第十一話「峠での戦闘の後始末」
五月二十五日。
ローグデール峠で俺たちは襲撃を受けた。敵は用意周到で、隊列の中央に岩を落として分断した上で前衛に弓術士をぶつけ、足を止めさせた。その上で、中央で指揮を執っていた父に戦力を集中してきた。
俺はといえば、隊列の最後尾にいたことで、状況が把握できなかった。更に岩が落ちてきたことで御者と馬がパニックを起こし、無関係なはずの後方の荷馬車が狭い街道を塞いでしまった。そのため、身動きができず、大きく出遅れてしまう。
後方に更なる敵がいないことを確認した後、馬を下りて父の救援に向かおうとした。しかし、俺を乗せる漆黒の馬が下ろそうとせず、そのまま父のいる場所に駆け始めた。
「ま、待て」というが、黒馬はその巨体に似合わず、軽快に荷馬車を飛び越えていく。
それは乗馬競技で障害を飛び越えるような軽やかさで、俺の乗馬の技量ではありえないほどの動きだった。
話は変わるが、カエルム馬は非常に賢い動物だ。乗り手を気に入れば、どのような要求にも応じ、自らの身体を盾にして乗り手を守るとさえ言われているほどだ。
俺が乗る黒馬も頭がよく、俺が特に指示を出さないでも行きたいと思うところに向かうことがあった。
今回も俺が父の下に早く向かいたいと思っていることを感じ、走り出したのだろう。
三輌の荷馬車を飛び越えると、父のところまであと十五メートルほどになる。ここまで来れば降りて走った方が速いと思ったが、その直後、馬が突然止まった。
何が起きたのかと思ったが、次の瞬間、崖の上から強い殺気を感じた。見上げると崖の上に矢を番えて構える集団がいた。
シュッという空気を切り裂く音が響き、目の前の地面に十本ほどの矢が突き刺さっていた。あのまま自分で走っていたら気づかなかった可能性があった。
「助かったよ」と声を掛けるが、更に第二射が襲い掛かる。俺が指示を出す必要もなく、黒馬は横足でそれを軽やかに回避する。
(俺より回避能力があるんじゃないのか……)
一瞬、そんなことが頭を過ぎるが、回避は馬に任せ、危険な弓術士を先に倒すことに決めた。
「世のすべての光を司りし光の神よ。御身の眷属、光の精霊の聖なる力を固めし、意思を持つ光輝なる矢を、我に与えたまえ。我はその代償として、御身に我が命の力を捧げん。我が敵を貫け! 多弾の光矢!」
俺が使った魔法は以前、雪狼の群れに打ち込み一気に全滅させた魔法だ。多弾頭ミサイル、いわゆるマーヴ――MIRV:Multiple Independently-targetable Reentry Vehicle――を模した光の矢だ。
詠唱の完了と共に真っ白な光の塊が上空に打ちあがる。
その間にも矢は打ち込まれ続けているが、黒馬は弾道を予想できるのか、狭い峠道であるにも関わらず、三十メートルくらい先から打ち込まれる矢を難なく避けていく。
白い光の球が三十メートルくらい上空で止まった。次の瞬間、そこから分離した三十本の光の矢がそれぞれ独立した目標に向かう。
この魔法のいいところは大雑把に目標を定めれば、子ミサイルである光の矢が勝手に目標を選んでくれる点だ。
マーヴのイメージを拡大解釈している部分はあるが、その辺りは結構いい加減なのだ。
崖の上から複数の悲鳴が上がった。すべての弓術士を無力化できたかは分からないが、飛んできている矢は一度に十本くらいだから、三倍の三十本も撃ち込んでおけば、問題ないだろう。
それよりも一刻も早く父の下に向かう必要があった。父は囲まれないようにするため、崖と馬車を利用した窮屈な空間で剣を振っているが、十人以上の剣術士に囲まれていたのだ。
俺が駆けつける間にも自警団の剣術士、ジョンが倒されており、父の後ろを守る槍術士デビットが父の身体の間から必死に槍を突き出している。
また、ドワーフたちが振るうハンマーも見えており、密集隊形という感じとなっており、剣に魔法を纏わせることができないようだ。
今度こそ馬から下りて走り寄ろうとしたが、黒馬はブルッと顔を振ると、そのまま全力で駆け出した。
その時、俺は馬の考えが何となく分かった。この巨体で乱入することで、父に掛かる圧力を少しでも減らそうというのだろう。
その考えに乗ることにした。
奇襲効果を考え、無言で騎馬突撃を敢行する。
それでも一番危険そうな盾を持つ戦士が父に迫っており、間に合わないと考え投擲剣を投げつけた。何とか頭に命中したものの、ヘルメットを吹き飛ばしただけで致命傷にはなっていない。それでも衝撃で倒れており、とりあえず父に対する脅威は去った。
そのまま馬を走らせ、乱戦の中に突っ込んでいく。
騎馬突撃による奇襲は思った以上に大きな効果をもたらした。父を攻撃していた二人の盗賊が蹄に掛けられ地に伏せる。
更に剣を振るって二人ほど無力化し、父に近づけないよう蹴散らしていく。
前方からはリディとシャロンが走ってきた。
前衛側はよく見えなかったが、リディとシャロンの魔法が撃ち込まれたようで、森に突っ込んでいくベアトリスとメルの後ろ姿が確認できた。
リディは魔法より弓の方が早いと判断したのか、手頃な岩の上に立って矢を射始める。
シャロンは周囲を警戒しながら、自分たちに近づいてきた敵に燕翼の刃の魔法を使って無難に無力化していく。
父の前にいた盾戦士だが、立ち上がった後、再び父に向かって行こうとした。しかし、致命傷を負っているかと思うほど血塗れのドワーフと、斬り倒れていたはずのジョンの奇襲を受けて再び倒れる。
そして、それが決め手となった。敵の動きが一気に乱れたのだ。手練の戦士だったので指揮官だったのだろう。
「そいつに止めは刺すな! 抵抗する奴だけを狙え!」
馬上からそう命じると、父に向かって、「前を見てきます!」と言って馬を駆る。
リディとシャロンにも「父上たちを頼む」と声を掛けてその横を通り過ぎていった。
前衛側は大きな被害を受けていた。
従士のとりまとめ役であるルークは十本近い矢を受けて仰向けに倒れ、弓術士のマークも背中と太ももの裏側に矢を受け、岩を抱くようにして気を失っていた。
更に従士の剣術士であるケビンと自警団の槍術士であるエディも矢を受けて膝を突いており、立っているのは二人のドワーフだけだった。もちろんドワーフたちにも何本も矢が突き刺さっているが、ハンマーを片手にしっかりと前を見つめて警戒していた。
更に馬たちにも矢が当たっており、横倒しになって苦しそうな嘶きを上げている。
ベアトリスとメルは森の中に突っ込んでいったが、ダンは森の外から弓で支援するためか、それとも逃げようとする敵を追撃するためか、森を凝視している。
「戦況は!」と聞くと、
「ベアトリスさんとメルがほとんど片付けたと思います。まだ隠れている敵がいるかもしれないので、ここで待ち伏せているんですが、多分僕の出番はなさそうです」
更に聞くと、奇襲を受けた後、リディとシャロンが魔法で攻撃し、弓術士を一気に無力化したらしい。
リディは得意の流星雨を使い、シャロンは最近、俺と一緒に開発した“燕群の円舞”というスワローカッターの強化版を使ったようだ。
燕群の円舞は数十羽の魔法の燕が円を描くように飛びながら敵を切り裂く魔法で、その一羽一羽がスワローカッターと同じように自律制御で敵に襲い掛かる。もとになった魔法は刃の竜巻で、その刃の一つ一つに自律制御を仕込んだ形だ。
この魔法の優れた点はトルネードスラッシュが使いにくい森の中でも効果的に攻撃ができることだ。
「あっという間に弓術士が沈黙しましたよ……」と言って呆れるが、すぐに表情を引き締め、
「僕は周囲を偵察してきます。他に隠れている者がいないとも限りませんし」
ダンに偵察を任せると、俺は倒れているルークたちの治療に向かう。この状況になり、黒馬もようやく俺を下ろすことに同意してくれた。
俺は馬に「助かったよ」といって首筋を軽く叩くと、ブルッと小さく嘶き、前に歩いていく。
(こいつには借りができたな。まだ名前も付けていないんだが、そろそろ付けてやってもいいかもしれない。といっても、コク○ウ号という名前しか思い付かないんだが……)
そんなことを考えながら倒れているルークたちのところに走っていく。その頃にはネザートンの酒造り職人たちが岩陰から這い出てきており、倒れている従士たちを助けようとしていた。
ギルド職員のバートラムがルークたちの矢を抜こうとしたので、それを止める。
「矢はそのままで! 俺かリディが治療する時に抜く。馬車に損傷がないか確認してほしい……」
バートラムに指示を与えると、最も重傷なルークの治療に掛かる。
ハリネズミのようになっているが、弱々しいながらもまだ息はあった。
突き刺さっている矢を素早く抜いていく。深く突き刺さり、抜きにくいものもあったが、ナイフを使って傷口を広げ、一気に抜いていく。
すべての矢を抜き終え、治癒魔法を掛ける。
魔法を掛けたことで傷は癒えたが、意識は戻らず、近くの職人に様子を見させてマークの治療を行っていく。
彼は意識を取り戻しており、「後ろから撃たれました。大したこともできず、悔しいです」と言って悔し涙を零すが、俺は「いや、よくやった」と言いながら矢を抜いていく。
さすがに従士に選ばれるだけのことはあり、一度も悲鳴を漏らすことなく耐え切った。
治癒魔法を掛け終えると、彼はふらつきながらもすぐに立ち上がり、警戒を始めた。
「座ったままでいいから、周囲を警戒してくれ」
俺の言葉にマークも素直に従い、荷馬車に腰を掛ける。彼の服は出血のため赤く染まっており、本来なら立てるような状態ではなかったのだ。
ケビンとエディ、更にドワーフたちの治療を終えた。その頃にはリディも戻っており、中央で戦っていた怪我人の治療を終えたと教えてくれる。
「向こうは全員治療済みよ。それにしてもこっちは酷いわね」
「ああ、だが、こっちも治療は終わっている。あとは馬の治療をしながら、ベアトリスとメルが戻るまで警戒を続けるだけだ」
「それは私たちがやっておくから、マットのところに行って。盗賊たちの処置をどうするか相談したいそうよ」
未だにベアトリスとメル、そして偵察に行ったダンが戻っていないが、リディとシャロンがいれば何とかなるだろうと考え、父の下に急ぐ。既に職人やその家族たちも岩陰から出ており、馬車の点検などを始めていた。
母とソフィア、そしてルナも無事で、三人は恐怖で顔を引きつらせながらも、怪我を負った者や、疲労で動けなくなった者に水を与えている。
ドワーフは元気に働いていたが、水の代わりに酒を飲んでいた。これはいつものことなのだが、相変わらずいつの間に手に入れたのかと不思議に思う。
父は自警団員たちに生きている盗賊を縛り上げるよう命じていた。
そして、俺の顔を見ると、「損害は」と聞いてきた。前衛側での状況が分からなかったものの、激戦であることは見えており、死傷者がどの程度か心配しているようだ。
「まだ、ベアトリスとメルは見ていませんが、死者はおりません。怪我人も治療済みです」
その報告に父は安堵の息を吐き出す。
「すまないが、ダンが戻ったら、崖の上の確認を頼む。伏兵に生き残りがいるとは思えんが、突然狙撃されるのは勘弁したいからな」
父の懸念はもっともなことだ。俺の魔法で無力化したとはいえ、殺傷力がそれほど強い魔法でもない。
「念のため、麻痺の魔法でも撃ち込んでおきますか?」
「いや、今は魔力を温存しておいてくれ。まだ、敵がいなくなったとは限らんのだからな」
そんなことを話していると、ベアトリスとメルが戻ってきた。その後ろからダンも走ってくる。
「森の中の敵は一掃しました」
ベアトリスの報告に父が「ご苦労だった」といい、
「どれほどいた?」と聞いた。
「全部で三十人くらいでした。弓術士が多かったですし、リディアさんとシャロンの魔法で手負いでしたから、ほとんど止めを刺すだけで済んでますけど」
そう笑いながらメルが報告するが、二人とも小さな傷をたくさん負っていた。そのほとんどが矢傷で防具の隙間を掠めたものが多かったようだ。
後ろからやってきたダンが父に報告する。
「前方の森に敵の姿はありません。賊が逃げた痕跡もありませんでした。ただ一点気になることがありました」
「何だ?」と父が聞くと、
「目視はできなかったのですが、馬蹄の音が聞こえたような気がしました。もしかしたら、見届け役がいて逃げたのかもしれません」
「そうか。だが、今は何もできんな……では済まんが、ザックと共に崖の上を見てきてくれ」
父は逃げた敵のことを考えたようだが、今は対処のしようがないと諦め、残りの敵を始末する方に頭を切り替えた。
ダンは「了解しました」と言うと、「では、僕が先に行きますね」といって崖を上り始める。
激戦の前方で戦い、更に森の偵察を行ったのにまだまだ余裕があるようだ。
俺もダンの後に続き、崖を上っていく。
上り始めると、歩きやすいルートがあることに気づく。
岩が削られており、階段状になっていたのだ。色を見る限り、最近削ったもので襲撃者たちが作ったようだ。
崖の上に上がると、多くの男たちが倒れていた。数えると十一人で、その内三人が死んでいた。急所に当たった不運な者が多かったらしい。
その中に明らかに襲撃者とは異なる者がいた。見た感じは三十歳くらいの商人風の男で、ロープで拘束されていた。
拘束されていたため、脅威とみなされず標的とならなかったようだ。魔法は当たっていないが、意識がなかった。
ダンは周囲を警戒しながら、「他にはいないようです」と報告してきた。
「少し見張っていてくれ」とダンに命じ、俺は崖の上から父に報告を行う。
「生存者八名! 死者三名! 敵はいません! 商人風の男が一人います! 従士か自警団の誰かを応援に寄越してください!」
父から了解の答えが返り、すぐに自警団のチャーリーが上がってきた。
「生きている奴をそこのロープで縛ってくれ。俺は死んだ奴のオーブと魔晶石を回収する」
ダンとチャーリーは襲撃者たちが降りるのに使ったロープで縛り上げていく。
縛り上げた後、最低限の治療を行い、岩場から下ろしていく。その間に職人たちが現れ、死んだ襲撃者の装備を外していく。
岩場には数日間潜んでいたのか、焚き火の跡があり、食料や予備の装備などが置いてあった。更に硬貨の入った革袋がいくつか無造作においてあり、金貨が百枚以上入っていた。それを収納魔法に放り込んでいくが、違和感があった。
(盗賊にしては装備がよすぎるし、統制も取れていた。ならず者にしては酒も置いていない……ロックハート家を襲う組織がいる……しかし、メリットは何だ? 俺たちというより鍛冶師ギルドを敵に回してメリットがあるところなんてなさそうだが……まあ、生き残りを尋問すれば分かることだ……)
生き残りについては帝国の治安維持部門に引き渡すつもりでいる。このため、隷属の首輪を使って尋問が行われるため、真実は明らかになるはずだ。
父に岩場で見つけたことの報告を行う。
その頃には襲撃者の死体の処理も終わっていた。といっても、装備を外した上で魔晶石を抜き取り、森の奥に放置しただけだ。魔晶石を抜き取っておけばアンデッド化を防ぐことができるが、魔物の餌になるため、本来ならあまりいい処理方法ではない。
しかし、既に日は大きく傾いており、処理する時間がない。そのため、最短の方法を選択せざるを得なかったのだ。
サブタイトルは「コクオ○号無双」でも良かったような……
しかし、何という名をつけるんだろう。私には思いつかない(笑)。




