九話「鬼人最強」
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「__どうだった?」
「あれはダメだな。もうダンジョンとして機能していない。ああもあっさりと壊れた時点で、予想しておくべきだったがな」
「そうか……」
森のどこかで落ち合った吸血鬼は、大柄な男の報告を聞いてため息をつく。
そんな中、更に追い討ちをかけるような事を男は告げた。
「タチの悪いことに、機能していないにも拘らず魔力濃度がかなり濃い。お陰で落ちた二人の発見もままならん」
「……面倒な話だな」
もしかしたら、落ちた二人のどちらかが目的のものである可能性を考慮して、吸血鬼が地上での監視を続けている間に、男へと二人の捜索及び捕縛を命じたのだが。
「……仕方があるまい。地上にいる連中を捕まえて、確かめるとするか。お前も手伝え__ランディ」
「……命令なら、仕方がないな」
吸血鬼の指示に、面倒臭そうな溜息をつきながらも、ランディと呼ばれた大柄の男は渋々と了承を示した。
将真と杏果がまだ洞窟の中を彷徨い歩いていた頃。
リンと莉緒は集合場所へと引き返し、無事に他のメンバーとの合流を果たしていた。
「改めて、そっちはどうだったッスか?」
「うーん、ちょっとダメだった」
「俺らも、なんも見つけられなかったぜ」
人数は欠けながらも、それぞれの小隊に別れて探索して三時間強と言ったところか。
だが、結局ここまで戻ってくる間にも、野良の魔物との戦闘が数度あった程度で、二人の手がかりは勿論、結界の術者の気配も感じない。
この広い森で術者を見つけようと思ったら、一体どれほどの時間がかかるだろうか。
手分けして探したくとも、戦力を分散した状態で最悪の予想が的中した場合、全滅の恐れもある。
今の所は奇跡的に誰もそんな事態には発展していないが、それも時間の問題だろう。
「ここからは、固まって動きましょう。効率を悪くしてでも、戦力は保持してたいッスからね」
その提案に否定する者は誰もいなかった。
そして出発しようとした矢先、あまりに突然の事だったが、無数の気配を感じた。
取り囲むような形ではあるが、距離はまだ十分ありそうな感じがする。
そう思い、佳奈恵に問いかけてみたのだが。
「……うん、確かに凄い囲まれてるね。少し距離はあるけど、この数は詰められたらちょっと怖いかも」
「数はどれくらい?」
「えっと……、二百以上って所、かな?」
少し苦しそうな表情を浮かべて答える佳奈恵を、気を利かせて猛が背後から支える。
距離が離れている時は、莉緒や静音よりも、佳奈恵の索敵魔法の方が精密だ。だから、彼女の情報はおそらく正しい。
つまり、第三小隊と合流した時並の戦闘が予想される。
大した脅威ではないとはいえ、少々、疲れさせられそうではあった。
「……迎え撃とうと思うんスけど、どうです?」
「それでいいと思う」
莉緒の提案に、美緒も頷く。
他のメンバーは、それぞれ不安を大なり小なり抱えつつも、拒否は示さなかった。
七人は、背中合わせで臨戦態勢に入る。
魔物が視界に入るまで、あと少しだ。
その、あと少しという所で。
『__ッ!?』
全員の背筋に、悪寒が走った。
総毛立つような感覚に誰もが、莉緒ですら理解出来ないという表情の中、佳奈恵が声を上げる。
「あ、新たに反応が二つ! しかもこれ、何? こんな反応、見た事ない……」
その声が、少しずつ戸惑いと恐怖で萎んでいく。
恐怖を覚えたのは、当然佳奈恵だけでは無い。
莉緒ですら、ここまでの恐怖を感じた経験は初めての事だった。
莉緒は、軽薄さが散見されやすい反面、常に冷静さを忘れず、広い視野を持つ事を心掛けている。
そして冷静さを維持するために、強い感情は可能な限り自制する癖がついていた。
善し悪しに関係なく、自らのスタンスが崩れかねないからだ。
だから、今までも恐怖を自制することは、何も難しいことではなかった。
だが、今回ばかりは違った。
(……膝が、笑ってる?)
チラリと、リンたちに視線を送ってみると、顔面蒼白になっていたり、歯がなっていたり、猛や響弥ですら引き攣った表情を浮かべているほどだ。
莉緒の態度は、それほど分かりやすく変わってはいないものの、自制できない程の恐怖というのは初めてだ。
それだけ、危険な相手が迫っているという事。
まず間違いなく、以前戦った上級の吸血鬼より上の強さだ。
(その上で、多分片方が、或いは両方が結界の術者だ。となると恐らく、超級の吸血鬼が二体って所ッスかね……)
とりあえず、恐怖が抑えきれない中でも、冷静な思考力が残っていることに僅かな安堵を覚える。
それも束の間、ついに魔物の大群が姿が視認できるようになるが、こちらを確認した魔物たちは、そこで足を止めて侵攻してこない。
そして、それを訝しむ間もなく、強烈な存在感を放つ二体の魔族が奥から姿を現す。
「……これ程の気配に、今まで気づけなかったなんて、ちょっと自信なくすッスねぇ」
「そうか。ならば安心しろ。気配を消した吸血鬼を捉えられるやつはそういない」
汗が頬を伝い、落ちていく。
予想通りの相手に、一切気を抜くことも許されない状況に、精神が削られていくのを感じる。
莉緒ですらそうなのだから、他のメンバーは果たしてどれほど実感しているだろうか。
或いは、実感する間もなく、限界を迎えているかもしれない。
現に、地面にへたり込むような音が、莉緒の耳に一人分届いた。
(……多分、佳奈恵さんッスね)
とはいえ、無理もない。
予想通りとは言ったが、実際は少し違う。
もう一体の、二メートルにも匹敵しそうな、大柄な魔族の男。
彼は、超級の吸血鬼ではなかったのだ。
それだけでなく、超級の吸血鬼よりも明らかに尋常ではない、得体のしれない威圧感を放っている。
その容姿は、どこかで見たことがあるような気がした。
「さて、お前たちを殺すのは容易いが、俺たちの目的はそうでは無いのでな。一つ、質問に答えて貰おう」
「……どういうつもりッスか?」
「殺す必要も無い。どうせ、遠からずお前たち人間は絶滅するのだから。それだけの事だ」
「……質問に答えられたら、殺さないとでも?」
「そうだが? 人間の在り方を考えれば、その方が簡単に口を割りそうだろう?」
あまりに実力差がありすぎることを実感する中で、超級の吸血鬼から思いもよらない提案をされる。
正直、見逃して貰えると言うなら、これ以上にありがたいことは無い。
だが、吸血鬼の含みがある言い方が妙に気になった。
(命惜しさに、簡単に情報を売る、とでも言いたげッスね。まあ、否定もできないんスけど……)
さて、どんな質問が飛んでくるだろうか。
答えられる質問なら、答えてしまってもいいのだが。
答えられる質問か、或いは答えてもいい質問が来なければ、答えてやるつもりは莉緒にはない。
「……聞くだけなら、聞くッスよ?」
「物分りが良くて大変結構。では聞くが__」
そうして、吸血鬼が口にしたのは。
「__魔王の器に、心当たりはあるか?」
恐らく、莉緒以外には心当たりがなく、莉緒にとっては、答えてはならない質問だった。
柚葉との話が思い出される。
何故、柚葉が知っていたのかは分からない。
だが、魔王の器と聞いて心当たりがあるとすれば、一人しかいない。
柚葉から事前に、狙われている可能性がある、と言われていたのだから。
(狙いは将真さんッスか……!)
とはいえ、将真が狙われている事自体は、この場にいない本人と杏果を除いて話を聞いていた全員。
それでも、それを魔王の器なるものと繋げる事は出来ないだろう。
(……話す訳には行かないし、試してみるッスかね)
莉緒以外は残念ながら、冷静な会話が可能な精神状態にあるとは言えない。
仲間に頼ることが出来ない以上、莉緒が自ら動くしか無かった。
「……心当たりはないッスね」
「ふむ、そうか……」
莉緒の返答に対し、考え込むように顎に手を当てる吸血鬼。
少しして、その口元にニィッと笑みが浮かぶ。
「もう一度、チャンスをやろう」
「……は? いや、だから知らないって__」
「__お前たち九人の中の誰かだということは分かってるんだが、改めて、心当たりはあるか?」
嗜虐的な笑みの吸血鬼が発した言葉の意味を理解し、莉緒は内心で舌打ちする。
(くそっ、わかった上で聞いてきたんスねぇ……!)
莉緒が慎重に身構えるように腰を落とすと、リンたちもそれを見て臨戦態勢に入る。
そんな彼らの様子を見て、呆れたように吸血鬼の背後の大男がため息をつく。
「……馬鹿らしい。たった一人の仲間を守るために、命をかける気か? まだ仲間を売って、この場をやり過ごす方が賢いと思うんだが?」
「賢かろうが無かろうが関係ないッスね。そこまで割れてるなら尚更、話す訳には行かないんスよ」
「……フフ、そうか」
大男に対して、吸血鬼の方は面白いものを見るように、静かに笑みを浮かべる。
「ならば最後に一度、チャンスをやろう。尤も、今度は仲間を売りたいと思える程、痛めつけた後でだがな」
恐ろしい発言をした吸血鬼が片手を掲げると、目に見えて面倒臭そうにため息をついて、やる気の無い緩慢な動きで一歩進み出た。
「さあ、抗ってみろ魔術師よ。__ランディ」
「……了解した」
「……ランディ? ……え? なんの、冗談ッスか?」
「……莉緒ちゃん?」
大男の名前を聞いて、明らかに動揺を露わにする莉緒が珍しく、今まで口を開く事すら出来ずにいたリンが恐る恐るといった様子で呼びかける。
だが、今の莉緒に、それに応える精神的な余裕はない。
〈日本都市〉では割と有名な話で、学園で聞かされたこともあったはずだから、リンがその名前に心当たりがないのは、単純に忘れているだけだろう。
高位魔族と呼ばれる括りの中でも知られている吸血鬼に匹敵、又は凌駕するとされる魔族は三種。
人間に対して敵対的で、利害の一致で魔王軍に協力している〈龍人族〉、同じく〈森人族〉。
そして、魔王に対する忠誠心が厚く、だが武人としての特色を持ち、あまり拠点から離れず、正々堂々とした戦いを好む〈鬼人族〉。
その鬼人族の中には、一体だけ特殊な個体がいるという。
吸血鬼の性質も持ち合わせ、文字通りの化け物の力を振るい、その様子から〈死神〉などと言う物騒な通り名が魔術師たちによって付けられた。
まず遭遇することは無いが、もし遭遇してしまえば命は無い、命を持ったまま逃げ切る事が出来るだけでも奇跡と言われる、その鬼人族の名。
それが、鬼神ランディ。
推定される強さは、魔王に匹敵するとすら言われるほど。
啖呵を切ったはいいが、莉緒の内心を支配していたのは、紛れもない焦燥感だ。
(マズいマズいマズいマズい! こんなのがいるのは想定外過ぎる!)
これならばまだ、超級クラスの吸血鬼二体の方が遥かにマシだ。
他の高位魔族と比べても圧倒的な再生力と相当量の魔力量を誇る吸血鬼ではあるが、その代わりとでも言うように、明確な弱点が存在する。
つまり、力の差があっても勝ち目が全くない訳では無い。
ところが、ランディが相手だとそうもいかない。
確かに吸血鬼の弱点である聖属性の通りはいいが、関係なく再生する上に頑強すぎる。
血装が使えることも相まって、強力な攻撃でも無傷で済む事すら珍しくはないという。
元々、鬼人族は体格がよく、肉弾戦の戦闘能力は他の魔族と比べても群を抜いている。
目の前の二体を較べても、大人と赤子程の差があるだろう。
正直、打つ手が思いつかない。
(それでも……!)
莉緒は、背後のメンバーに目を向ける。
予想通り佳奈恵がへたり込み、他も多かれ少なかれ萎縮している様子だ。
それでも、吸血鬼だけなら或いは、彼等だけでも倒せるかもしれない。
かなり低い可能性だ。
そしてこれも希望的観測にしか過ぎないが、もしあの二人が戻ってこれば、やはり吸血鬼だけならば何とかできるかもしれない。
その為には、最小限の戦力で、ランディの気を引き付けて、離れたところで留めて置かなければならない。
この二体がそれぞれ、近くで戦い始めようものなら、分担どころではなくなり混沌とした状況になる事が予想される。
それも、勝ち目がないことが確定した上でだ。
ランディを遠くに引き離せる最小限の戦力。
それを可能とするのは、莉緒が思いつく限りでは自分自身しかいない。
覚悟を決め、表情を引き締める莉緒。
それに気づいた美緒が、怪訝そうに首を傾げる。
「……莉緒ちゃん?」
「……ちょっとそっちは、任せるッスよ」
「ちょっと待って、莉緒ちゃん何する気__」
「__〈神気霊装〉」
莉緒を止めようと咄嗟に手を伸ばす美緒だったが、その手が触れる前に、莉緒は一瞬で飛び出して。
「何……?」
「むっ……」
吸血鬼やランディの目でさえも追えないような速度で、ランディの背後を取った。
(倒せるとは思わない。でも、やるなら全力で__!)
「〈日輪舞踏〉__“六輪華”!」
「うぉっ!?」
完全に気を抜いていたランディの背中に、神技が直撃する。
これで相手が吸血鬼ほどの再生力を持たなければ、かなりのダメージになるはずだ。
だが、やはり大したダメージにはなっていなかった。
確かに傷をつけることには成功したが、その傷は目を見えて再生していく。
更には、切りつけた武器の方が、大きくヒビが入り、使えない状態にさせられたのだ。
尤も、莉緒の使う二本の短刀は、彼女の魔力から生成されたものなので、改めて作り直せば事足りてしまうのだが。
振り向いたランディと吸血鬼は、少し驚いたような顔をしていた。
「……こいつ、今一瞬で俺の背後に」
「あなたでも反応できないようで、ちょっと安心したッスよ」
「ふむ、意外と厄介そうか? ならばこいつから__」
「させない!」
莉緒を少なからず脅威と判断した吸血鬼が手を出そうとすると、背後から美緒の魔術が二体を襲う。
吸血鬼だけに集中してくれれば莉緒としては十分だったのだが、少しでも楽になるようにと言う考えなのだろう。
そしてその魔術は、予想されていた事とはいえ容易く防がれてしまった。
防いだのは、吸血鬼の背中を突き破り、触手のようにのたうち回る鋭利な血の色の爪。
形は少々特殊だが、間違いなく血装だ。
「……なるほど。さては分担したいんだな?」
思いの外、あっさりと思惑がバレてしまった事に莉緒は小さく舌打ちする。
だが、あくまで今は殺す気がなく、莉緒たちの抵抗に仕方なく付き合っているという事があるからか。
或いは単に余裕か。
「いいだろう、付き合ってやる」
「……は?」
「そっちは任せるぞ、ランディ」
吸血鬼がそんな気まぐれを起こしたのだ。
そんな彼に、ランディは盛大なため息をついて、やれやれと頭を振る。
「……戯れも程々にしろよ全く」
そう言いながらも、ランディは馬鹿正直に正面から攻撃を仕掛けてくる。
どうやら、言葉通りに付き合ってくれるようだ。
それならば、とランディの攻撃を難なく回避しながら、莉緒は森の奥の方へと駆け出す。
そしてそれを追うランディ。
両者を見届けると、吸血鬼は改めて残る六人へと向き直り、口元が深く弧を描いた。
「では、始めるとするか」
「……なあ、吸血鬼よぉ」
「うん?」
引き攣った笑みで、問いを投げかけるのは響弥だ。
怪訝そうに首を傾げる吸血鬼の前で、響弥が、そして残りのメンバーも、ランディが離れた事で萎縮が緩和して動けるようになり、それぞれ構えて腰を落とす。
「……数の暴力って、知ってるか?」
「……フフ、何を言い出すかと思えば。勿論、知っているとも__」
響弥の発言に失笑する吸血鬼。
その背中から、既に生えていたものと同じ血装の爪が更に生えてくる。
追加で七本、合計八本だ。
「げっ……」
「つまり、こういう事だろう?」
思わず呻く者、息を飲む者、反応はそれぞれだが、少なくとも最悪なものを見たという感情だけは一致しているだろう。
「一応、名乗っておこう。我が名は吸血鬼オーバス。お前たちが話したくなるまで、この戯れに付き合ってやる。さあ、抗ってみろ」
高位魔族の中でも、特別退屈を嫌う吸血鬼という種族は、例え何かしらの役割を担っていようと、それも忘れて退屈を紛らわそうとする悪癖がある。
尤も今回は、リンたちにとっては最悪な事に、彼の退屈しのぎと本来の目的が一致する訳だが。
そうして、魔術師程度は容易く推し潰せそうな質量を持つ爪が彼等を襲い、各々が回避行動により散開した事で、両者の戦闘が開始された。




