第十五話「デオダード商会」
前半がザック視点、後半が別人物視点です。
九月二十六日。
アウレラに到着した翌日、今日はジルソール島に渡るための船を探すため、商業地区で情報収集を行う予定だ。
商業地区で情報収集を行うのはベアトリスとシャロン、そしてキトリー・エルバイン教授だ。俺、リディ、メルは鍛冶師ギルドに顔を出した後、その伝手を使って情報収集を行う。
ベアトリスの班だが、バラバラだとシャロンやキトリーさんがトラブルに巻き込まれる可能性もあるので、三人で行動する。その際、ロックハート家の名はできるだけ出さず、キトリーさんの調査の護衛兼助手という位置付けとした。
これは俺がジルソールに行くという情報が必要以上に広がらないようにするためだ。以前トラブルになっているルークス聖王国に情報が流れると、無用のトラブルを招く可能性が高くなることを警戒している。
ベアトリスたちとは宿で別れ、北地区にある鍛冶師ギルドの支部に向かう。今回は軽装での旅行ということで、いつものように樽は運べていない。ただし、収納魔法に入れてある12年物の二十リットルタンクは持ち込もうと思っている。
支部に到着し、職員に話をしようとしたが、なぜか支部長であるザムエル・オビッツら主要なドワーフの鍛冶師たちが待ち構えていた。いつもなら酒の匂いで気づくのだが、今回に限って言えば、支部に着く直前にタンクを取り出しているので酒の匂いはしなかったはずだ。
いつも通り、握手をしながらバシバシと背中を叩かれる手荒い感じの歓迎を受ける。
「そろそろ来るんじゃないかと思っておったのだ」
ザムエルの言葉に「酒の匂いはしなかったはずだが?」と聞くと、
「確かに匂いはしておらんが、美味い酒が近づいてくる気配は感じた。美味い酒ならお前さんだろうと当たりをつけておったんじゃ」
「そうじゃ! そうじゃ!」とドワーフたちが笑いながら同意する。
こうなるとドワーフの種族固有の特殊能力だと納得するしかない。
「ここまでよく来てくれた。今日は宴会じゃな」とザムエルが豪快な笑い声を上げながらいった後、支部長室に向かう。
部屋に入ると、「ここに来ねばならん理由があるのか?」とまじめな表情で理由を聞いてきた。
七月の初めのドワーフ・フェスティバルで会っており、その時はアウレラに来る話を全くしていなかったので、不審に思ったようだ。
「あまりおおっぴらにしたくないんだが、ジルソール島に行くことになった。目的はキトリー・エルバイン教授の研究の手伝いだ……」
簡単に行き先と目的を説明する。
「何かあるようじゃが、儂らは聞かぬし、誰に聞かれようとも話しはせん。で、相談があるんじゃろ?」
さすがは商業都市アウレラで支部長をやっているだけのことはあり、詳しい事情を聞くことなく、俺が訪れた理由を察してくれた。
「海運業者について知りたい。ここからだとルークスを通ることになる。信用できるところが知りたいということだ。もちろん、情報がなくても大丈夫だ。当てがないわけじゃないからな」
「海運業者……それも信用できるところか……一箇所しか心当たりはないの」
「それはどこなんだ?」
「デオダード商会じゃ。先代とは素材の納入で取引があったからよく知っておるが、信用を何よりも大事にしておる商人じゃった。無論、今の商会長も信用できる」
ここでもデオダード商会の名が出たことに驚くが、アウレラの商人は抜け目がないことで有名だから、信用できるところが少ないということなのだろう。
「俺が調べたのと同じ結果だな。そう言えば、ゲルハルトたちがルークスを脱出した時に使った業者はどうなんだ? 命懸けで脱出を手伝ってくれたんだろ?」
俺の問いにゲルハルトが答える。
「フォーブスは駄目じゃ。あそこは聖王府に仕返しするために儂らに手を貸したにすぎん……」
ゲルハルトたちはロックハート家異端認定事件の際、聖王国の聖都パクスルーメンから脱出してきた。その際、フォーブスという商人が手を貸してくれたが、彼は聖王国が代金を踏み倒したことに怒り、その意趣返しでやっただけで信用できないということだった。
「そうか。だとしたらデオダード商会にいくしかないか」
「二代目のヴェルノは商会のことを一番に考えておる。念のために儂から紹介状を書くが、トラブルになるようなら断られるかもしれんことは覚悟しておくんじゃな」
ザムエルからの情報では二代目の商会長ヴェルノ・デオダードは五十代前半の商人で、初代が築き上げた商会を堅実な手腕で更に成長させている。ただし、リスクを伴うような博打的な商売には手を出さないため、今回のことも話の持っていき方次第では断られることも充分にありうる。
アウレラやルークス聖王国の情報も聞いてみたが、トラブルに繋がりそうな情報はなく、夕方に再度訪問する約束をし、鍛冶師ギルドを後にする。ベアトリスたちが集めた情報を吟味し、午後にデオダード商会を訪れるためだ。
正午頃、宿で待っているとベアトリスたちが戻ってきた。
「いい情報はないね。どこも似たり寄ったりって感じさ」とベアトリスは言いながら肩を竦める。
「ペリプルスとアウレラは半分戦争になっているようです。港に入ってきた船に傷ついたものもいました。話を聞くと海賊に襲われて逆に沈めたって教えてくれました。三日ほど前にペリプルスの海賊の絞首刑が行われたそうです……」
シャロンがメモを見ながら説明を加えた。
「船の上での戦いか……ますます面倒そうだな」
俺の呟きにキトリーさんが疲れた顔を見せて、
「ジルソール行きが極端に少ないことの方が深刻よ」
「月に五、六隻は向かっているという話でしたが?」と聞くと、
「ええ、でもそのほとんどが帝都を経由しているの。それに帝都で上手く仕入れられればジルソールに向かわないそうよ」
ジルソールの主要な産業はガラス製品の輸出だ。他には南の島特産の食材もあるが、単価が安いため、ガラス製品の買い付けのために行くといっても過言ではない。
また、ジルソール自体豊かな国とはいえないため、単価の高い物は売れず、穀物類を運ぶことが主となる。
更に悪いことにジルソールのガラス産業は帝国の製品に押され、年々輸出量が落ちているらしい。
その原因だが、俺が作ったグラス類を帝都やエザリントンの業者が真似たことにある。職人が粗く作った物を土属性魔術師が仕上げるという分業制により、帝国のガラス製品の品質が飛躍的に上がっているのだ。
「直行便はほとんどがチャーターになるようよ。あなたが調べたデオダード商会はジルソールと取引があるようだけど……」
デオダード商会は北のラクス・サルトゥース連合王国に支店を多く持つ。連合王国は停戦中の帝国製品に高い関税を掛けているため、ジルソールのガラス製品はまだ商品として価値があるらしい。
「そうなるとデオダード商会だけが候補ということですか……ザムエルに紹介状を書いてもらいましたが、それが役に立ちそうですね」
更に情報収集を行ってもよいのだが、今までの情報からデオダード商会以外の候補は考えがたい。
そのため、午後にキトリーさんと俺、シャロンの三人でデオダード商会を訪問することにした。リディたちを外したのは人数が多くなりすぎることもあるが、彼女たちには別のことを調べてもらいたかったためだ。
昼食を摂った後、二百メートルほど離れたデオダード商会の本店に向かう。
世界最大の商業都市の更に商業の中心ということで、帝都の凱旋通でも見た有名な会社の本社が多く並んでいた。元の世界で言えばニューヨークのマンハッタンと言ったところだろう。
歩いている人々も貴族のような華美さはないものの、素人の俺が見ても仕立てがいいと思う服を着ており、旅行者然とした俺たちは浮いていた。一応インベントリには礼服に近いものは入っているが、帝国貴族としてのものであり、ここで着れば余計警戒されると考え、いつも通りの服装にしている。もっとも防具などは外しており、念のため剣を持っているだけだ。
デオダード商会はすぐに見つかった。四階建ての大きな石造りの建物であるものの、控え目な感じの看板に“デオダード商会”とだけ書いてあるだけだが、何となく存在感があった。
キトリーさんを先頭に建物の中に入っていく。一階は受付になっているのか、多くの人で賑わっていた。
「当商会に何か御用でしょうか?」と二十代半ばくらいの若い男性従業員が声を掛けてきた。
キトリーさんが代表して答える。
「ジルソール行きの船を探しているのですけど、ここならあるのではと言われましたので」
「ジルソールですか?」と驚かれたので、キトリーさんが自分はドクトゥスの研究者であり、調査のために向かいたいことなどを説明した。
「……なるほど。ティリア魔術学院の教授でしたか」と納得するが、すぐに表情を曇らせる。
「確かにあの島には古い遺跡があると聞いたことがありますが、直行便はなかなか出ておりません。帝都プリムス経由なら比較的頻繁に出ておりますので、そちらをご利用されてはいかがでしょうか」
「ドクトゥスで調べたのですけど、プリムスからジルソールに行かないこともあると聞きました。それに帝国からジルソールに向かうにしてもなかなか船がないと……できれば直行する船の方がよいのですが、全然ないのですか?」
そこに壮年の男性がやってきた。
「どうしたのかね。お客様相手に立ち話はよくないといつも言っているのだが」
その男性は年齢的には父より少し上くらい、背は高くなく白髪混じりの短髪に灰色の目の実直そうな印象を持った。
従業員は「申し訳ございません」と頭を下げると、「こちらへどうぞ」と言って打合せスペースになっているテーブルに案内しようとした。
「応接室の準備をしてきなさい。部屋は一番だ」とその男性は言った後、俺たちに向かって「申し訳ございません。こちらへどうぞ」と言って先導する。
年齢的にもそうだが、その貫禄から商会の重役であると感じさせる。そんな人物が俺たちのような“一見”の客の相手をすることに違和感を持った。
二階にある応接室に案内される。
品のいい調度品で揃えられており、特別な客のための部屋だと直感する。
光沢のある革製のソファに座ると、最初に応対した若い従業員が茶を持って現れた。その茶は帝国北部で飲まれるようなハーブティではなく、帝国南部でしか作られない茶葉を使った本物の紅茶だった。今でこそロックハート家でも飲まれているが、一般の庶民なら一生口にすることがない高級品だ。
「先ほどは失礼いたしました。私はヴェルノ・デオダードと申します。お客様のご用件を伺わせていただきます」
驚いたことに商会長自らが接客しようとしていた。
■■■
私ヴェルノ・デオダードが彼らを見つけたのは偶然だった。
エルフの女性、若い人間の男女という組み合わせはアウレラの商会の本店を訪問するには異質だが、それ以上に三人の容姿が目を引いた。
エルフは種族的に美形が多く、更にそれに負けないほどの美形の人間の男女という点も気になったが、それ以上に気になったのは旅行者というにはおかしな点が多すぎることだ。
明らかに年長であるエルフの女性が対応しているのは分かるが、そうなると若い二人は何のためにいるのか疑念が湧く。
漆黒の服装の若者だが、剣を持っているものの、護衛にしては若すぎる。執事にしても使用人の動きではない。また、女性の方は細腕であり護衛には見えないが、メイドというにはエルフの女性の世話をする気配が見られない。
彼らがエルフなら親族という線もあったが、種族が違う。どのような関係なのか全く分からず、それが私の興味を引いた。
近づくと若い男性の持つ剣がドワーフの名工が鍛えた名剣であることが分かった。それも最新の技術を使ったもので、ラスモア村で行われるドワーフ・フェスティバルなるイベントで披露されたものだろう。つまり、彼はその剣を持つに相応しい腕を持っているということだ。
鍛冶師でも武人でもない私が剣に詳しいのはドワーフたちと交流があるからだ。鍛冶師ギルドのアウレラ支部のドワーフたちにビールやワインを提供しているし、彼らが作った武具をサルトゥース王国に輸出している。
そのため、支部長であるザムエル殿とは懇意にさせてもらっており、ドワーフ・フェスティバルの話を聞いたことがあった。その際に最新の三属性付与の魔法剣を見せてもらったため、その特徴的な鞘を見て気づくことができたのだ。
ちょうど若い従業員が戸惑っていたので話しかけてみた。そして、詳しく話を聞くため、応接室に向かった。
用意したのは最上級のお客様をお迎えする部屋だが、彼はその調度を見て部屋の価値に気づいたようだ。更に最高級の帝国産の茶葉を使った茶を提供すると、その味にも理解を示す。
これで私はこの人物の正体に気づいた。
しかし、ここアウレラにきた理由が分からない。最初は挨拶だけして従業員に任せるつもりだったが、この重要人物が何をしようとしているのか知る必要があると考え直す。
そして、彼の登場が新たな大きなビジネスに繋がるのではないかと直感していた。
私が名乗ると、彼はとても驚いていた。
狙ったわけではないが、政治の天才と言われている彼から主導権を握ることに成功した。




