14・嵐とお泊り(2)
「……つまりスマホってのは、あんたが持ってたあの薄四角い板のことか」
「うう」
「そいつを昨日、籠から出していじりまわしてたと。で、何の気なしにそのへんに置いたと」
「ううう……」
「で、今日、そのスマホとやらも持ったつもりで出てきたと。いつも籠の下のほうにつっこんであるから気付かなかった、と」
「ううう。そうです……」
お見苦しいとこお見せします、わたしお得意のメソメソモード。だけど今夜ばかりは泣いていいでしょう? いいと言ってください誰か。
「あんたたしか、壊れてるって言ってたよなアレ」
「うう……はい……」
「ならいいじゃないか。どうせ使い物にならないんだろ」
「そっ、うだけど、そーいうことじゃないんですよう」
「どのみち、この夜中でこの嵐だ。今さら取りには行けないぞ」
……。
わたしは鼻をすすって、ソファに横になりました。壁のほうを向いて、つまりカイに背を向けて。
いえ、彼女に含むところはないです。なんていうか、一人になりたいだけ。
「……ごめんなさい、お騒がせしました。おやすみなさい」
カイ、テーブル越しに手を伸ばしたんでしょう、ぽんと肩を叩かれました。
「あーと、なあ、ミユキ。
形あるものは、いつか壊れて消える。そういうもんだ」
ザックリした慰めありがとう。返事はかんべんしてください。
分かってます、忘れてきたのは自分のミス。なのにひとに当たるなんて。もともと壊れてんだからいいじゃないか、それもその通り。
でも思い切れませんでした。情けないくらい涙と鼻水が出ます。
あれは、わたしにとってだけは、ただの壊れた家電じゃなかった。
お母さんが昔買ってくれたスマホ。
デザインが可愛くないと文句たれるわたしに、どうせあんたは落っことすんだからって、頑丈一点張りのを押しつけて。でも色だけは選ばせてくれた。
昨日だけじゃない。ひとりのとき、何度も籠から出しては電源ボタン長押ししてみたり、単に手に取ってながめたり。
あのウンともスンとも言わない板切れこそ、わたしがこないだまでいた世界の象徴であり、せめて気持ちだけでもお母さんとつながるためのよすがでした。……よすがなんて単語が出てきた自分にビックリですが、ともかくそうでした。……
聞こえたのは、小さなため息。それから、ゴトゴトガタガタ、なにかを動かす音。
「ミユキ。おい」
しぶしぶ振り向くと、どこから出したのか、テーブルの上に小さな缶が置いてありました。
……そして、カイのひざの上、にぶい飴色に光るアコースティックギター。
「どうせすぐには眠れないだろ。退屈しのぎに、さ」
*
「本当はラジオでも聴ければいいんだけどな。あれもとっくに壊れてるんだ」
最初、なにか確かめるみたく一本一本の弦を指ではじいて。それから、いくつかのコードを鳴らして。
「……上手くはないぞ。笑うなよ」
大まじめな顔で予防線引いて歌いはじめるカイ。
わたしも知ってる、誰でも知ってる、有名なフォークソング。戦争に行ってしまったわが子を想う母の歌。
女の子にしては低めの声、優しくやわらかく、メロディラインを紡いで。ギターの伴奏が、その歌声を控えめに、しっかり支えます。
やがて、最後の”come back to me.”を三度リフレインして、カイは静かに歌いおさめました。
ポカンと口開けて聴いてたわたし、ようやく我に返って、手が痛くなるほどの拍手喝采。
「ブラボー、すごいすごい、うまいじゃないですか!」
「なあに、おそまつさま、だ」
目を合わさず受け流して、すぐ次の歌にかかる、かっこよくて照れ屋な少女。今度は一転、陽気なアメリカンポップス、三曲続けてです。
終わって、さっきに負けないくらい拍手して。
額の汗をぬぐうカイに訊いてみました。
「ね。ギターもお父さんから?」
「ああ。たくさん歌ってくれたし、こいつの鳴かせ方も教えてくれた。
脚のケガもあって、最後のほう、あんまり動けなかった。だからなおさら歌が楽しみだったんだろうな」
言いながら、テーブルに置いた缶を開けます。なにかと思ったら、
「ほらミユキ、手ぇ出せ」
コロコロ。振り出されたのは、白い結晶がふたつぶ。
氷砂糖、でした。たぶん船に積んであった非常食。
自分もひとつ口に含んで、笑って。
「これも父さんのさ。とっておきだからよーく味わってくれよ」
わたし、手のひらのそれをほおばる仕草で、とっさに口元を覆いました。
なんでって、吹き出しそうになったのを隠すため。
「? なんだオイ、どうかしたか」
「い、いいえ。果物以外で甘いもの久しぶりだなあって。おいしい」
ねえカイ、歌は分かりますよ? けどお砂糖って。
十六の、来年には大人だという女の子がですよ? それも年上を慰めるのに、甘いものだなんて。ちょっと子供っぽすぎじゃないですか。
わたしなんかを慰めるために、お父さんが残した『とっておき』を分けてくれたなんて。照れ屋のくせに、歌まで歌ってくれたなんて。
ああもう、大好きだ。
「ねねね。もっと弾いてくれませんか」
「ああ、いいぜ。リクエストあるか?」
わたしが列挙したタイトルの三つめに、カイがうなずいて。ギターが歯切れよくリズムを刻み始めて。
その歌い出しに合わせて、わたしも声を張りました。
ときに同じ旋律、ときにハモり。なにを隠そう、わたしも歌うのは大好きなんです。
最初目を丸くしていたカイ、やがてニヤリ笑って口笛ひとつ。
楽しい時間でした。本当に、外の嵐のことなんて忘れてました。二曲、三曲、四曲、歌は続いて……
パチン。
小さく弾ける音で、急に止まりました。
ギター、いちばん小指側の弦が切れたのです。
「……お開きかな。せっかく乗ってきたとこだが」
すこしだけ名残惜しそうに次のコードを抑えて、足元のケースにギターを納めるカイ。
わたし青くなって、
「カイ! ごっ、ごめんなさい、ギターが……!」
「いいさ、手入れが悪かったんだ。どのみち長くはもたなかった」
「でも……」
身を乗り出すわたしを、静かな目が見つめ返してました。
「言ったろ。形あるものは、いつか壊れて消えるものさ」
鼻の奥がツンと来ました。
わたしにとってのスマホと同じ。そのギターは、なつかしいお父さんに会うための魔法のアイテムだったはずなのに。
こちらに気をつかわせないつもりでしょう。わざとらしいほど大きなあくびしてみせる、優しくてハンサムな少女。
「さ、そろそろ寝ちまえよ。私もちょっと休ませてもらう。
……ギターのことは、本当に気にするな。
どうせ替えの弦はまだまだあるから」
そっか、よかった。
替えはまだまだ…………
「…………。あるんですかよ!!!!」
「うおっ、なんだよ。あるけど、こんな暗い中で張り替えるのは無理だぞ。今夜はもうおしまい」
「ケチ! カイのケチンボ! あっはははは」
抗議しながら笑い転げてしまいました。ああ息が苦しい、おなかいたい。
外、雨風は少しだけ弱まったかも。体が心地よく疲れて、今なら眠れそう。
横になっておやすみなさいを言ったら、
「ああ。おやすみ」
おだやかな声が返ってきました。
*
……ずいぶんぐっすり寝たみたい。目が覚めたら、外はもうほの明るくて。
雨の音、風の音、まだ続いてはいたけど、だいぶ静まってました。
テーブルの上、灯り油はもう消えてます。その向こうのソファ、カイの姿がありません。
どこ行ったんだろ。ねぼけながら考えて……
ひょっとして、わたしの家に、スマホ取りに行ってくれたんじゃ?
風で潰されるかもって家に?
跳ね起きたはずみでテーブルの角にすねをぶつけたけど、わたしはかまわず外に飛び出しました。
本年の更新はおしまい。来年からは急展開になります。
読んでくださってありがとうございました。よいお年を。




