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終末のレジスタ  作者: 甘味の僕
二章 狙われた少年
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八話「洞窟を抜けて」

 翌朝。

 見張りを交代しながら体を休めた莉緒たちは、早々に準備を整えて、それぞれの小隊に別れて森の中で探索を開始していた。


 第一目標は結界を張っている術者。第二に将真と杏果だ。


 森の中には再び霧がかかっていたが、これは結界によるものではなく、自然発生したものだろう。

 その証拠に、お互いに通信を飛ばして会話する事が出来ることを確認していた。


「……でも、やっぱり二人には繋がらないよね」

『そうだなぁ。流石にちょっと心配になってきたぞ』


 莉緒の開いた画面を覗き込んで肩を落とすリンに、画面の向こう側の響弥も共感を抱いたようだ。

 その表情には、少し焦りとも取れるものが浮かんでいる気がする。

 まあ、二人に繋がるような事があれば、繋がる前に向こうから連絡が飛んできそうなものだが。


 そして二人が見つからないならそれはそれとして、結界の術者を見つけ、倒すなりしなくてはならない。

 だが、それもよく考えてみれば難しい話なのだ。




 出発前に、莉緒はある手段を試していた。


「〈日輪舞踏〉__“五輪華”!」


 三、四と試して、徐々に威力を上げ、結界に向けて神器を放つ。


 莉緒の試みとは、結界の物理的な破壊だ。

 手段は強引なものの、むしろ初めに思いついても良かったであろうその手段を、一晩眠った事で思考力が戻り思い至ったのだ。

 霧の結界が解けてからは、結界の境界は見てわかるようになっていたから、狙いを定めるには苦労はなかった。


 問題はその後。

 これだけやっても傷一つつかないのだ。

 結界の破壊を試したのは莉緒だけではない。

 最終的には全員で試して見たが、結局、結界を揺るがす程度の事しか出来なかった。


 結界に攻撃した際に返ってきた感覚からして、反射されている訳ではなく、純粋に頑丈なだけのようだ。

 つまり、破壊は不可能ではない。

 ただ、どれほどの火力が必要になるかすら、分からないだけだ。


(こんな時、将真さんと杏果さんがいてくれたらいいんスけどねぇ……)


 将真の魔力は、その性質上、他の魔力を取り込むことが可能だ。もしかしたら、結界に干渉することが出来るかもしれない。

 現に、限定的な範囲と効果時間ではあるが、霧の結界に穴を開けて見せたのだから。

 そして杏果は、学園生の身でありながら〈日本都市〉の魔術師の魔術師屈指の膂力を持つ。

 それは、莉緒たちには到底出し得ないほどの力なのだ。


 将真と杏果を見つけ出す為にも結界を解除させたいのに、手っ取り早い解決方法が二人の手を借りて結界を破壊することなのだから、なかなか思うように行かない、もどかしいものだ。


 術者を見つけるにも、莉緒ですら今のところ、それらしき気配は感じられない。

 高位魔族と言えど、その全てが気配を殺す事に向いている訳では無い。

 だが、相手が吸血鬼ならばそれも可能だろう。


 そして本当は、こうやって人を分散して探すというのもあまり良くはない。

 少人数で術者と当たった場合、果たして勝ち目はあるのかどうか、という所なのだ。


「……リンさん。一度、皆と合流しましょう」

「え? もう?」

「そうは言っても、もう三時間くらいになるッスよ」


 そう。

 手分けして森の中の探索を初めて、もうそれだけの時間が経っている。

 その間、魔物との戦闘は数回程度あったが、術者と思われる者からの干渉はない。

 そして、定期的に連絡を取り合っている残りの小隊も、襲撃を受けた様子はない。

 相手の実力を予想すると、これは中々に幸運なことである。


「これだけ探しても見つからないなら、下手にバラバラに動き続けるのは危険ッスから。それに、二人が戻ってくる時に、あっちでもこっちでも戦闘してたら、どこに向かうか迷っちゃうかもしんないッスよ?」

「うーん……。わかった。戻ろう」


 少し悩んだ様子だったが、リンは莉緒の提案を承諾した。

 本当はまだ、探索を続けたいところだろう。


 リンにとって、杏果は頼りになる姉貴分のような存在で、将真は同期とはいえ編入生で、まだ対等と言うよりは守りたいと思う後輩のような存在。

 二人は特に大切な友人で、リンの心のかなりの部分を占めている。


 それでも一度切りあげる事を容認したのは、ここで無理を押し通して、自分一人が闇雲に探しても仕方がないと理解しているからだ。


「早く合流して、探索を再開しましょう」

「……うん。ありがとう」


 莉緒の言葉に頷き、二人は取り決めた集合場所へと引き返していった。




 一方で、将真が目覚めた後に探索を再開した二人は、再び魔物との連戦が続いていた。

 その大半が、ゴブリンだったりコボルドだったり、だ。時には、大きな蝙蝠型の魔物に囲まれることもあったが、大した脅威にはならなかった。

 とはいえ、目覚めた矢先にこれだけ戦わされては、疲れも少しずつ溜まってくる。


「__ふぅ」

「これで、片付いたか……?」

「とりあえずね」


 二人で、どれだけの数を倒しただろうか。

 惜しい事があるとすれば、魔石を回収する余裕もない事だ。

 相当な数になるはずで、恐らくそれなりの価値にはなるだろうが、そんな事に時間を割くよりも真っ先に外へ脱出しなければならない。


 そうして暫く進むと、小さなコボルドが数体、身を寄せて縮こまっている部屋に辿り着く。

 行き止まりのようだが、どうやらコボルドたちの住処だったようだ。


「……どうする?」

「……アンタが出来ないって言うなら、私で片付けるけど」

「……いや、やるよ」


 魔物とはいえ、無抵抗な子供を手にかけるのは抵抗があった。

 まして、知性を持ち、心を持つ、低位と言えど魔族だ。

 本能を剥き出しにして、なりふり構わず襲い来るようなただの魔物とは違うのだ。

 だからこそ、全てを杏果に任せるような、意気地無しな事はしたくなかった。

 罪悪感はあろうとも、やらなくてはならない。

 ここで見逃した結果、すぐにでも逆襲に動き出すかもしれないのだ。


「……編入生のアンタに、無理にやれとは言わないわよ?」

「つったって、俺ももう二ヶ月はこの世界で戦ってんだ。甘えてばっかいられねーよ」

「そう。じゃあそっちも頼むわよ」


 そうして、駆除にかけた時間はせいぜい数分。

 成体のコボルドですら、大した強さでは無いのだ。

 その子供となれば、容易くその命は摘み取れてしまった。


「……よし、これでいいわね。それじゃあさっさと来た道を戻って__ッ!?」


 全ての個体の絶命を再確認し、歩き出そうとする杏果の体が、急に崩れ落ちた。

 慌てて将真はその体を支える。

 今度は、触れてはいけないような場所に触れることはなく済んだ。


「お、おい、どうした!? 大丈夫か!?」

「え、えぇ、とりあえず、大丈夫、だけど……ッ」


 体を揺さぶり呼びかける将真に、若干たどたどしい口調で、苦しそうな表情で答える杏果。

 その視線が足元を向いて、将真もそれに吊られる。

 すると、杏果の足首に小さな傷が出来ていた。

 それは、辛うじて僅かな間息が残っていた子コボルドの手に握られていた、刃物によるものだった。


「……多分、麻痺毒ね。少し休めば、落ち着くと思う、けど……」

「……しょうがねーか」


 現状は、動くことすら辛そうで、直ぐに行動できるような様子ではない。

 そう判断した将真は、彼女の前に周って背負うと、一息に立ち上がる。

 重さを感じない訳では無いが、体を鍛えている魔術師にとっては、無いに等しい重量だ。

 問題は、背中に当たる感触だけである。

 リンを背負った時と同じ様に、出来るだけ無心を心掛けようと思ったのだが、リンの時ですら邪念に囚われていたのだ。

 その時を上回る胸部の感触は、男にとってはもはや凶器と言っても過言ではない。


 だが、意外にも今回はまだ、リンの時より無心でいられそうだった。

 他でもない、杏果の協力によって。


「……変な事考えたら首締めるから」

「努力する……」


 あまり力が入らなくとも、首に回された腕が時折力を強め、その気になれば後ろに体重をかけるだけで締めることも可能だろう。

 流石に、命の危機を感じざるを得ない状況では、そうそう邪念に意識を囚われることは無かった。


「……後でリンになんか言われそうね」

「え? ……なんで?」

「……いいから、さっさと歩く」

「ぐぇっ! 理不尽過ぎるだろ!」


 急に首を閉められて納得がいかず、抗議の声を上げる将真だったが、杏果はむしろそんな彼の姿に呆れたようなため息をつく。

 一体なんなんだ、とブツブツと文句を言う将真の耳に、ポツリと呟いた杏果の声が届く。


「……私、アンタには嫌われてると思ってたんだけど」

「……そのセリフ、そのまま返すぞ。てかなんだ突然」

「足手纏いは置いてくべきよ?」

「ほー、そうかい。じゃあ俺と行動してるのはお前のミスだな?」


 杏果の言葉に、思わず腹立たしさを覚えた将真の返答が刺々しさを含んでいた。


 杏果はつまり、麻痺毒で動けなくなった自分を置いて先に行けばよかったのだと、そう言いたいのだろう。

 冗談ではない。

 足手纏いと言うなら、恐らく将真の方がよっぽどなのだ。多少戦えるようになってきた程度で、出来ることはまだ少ない。

 それに例え態度が少しキツくとも、仲間であり、友人だと将真は思っているのだから。


「…………アンタのことを言ったつもりは無いけど、悪かったわ。馬鹿なこと言ったわね」

「当たり前だろ。ここで見捨ててくなんて寝覚めが悪すぎるわ」


 顔は見えないが、バツの悪そうな顔でも浮かべてそうな、少し落ち込んだ声音だった。

 不覚をとった事が響いているようだ。


 ここで杏果を置いていったとして、今の状態の彼女が無事で済むとは思えない。幾ら実力があると言っても、だ。

 そして杏果の身に何かあれば、リンもきっと悲しむだろう。

 もっと言えば、そもそも今回の任務は彼女を含めた第三小隊の救出もあるのだ。

 感情論を抜きにしても、置いては行けない。


「……リンの事、ちゃんと考えてくれてるのね」

「そりゃ仲間だし、何よりこっち来て初めての友人だしな。まあ、そうじゃなくても別に、蔑ろに扱う事はしないと思うけど」

「珍しいのよ。あの子、変なのに絡まれやすいし、異性の友人なんていなかったし」

「響弥は違うのか?」

「……まあ、ギリギリかしら。仲間意識はあると思うし、私と関わりがあるから、お互いに多少は知った仲だと思うわ。一応友人って言えるかもしれないけど、親しいかと言われると、ね」


 変なのに絡まれやすい、と聞いた将真が思い出すのは、リンと初めて会った日の事だ。

 つまり、あんな事がよくあったと言う事か。

 だとすれば、リンにとってはとんだ災難だろう。


「だから、私が言うのもおかしな話かもしれないけど……、ありがとね」

「……まあ、受け取っては置くけど」


 将真としては、礼を言われるほどのことはしていない、と思っている。

 それでも、感謝をされていることに悪い気はしない。

 彼女にとって、リンは妹分みたいなものの様だし、気にかけていたのは将真もよく知るところだ。

 それこそ、鬱陶しいくらいに。

 とはいえ暫くすれば、リンに近づく将真に対する目は剣呑なものでは無くなっていたが。


「お前が謙虚だとむしろ調子狂うな……」

「あら、じゃあ適当に締め上げてやってもいいんだけど」

「何でそうなるんだよ、頼むからやめてくれ」


 突如暴挙に出ようとする杏果の宣言を、顔を顰めながらやんわりと拒否し、将真は足を止めることなく歩き続ける。


 そうして、どれほどの時間が経っただろうか。

 時折遭遇した魔物は、杏果の魔術のお陰で対処出来た。

 魔術の扱いにおいては、残念ながらまだ甘い将真は、両手が塞がっている今、まともに扱えるものがない。

 その為、杏果が麻痺毒の影響下でも魔術を使えるというのはありがたかった。


(……ちょっと足が重くなってきたな)


 将真の感覚が正しければ、ここ暫くずっと登り続けている。

 その為、少し疲労が溜まってきたのだろう。

 この分だと、もう出口はすぐそこかもしれない。


「……待てよ? 出口が近いなら、風の向きで見つけられるんじゃないか?」

「……何かするつもり? そろそろ歩くくらいなら出来ると思うから、降ろしてもらってもいいけど」

「じゃあ、ちょっと降りてもらって……」


 ゆっくりと屈み、杏果は自由が聞くようになった足を地面に触れさせる。

 すると杏果は直ぐに将真から離れ、ちゃんと両足で立てることを確認した。


「……そんな回復早いもんなのか?」

「アンタのおかげで、体内魔力の循環に集中出来たからね。まあ、致死毒とか、重い状態異常だとこうは行かないけど」


 さっきまで杏果を侵していたのは、自然治癒でも回復する程度の麻痺毒だ。

 その程度なら、意識的に魔力を循環させることで、一時的に自然治癒力を上昇させられるらしい。

 そしてそれは、魔力量が多いほど良いようだ。


「私の魔力量はそれなりだもの。治りも早いわ」

「そうなのか……。そうだ、ちょっと火属性の魔術使って貰っていいか? 火を起こす程度のものでいいんだけど」

「いいわよ。__〈灯火トーチ〉」


 将真の要求に素直に応じた杏果が使ったのは、火属性の初級魔術。

 光属性の〈光源ライト〉と効果は殆ど変わらないが、それに火の性質も持ち合わせている。

 狙い通り、魔術によって灯された小さな火は、風に揺らいでいた。

 それを確認すると、将真も人差し指を舐めて濡らし、そのまま少し掲げる。


 その二つの方法で試して見た結界、風が吹いてくる方向を大体把握することに成功した。


「よし、こっちだな」

「……意外と手馴れてるわね。本当、編入生らしくない」

「いや、これでも二ヶ月は外で任務とかこなしてるんだぞって、この話さっきしたな……」

「それを踏まえても、簡単に身に付く技能スキルじゃないって言ってんの」


 ジト目気味に見てくるその視線から逃げるように目を背ける将真。

 ともあれ、出口が分かればのんびりと歩く必要は無い。

 二人は早く脱出しようと足早に駆け出していた。

 心做しか、灯りが無くても少し周りが見通せるようになってきた気がする。


 そうして駆けだして十分ほど。

 視界の先に、洞窟の終わりが見えた。


「__よし、抜けた!」

「何だかんだ、一日程度で済んだかしらね……」


 一息に洞窟を抜け出し、少し荒くなった呼吸を整える。

 視界に広がるのは一面、森林の景色だ。

 どこに出てきたかは分からないが、恐らく落ちる前までいた森のどこかなのだろう。

 或いは、結界は解除されたはずだから、違う場所に出ているかもしれないが。


「……先ずは連絡入れとくか」

「私がやるわ。とりあえず莉緒でいいかしら」


 手際よく宙に手を翳して操作をしていく杏果。

 そうして画面が開かれると、通信を飛ばして繋がるまで待つ。

 やがて、画面が切り替わり、莉緒に繋がった所で__


 ズン、と森が激震し、鈍く大きな音が響いた。


「なっ……!?」

「何事!?」


 莉緒と通話しようとしていた杏果も、そちらに意識を取られる。

 と言っても、視界の先は森に覆われていて、何が起きているのかが分からない。

 木に登れば分かるのだろうが、その前に通信が繋がった莉緒から、慌てるような声が聞こえてきた。


『杏果さん!? って事は将真さんもいるッスね!?』

「え、ええ。漸く出られたから、連絡しようと思ったんだけど……」

『申し訳ないッスけど、今悠長に話してる余裕が無いんで手短に言わせてもらうッスよ!』

「だ、大丈夫か?」

『出来れば早く来て欲しいッスねぇ! 何せ、結界が実は二重で出られない! そんで今、術者と遭遇して戦闘中ッス!』

「ゲッ!」

「あの霧の結界だけじゃなかったのね……」


 思わず呻く将真と、うんざりとした表情の杏果。

 だが、その二人の表情が引き締め直されるくらいに、莉緒の声は切羽詰まっていた。


『割と本気で洒落にならない相手なんスけど、逃げ場もないんで逃げてとすら言えないんスよねぇ! なんで早めに頼みます__っとぉ!?』


 捲し立てる莉緒だったが、何かしらの攻撃を受けたのか、その煽りで通信が途切れる。

 どうやら、莉緒たちの方はかなりまずい状況のようだ。


(急がないと、やばそうだな)


 尤も、莉緒が焦るほどの相手だ。

 将真が行ってどうにかなるとは思えないが、それでも杏果の戦力は大きい。

 二人揃って、急いで近くの木を跳ぶように駆け登り、天辺まで登って周囲を確認する。

 すると、かなり離れたところから土煙が舞い上がっている様子を確認できた。


「あんなに離れてんのか、本当に広すぎるな、この森は……!」

「そんな事はどうでもいいわ。急ぐわよ!」

「あっ、ちょ、おい!」


 確認するや否や、回復したばかりで万全という訳でもないにも拘わらず、全力で駆け出していく杏果。

 そんな彼女を諌めようとして、止める。

 代わりに、一瞬の内に空いた距離を埋めるためにも、慌ててその背中を追いかける。


(せめて無事でいてくれよ……!)


 例え足手纏いであろうとも、いざとなればこの身を盾にすることは出来るだろう。

 そんな、悲壮な覚悟すら決めて、将真は森を駆け抜ける。

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