第三十一話「解禁」
前半がザックの視点の一人称、後半が第三者視点の三人称です。
トリア歴三〇二二年五月二十五日。
今日は俺の二十回目の誕生日、つまり二十歳になったということだ。
この世界の成人は十五歳であり、二十歳になったら何かが明確に変わるわけではないのだが、何となく節目という認識のようだ。
十五歳で法的には成人だが、まだ本当の大人になっていないという認識だ。二十歳になって初めて大人の仲間入りと認めてもらえる年齢という感じだろうか。この辺りは元の世界とさほど変わらない印象だ。
二十歳の誕生日ということで多くの人に祝ってもらっている。但し、いつも通り、原則的には贈り物は受け取らない。受け取るのは家族と本当に仲のいい仲間だけだ。
ベルトラムが妻のミーナと息子のデュオニスと共に祝いに駆けつけてくれた。デュオニスも二歳になり、ベルトラムの後ろをトコトコと歩いている。オーバーオールを着た愛らしい姿だが、既に腰には小さなジョッキを下げていた。まだ二歳なのにビールを飲んでいるらしい。
一通りの挨拶をした後、ベルトラムが木箱を渡してきた。
「今回はジョッキにしたぞ。俺たちは木で作った物の方が好みだが、お前は金属の方がいいといっていたからな」
以前の誕生日にも銅で作った蒸留器のミニチュアをもらっている。更にその前にもスコッチ用のショットグラスももらっているが、今回も酒関係の品らしい。
「どうだ」と言って木箱の蓋を開ける。
中を見て、俺は思わず「嘘だろう!」と叫んでしまった。
箱の中にあったのは白銀色に輝く大振りなジョッキだった。
「まさかだと思うが、ミスリルか……」
「その通りだ」といって胸を張った後、
「と言いたいところだが、素材は銅だ。表面にミスリルでコーティングしているだけだ」
「コーティングしただけ……これはやりすぎだろう……」
本体の素材こそ銅だが、希少な魔法金属であるミスリルでコーティングされている。それも外側と内側の両面に貼り付けているから、ヘルメットに使う量と大して変わらない。ミスリルコーティングの防具は非常に高価で、この量でも相当な額になるはずだ。
「コーティングだけじゃないぞ。硬化の魔法と弱いが自己修復の魔法を付与してある。少々のことでは凹まんし、傷も勝手に直る。こんなジョッキは世界に一つしか無かろう」
その言葉に一瞬呆れ、
「ジョッキに魔法を付与する奴はいないから当たり前だ……」
そこで重大なことに気づき、思わず叫んでいた。
「今何と言った! 硬化と自己修復を同時に付与できるようになったのか!」
そこでベルトラムはニヤリと笑う。
「そういうことだ! 俺も遂に三属性の付与が可能になったんだ!」
「そうか! おめでとう!」といって彼の手を取った。
硬化の魔法は金属性魔法で、自己修復は木属性魔法だ。金と木は反属性と呼ばれ、同時に付与することは非常に難しい。これができれば三つの属性を付与することができる。
現状では世界でも十人程度しかできない技術であり、ベルトラムの若さで到達できたことは驚異的なことだ。親友がそのレベルに達したことに俺は歓喜した。
「俺ができるようになったのはお前と一緒に魔法陣の研究をしたからだ。だから、いの一番にお前に贈ってやろうと思ったんだ」
ベルトラムはベテラン鍛冶師たちが受ける熟練者コースの助手をしてもらっていた。
魔法陣は一子相伝でもないが、弟子にだけ教える大切なもので、鍛冶師にとって秘中の秘であり、助手といえどもベルトラムに詳細は見せていない。
それでも魔法陣を描く時のコツのようなものは各鍛冶師から彼が聞き取っており、それを受講者に伝えている。また、その時にベテラン鍛冶師たちから手ほどきも受けており、多くの鍛冶師の技を受け継いでいた。
ベルトラムの偉業を称えていたが、横にいたリディが「でも、ジョッキに魔法を付与する必要はないんじゃないの」と呆れている。
「最初は短剣か何かにしようかと思ったんだが、フォルカーたちが酒に関するものがいいだろうと言ってな。俺も確かにそうだと思って、これにしたんだ」
蒸留器コースの講師であるフォルカーやローデリヒがアイデアを出したらしい。
「大事にするよ」といって受け取った。
その後、スコットたち蒸留職人も祝いに駆けつけてくれた。なぜかベルトラムらドワーフたちは残っている。酒の匂いを感じたのだろう。
祝いの言葉の後、一本のボトルを取り出した。ガラスのボトルには通常より僅かに濃い琥珀色の液体が満たされている。
「十五年物の樽の中で一番だと思うものを詰めたものです」
蒸留を開始したのは十六年ほど前の三〇〇六年の秋だ。十五年物は安定的に蒸留を始めた三〇〇七年の物になる。つまり、現在ある最も熟成されたスコッチだ。
「私としてはとても満足のいくスコッチに仕上がっていると思います」
そう言いながらボトルを開け、テイスティング用のグラスに注いでいく。
コッコッコッという音とベルトラムたちの息を飲む音だけが聞こえている。僅か二歳のデュオニスもキラキラとした瞳でその様子を見つめていた。種族に備わった本能がそうさせるのだろう。
「ザカライアス様の二十歳の誕生日を記念した記念ボトルとして、鍛冶師ギルドに卸そうかと思っておりますが、その前にご意見をいただけないでしょうか」
グラスを手渡すスコットの緊張が伝わってくる。このクラスのスコッチの味を知っているのは俺だけだからだが、俺が転生者だと知らない者は不思議に思っているだろう。
グラスを受け取り、香りを確かめる。
口をつけると、ほのかにブドウの香りと酸味を感じた。
「フレッシュオークじゃないな……赤ワインの樽を使ったものか……」
「その通りです。キルナレックの赤ワインのバット樽に詰めたものです」
スコットの説明に軽く頷き、更に口に含む。
(香りは悪くないが、やはり安物のシェリーカスクのような酸味があるな。それでもバランスは悪くない……この世界に来て飲んだ中では一番美味いかもしれないな……)
そんなことを考えながらゆっくりと喉に流していく。
その間、誰も口を開かない。
「美味いスコッチだ。酸味が強すぎるが、大きめの樽で寝かせた分、木の香りが強すぎず、複雑な香りが上手く出せている。今この時点ではこの世界で一番美味いスコッチだ」
スコットとブランドン、カルバートの三人は“この世界”という表現に気づいたのか、神妙な面持ちとなるが、事情を知らない他の蒸留職人たちは「ザカライアス様が世界で一番とおっしゃったぞ」と喜びを露わにしている。
痺れを切らしたのか、「俺たちにも飲ませてくれんか」というベルトラムが言ってきた。
あまりに切ない表情だったので、スコットが笑みを浮かべ、「よろしいですか」と聞いてきた。
「もちろん」といって大きく頷くと、いつの間にかグラスを握っているベルトラムたちにスコッチを注いでいく。
デュオニスも大人たちに混じってジョッキを差し出すが、さすがに早すぎるとミーナが抱き上げる。そこでむずがるが、「お前にはまだ早い」とベルトラムに言われて大きく頬を膨らませていた。
リディたちにもグラスが用意され、全員に行き渡ったところで、スコットが「ザカライアス様、二十歳の誕生日おめでとうございます」といってグラスを掲げた。
スコッチに夢中になり俺の誕生日ということ忘れていたベルトラムたちが、慌ててグラスを掲げ「おめでとう! ジーク・スコッチ!」と唱和する。
ベルトラムはスコッチを口に含んだところで動きが止まった。。そして、ゆっくりと味わうと、歓喜を爆発させる。
「こいつは凄ぇ! これがお前の目指した酒なのか!」
フォルカーたちも同じように歓喜の声を上げている。ドワーフでただ一人、デュオニスだけが不満そうな顔をしていた。
俺はベルトラムの言葉に首を横に振る。
「どういうことじゃ?」
「確かにこいつは美味い。だが、俺が目指す酒は更に甘く、香り豊かで、複雑なものだ。言っては悪いが、この程度で満足してもらっては困る」
俺の言葉にスコットたち三人とリディたち以外は愕然とする。
「この程度だと……もっと美味くなるのか……」
ベルトラムがドワーフと蒸留職人を代表するかのように呆然と呟く。
「ザカライアス様のおっしゃる通りです。私自身もまだ満足はしていません。ザカライアス様と違い、私の舌と鼻では複雑で微妙な味と香りを読み取ることはできません。ですが、もっと美味しくなるはずだということだけは確信しているのです。これからもドンドン新しい工夫をしていくつもりです。ですので、飲まれる方も忌憚のない意見をおっしゃってください」
「俺にはこれ以上美味い酒ができるなんて想像もできん……」
その言葉にスコットが笑顔で反論する。
「職人であるベルトラムさんがそんなことをおっしゃってはいけませんよ。職人の腕は上がり続けているんです。それなら作る物の質も同じように上がるはずじゃありませんか」
「た、確かにそうだな……だが……」
温厚なスコットにベルトラムたちドワーフが気圧されている感じがした。
若い蒸留職人たちも遥か高みにいるスコットが、更なる向上を目指していることに感動し、目を潤ませている。
「いずれにせよ、これでいいと満足してはいけないということだ」
そう俺が締めくくるとベルトラムたちも納得したように大きく頷いた。
ちなみにこの十五年物だが、三百本限定の記念ボトルとして売りに出されることになった。俺は誕生日のプレゼントとして十本もらっているが、凄いことになる予感がある。
二十歳になったことから解禁したことがある。
それは飲酒だ。
今までも充分飲んでいただろうと言われるかもしれない。確かに飲んでいたことは事実だ。
しかし、成長期の身体への影響を考えて解毒の魔法でできる限り早くアルコールを消すようにしていた。楽しすぎて忘れることがたまに……いや、頻繁にあった気がするが。
この飲み方だが、邪道だと思っている。
成長期でなくともアルコールの影響は極力ない方がいいというのは理解している。しかし、適度な量の飲酒でも強制的に酔いを醒ますというのは美味い酒への冒涜なような気がして仕方がないのだ。まあ、適度な飲酒というのが難しいので、解毒の魔法を使うこと自体を否定する気はないが。
このことをリディたちに言うと、メルとシャロンは微妙な表情で視線を合わせず、リディは呆れたというように小さく首を振っていた。
「まあ、気持ちの問題なんだろうね。それであんたが納得するならいいんじゃないかい」
ベアトリスだけは肯定的な感じだったが、「今日の宴会は思う存分飲みな。あたしも付き合ってやるから」という言葉が続く。
「単に自分が飲みたいだけじゃないのか」
「ハハハ! いいじゃないか! 酒は楽しく飲むのが一番。これはあんたの言葉だよ」
そんなわけでその夜は俺の誕生日を祝うパーティとなった。
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スコッチの命名者にしてザックコレクションのオーナーであるザカライアス・ロックハート卿の二十歳の誕生日を記念した十五年物のスコッチは、発売の発表と共に世界中のドワーフたちを狂喜させた。
当初は日にちを決めてオークション形式で売ることを考えたが、事前の情報でも一本一万クローナ(日本円で一千万円)を超える可能性があり、ザカライアスがオークションの中止を決めた。
しかし、“幻の十五年物のスコッチ”ができたという事実は消しようがなく、ドワーフたちは集まるたびにその話に終始し、鍛冶師ギルドの職員たちは仕事が滞ることを憂慮した。
職員たちは対策案を考えたが、結局思いついたのはザカライアスに縋ることだけだった。
アルスの総本部から蒸留所の責任者であるジャック・ハーパーが派遣された。軌道に乗り始めたとはいえ、鍛冶師ギルドにとって重要なポストである酒造りの責任者が足を運ばなければならないほど、ギルドにとっては重大なことだったのだ。
記念ボトルの取り扱いについて相談を受けたザカライアスだが、今度は彼が悩むことになった。
解決策を考えたものの思いつかず、彼の妻シャロンに相談した。困惑するザカライアスにシャロンはこう答えたという。
「ザック様から総本部と各支部に贈られたらいかがでしょうか」
「贈る? プレゼントということか……しかし、どうやって割り当てを決めるんだ?」
「ザック様がお決めになればよいのではないですか。鍛冶師方もザック様がお決めになったことに苦情は言われないと思います」
シャロンの考えはザカライアスが個人的に各支部に贈るということだった。純粋な贈り物であれば、厳密な割り当てを決めなくとも苦情が出ることはないというのが彼女の考えだった。
「確かにそうだが……どうやって割り当てを決めるかだな……」
そう言って数分考えるが、結局本数は非公開として、各支部に送付することにした。酒のことだが、ドワーフたちが本数の多寡で揉めることはないと判断したのだ。
配分の問題は解決したが、配送の問題が残っていた。
一本一万クローナもする酒だ。多い支部には二十本程度贈られるため、それだけでも二十万クローナ(日本円で二億円)に達する。
問題はガラス製のボトルということで輸送中の破損の恐れがあることだ。金銭的な賠償なら可能だが、一本でも割ったとなるとドワーフたちの恨みを買う。そのため、ザカライアスは輸送を請け負う商人が現れないことを憂慮した。
この問題については鍛冶師ギルドが責任を持って配送することで決着した。
ザカライアスもそれに協力した。
彼は破損しないよう、硬化の魔法の魔法陣をボトルに描き、三mの高さから落としても割れない強度のボトルを作り上げた。
その作り方は今までになかった手法だった。
彼はボトルを魔法で成型する際、銀の糸で作った魔法陣を貼り付け、更にその上にガラスで覆うという方法を編み出した。
その結果、魔法陣は摩滅することなく、魔力を込めれば効果を発揮し続けることになり、その後の高級酒のボトルに採用されることとなる。
また、クリスタルガラスと銀色の魔法陣が美しいコントラストを見せることから美術品としても評価され、十年後には空瓶が一本十万クローナで取引されることになった。
もっともこれは市場に出回らないという希少性も加味されている。ドワーフたちは空になったボトルも支部の宝として大切に保管したのだ。
ちなみに売りに出されたボトルの出所はザカライアス本人だった。
彼は軽い気持ちで知り合いのある商人に譲ったが、その商人が家に飾ったところ、偶然それを見た上級貴族がそれを欲し、強引に買い取ったとされる。その際、商人は諦めさせるつもりで十万クローナといったのだが、その貴族は一切値切ることなく、その値で買い取った。
その貴族の正体だが、一説には帝国の公爵と言われているが、詳細は明らかになっていない。
シリアスな話でしたね。
デュオニスの将来がとても楽しみです(笑)。
(ドワーフライフの主人公になれそうなスター性を感じる)




