15・そして、急転
明けましておめでとうございます。
泥の道を走りました。海辺に近いカイの船から、里の真ん中、わたしの家まで。
ぬるまったい雨風に打たれ、何度もぬかるみに足を取られ、つまずいては立ち上がって。硬いゴムのサンダルで擦れた足、血がにじむのもかまわずに。
どこか途中でバッタリ出くわして、
『なにしてんだミユキ。あわててどこ行くんだ』
こともなげに言われる、そんな願いは叶いませんでした。
やがて見えてきた、わたしの小さな家。
ペチャンコに潰れてます。壁も柱も横倒しになって、屋根が地面にべったり伏せて。
「カイ!!!!」
なぜか確信しました。
彼女はあの下にいる。
*
昨日まで屋根だった、竹と板切れと葉っぱのかたまりに手をかけて。
思いっきり持ち上げてみたけど、当然というか、ビクとも動きません。
「誰か、誰か来て!! 助けてください!!!!」
無駄な努力を続けながら、何度も叫びました。
雨はもう小粒だったけど、その分風にあおられて、横殴りに家々の壁とわたしに吹きつけます。里は静まり返って、誰かどころか、普段どこにでもいる猫や鶏一匹見当たりません。
ここで騒いでてもダメだ。どこかの家の戸を叩いたほうがいい。
やっと気づいてあたりを見回したら、細い、背の高い人影が近づいてくるところでした。
「なんだあんた、そこで何してる。そんな恰好で」
トーニくん。柄の長いシャベルかついで、眉をひそめて。
「助けて!! この下にカイがいる……かもしれないんです!!」
たちまちこわばる、少年の整った顔。
「ばかな。この家は昨日から立ち入り禁止だった。意味なく入りこむほど、あいつは愚かじゃない」
「わたしが忘れ物したんです! 家にはいなかったし、取りに戻ってきたかもしれません!」
最後まで聞かず、崩れた屋根の下にシャベルの先をねじ込むトーニくん。持ち手を右肩に乗せ、折れそうなほど歯を食いしばって脚を踏ん張ります。
ぐらり、屋根が揺れたと思ったとたん、白木の柄が音を立てて割れ砕けました。
怒りに燃える目、こちらに向いて。
どんな罵声、どんな呪いを吐かれるかと思ったけど、吐かれても仕方なかったけど。
「……おれは父さんを呼んでくる! おまえは、そこらの家を回って男手を集めろ!」
それだけ言い残して、少年は矢の速さで駆け去ってゆきました。
わたしもまた、時間を無駄にはせず……
*
ものの数分で、トーニくんはお父さんとともに戻ってきました。あの岩のような巨人。
巨人は状況を確認するなり、長大な弓を天に向けて一射。
ピィィ、鋭く鳴きながら飛ぶ音の矢。鏑矢でしたっけ、いや名前なんてどうでもいい。
その時には、わたしが近所をまわって求めた助け舟が六、七人、てんでばらばらに、潰れた家に取りついてました。
「〇××□、▲▲◎!!」
その家を指さし、なにか周りに命ずる巨人。岩どころか、山が口をきいたような低く太い声で。
それから、屋根のへりだった太い竹に手をかけて。力を込めると、信じられないことに、メリメリと持ち上がりはじめました。
すかさず、ほかの男たちがその下に棒をさしこみ、さっきトーニくんがしたように肩で押し上げます。
なにごとかと見に来たおばさんたち、子供たち、手分けして柱や壁の残骸を取り除いてゆきます。わたしももちろん加わりました。
「痛っ……!」
割れた木切れを引き抜いたときに、ささくれが深く手を刺しました。かまいません。刺さるなら刺されバカ。
カイ。お願い、どうか。
ばしゃばしゃ水を蹴る足音や、まわりの気配、話し声で、人が集まってきてるのが分かります。みんな手伝ってくれる、助けてくれる。だからどうか無事でいて。
「ミユキどったの、なにがあったの!?」
ベル。わたしの横に体をすべりこませて、いつになく緊迫した顔。
説明しようとして、言葉にならず、唇だけが震えて。
そのとき、ベルの反対から声が。女の子にしては低い、りりしい声。
聞きたかった声。
「落ち着けミユキ、ケガしてるじゃないか。なんだか知らないがここはまかせ」
「アホ――――――ッ!!!!!!」
飛ばしたビンタはギリよけられて。
「うおっコラ、いきなり何すん……!!」
当然だけど文句言おうとした、カイ、の首っ玉に、わたしは飛びつきました。
あとはよく覚えてません。とにかく、子供みたいにわあわあ泣きました。なにか自分でも意味の分からないことを、しかも日本語でくりかえしながら。
カイ、わたしを引きはがそうと悪戦苦闘でしたが、しまいにあきらめたようでした。
……やがてして、ハッと我に返るわたし。
目の前、あきらかに困ってるカイの、すこし赤い顔がありました。
見回すと、ベルはニヤニヤ、トーニくんはムスッと唇をへの字、巨人はあいかわらず岩のような無表情。あとは一同、口あけてポカーン。
そっとカイから離れ、わたし、天を仰いでふたつ深呼吸。
それから思い切り頭を下げました。頭突きで地を割るいきおいで。
「みなさん、お騒がせしましたごめんなさい!!!!」
爆笑の渦が巻き起こりました。
*
「考えなしかあんたは。家が潰れたからって、なんで私が下敷きだ」
「うう。だって、朝起きたら姿が見えないし……」
「見えなかったら下敷きか。騒ぐ前によそを探そうと思わなかったのか」
「その……確信があったので……」
「なんのだよ」
とりあえずでカイの家に戻って。
ささくれの刺さった手に薬塗ってもらいながら、お説教を聞いてました。ううう。
本来、こういう手当ては例の『子供の家』でやるそう。けど今は、風で飛んだ屋根を修理中だとか。
嵐のあとは、倒れたり壊れたりするものは必ずあって、それに芋畑のあぜが崩れたり飲み水が泥で汚れたりと、しばらくは復旧作業たいへんらしいです。それはともかくお説教中でした。
「ままま、あんまし怒らないでやってよカイ」
いつも横からわたしをかばってくれるベル。大好き。結婚して。
「すまほ、だっけ? それ忘れてたんでしょミユキ。
だからカイが取りに来て、それで埋まったかもって思った。でしょでしょ?」
「……それこそ考えなしか。家が倒れるなら、雨風がひどかった夜のうちに倒れるはずじゃないか。
実際、私が朝見にきた時には、とっくにぺしゃんこだった」
「ほーらミユキ聞いた? カイ、埋まってはなかったけど、あなたが思った通り家には来たのよ。あなたのすまほのために」
カイ、ぐっと詰まってそっぽ向きました。
わたし、なぜだか気恥ずかしくなって早口で、
「ででででも、ともかく無事でよかったです。スマホはどうせ壊れてるので、いつかあそこを片付けるときにでも回収できればいいので」
「あーそうそのすまほ、昨日のうちにあたしが拾っといたよ。ミユキがカイんち行ったあと見っけたんで」
「ベル大好き結婚してーっ!!」
差し出されたごついスマホに飛びついて、勢いのまま今度はベルの首っ玉にかじりつくわたし。きゃーと悲鳴上げて笑って、髪に花飾りの少女、カイにウィンクしてみせました。
「ね、こーして丸く収まったんだから、あなたももう怒らないの。
勘違いでも、ミユキだってあなたを心配して飛び出してきたんじゃないのさ。花も恥じらう乙女が、腰布も巻かないパンイチで」
あらやだ。そんな言い方されると、わたしがいかにもいじらしいみたいで照れますね。花も恥じらう乙女が、パンイチ……
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そういえば、さっきトーニくんに言われましたっけ。『そんな恰好でなにしてる』って。
島では、腰布をつけないのは、下着でうろついてるような感覚で……
「あー分かった分かった、この話は終わりだ。
ミユキ、あんた今日からの宿はどうする。家が直るまで、まあ十日はかかると思うが」
寝床のそばに落ちていた腰布を、今さらながら巻き直して。
「……今夜からも、ここでお世話になっていいですか」
島に流れ着いてもう何度目でしょう。
わたしは、両手で顔を覆って突っ伏したのでした。
「……しばらく里のほうには行きたくないです……」
*
そして。
*
雨が上がって、陽が射して。
わたしは、カイの船のソファで半日ウトウトしてました。
ゆうべ夜更かししたのと、今朝早くからのあの騒ぎ、雨に濡れたこと。なんだかんだで少し疲れたみたい。
窓のカーテンは閉じたまま入り口のドアを開け放った船室は、薄暗くて、潮の匂いのする風が心地よかった。
ときどき眠い目を開けると、向かいのソファにカイがいたり、いなかったり。
「……カイ。ベルはどうしたんですか?」
これはもちろん、いたときに訊いたのです。
「メシだのなんだの、調達に行ってもらった。三人いても手狭なだけだし、あんたがここにいる間は、昼も私が付く。私の家だしな」
「そっか。ありがと、よろしくで……す……」
次に目を開けたら、カイはいませんでした。
だいじょうぶ、心配はしません。あの生真面目なカイだもん、遠くに行ったりはしてないでしょうから。
枕元のスマホ、なんとなく手に取って電源ボタンを長押し。……やっぱりつきません。
「こーら、おまえ、ニチジョーセーカツボースイでしょ……?」
さとしてみても返事なし。飛行機が落ちて何日も海を漂うというのは、日常生活のサポート外なんですかね。
なんとなく、
本当になんとなく。裏ぶたのつまみに爪が引っ掛かったついでに、開けてみました。
ゾッと背筋が震えて、いっぺんに目が覚めました。
バッテリーが抜かれている。
スマホなんて誰も知らないはずのこの島で、いつのまに。
(適応編・終わり)




