第十話「峠での戦闘」
前半がザックの視点、後半が襲撃者のリーダー、ダグの視点です。
五月二十五日。
傭兵の国フォルティスとカエルム帝国との国境、ローグデール峠を越えようとしていた。
正午を過ぎると、すれ違う商隊はほとんどおらず、同じ方向に進む商隊も見えなくなった。
その頃になると頂上が近くになり、勾配が更にきつくなる。休憩を頻繁に入れていること、商隊に比べ馬車が軽いことから馬たちの負担は小さいが、それでも速度が落ちている。
また、街道の幅も狭くなり、馬車がすれ違うのがやっとという状況だ。もし、ここで襲撃を受けたら逃げることもできず、長い隊列が仇になり、戦力の分散によって大きな損害を出す可能性があった。
父もそのことを気にしているのか、休憩の時に隊列の前後で指揮を執る俺とベアトリスと協議を行っている。
「私も前に行った方がいいだろうか」
父は隊列の中央部で全体の指揮を執っているが、前方から攻撃してくる可能性を考慮し、前に出た方がよいのではないかと言ってきた。
「相手の狙いが分かりませんが、中央から離れない方がいいでしょう」
「しかし、この状況なら先頭を狙う。ならば、私がいた方がよいと思うのだが」
「その可能性は高いと思いますが、今回はネザートンの職人たちとその家族がいます。彼らの不安を取り除くためにも、いつも通り父上には中央にいていただきたいのです」
「あたしもそう思うね。義父上がいなくてもあたしとメルとダンで何とかするよ。いざとなったら、リディアとシャロンの支援も受けられるしね」
「そうだな。では、私は今まで通り中央部にいることにする。だが、前衛が厳しいのは変わらぬから、ルークとマークを回そう」
従士の取りまとめ役で剣術士としても優秀なルークと、腕のいい弓術士であるマークを前衛に送り込むことになった。
更にリディとシャロンも中央からやや前方側にいるようにし、移動することなく支援が行える体制を整えた。
そして、午後三時。
ロックハート家一行は峠の頂上に到着した。
眼下には帝国東部域の田園地帯が見え、遠くにはウェール半島も見える。
誰もが峠を抜けたと思った直後、突然ダンの叫びが響く。
「前方に伏兵! 弓兵多数! 遮蔽物に退避!」
そして、リディの甲高い叫びも響く。
「後ろにも敵よ! 岩を落とそうとしているわ! 馬車から降りて!」
リディの声に荷馬車に乗っていた職人とその家族が慌てて馬車を飛び降りていく。
俺たちは周到な罠に入り込んでしまったようだ。
■■■
俺は勝利を確信した。
ロックハート家の長い隊列が峠の頂上を越えたが、未だに俺たちに気付いていない。
「サムソンに合図を出せ! 岩を落とせ!」
峠の先の森に潜んでいる副隊長のサムソンに攻撃の指示を出し、同時に真下にいるロックハートの馬車を潰すため、岩を落とすよう命じる。
「鍛冶師ギルドの連中も始末しろ! ミック、お前はここで指揮を執れ。俺は頃合を見て斬り込むぞ」
「ダグの旦那、了解したぜ」と頬に大きな傷があるミックがニヤリと笑う。
こいつはしゃべり方や見た目はチンピラのようだが、頭は切れる。今回の作戦もこいつが考えたものだ。
最初に話を聞いたのは三ヶ月も前だった。
その時はロックハート家に喧嘩を売って無事に生きて帰れるとは思っていなかったし、それ以前に帝国内を無事に通過できるとも思っていなかった。
しかし、こいつが俺の右腕になってからは帝国への潜入も上手くいき、この辺りに入ってからの行動も順調だった。それもあって今回の作戦を無事に終えて、ルークスの隠れ家に生きて戻れるのではないかと思い始めている。
もちろん、今回の作戦はロックハート家の戦力を見極めた上で、ルークスの役人から充分な戦力を与えられている。これだけの数の腕の立つ男たちがいるなら、帝国軍の輜重隊を襲撃しても成功するだろう。
しかし、ロックハートにはザカライアスという強力な魔術師がいる。他にもリディアーヌとシャロンという魔術師もおり、この三人だけでも俺たちが全滅する可能性があった。今回の肝はどうやって奴らを無力化するかだ。
それを考えたのがミックだ。といっても、奴の考えた策はそれほど複雑なものじゃない。
奴は隊列の中央部が峠を越えたところで岩を落として街道を封鎖し、敵の戦力を分断する。前方には二十人の弓術士を中心とした三十名の部隊を配置し、遠距離から敵を倒していく。その間に岩を落とし終えた本隊が中央部に斬り込む。後方にいるザカライアスには峠の上から弓で牽制して前に行かせず、前と中央を殲滅した後に後衛を叩き潰すというものだ。
俺の横の岩がゴロゴロと音を立てて落ちていく。
すぐにグシャという馬車が潰れる音と複数の女の悲鳴が聞こえてきた。ただ、リディアーヌの警告が効いたのか、乗っていた者たちは既に降りており、ただ馬車を潰しただけに留まったようだ。
更に二つの岩を落とすが、敵に被害は与えられなかった。それでも岩だけでなく、混乱によって複数の馬車が道を塞いでおり、前後を分断するという作戦は成功した。
俺は二十人の部下を引き連れ、岩伝いに街道に降りていく。
俺たちがいた場所は街道から二十mほどの高さがあり、下に降りるにも骨が折れる。予めロープが用意されているが、こういうことに慣れていない奴が多く、思った以上に時間が掛かる。
降りながらサムソンたちの方に視線を送る。森からは絶えず矢が放たれ、ロックハート家の前衛にいた兵士が二人倒れていた。
俺はこれで前はいけると安堵する。そして、俺たちが向かう中央部に目をやった。そこには岩によって潰された荷馬車と、逃げ出した女と子供が這うようにして岩の陰に隠れようとしている。
その横には指揮官らしい偉丈夫が剣を振り上げて指揮を執っていた。周りにはドワーフが三人と子供が二人いるだけだ。
(リディアーヌとシャロンはどこに行った?)
疑問が浮かぶが、すぐに答えは見つかった。二人は前衛を支援すべく、馬から降り、馬車の間を走っていたのだ。
「奴らを狙え!」と上にいるミックに指示を出す。
「了解!」という声が聞こえるが、上には十人しか弓術士がいない。ザカライアスへの牽制のことを考えると、嫌がらせくらいにしかならないだろう。
五分ほど掛けて街道に下りた。部下が二人、弓術士によって殺され、二人が怪我を負ったが、まだ俺を含め十七人いる。ロックハートの戦力は二十人くらいだし、最大の戦力であるベアトリスとザカライアスがいない状況だ。これだけでも過剰といえる戦力だろう。
「奴がマサイアスだ! 奴を討ち取れ!」
上からミックの興奮気味の声が聞こえてきた。
奴に言われるまでもなく、今回の最大の目標は当主マサイアスだ。その次に次男ザカライアスだが、本来なら嫡男ロドリックも一緒に始末する予定だった。しかし、なぜか別行動をとっており、今回は諦めることになった。
「奴を集中的に狙え!」というと、部下たちから「オウ!」という叫び声が上がる。
その声にマサイアスも反応する。
「奴らを近寄らせるな!」と叫ぶと、馬から飛び降り剣を向ける。さすがは武の名門ロックハート家の当主だと感心するほど堂々とした構えだ。
遠くから「リディアとシャロンは義父上の支援に向かえ!」というベアトリスらしき女の声が聞こえてくる。二人の魔術師からの攻撃は面倒だ。それに、ここに十七人もいても戦いづらいので、五人の部下に牽制するよう命じる。
この時、マサイアスの周りにはドワーフが三人、子供が二人、そして若い剣術士と槍術士が一人ずついた。子供は数に入らないから、人数的には倍だ。何よりこちらの剣術士の腕はレベル三十を超えている。一気に包み込めば五分と掛けずに斬り殺せるだろう。
「ジョンは私の横に! デビッドは後ろから槍で牽制しろ! 鍛冶師方は馬車を盾にして牽制を! セオ、セラは正面からやりあうな! 撹乱に専念して時間を稼ぐんだ!」
それだけ命じると側面に入られないように潰れた馬車と崖の間に陣取った。さすがは歴戦のロックハートだ。この状況でも的確な指示を出している。
しかし、それも無駄な努力だ。
「俺が突破口を開くぞ! 手柄の奪い合いはするな! 魔術師が来る前に一気に片付けるんだ!」
それだけいうと俺は左手の盾で防御を固めながら、長剣をまっすぐに突き出して突撃していく。
部隊の中では俺が一番の使い手だが、攻撃力が一番あるわけじゃない。どちらかというと俺は防御が得意だからだが、この状況では俺が突っ込んで奴の動きを止めるのが一番手っ取り早い。
マサイアスはバスタードソードを俺の盾に叩きつけてきた。その衝撃に思わず突進を止めてしまう。
しかし、ただ止まっただけじゃない。盾で攻撃を受け流しながら、長剣をまっすぐに突き出したのだ。
狙いは奴の鎧の隙間。こいつの鎧は超一流の鍛冶師のものだ。俺の剣は安物ってほどのものじゃないが、それでも間違いなく弾かれる。だから、胸甲と肩当ての隙間を狙った。
俺の攻撃は簡単にかわされた。奴はその場所を狙ってくることを予想しており、身体を反らすことで突きを避けたのだ。
それでも俺には余裕があった。俺が接近したことで部下たちも取り付くことができたからだ。こうなれば人数と技量に優るこちらが圧倒的に優位だ。
そう考えたが、左右から「痛ぇ クソッ!」という怒号とも悲鳴ともつかない声が聞こえてきた。
俺はマサイアスと斬り結んでおり、見ている余裕はないが、部下が攻撃を受けて倒れたらしい。そのため、正確に何が起きているのか分からなかった。
更に二人の部下が膝から崩れ落ちる。そこで何が起きたのかようやく理解できた。俺の視線の先には片手用の金槌を持ったドワーフがいたのだ。
若いドワーフが「やらせるか!」と叫び、ハンマーを振るう。もちろん、部下も剣で攻撃するが、ドワーフはその斬撃を頑丈な防具で受け、そのまま平然とハンマーを振り下ろしていた。
頑丈だと聞いていたが、これほどドワーフが常識外れな戦いをするとは思っておらず、唖然とする。
更に後方から悲鳴が聞こえてきた。油断していたわけではないのだろうが、二人の子供が走りながら部下たちの足を斬り付けたのだ。
五人の部下が無力化されたが、こちらもマサイアスの横に立っていた剣術士を斬り伏せているし、マサイアス本人も肩で息をしている。
そして、今回の伏兵であるドワーフたちだが、こいつらも無傷とはいえない。いや、満身創痍というほど血を流しており、立っているのが不思議なほどだ。
「一気に決着を付けるぞ! ドワーフを近づけさせるな!」
そこまで命じたところで、頭に強い衝撃を受けた。何が起きたのか分からないまま転倒し、気づくと空を見上げていた。
鼻の奥に血の匂いを感じ、気づくとヘルメットがなくなっていた。横を見ると、変わった形の投擲剣が刺さったヘルメットが落ちていた。
「父上!」という若い男の声と重い蹄の音が聞こえていた。
頭を振りつつ、剣を杖にして立ち上がると、巨大な黒馬に跨った黒い戦士が俺を見下ろしていた。
その黒い戦士、ザカライアスは馬ごと俺たちの中に突っ込んできたのだ。その迫力に俺を含め、部下たちは恐慌を起こす。
情けないことに「うわぁぁ!」と悲鳴を上げてしまう。騎兵と戦ったことがなく、これほど恐ろしいとは思わなかったのだ。
巨大な蹄が部下の頭を西瓜のように潰す。ザカライアスも剣を振り回し、一人の部下が斬られていた。
この乱入で戦いの趨勢は一気にロックハートに傾いた。見上げれば、上からの支援は既になくなっており、リディアーヌたちに向かった部下も倒れていた。
ザカライアスかリディアーヌたちが崖の上の弓術士を倒し、更に五人の部下に魔法を放ったのだろう。
俺はまだ勝利を諦めていなかった。目の前にいるマサイアスを倒せば、目的は達せられるのだから。
勇気を振り絞り、マサイアスに向かっていく。
「死ね!」と言って剣を振り下ろす。普段ならそんな言葉は発しないのだが、この状況では自らを奮い立たせるために仕方がなかった。
マサイアスは俺の剣をバスタードソードで受ける。ここまでは予想通りだ。俺は盾を前に突き出しながら盾攻撃をぶつけた。
マサイアスの身体が吹き飛ぶ。背後にある馬車に背中をぶつけ、膝を突いていた。
ザカライアスは部下たちを蹴散らしており、俺から離れている。
これでマサイアスを倒せる。そう思って剣を構え直し、身体ごと突っ込んでいく。今度は鎧の隙間を狙うとかを考えない渾身の一撃だ。
無防備な奴の腹に剣を突き立てようとした。しかし、俺の剣は奴の鎧に阻まれ、傷を付けることすらできなかった。その驚きが戦いの勝敗を分けた。
一瞬止まったところに、斬り伏せたはずの剣術士の斬撃とドワーフの容赦ない打撃が打ち込まれたのだ。
胴鎧が弾け、全身の骨がバラバラになったような衝撃を受けて、その場に倒れ込む。右腕は変な方に曲がり、剣は遠くに飛んでいた。
生ぬるい液体が額を伝って流れ、視界が赤く染まる。
そこで俺は意識を失った。
目が覚めた時、日は傾いており、二時間ほど経っているようだった。
ロープできつく縛られ、動くことができない。しかし、治療はされていたようで右腕以外に痛みはなかった。
「逃げられると困るからね。右腕は応急処置しかしていない」
その声の主は黒い鎧をつけた金髪の若者だった。その後ろにはマサイアスも立っている。
「負けたのか……強いな、ロックハートは……ふふふ……」
笑うしかなかった。三倍以上の戦力を用意し、奇襲まで掛けたのに目標であるマサイアスもザカライアスも健在だ。
「部下は何人生きている?」
「三十五人だ。逃げた奴がいれば別だが、恐らくすべて捕らえたはずだ」
完敗だった。
部下の半数以上が死んだ。それだけじゃなく、作戦の全容を知っている俺が生き残ってしまった。
ルークスの役人が遠くから見ていたはずだが、仮に捕まっていなくてもルークスが関与したことは明らかにされるだろう。
「ちなみにお前たちの損害は? 何人死んだ?」
「一人も死なせなかった。重傷者はいたがね」
その言葉に唖然とするが、この男は治癒師としても超一流だということを思い出す。
「即死以外は何でもありか……ロックハートの訓練の時の言葉だったな。まさか実戦でも同じだとは……」
俺は抵抗する気を無くしていた。このままでは帝国の治安部隊に引き渡され、処刑されることは分かっているが、ここまで準備をして負けたのだから仕方ない。
人生を締めるにしては詰まらない死に方だが、野垂れ死ぬよりはるかにマシだ。一応、戦士として死ねるのだから。




