒き散らされる、全てを凍てつかせる強烈な冷気を伴う魔力の波動。

 それを今回は、圧縮することで効果範囲を絞り、消耗を抑えながらも威力を跳ね上げたのだ。

 普通にできることでは無い。

 魔力制御力が高い、美緒だからこそ出来る芸当だ。


「むっ……」

「侮ったね」


 凍りつき、バキバキと崩れていく血の爪を見て、思わぬ威力に顔を顰める吸血鬼。

 更に、響弥たちを襲う残りの四本の爪も、響弥の神技で雷光に貫かれ、一時的に機能停止に陥っていた。


 千載一遇のチャンスだ。

 それを理解するや否や、飛び出したのはリンと猛。

 二人とも、〈神気霊装〉を第一解放した状態だ。


「はぁっ!」

「喰らえッ!」


 リンが心臓目掛けて槍を突き出し、猛が頭を叩き割る勢いで頭上に魔剣を振り下ろす。

 そうして攻撃が届く間に二人が見たのは__冷ややかな目を向けたオーバスの表情だ。


「__甘い」

『__ッ!?』


 槍を素手で掴み取り、血装により生み出した篭手で、振り下ろされる剣から頭を守る。

 それ以上ビクともせず、難なく攻撃を止められた二人は驚愕した。

 加えて、背中から伸びていた爪が根元から崩れ落ち、そこから再び、八本の血の爪が生えてくる。


「そんな……!」

「ざっけんなよバケモンが……!」


 二人を薙ぎ払うように迫る血の爪を、何とか回避するリンと猛だったが、その表情は明るくない。

 美緒が放った神技を持ってしても、大した効果にならない事が分かってしまったからだ。


 悪夢のような現実は、それだけでは終わらない。


「……よし、ならば今度は手数を減らしてやるとしよう。威力は上がるが、問題あるまい?」


 そう言うと、背中の爪が螺旋状に絡まり、混ざりあっていく。

 そうして出来上がったのは、見ようによっては翼に見えなくもない、大きな二本の腕だ。


「殺さない程度で加減する、というのは意外と難しいからな。簡単に死んでくれるなよ」


 二本の腕が、襲い来る。

 凄まじい威力で、周囲の木を粉々に薙ぎ倒しながら。




(……このくらいでいいッスかね)


 森の中を疾走しながら、杏果からの連絡を受け取った莉緒が、回避に専念しなければ危ないと思いすぐに通信を切ったのはついさっきだ。


 先程の場所からある程度離れたそこは、変わらず深い森の中。

 恐らく、お互いの戦場が干渉し合うことはないだろうが、状況の確認が出来ないという程でも無い距離。

 移動の最中、何度かランディからの追撃はあったが、どれも本気では無かったのか、躱すことは容易だった。

 問題は、その適当に飛ばした物の正体と威力だが。


(……あんな小さい血の塊を飛ばすだけで、何でも貫通するんスね)


 木を、岩を、地面を抉り貫く一撃は、直撃すれば莉緒の体をも容易く貫くことが出来るだろう。

 例え強化していようとも、だ。

 人体急所に当たればどうなるかは、想像にかたくない。


 莉緒が足を止めて振り向くと、ランディも静かに足を止めて口を開く。


「……そろそろ、やる気になったか?」

「出来れば逃げたいんスけどねぇ……」


 非常に危険な相手だという事は、話で聞いている以上にひしひしと感じていた。

 速さだけなら勝っているようだが、力量の差が見極められない。勝てるとは到底思えない相手だ。

 どれほど戦えるか、いつまで持つかはわからない。

 だが、せめて仲間たちが吸血鬼を倒すまでは、持ち堪えたい所である。


 両手に短刀を生成し、膝を屈める。

 感覚が研ぎ澄まされ、自然と集中力が高まっていくのを感じる。

 逆に、少なからず感じていた怯えや恐怖は遠のいていく。


「じゃあ、行くッスよ__」


 自分に言い聞かせるように呟く莉緒。

 その体が、地面を蹴ると同時にブレて、ランディの視界から消えた。

 勿論逃げた訳では無い。


「__ぐっ!?」


 意外にも、正面から襲い来る斬撃を、ランディは無抵抗で受ける。

 元よりやる気がない、というのはあるが、これはそれ以上に、莉緒の動きが見えなかったという点が大きい。


 莉緒の神技は、段階飛ばしをすると強烈な反動が返ってくるために、まず飛ばすようなことはしない。

 そのため、段階的に威力と速度をあげていくのだが、それは何も神技のみに影響する訳では無い。

 彼女自身の素の速さや攻撃力にも、大きな影響を与えるのだ。


 そして今いるこの入り組んだ森の中という環境が、彼女の味方をしていた。

 高速で動き回る事が出来る莉緒にとってはかなり都合が良く、姿を眩ませながら、四方八方からランディを攻めることができる。


「正面……、いや、後ろ? 違うな、頭上……、ぬぅ、俺でも追えない速度か、大したものだな」


(流石に七段階目を連発はキツいッスけど、六段階目……“六輪華”ならまだ何とか連発は可能。暫くこの場に留めておくことは出来るッスよ)


 あまりの速さにランディは素直に感嘆を示したが、莉緒としてもそこそこ無茶を通していたのだから、反応を示してくれなくては困る。

 とはいえ、やはり安心はできない。

 動きが追えないとわかると、身体を血装で作り出した鎧で覆いだしたからだ。

 タダでさえ頑丈な体が、血装を纏うことで更に硬くなり、防御の上からでは攻撃が通らない。


(焦るな、大丈夫。だとしても攻撃を当てる隙はあるんスからね)


 鎧、と言っても、血装は物質的な防具だ。全身を隙間なく覆っている訳では無い。

 莉緒なら、守りに入られる前にその隙間を突くことが出来る。それだけの速度がある。


「フゥ__!」

「ヅッ……!?」


 高速で脇の真下辺りを切り裂かれ、振り向いた頃には膝裏を切り裂かれ、ランディは思わずよろめく。


 絶え間なく攻撃を繰り返す中で、莉緒は意外に思うと同時に、不気味さを覚えていた。


(思いの外、自分が優勢ッスね……、こんなもんッスか?)


 そう。噂ほど強くないのだ。

 莉緒の実力は学園生でありながら既に、並の魔術師を軽く凌駕する域にある。

 今までランディと戦ってきた魔術師よりも莉緒が優秀だから予想よりも戦えている、という話ならば希望も持てるのだが。


(……いや、それは無いッスね)


 そんな甘い考えを、振り落とすように頭を振る。

 遭遇した時に感じた気配は、紛れもなくランディから感じたものだ。

 あの時、あの場で全滅させられてもおかしくない程の力の差を確かに感じた。

 速度だけでは、決して埋められない差だ。


 そして、莉緒の中にあるのは疑念だけではなく懸念もあった。

 攻撃は通る。

 だが、それは大したダメージにはならず、直ぐに再生されてしまう程度のものだ。

 斬られる度に痛みを伴っているはずだが、初めに命中した一撃を除き、毛ほども気にした様子がない。

 つまり、速度に反して圧倒的に火力が足りていないのだ。


(……いつまでも現状のままで足止めできるとは思えない)


 今、ランディは渋々ながら莉緒に付き合っているだけなのだ。

 最悪、相手にする価値もないと思われて興味を失われてしまえば、その時点で足止めは出来なくなる。

 莉緒を無視して吸血鬼と合流するランディを、彼女は実力的に止められない。


 尤も、ランディの目的は魔王の器を聞き出すことなのだから、莉緒の口から聞かされない限りは離れないかもしれないのだが。


(……奥の手を、使うッスかね)


 莉緒と、姉妹である美緒も使える〈鬼嶋家〉特有の奥の手。

 その発動には少し時間がかかるが、数秒でも稼ぐ事が出来れば十分だ。

 決断すると、莉緒は自分から意識を逸らさせる為の策を実行する。


 ランディの視界には、四方八方から飛び掛ってくる無数の莉緒の姿が映っていた。


「む……、残像か?」


 徐に、血の塊を飛ばすランディ。

 その一撃が命中すると、莉緒の姿は弾け飛んで消えた。

 残像や幻影などではない。

 魔力で生み出した、実体を持つ分身だ。


 ただし、それは時間稼ぎの駒に過ぎない。

 莉緒本人から意識が逸れた事で、少し余裕が出来た。

 木の裏に隠れて、莉緒はポーチから球体上のものを取り出す。

 一般的に丸薬と言われるそれだが、成分はとても口にすることすら憚られるようなものも混じっている。

 決断したにも拘わらず、思わず躊躇ってしまう程に。


「……ぐっ」


 それでも、躊躇は一瞬。

 味は最悪だが、急激な強化を可能にするそれを口に含んで噛み砕き、苦々しい表情と共に飲み下す。

 そして、発動のための言葉を紡ぐ。


「__魔族化(モンス・フォース)




 〈鬼嶋家〉の歴史は、実のところ〈日本都市〉の四大名家よりも長く、〈二度目の終焉(セカンド・ラグナロク)〉時代から続くのだと言う。

 そして当時は、〈木嶋〉という姓だった。

 魔物を相手に狩りや退治などを受け持つ専門家で、身体能力が高く、戦いの経験から洞察力に長けている事が特徴として上げられる一族。


 人類史の滅びと共に多くの人が亡くなったが、彼らは生き残っていた。

 勿論、全員ではなくひと握りであるのだが。

 そして、もはや国の名前もなくなった島国に、〈日本都市〉の基盤となる、新たに人が住める環境が整ってきた頃から、彼らはそこに住んでいた。


 それから月日が経ち、ある一族が非人道的な実験を思いつく。


 __あれほどの力を持つ魔物や魔族と同じ力を、人の身で使えたら。


 その実験のモルモットにされたのが、彼ら〈木嶋家〉だ。

 当時、力のあるものが高位魔族と戦い勝利して、死体の回収に成功していた。

 実験の内容は、その死体の細胞を人体に取り込ませ、馴染ませるというものだった。


 危険極まりないその実験は予想通り、失敗の連続だった。

 だが、幸か不幸か、成功例が出てしまった。

 魔族の力を持つ人間が、誕生した瞬間だった。


 それからというもの、成功体を筆頭に、姓を新たに〈鬼嶋〉と呼ばれるようになったのだ。


 何故、「鬼」だったのか。

 その理由は簡単で、実験に最初に利用された魔族の死体が、鬼人だったというだけの事だった。




 準備が完了すると、再び莉緒は分身を作り出し、それと同時に自分も飛び出す。

 右側頭部からはランディと同じような角が生え、髪に隠れている顔の右側は、隙間から鋭い瞳が覗いていた。


『__“七輪華”!』

「ぬぉッ!」


 全方位からランディを襲う、超高速の攻撃。

 先程までは、血装に傷をつけるだけでもかなりの労力を要したが、今回は少し違う。

 タダでさえ速い速度が更に増し、不足していた火力も血装に深く傷をつけるほどに上がっていた。


「その姿、お前は鬼人だったのか……!」

「残念ながら違うッスよ。こんなものは紛いもんの力ッスからねぇ!」


 とはいえ、紛い物でも高位魔族の力だ。

 人間である魔術師を凌駕する事には変わりなく、その恩恵で普段は難しい“七輪華”の連発も可能。

 ランディは防戦一方で、休む暇すら与えない攻撃は確実にダメージを与えている。


 本来ならば時間稼ぎをして、ランディをこの場に繋ぎ止めて置くためにも、無理に消耗することは得策とは言えない。

 だが、もし押し切れるのならば、無茶をするだけの価値がある。

 それだけの相手だ。


(このまま一気に__)


 押し切ろうと、そう思った時だ。

 ランディの血装の硬さが急激に増して、攻撃が効かなくなったのだ。


「なっ……!?」


 驚愕し、絶え間なく攻勢に出続けていた中に僅かな隙が生じる。

 次の瞬間、強化されているはずの分身が全て破壊され、莉緒自身も傷を負った。


「な、何が……」


 傷は浅いが、動揺が大きく理解が及ばない。

 体勢を整えて着地してランディへと視線を向けると、血の鎧から無数の針が伸びていた。

 どうやらそれが莉緒を傷つけ、分身を貫いたようだ。


「……ふぅ。中々、面白いな、お前。紛い物の力と言っていたが」

「……そうッスね。この力は、実験体モルモットにされた一族の生まれとして継承した力ッスから」


 首をコキコキと鳴らし肩を回す、防戦一方だったのが嘘だったかのようなその落ち着きぶりに、莉緒は焦燥に駆られそうな心を落ち着ける。

 元々、ランディは特別慌てた様子を見せていなかったが、それでも驚きを見せたのは、莉緒の動きが予想外だったと言うだけ。

 それもたかが知れていて、実はさして気にも止めていないのである。


「なるほど。お前もそうか……」

「……お前『も』?」

「気にするな、こっちの話だ」


 一瞬だけ遠い目をしたランディだが、それはすぐに霧散して、僅かに楽しげな笑みが浮かぶ。


「それより、中々動けるじゃないか。お前ほどの実力を持つ相手と戦うのはもう随分と前だが、お前ほど若いやつはいなかったな」

「そりゃどうもッス」

「……話は聞かなきゃならんが、ちょっとやる気出てきたな」

「……そッスか。やる気ないままの方がありがたいんスけどねぇ」


 やる気が出た、という言葉が嘘ではないとわかる。

 その証拠に、歪んだ笑みを顔に貼り付けるランディを見て、莉緒は飄々とした姿勢を保つ。

 だが、内心は焦りに満たされそうになっていた。


(マズすぎッスよこれは……、取れる選択肢がもう殆どない)


 速度が速いだけでは通用しないのは分かっていた事だ。

 だから元より取れる手段は多くなく、更には限定的で負担がかかる手段ばかりを選択させられる結果となった。

 そして今、その手段すら一つ一つ失われていく。


 その上で、先程まで明らかにやる気がなかったランディをやる気にさせてしまった。

 先程の分身も、強化された体で放つ神技も、殆ど通用していなかったというのに、だ。


(……いや、神技、か)


 ふと、“七輪華”ですら通用していない事が脳裏を過ぎると、まだ試していない案が浮かんでくる。

 普段ならば、まだ魔術師としても未発達の体では負担が大きくて放てない、神技〈日輪舞踏〉の更に上の段階。

 そもそも〈魔物化モンス・フォース〉自体、実戦で使うのは初だった為に思い至らなかったのだが。


(今なら、もしかしたら……)


「__考え事か?」

「ヤバッ……!」


 つい意識が思考に集中してしまい、ランディの接近への反応に遅れた。

 莉緒ほどではないが、やはり魔族最凶と名高いだけあって恐ろしい速さだ。

 それでも、莉緒なら辛うじて間に合わない事も無い。

 ないと思っていた。実際、ただ攻撃されただけならば、躱せたのだが。


「フッ__」

「なぁッ!?」


 ランディは、握った拳を莉緒では無く、彼女の目の前の地面に振り下ろした。

 そして拳は地面に当たった訳でもないのに、拳圧だけで容易く地面を砕いてしまう。

 その威力は、杏果に匹敵するものがあった。

 明らかに、全力ではない力で。


 意表を突かれ、かつ至近距離で広範囲に及ぶ攻撃だった為に、ダメージはないが行動が更に遅れる。

 そこに、ランディが一緒で背後へと回り込む。


「俺でも追えないほど速いのは素直に賞賛しよう。だからこそ__」

「がぁッ__!」


 回避行動も満足に取れないまま、ランディの腕に薙ぎ払われる莉緒の体が、宙を浮いて地面を跳ねる。

 慌てて体勢を整えて、地面に足をつけ滑るように距離をとる。

 軽く薙いだだけであの威力だ。

 もし全力だったら、背骨が逝っていただろう。この状況でそれは致命傷だ。

 打たれた背中が痛むが、事ここに至っては、躊躇う余裕などなくなった。


(これすら全く通用しないなら、どうしようもないッスね)


 警戒は解かず、一度深呼吸をして、静かに腰を屈める。

 そして、いつも神技を放つ時の感覚を強く意識しながら、流行る心臓を押さえ込もうと、冷静に徹する。


「……自分の、今できる全力で……、行くッスよぉ!」

「……いいぞ、来い!」


 ランディが薄く笑みを浮かべ、腕を前に構えるのと同時に、莉緒は踏み込んだ。

 その踏み込みが、ランディの目に捉えられたかは定かではないが。


「神技〈日輪舞踏〉__“八重桜”!」


 使用者の体すら壊しかねない、神速を誇るその一撃は。


「くぉ……!」


 血装の上からランディの身体を、見事八つ裂きにして見せた。

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